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第45話 記録と記憶


 月宮殿に戻って早々、令月はとても不機嫌そうな顔で棚の中を漁り始めた。

 奇妙な収集品が置いてある棚とは別の、巻物や書物がずらっと積みあられている棚で、宮廷で保管している歴史書の写しや地図、王族の家系図などの歴史的資料が置いてある棚である。


「————それで、令月様は絶対に王位なんて継ぎたくないから、呪いを解いてもらう為、交渉に行くことになったんです」

「交渉……? 一体、誰に?」

「蜜姫妃様のお父上ですよ。明了の話では、異国人がかけた呪いにも色々と種類があるらしくて、詳しい解除の方法はかけた本人か、その国の人間じゃないとわからないだろうって話で」

「なるほど、それで……まぁ、確かに、殿下は王位に就くことなんて死んでも嫌でしょうね。何よりも自由が好きなお方だもの。私は何度も王位につけばいいのにって勧めたんだけど————」


 藍蘭は慧臣から事情を聞いて、やっと納得する。

 この棚にあるものは、王族としてこの国の歴史を知るのは大切なことだからと、令月の学問の師匠が置いていったものだ。

 しかし、自分が興味があるもの以外には関心が全くない令月が読んでいるのを藍蘭は見たことがなかった。


 資料など見なくとも、自分の母はあまりの美しさから異国の出身であったことは知っている。

 先王の口から直接聞かされていた。

 その当時の記憶と、母が死んだ当時のことは語り継がれているため知っているが、すべて人伝いに聞たものであって、どこまでが本当であるかまでは、令月はわかっていない。

 現在の王である兄も、それ以外の兄や姉たちも、その場に居合わせてはいなかったため、真実を知っているのはごく一部の人間だけだ。


「で、一体何を探しているんです? 殿下」


 令月は探し物が下手すぎるのか、全く見つかる気配がない。

 暇つぶしにたまに読んでいた藍蘭の方が、この棚にあるものに関しては詳しいくらいだった。


「父上の史官しかんが書いた記録だ。確か、あれに母上とのことも書いてあったはずだが……どこにやった!?」

「どこにやったも何も……それなら、下から二番目の段ですよ、殿下」

「あ、あった!」


 藍蘭が言った通りの場所に、令月が探していた先王の日常が記録をまとめたものがあった。

 生まれた時から、死ぬまでの間の出来事が三人の史官の目から見た父の姿の全てが書かれている。

 流石に、史官の目を盗んで手を出した女人のことは細かく書かれていないが……それでも、蜜姫妃のことは何か書かれているはずだと思ったのだ。


「え、でも、記録上、令月様のお母上は産後すぐに死んだことになっているのですよね? 陛下も、そう聞いていると言っていたし……」

「ああ、そうだ」

「その記録と先王様から聞いた話に矛盾があるから、誰かに殺されたか、本当は生きていて月に帰ってしまっているんじゃないかって————前に、令月様、言っていませんでした?」

「その通りだ。母上の死には、おかしな点が多い」

「それなら、その資料を見ても意味がないのでは?」


 記録として残っているものと、事実が異なっているのであれば、今更そんなものを見てどうしようというのか、慧臣はわからなかった。

 まさかその記録に、月へ行く方法が書かれているわけでもあるまし、もし書かれていたとしたら、令月ならすでに実践しているだろう。


「慧臣、確かに母上が私を産んだ前後の記録は嘘かもしれないが、それ以前の記録には何か手がかりが残っているかもしれないだろう?」

「え?」

「例えば、父上と母上が一体どこで知り合ったのかとか、誰かに話している記録があるかもしれない。母上が月の民であると私が思っているのは、幼い頃に父からそう聞かされたからでもあるし、月に行く方法はどこにも書かれていないが、月から来た同郷の者ならいるかもしれない。ほら、ここ、見てみろ」


 令月は記録のとある一文を指差して、慧臣に見せた。


「母上の身の回りの世話をしていた女官のことが書かれている」

「えーと、紅雪こうせつって方ですね」

「この記録によれば、この紅雪と母はとても仲が良かったと書かれている。よく母上からの使いで、宮廷の外へ出ていたともある。母上が実家に手紙を送っていたのではないかとも……————宮廷には他にも何人か、母と関わったことのある人間がいるはずだ。すでに引退した者やこの世にいない者もいるかもしれないが、こちらから月に行くことはできなくても、何か話をする手段があるのかもしれない。慧臣、お前もう一度、合点のところに行って、この紅雪が今どうしているか聞いてこい」

「え、今からですか!?」

「当たり前だろ?」

「えええ!?」

「早く行け!」


 もう真夜中だというのに、慧臣はまた後宮へ走らされる。

 とっても不服そうな顔をしていたが、その表情のまま慌ただしく月宮殿を飛び出して行った。


 慧臣を走らせた後も、令月は資料を読み直していた。

 今まで、自分が生まれる前後のところばかりしか読んでいなかったが、改めて記録を調べると、この西の宮殿————月宮殿を先王から与えられる前、蜜姫妃は後宮で数ヶ月過ごしてたことがわかった。


(生きている可能性のことばかり考えて、ここまで遡ったことはなかったな……)


 他の女官や宦官の名前には聞き覚えがあり、幼い頃にあった記憶がなんとなくだが残っている。

 ただ、紅雪は別だ。


(それにしても、紅雪という女官の名前にまったく聞き覚えがない。今、この女官はどうしているのだろうか?)


 他の資料を確認しても、紅雪の名は蜜姫妃が月宮殿に移って一年目以降、まったく出てこなくなっていた。

 それもそのはずである。

 数分後、月宮殿に戻って来た慧臣は、後宮で聞いた話をそのまま伝えた。


「紅雪様は、行方不明です。令月様が生まれた日の夜、突然、宮廷から姿を消したそうです」






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