第46話 難題
慧臣はいやいや後宮へ走ったが、やはりあの融通の聞かない番堅が通してくれるはずもなかった。
仕方がないので、合点を門まで読んで来てはくれないかと頼んだ。
しかし、すでに合点は寝てしまっているらしく、別の若い目つきの悪い宦官がムスッとしたとても不機嫌そうな顔で現れる。
「一体、なんだっていうんですか? こんな時間に」
「すみません、令月様がどうしてもすぐに聞いてくるようにというものですから……俺だって、こんな時間に来たくはなかったんです」
「まったく————まぁ、月宮殿の王弟殿下の変人ぶりは有名ですからね、うーん、仕方がない。それで、誰を探しているんですって?」
「紅雪という女官です。亡くなった蜜姫妃と仲が良かったらしいのですが、今どうされていますか?」
「……蜜姫妃様の? ということは、今から二十年前以上前のことですね。今の後宮にそのような名前の女官はいないはずです。少々お待ちください、すぐに名簿を持って来ますから」
意外にもこの宦官、とてもめんどくさそうにしてはいたが、仕事は早かった。
本当にすぐに蜜姫妃がいた頃の女官たちの名前が書かれた名簿を抱えて持って来て、紅雪の名前を探し出した。
「うーん、やっぱり後宮にはいないですね。宮廷にもいない。行方不明になっています」
「行方不明!?」
「うん、この記録によれば、王弟殿下がお生まれになった夜から宮廷には戻って来ていないようですね」
「行方不明って、そんな……一体どうして?」
「そこまではわかりませんよ。私だって二十年前なら私はまだ宦官にもなっていない頃ですし。それに、この時期は確か、後宮では女官が何人も行方不明になっている時期です」
「……何人も? どういう意味ですか?」
「うーん、まぁ、私も人から聞いた話ですが————」
女官というのは、本来、国王の女ということになる。
そこからお手つきになれば側室妃に上がることもあるが、多くは王の身の回りの世話だ。
掃除、洗濯、裁縫、料理、夜伽の準備、若い女官の育成など、それぞれ多くの仕事を抱えているが、一度女官となってしまえば、王以外の男と恋仲になったり、夫婦になることは許されない。
先王の時代は、先王が好色であったことから多くの女官か側室妃となることを夢見ていた時代だ。
いかにして王の目に止まるか、皆、化粧や衣服を女官が許される範囲の中ではあるが、女の戦いが繰り広げられている戦場であった。
ところが、蜜姫妃が現れてからというもの、王は他の女には全く見向きもしなくなってしまう。
側室妃になるという希望を失った女官の多くが、後宮を逃げ出したのだ。
「駆け落ちが流行っていたそうです。宦官や武官、あとは、商人の男とか、昔からの知り合いだとかと恋に落ちて、宮廷から逃げ出した女官というのが多くいたようで……きっと、この紅雪という女官も誰かと駆け落ちしたんでしょう」
「そ、そんな」
蜜姫妃が亡くなってから、逃げ出す女官は少なくなったそうだが、今でも年に数人は後宮を勝手に抜け出そうとする女官がいる。
夜の門番である番堅の融通がきかないのは、そういう事情があるからだ。
ただでさえ、後宮は何人も側室妃がいて忙しく、人手が足りていない。
「それじゃぁ、紅雪さんのことを知っている他の女官とか、誰かいませんか?」
(このまま月宮殿に戻って、行方不明であることを伝えても、令月様は納得しない。たぶん、また後宮で手がかりを探してこいっていうに決まってる……)
それなら、先に全部聞いておいた方が楽だと、令月の思考を読んで慧臣は先回りすることにした。
今は流石に皆寝ているため難しいが、明日の昼には当時のことを知っていそうな宦官や女官から話を聞けるように約束して、すぐに月宮殿に戻ったのだ。
何度も行ったり来たりするより、こっちの方が疲れなくて済む。
「————ということで、明日の昼に後宮へ行きましょう。話はそれからです。さっさと寝所に行って寝てください。寝不足は体に悪いですからね!!」
慧臣はそう言って、令月にとにかく今日はもう休むように勧めた。
「しかし……!!」
「焦っても仕方がないですよ。今夜も陛下は夜遅くまでお盛んだったようですし、今すぐに解かないといけないわけでもないんですから。それに、そう簡単に見つかるものでもないです。どこの国かもわかっていないんですから、蜜姫妃様と同じ異国の血を引いている女性だって——……」
黙って話を聞いていた藍蘭は、驚きながら慧臣の方を見る。
「どういう意味……? 殿下が探しているのは、蜜姫妃の父親じゃないの?」
そこになぜ女性が出てくるのかわからない。
「ああ、その……実は、もう一つ呪いを解く————というか、無効にする方法があるらしくて……確実というわけではないんですが、そのためには呪いをかけたお父上や蜜姫妃様と同じ国の血を引いている女性が必要なんだそうです。その方と、陛下が子作りすれば、王子が生まれる可能性が高いそうで————」
だが、その異国というのがなんという国なのかも、この広い世界のどのあたりにあるのかもわからない。
もし、それも見つからなければ、令月はどこぞの貴族か同じく王族の血を引く娘と、したくもない結婚をさせられられてしまう。
令月は異国の血を引いているから、同じく呪いを無効にできるはずだと明了が言ったのだ。
どこにいるかわからない異国人を探すより、そちらの方がよっぽど手っ取り早い。
それでも、令月は絶対に結婚なんてしたくなかった。
「結婚なんてしたら、自分より美しくない女の顔を毎日見て暮らさなければならないじゃないか!! 私は父上とも兄上とも違って、結婚するなら私より美しい女じゃなければ嫌だ!!」
令月より美しい女を見つけてくるなんて、それはそれで難題である。
「……まったく、本当にワガママね。あの人にそっくりだわ」
藍蘭がため息を吐いて呟いたが、令月も慧臣も聞いていなかった。