第12話 ある妓女の身請け話
私は豊玉楼で使用人として働いておりまして、今日はご主人様の代理でこちらにお願いに参りました。
つい先日、うちで一二を争うほど人気の妓女に身請け話が来たのです。
お相手の方は、とても由緒あるお家柄な上、商人とも繋がりがある貴族の方でして……
その妓女を一目で気に入って、すぐにでも身請けしたいと大金を提示されましてね……それが破談になるかもしれないのです。
実は、以前にも何度か身請けの話はありました。
お相手のこともあるので、公にはしておりませんが、そちらも結構な大金持ちの方々で、うちとしては十分な額をお支払いいただけると喜んでいました。
妓女本人も、納得しています。
しかし、その……身請けということは、つまりは妾となるということなのですが————どうしても、ある問題がありまして、夜のお相手ができないのです。
妓女本人には、何ら問題はありません。
あの子はとても美しく、聡明で、本当に器量好しの良い子なのです。
けれど、あの子が大事にしている、木人形がありましてね……
大きさはまぁ、人間で言うところの一つか二つくらいの子供くらいの大きさです。
とても精巧に作られておりまして、ちゃんと人間の関節と同じように曲がるようにできているのです。
それは妓楼に来る前に、母親からもらった大事なものだそうで、常に部屋においてあるのです。
いつもあの子の部屋に置いてある椅子に座らせているのですが……
奇妙なことに、その人形が半年ほど前から、夜になると勝手に動き出すようになりました。
人形が勝手に動くなんて、ありえない話だと最初は誰も信じてはくれなかったのですが、客とそういう行為に至ろうとすると、いつの間にか、その人形がそばに立っているのです。
そして、眼も動くのですよ。
それはもう、本当に、生きた子供のように————というか、化け物のようにぐるぐると……
最初は酒も飲んでいた上のことですし、幻覚だろうと思われていました。
けれど、気味が悪いからと一度、あの子の部屋から出して、客の相手をしている間はご主人様の部屋に移動させていたのですが……
やはり夜になると、いつの間にか元の部屋に戻っているのです。
枕元に立って、じっと、その人形が見つめているのです。
それがあまりに恐ろしく、最初の身請け話は破談になりました。
その次に身請け話が来た時は、流石にあの子にとってとても大事なものなので、捨てるわけにはいかず、遠く離れた別の妓楼で預かってもらっていました。
身請けが話が正式にまとまったら、その時、あの子と一緒に持って行けばいいと……
けれど、そこまでしても、やはり、あの子が客とそういう行為に及ぼうとすると、いつの間にか戻っているのです。
一体どうやって、あんな距離を戻って来たのかわかりませんが……
縛り付けて、箱の中に入れたこともあります。
それでも、やっぱり、いつの間にか戻って来てしまって……————
うちとしても、また破談になってしまえば、あの子の価値は下がってしまうし、店の評判も悪くなってしまいます。
どこへやっても戻って来てしまうし、あの子にとっては大事なものですから、壊すわけにもいかず……
かといって、このまま店に置いたままにしておくのも恐ろしいのです。
そこで、どうするか困っていたところ、月宮殿ではそういった不思議なもの、奇妙なものを集めているという話を聞きました。
それで、ぜひ、王弟殿下にその人形を引き取っていただけないかと、相談に参った次第でございます。
*
煌神国で一番と噂されている妓楼・豊玉楼から来たその男は、万来と名乗った。
使用人といえど、身なりは立派で容姿も決して悪くない。
誠実そうな真面目そうな男で、さすがは豊玉楼というところだ。
「……夜になると戻って来る人形か。それは興味深いな」
話を聞いて令月は瞳を輝かせる。
前回の後宮の事故物件とは違い、人形という実物が動いているというのなら、令月にだってその不思議な現象を見ることができるかもしれないのだ。
「何かの呪いか、付喪神でも憑いているのだろうか?」
「令月様、落ち着いてください。こちらで引き取るにしても、夜になったらまた勝手に戻ってしまうのではないですか?」
「何を言う、慧臣。だからこそ、万来は私に助けを求めに来たのではないか! なぁ、そうだろう?」
「は、はい。この話をしたところ、月宮殿の王弟殿下であればきっとどうにかしていただけると————李楽様から聞いております」
「李楽様……って、どなたですか?」
「ああ、お前はまだあったことがなかったか? よく私に他国の不思議な話をしてくれる商人だ。『幽霊探知達磨』も『清風扇子』も、李楽の紹介で手に入れた」
(ああ、あの何の役にも立たないがらくたか……)
慧臣が令月の従者になって十日になる。
その間、令月が何が怪しいものを買ったり、もらっていたりはしていなかった。
もし次に令月がその商人から何か怪しいものを買おうとしているときは、全力で止めようと心に決めている。
この見えない主人は、その李楽という商人に騙されているに違いない。
(これ以上がらくたが増えても、困るのは俺だし……)
休暇に入っているという侍女も全く戻ってくる気配がなし、暴走する令月を止めるのは慧臣しかいないのである。
「それより、豊玉楼に行けばその人形が見られるんだな……?」
「はい、もちろんです! ただ……————」
万来は慧臣の顔をどこか気まずそうに見ながら、話を続ける。
「あの人形が動くのは、先ほども言いましたが夜だけなんです。あの子が男とそいう行為をしようとしている時です。李楽様の話では、王弟殿下は女人には興味がなく、女人の前では不能だと聞いていますが————大丈夫でしょうか?」
「は……?」
(え……?)