第2話 私は変人だが、変態ではない
初めて見たこのお方は、なんというか、とても奇妙な人でした。
肌の色は青白く、髪の色だってまだ若いのに真っ白くて、光の加減で銀色のようにも、金色のようにも見える不思議な艶があって……
まるで月の明かりのような輝きを放っている人とでも言いましょうか。
「ほう、これが噂の少女のような少年か……」
低く響きのある声と、高い身長で男だと理解できましたが、それにしたってこの世のものとは思えないほどに美しい顔をしていました。
顔だけ見せられたら、女だと思われてもおかしくないほど、美しいという言葉でしか表現しようのないお顔です。
「あ、あの、一体、どなた様で……?」
俺のあそこをちょん切ろうとしていた醜男は、その人のあまりの美しさに一瞬見惚れているようでしたが、ハッと我に返って尋ねました。
正直、俺も知りたかったです。
この異常に美しい人は、いったい何者か。
着ている衣も、上質そうな光沢のある生地でできているし、身につけている装飾品も、見るからに高そうでした。
「……月宮殿————と、言えばわかるかな?」
月宮殿?
月宮殿って、確か、月にあるって言われている宮殿じゃ……————
いやいや、月にそんなものあるわけがない。
迷信とか、御伽噺の話だ。
何かの隠語だろうか……?
「月宮殿……!? し、失礼いたしました!!」
醜男には意味がわかったようで、急にかしこまって頭を下げました。
手に持っていた大きな鋏が、地面に転がります。
「わかればよろしい。ところで、この少年は私が貰い受けても良いだろうか?」
「え、ええ!! もちろんですとも!! どうぞ、どうぞ、お好きにどうぞ!!」
このお方はニコニコと微笑みながら、地面に落ちていた鋏を拾い上げると、椅子に縛り付けられていた縄を切って、口の中に突っ込まれていた布も取ってくれました。
そうして、改めて俺の顔をじっと見つめ、股間と交互に確認するんです。
「ふむ。確かに、男だな。これは間違われてもおかしくはない。名はなんという?」
俺は脚を閉じて答えました。
「慧臣……浴慧臣です」
「慧臣か、良い名だ。私は煌令月————」
こう……れいげつ……?
それって、確か、国王様の弟君の名前じゃ…………?
「————いつか月に行く男だ」
はい????
*
「————と、いうわけで、このお方……令月様に拾われたのが先週のことです。男の大事な部分をちょん切られることはありませんでしたが、俺はてっきり、令月様の慰み者にでもされるのかと思っていました」
「失礼な、私に男色の趣味はないぞ?」
「わかってますよ。『私は変人だが、変態ではない』でしょう?」
「わかっているならよろしい」
(自分で自分のことを変人というのもどうかと思うけどな……)
慧臣は自分の身の上話を向かいに座っている中年男に簡単に説明すると、筆を取った。
奇怪な事件のあらましを聞いて、書き取るためである。
令月に拾われた慧臣というこの少年は、顔も見た目も少女のように可愛らしいが実に賢い少年だった。
常に変わったものや不思議なものを集めている令月も、実は初めは女と間違われるほどの美少年と聞いて、その収集品のひとつとするつもりでいた。
働かせるつもりもなく、いわゆる、飼い猫や犬のように扱おうと思っていたのだが、「働きもしないのに、飯だけ食うわけにはいかない」と、物で溢れかえり、足の踏み場もないような状態だった部屋を綺麗に片付け、乱雑に並べられた奇妙な収集品もたった数日で勝手に綺麗に並べて、整理整頓。
どこに何があるかまでちゃんと把握し、おまけに読み書きもできるというので、試しにちょっとした仕事をさせてみると、なんともまぁ、きっちりと仕事をこなしてしまった。
雇っていた侍女が急に休暇を取り不在だった為、代わりに仕事をさせることにしたのだ。
そうして、慧臣は拾われてからたったの五日で、変わり者で有名なこの王弟殿下の従者になった。
今ではこうして、令月の元に怪奇現象や謎の飛行物体の目撃情報など、様々な奇妙な話をしに来る依頼人の話を聞いて、書き取りをするようになっている。
「そういうことか。いやぁ、この月宮殿に急に見知らぬ少年がいるから、いったいどういうことかと思ったよ。それに女子のように可愛らしい顔をしているから、ついに王弟殿下が少年にまで手を出したのではないかと……————」
「合点、お前までやめろ。私にその趣味はないと言っているだろうが……」
「はは、すみません。そうですよね。失礼いたしました」
この中年男は早合点。
後宮で長年働いている宦官だ。
宮廷で働く者たちから月宮殿と呼ばれている令月が住むこの西の宮殿に来ては、よく後宮内で起きた奇怪な話を持って来る。
「————それで、今日はどんなお話ですか? 合点様」
「ああ、それがね……最近、また新しく王様が女官を手つきにしたことは知っているかな?」
「またか。まったく、兄上も懲りないなぁ……」
一度でも寵愛を受ければ、その女は身分が低かろうと側室となる。
令月の一番上の兄で、この煌神国の王は、父である先王と同じくよく女人に手を出すことで有名だ。
その度に、後宮で働く宦官や下女たちは部屋の準備をしたり、新たな衣装を用意したりと仕事が増えるばかり。
側室たちによる激しい女の争いも絶えないため、合点はかなり疲弊していた。
「色々なところに気を使わなければならないから、疲れるんですよ、これが……中には、他の御側室たちに虐められて、自ら命を絶つなんて人もいたし————それにね、いくら後宮といえど、部屋の数に限界ってものがあるんですよ。もう空いている部屋が、幽霊が出るって噂になっているところしかなくて……」
「幽霊……?」
「そう、愛桜堂というんだけど……昔そこで女官が自殺したって話でね、ずっと使っていなかったんだけど、この前掃除に入ったら声が————」
合点は、自分でも話していて恐ろしくなったようで、一度ゴクリと唾を飲んでから話を続ける。
「声が聞こえたそうだ。女のうめき声のような、か細い声で————助けて……助けて……って……声が」