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第37話 赤がない


「————赤い衣……?」

「ええ、正確には、真紅ですが……」


 棺の前に座っていた芳白は、令月から莢迷の着ている衣について聞かれ、首をかしげる。


「何を言っているんだ? 喪主や血縁者は黒い衣を着るのが常識だ。そんな非常識なことを、莢迷がするわけないじゃないか」

「何を言っているんですか、白の兄上。あれはどう見ても赤ですよ!!」


 令月が、他の兄たちも同じことを言っていたと告げると、芳白は顔を真っ青にする。


「私たちはてっきり、信子を亡くしてから着替える間も無くあのままでいるのだと思っていましたが……違うのですか?」

「そんな……そんな、はずは……————」


(この狼狽た様子……もしかして、本当にこの方にはあれが黒に見えていたんじゃ……?)


 慧臣は芳白の反応を見て、前に書店での写本の仕事をしていた時に出会った客のことを思い出した。

 その客は、青紫を青と間違ったり、桃色を灰色と間違えたりしていた。

 慧臣が店主の代わりに店番をしていた時に、「そこの灰色の表紙の本」をくれと言われたが、その客の指差した場所には灰色の表紙の本などなくて、どれのことを言っているのかわからなくなった……なんてこともある。


「あの芳白様、この筆の軸は、何色に見えますか?」


 慧臣は梔子が持っていた筆を指差して、芳白にそう聞いた。

 梔子が筆談のために持っている筆は軸の部分が桃色に塗装されている。


「え? 灰色だろう」

「では、この部分は?」


 次に掛けひもを指差した。


「……茶色? いや、緑……か?」


 掛けひもの部分は、明るい赤色をしている。

 令月は芳白の発言に驚いて、目を丸くする。


「兄上……その目、一体いつから?」

「え?」

「これは茶色でも緑でもありません。赤です」

「何を……言ってるんだ?」


(やっぱり、あの人と同じだ……)


「————芳白様、あなたはおそらく、普通の人とは見えている色が違う人です。赤があまり見えていないのではないですか? 誰かに、見えている色が違うと、指摘されたことは、ありませんでしたか?」

「…………」


 心当たりがあるのか、芳白は押し黙ってしまった。

 慧臣が働いていたあの書店の店主は、禁書を販売したせいでお縄になってしまったが、本の虫で、色々なことを知っている男だった。

 生まれつき人とは色の見え方が違う人がいるのだと、慧臣はその時教わっている。


(どこかの国では、戦で敵味方の色の見分けがつかなくて、敵陣に突っ込んでしまった————なんて話もあったな)


「…………確かに、何度か言い間違いや聞き間違いだと思ったことはある。だが人と見えている色が違うとは……これは何か病気なのか?」

「詳しくは知りませんが、生まれつきそういう方がいるそうです。生まれつきだからこそ、自分の見えている色が他の人とは違うことに、気づけないそうです」

「では、莢迷もそうなのか? あの衣が黒ではないのであれば……私と同じで——————」


 莢迷も真紅と黒の区別がついていないのであれば、あの色の衣を着ているのも納得がいく。

 着ている本人も気づいていないのだから……


『違う』


 梔子は紙に大きくそう書いて、皆に見せる。

 そして、さらにそこへ書き加えた。


『母上は、色わかっている。冥婚の封筒、赤色を選んだのは母上』

「冥婚? そういえば、莢迷が言っていたな……紅家の一族は未婚のまま死んだ者の魂が、天国でさみしくないように結婚相手を用意する風習があると……」

「それなら私も聞いたことがあります。確か、赤い封筒に亡くなった者の髪と名前と人相書きが書かれた紙が入っていて、それを拾った者が相手になると————」

「それだ。そんな風習があるなんて知らなくて……信子が向こうで幸せになれるならと、用意するように言ってはいたが————」


 梔子はさらに続ける。


『赤鬼が、母上をおかしくした。私、本当は、知ってるの』

「……何を、知っているんですか? 梔子様」

『姉上を殺したのは、母上』


 涙を流しながら、梔子は書き続ける。


『母上が姉上のご飯に毒を入れていたの。私、見た』


 梔子は本当は誰が赤鬼にそそのかされているのか、知っていた。

 けれど、言えなかった。

 毎日毎日、信子の看病をしていたのは莢迷だ。

 信子は自分の体調が懸命な看病に応えられず、すぐにまた悪くなることを莢迷に申し訳なく思っていたし、母親である莢迷を心から愛していた。

 信用していた。

 それに、梔子に言っていた。


『結婚したら、きっと私の体は良くなる。そうしたら、元気な孫を産んで、母上を安心させてあげるんだって、姉上、言ってた』


 だからこそ、その莢迷が信子を殺した事実を、梔子は知っていたけれど、話さなかったのだ。


「何を言っているんだ、梔子。どうして、莢迷が……信子を殺したなんて————そんな……」


 芳白はあの莢迷が信子を殺す理由がわからない。

 あれだけ溺愛していた娘を、なぜ殺す必要があるのか、何のためにそんなことをしたのか、全く見当もつかなかった。


「信子様の話では、赤鬼というのはとても貪欲なものだそうです。とても貪欲で、すべてを手に入れたい……きっと、何か赤鬼にとって欲しいものがあったのではないでしょうか? 令月様は、どう思います?」


 令月は大きくため息を吐くと、棺に横たわっている信子の方を見ながら言った。


「理由なんて、本人に直接聞けばいい。要するに、慧臣————その赤鬼を退治すればいいのだろう? そうすれば、信子も安心して天国に行ける……そうだろう?」

「え、ええ。そういうことです」


(……あれ? なんだろう……もしかして、令月様————)


 いつもの令月なら、鬼やら冥婚やら、そんな怪奇話を聞いたら変に興奮して「私も見たい! 見せろ!」と無理なことを言い出すはず。

 どこか不謹慎で、自分の興味のあることにしか興味を示さない王弟殿下に呆れるところだが————今回は様子がおかしいことに慧臣は気がつく。




(————かなり怒ってる……?)






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