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第40話 空の記録


 赤鬼は逃げたが、令月に捕らえられて檻に入れられる。

 そして案の定、鬼が離れた後も、莢迷は何も変わらなかった。


「私は、ないも悪くない!! 悪くないわ!!」


 むしろ、鬼がいた頃よりも、鬼のようだった。

 優しかった母親。

 病気の子供の看病をする可哀想な母親。


 莢迷が信子にしてきたことは、自分が注目されるための自作自演だった。

 本当は健康そのものだった信子の体に、少しずつ毒を持って悲劇の母親でい続けようとした。

 ところが、医学の進んでいる他国の王族との婚姻の話が出て、彼女は焦った。

 そこへ、赤鬼が漬け込んだのだ。


「殺せばいい。自分が毒を盛っていたことがバレる前に。そうすれば、お前も娘を失った悲劇の母親として憐れまれる。これからもずっと、お前をそういう目で皆が見てくれるようになる」と言って————


 檻から出せとうるさく訴える赤鬼から、その真実を聞き出した慧臣は腹を立て、残っていた除霊砂を全部赤鬼にかける。


「熱い……熱い……やめろ……っ!!」


 すると鬼の体はみるみる焼けてしまって、灰になって消えてしまった。

 令月には、勝手に鬼を消してしまったことを怒られたが、慧臣は我慢ならなかった。

 信子が可哀想で、仕方がなかった。



 *


「ありがとう、慧臣。おかげで助かったわ」


 信子の魂は鬼がいなくなったことで、自由にどこへでも動けるようになったようで、国葬が行われる神殿に設けられた会場を楽しそうに飛び回りながら言った。


「まさか、母上が犯人だったとは思わなかったから、驚きはしたけど……でも、犯人がわかったからこそ、これで安心だわ。本当はずっとね、あの子が……梔子が私と同じような目にあったらどうしようって、それだけが不安だったの。無事に解決したし、それに、神殿って初めて来たけど、とっても綺麗な場所なのね」


 国葬が始まれば、今度こそ信子とはお別れだ。


「楽しそうですね。悲しいとか、もっと生きたかったとか、そういう恨み言はなしですか?」

「ないわよ。それに、恨み言なんて言いだしたらきりがないわ。私はさっさと天国に行って、新しく生まれ変わるの。生まれ変わったら、絶対、こんどこそ色んな場所を旅してみたいわね」

「色んな場所?」

「色んな国、世界を見て見たいの」


 にこにこと笑っている信子には、もうこの世に未練なんて一つもなかった。

 悲しんでいたって、何も変わらない。


「そうだ、あなたと令月叔父様にお礼をしなくちゃね」

「お礼?」

「そう。私のお葬式が終わったら、あの寝台を壊して下にある絵は全部あげるわ。何枚か売って、お金にでもかえたらいい。あ、でも、右下に日付が書いているものは、売っちゃダメよ? あれは令月叔父様に見せようと思って、描いた記録だから」

「記録? 何の?」

「空の記録よ。謎の飛行物体が飛んでいた日の」

「な、謎の飛行物体!?」

「令月叔父様、いつか月に行くのが夢だって言っていたし、何かの役に立つと思うのよね」


(それは……確かにそうだけど……)


「それじゃぁ、そろそろ私行くわね。それと————梔子のこともよろしくね」

「え……? それって、どういう……」

「じゃあね、さよなら」


 そう言って、信子は笑顔で青空の中に消えて行った。


(梔子様のこと、よろしくって言われても……)



 *


 後日、慧臣は信子が言っていたことを芳白に伝え、寝台を解体してもらった。

 壁と寝台のわずかな隙間から毎日のように落として、溜め込んでいた信子の作品が大量に出てくる。

 梔子がそれらの整理を手伝ってくれて、相変わらず口は聞けないけれど、それでも慧臣に対して笑顔を見せてくれるようになった。

 その笑顔は、あの日青空の中に消えて行った信子によく似ている。


「あ、これかな? 日付が書いてある絵って————」


 慧臣は何枚もあったその絵を見つけて、見比べる。

 離れの窓から見える、その日の空の様子を描いた絵のようで、青空の時もあればどんよりと曇っているものもある。


「本当に、信子様は絵が上手だな……」


 なんて感心していると、その中の一枚を見て、慧臣はギョッとする。


「これ……この、白いの————」


 白くて丸い、奇妙な形の球体が三つ並んでいる。

 慧臣が一度だけ見た、奇妙な光景とあまりにも似ていた。



(謎の飛行物体……? これって、俺が見たのと同じやつじゃないか?)



 日付も、慧臣があの謎の飛行物体を見た日と同じだった。

 これ以外にも、似たような絵が二枚見つかる。


「…………」


 驚いている慧臣の袖を引っ張り、梔子は別の紙に文字を書いて見せる。


『この絵が気になるの?』

「……え、は、はい」

『私も見た。二、三ヶ月に一度くらいは、空を飛んでいるって、姉上が言っていたよ』


 すぐに慧臣は信子の絵と、赤鬼を退治したお礼だと言って梔子がくれたお菓子の入った包みを抱え、月宮殿に戻った。

 謎の飛行物体がいつあわられたか、日付がわかっているなら、次に現れる日の予測もつくのではないかと、慧臣は少しだけわくわくしている。

 幽霊や生き霊、僵尸キョンシーに鬼と、人ではない何かが確かに存在していることは、自分の目で見てわかっている。

 それなら、令月が言っていた通り、本当に、月へ行く方法もあるのかもしれないと思い始めていた。


(早くこのことを、令月様に話そう)


「————慧臣、どうしたの? そんなに急いで」

「藍蘭さん!」


 その時道中、休暇からいつの間にか戻ってきていた藍蘭と偶然鉢合わせる。

 藍蘭は慧臣が持っているものを不思議そうに首を傾げて見つめた。


「何かの絵?」

「謎の飛行物体ですよ!」


 慧臣は嬉しそうに藍蘭に絵を見せる。

 三つの白い球体が空に浮いている。


「……これを直接見ることができたら、令月様が探している月へ行く方法の手がかりになるんじゃないかと思って」

「……そう」


 藍蘭はその絵に特に関心はないようだった。

 大きな瞳で一度見た後、いつもの表情で言った。


「その大荷物じゃぁ、大変でしょう。半分持つわ」

「え? いいんですか? ありがとうございます!」


 慧臣は藍蘭に絵をすべて渡した。

 梔子からもらった包みの方が重たくて、手渡しにくかったというのがあってのことだった。

 すると、藍蘭は————


「あ! しまった、私、用事があったの忘れていたわ」

「用事ですか?」

「なに、すぐに終わることよ。先に月宮殿に行っていて」

「はい、わかりました」


 絵を持ったまま、来た道を戻って行ってしまった。

 慧臣はとくにそのことを気にしていなかった。

 すぐに戻ってくるなら、何も問題はないはずだった。


 だが、藍蘭が月宮殿へ戻って来たのは、それから半日後。

 令月が合点から、後宮で起こった新たな怪奇話を聞いている最中であった。



【第四章 王弟殿下と赤鬼の冥婚 了】


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