第26話 井戸の中から今晩は
天井の穴の真下をよく見ると、明らかにそこだけ不自然に凹んでいた。
まるで、上から何か硬いものを落としたかのように、大理石はひび割れ、放射状にえぐれて、その中心には明らかにそこに何かがはまっていたような跡もある。
「まさか……ここに、星屎が落ちていたのか!?」
気づかずに貴重な星屎を踏んでしまったのかと、令月は焦ってあたりを見渡すが、どこにもそれらしい変わった石は落ちていない。
蹴飛ばされて部屋の隅に転がっているということもなかった。
「穴の周りが少しだけ光っているように見えます。ここに何か落ちていたのは間違いかと————星屎って、妙に光っているやつが月宮殿の収集品の中にありますよね? それと同じものじゃないでしょうか?」
慧臣は星屎の中に似た輝きを持つものがあることを知っているが、令月は首をかしげる。
自分が各地から集めた星屎は、様々な種類があるのはたしかだが、妙に光っているという言葉にピンとこなかった。
「光っている……? そんなものあったか? 黒光りしているものならあったが……」
「え……? もしかして、令月様にはまた見えていないやつですか?」
同じく不思議なものが見える藍蘭なら共感してくれるはずだと、慧臣は藍蘭の方を見た。
しかし、藍蘭は首を振る。
「知らないわ。殿下の収集品に私は興味ないし……」
穴の周りが光っているように、藍蘭の目にも見えていないらしい。
そう感じているのは慧臣だけのようで、もちろん李楽も奇妙なものや不思議なものは売りつけに来るが、令月と同じく見える力は持っていなかった。
「じゃぁ、俺だけが見えているってことですか?」
「そうね……私前に言ったでしょう? 見える見えないの力は、人によって異なるのよ。もしかしたら、慧臣は私よりも見える力が強いのがしれないわね。殿下は皆無すぎて泣けるほどだけど……」
「おい、皆無とは失礼だぞ。藍蘭」
「事実です。いい加減にお認めください。殿下」
「チッ……!」
舌打ちしても、見えないものは見えない。
だからこそ、よく見える慧臣の発言はとても重要だった。
「————それなら、誰かがここに落ちていた星屎を回収した後ということか? 一体誰が? こんな廃村まで……? 星屎の価値がわかっている人間なんて、この国に私以外にいるとも思えないが……そんな珍しい変人がいたら、さぞかし有名になっているはずだ」
「令月様、自分がその変人だって自覚はあるんですね」
「ん? 何か言ったか、慧臣」
「なんでもないです」
(まったくこの人は、しっかりしてるんだか、していないんだか……よくわからないな。まったく……)
「————とにかく、そうなるとこの村に誰か俺たちの前に入ってるっちゅうことやな? あの僵尸たちが星屎を拾って持ち帰るなんて器用なことはせえへんやろうし」
馬を止めた近隣の村では、僵尸がでると噂の廃村に近づくなんて正気とは思えないと言われていた。
少なくとも、近隣の村の住人ではなさそうだと李楽は思った。
「慧臣、その妙に光ってるっちゅうんは、他にないんか? 例えば、星屎のあった場所にそのカスが残っていて光ってるんやったら、そのカスを辿ればたどり着けるんやないやろか」
李楽がそういうので、慧臣は仕方がなく床をよく見た。
僵尸の死体が転がったままで、飛んだ首と目があったりしてかなり気色悪かったが————その妙な光はわずかではあるが今いる部屋の出口に続いている。
「あの……夜が明けてからにしませんか? 外に出たら、まだアレがいるんですよね?」
「それはそうだが……自ら光っているのなら、夜の方が見やすいんじゃないか?」
「……令月様、俺にもう一度あいつらの前に出ろって言ってます?」
「大丈夫だ。襲って来ても助けてやる。藍蘭と李楽が」
(くそが……!!!)
結局、入ってこないように締めた扉を、再び開けることになる。
獣避けの効果で、外にいる僵尸たちに襲われたり、追いかけ回されたりすることはなかったが、不意に近づいてこられる度に慧臣は悲鳴をあげそうになるのをぐっと我慢した。
わずかだが、キラキラと光っているそれを辿ると、どうやら屋敷の北側にある川の向こうへ続いている。
対岸の墓標を尻目に、さらに進むと見つかったのは古い井戸が二つ並んでいた。
「こんなところに、井戸……?」
光っていたのは橋の方向からみて左側の井戸だったが、蓋がされている。
右側の井戸の方は、蓋が開いていて、その中から次々と……
「うううううううううう……」
「あああああああ……」
まるで湧き出るかのように、僵尸たちが井戸の中から出て来た。
上下に跳躍しながら、村の中心の方へ向かって一列になって進んで行く。
「どこから来ているのかと思えば……井戸の中からとは————」
藍蘭が僵尸が出てくる井戸の方をそっと覗き込んで見ると、井戸の水面から新たな僵尸が飛び出して来た。
ボコボコと音を立てて、自然と浮き上がれるようになっている。
「……こちらは登る専用のようです。おそらく、そちらは下りかと」
左側の井戸を開けて見ると、こちらは水が溜まっていない。
その代わり、底に柔らかい干草が敷き詰められていた。




