第44話 秘密の予言書
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俺はその場に居合わせたわけではない。
人伝いに聞いた話だから、間違っている部分もあるかもしれない。
実は我が煌神国には、建国時から代々王室のみが閲覧可能な予言書がある。
初代の国王・煌陽彰が晩年傾倒していた神官の娘が書いた————煌神国が辿るべき手筈書といってもいいだろう。
大飢饉や震災、疫病の流行る時期など、とにかく色々なことが書かれているその予言書には、禁忌とされていることも書かれていた。
その禁忌を犯すと、煌神国を統べる我ら煌家は滅び、王朝が終わりを迎えると言われているものだ。
今から二十年以上前、先王であった父は、その禁忌を犯した。
父上は、占術や神話、目に見えない不思議なものは信じてはいない男だった。
他国との交流も盛んであったことから、西洋の知識が豊富に流れ込んで来た時代だ。
令月と同じように、真新しい学問や医学に夢中になっていて、科学的に証明が難しいものは信じないような人だった。
予言書のことも、あまり信じてはいなかったのだ。
その予言書には、凶事が起きやすい大まかな年代が記されていた。
特に父上の代で避けるべきとされていたのが、他国の女との交わりだった。
正室はもちろん、側室妃にも他国のものを迎えるべきではない。
もし、この時期にそのようなことがあれば、『満月の夜に、月の使者の怒りに触れ、滅びの一途を辿る』と書かれていた。
父上以外の王族は、予言書を信じていたからこそ、他国から友好の証に姫を側室として迎えるよう提案されても避けていた。
宗教的な理由で不可能であることを伝えると、どこの国もそれならば仕方がないと引き下がったし、父上が若い頃は先の王太后様がなんとか抑えていたが、父上は皆が知っての通り、好色だ。
王太后様が亡くなってからは、誰も止める者はいなかった。
側室妃の数は歴代最多。
後宮に迎え入れていない者もいたらしく、正確な人数は誰も把握しきれていない。
生まれてすぐに死んだ子供や、生まれずに腹の中で死んだ子供も多くいた。
あまりに多いため、王子を生んだ者と特に寵愛を受けていた女のみが後宮に入ることになった。
その中に、異国の者がいた。
それが、令月の母親である蜜姫妃だ。
一体どこで見つけて来たのか、どうやって出会ったのかわからないが、蜜姫妃は色の白い肌と白髪に空に浮かぶ月のような色の瞳をした美しい女性だった。
俺が実際に会ったのは一度だけだが、まだ年若く、おそらく俺よりも年は下だったと思う。
父上はすっかり蜜姫妃の美しさに心を奪われてしまって、後宮ではなく今は月宮殿と呼ばれている西の宮殿を特別に与え、そこへ毎晩通うようになった。
他の側室妃や女官、妓女の誘惑にも全くなびかず、それはそれは一途に……
ところが、令月が生まれてすぐに、命を落としてしまった。
ちょうどその頃、現れたのが、蜜姫妃の父親だったそうだ。
どうやら、蜜姫妃は遠い異国の姫君であったらしく、父上が許可なく攫って来たらしい。
蜜姫妃の父親はやっと見つけた自分の娘が、異国の地で異国の男との間に子供をつくり、お産で命を落としたことを知って大激怒した。
そうして、蜜姫妃の遺体だけをつれて、異国に帰ってしまった。
その時、父上に言い放ったそうだ。
『この先、この国は世継ぎに恵まれない。これは呪いだ。この先、この国に王子は生まれない。私は絶対に、お前たちを許さない』
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「————と。それ以来、生まれたばかりだった俺の息子も死に、その次に生まれた子も、二歳でこの世を去った。父上は蜜姫妃を失ったあとも、決して他の女に手を出さずに死んでしまった」
この話は、後宮で働いている者であれな皆知っている事実だ。
当時その場にいたという者も、まだ数人ではあるが現役で働いている。
合点もその一人で、蜜姫妃に直接会ったことはないが、激怒した父親が乗り込んで来たところは若い頃に目撃していた。
その蜜姫妃の父親も、令月と同じく白髪で色の白い綺麗な男であった。
慧臣は噂程度でしか聞いたことがなかったが、遠い異国の者がかけた呪いのせいで本当に世継ぎが生まれていないのであれば、それは確かに国の一大事だ。
(このまま呪いのせいで世継ぎが生まれないのなら、王位継承権は王の弟である六人に渡ることになる。そうなれば、令月様は一番下だから————)
国王と令月が話していたのは、そういうことである。
王弟の中で一番若いのは令月。
順番に多少狂いはあるだろうが、やがては普通に考えれば上から順に死んでいく。
そうなると、最終的には令月が国王になるかもしれないのだ。
「俺はもう四十を過ぎたし、本当に世継ぎが生まれないのであれば、令月に継がせようと思っているのだが……」
「兄上、それは絶対に嫌だと言っているではありませんか。国王なんてやっていたら、私の自由がなくなります。私は、今のままがいいのです」
令月は露骨に嫌そうな顔をして、拒否。
王位になんて全く興味がない。
「まぁ、見ての通り、令月本人がそれを受け入れる気がない。このままもしも俺が死んでしまっては、今度は令月に恨まれてしまう。こんなに可愛がっているというのに」
国王は大げさにため息を吐いてから、話を続ける。
「そこで、明了の話を聞いた。お前はあの予言書を書いた神官の末裔であるそうだな」
「はい。左様でございます。と言っても、分家のそのまた分家ですが」
「だが、その力は本物なのだろう? どうだ? この呪いを解く方法に、何か心当たりはないだろうか」
明了は、国王の顔をじっと見る。
長い沈黙と静寂に、なんだか慧臣と合点は緊張してゴクリと喉を鳴らす。
すると、明了は一度目を閉じてから、再び目をカッと見開いた。
「ズバリ言うわよ——————」