キスも出来ない奥手な彼氏の部屋からエロ本を見つけ出してやる!
登場人物
カスミ:主人公。幼馴染みの太介から告白されるものの、ずっと断ってきたが、なら結婚なら? と言われ二人の未来を想像して、それもいいなぁとそれを受け入れた。しかし、恋人の太介は超奥手の性に対して無知過ぎるので、未だにキスも満足にしてこないのでヤキモキしている。
太介:カスミの一つ上の20歳、大学生。幼馴染みのカスミのことが好きで好きでたまらない。カスミのこととなると、回りが見えなくなり、かなり執着、依存している。将来は結婚して毎日キスしたいと思っている。性知識は小学生低学年。だが医者志望で優秀な医大生。
いつの間にか両家の親に私たちの婚約が知られることとなった。
婚約者の太介は、小さい頃からの幼なじみ。頭脳明晰、容姿端麗、オシャレな細マッチョの長身、将来は医者志望と、男の魅力が服が着たようなヤツなのだ。
対しまして私カスミは、そんじょそこらの平々凡々な十人前女。
しかし、太介は私にベタ惚れのために、構図は私が女王、太介は召使い。そんな間柄なのだ。
そんな太介は性に対してはまったくの無知識。
付き合ってくれ、結婚してくれと迫ってきたにも関わらず、未だに手を握るのもやっと。
だいたいにしてキスもせんくせに、婚約しましたなどと私の両親に報告するなど勝手に事を進める太介が腹ただしい。
家のリビングのソファに座り爪を噛みながらイライラしていた。のほほんとした顔の母が恨めしい。
「タイちゃんがウチの息子になるなんて心強いわぁ~」
「あんなの勝手に太介が決めただけ。私は承諾してないからね!」
「え? そうなの?」
「そーだよ。私、親に挨拶するなんて聞いてないから!」
「あら、じゃあタイちゃん、強引なんだァ」
「いや……そういう訳じゃないけど……」
「ふーん。タイちゃんと結婚しないのね?」
「いやぁ。そりゃ将来は分からないけど──」
「タイちゃんは強引にアンタとの結婚を決めた。卑怯なヤツね。お母さんがお隣に言ってきてあげようか?」
「ちょ、ちょっと。勝手に早合点しないでよ」
「なんなの? アンタ……」
「え?」
「どうしたいの。タイちゃんはそんな踏ん切りつかないアンタに代わって、男らしく引っ張ってるんじゃない?」
「はぁー!?」
まったく。なんにも分かっちゃいない。これだから外野は。やれやれだわー。
「はぁ。ちょっとアイス買いにコンビニ行ってくるわ」
「あっそ。いってらっしゃい」
なんだよ。太介のことばっかり買っちゃって。そりゃあやつは頭も良いし、男らしいし、身体のラインも決まってる。誰しも太介なら間違いないと思うだろう。だから私の主張なんて聞いて貰えない。なにもかも太介が悪いんだ。
そーだ。アイツが悪いんじゃん。ムカつくわ。キスもろく満足にできないアイツが男らしく思われて、私がゴネてるみたいじゃん。アイツに対してゴネ得なんてありゃしないつーの。
ムカついたから、アイツにアイスを奢らせよう。そうしよう。
太介の家である工藤家の門の前に立ち呼び鈴を押す。
すかさずおばさんの声だった。
「はーい」
「こんばんは。太介……さんいます?」
「あらカスミちゃん。どうぞ上がって」
「はーい」
太介のヤツ、またトイレで踏ん張ってるんじゃねーのか?
まったく火急の際に使えんヤツ。尻の穴に力入れて我慢してろっつーの。
工藤家のリビングに入ると、おばさんが前のソファに座るよう手で合図してきた。
「カスミちゃん。そこ座って」
「え、あのー。太介……さんは?」
「太介、今バイト中。もうすぐ帰ってくるわよ。その間、おばさんとおしゃべりしましょ」
なんだ。バイト中かよ。頑張るなぁ、アイツ……。
──いやいや。別に誉めたわけじゃねーから。
日本の国民三大義務は、勤労、教育、納税。成人してんだから労働して当然だ。調子のんなよな?
私は、太介の顔を思い浮かべながらソファに座った。するとおばさんの顔が崩れてそりゃあ楽しそうな顔。
「太介から聞いたわよ。あなたたち結婚するんですって?」
「いやぁ。太介さんたらそんなこと言ってました?」
「カスミちゃん、いーのよ? 二人の間では呼び捨てなんでしょ? 太介って呼び捨てにしてもいいわよ」
「えーと。太介がそんなこと言っても、まだまだ私、実感が持てないというか……」
「あのね。私、夢があるの」
「はぁ……」
「ウチとお宅の敷地をくっつけちゃって大きなお屋敷を建てるの。別に三棟でもいいわ。でも廊下は三棟に繫げてさ。ウチとあなたたちと、お宅のお家を行き来できるようにするのよ。孫は廊下を走り回っちゃって。西洋の貴族みたいに長いテーブルにみんなで座って食事するのも楽しいと思わない?」
──へー。面白そう。そうだよなぁ。ウチも一人娘だからそうして貰えれば両親の介護とかも楽だしなぁ。いいかもな~。でも工藤家とは格差があるからな。ウチは普通の家だから合わせられないかもしれないし……。
「まぁ、そうなったらいいなっていう、おばさんの希望。あー、そうだカスミちゃん。太介の部屋で待ってたら?」
太介の──部屋?
小さい頃以来だな。アイツの部屋入るの。
どんな部屋なんだろう。さすがに男の部屋だよな。
そこら中にモノが散乱して、ひょっとしたら変な臭いとかすらかも。ふふ。ちょっと興味ある。
「えー。いいんですか?」
「いいでしょう。私たちがいない間、入ってるんでしょ?」
なんつー勘違い。入ったことないっす。しかしここは計略。おばさんに合わせて部屋を見てやろう。
そうと決まったら善は急げ!
おばさんに暇乞いをして、階段を駆け上る。勝手知ったる幼なじみの部屋。
ございました。「Taisuke」のルームプレート。だーさい。ダサいよ。今どきルームプレートて。
これ、中学の技術の時間に作ったヤツじゃねーの? クッソ真面目。
もう、ホントにイジり甲斐があるわ。
ではドアをお開けしましょう。
「タイスケ~。いるぅ~?」
いるわけない。部屋の灯りも真っ暗。
スイッチオンで部屋の灯りが点灯。
ふーん。やっぱこざっぱりしてんな~、アイツ。
つかベッドの上のパジャマ、襟まできっちりたたまれて上下おいてあるわ。女子か。もう一回言っとこ。女子か。
ホコリ一つ落ちてねぇ。ツッコミどころなさ過ぎてツッコミてーわ。
本棚も、キレーに背表紙がこちらを向いてまして、高さもきっちりと揃えられております。
はッ!!
気付いて……しまった──。
た、太介とて年頃の男。私という婚約者があったとしても、未だに臆病で手をだせない。と、いうことはですよ? エロ本の一冊や二冊、おいてあるんではなかろーか? それで自分を慰め満足し、私に飛びかかれないのではッ!?
自己炎上の自家発電野郎は、もう夜とかハアハアしちゃっているに違いない。いや、むしろそうでなくては困る。そうでなくては説明がつかん。
どれどれ。一級捜索士の私が探して進ぜよう。いやいや、エロ本くらいで太介に幻滅しないよ? 却って健全だと思う。うんうん。今まで奥手でも、あ~こういうこと考えてんだ。こういうことしたいんだって指標になるじゃん?
それにアプリの脱出ゲームみたいで面白い。彼氏のエロ本探し。
えーと本棚にはそれらしいのは──ないね。
難しそうなハードカバーの本しかないもん。エロ本はハードカバーじゃないもんね。
となると……。
「ベッドの下かッ!」
急いで見て見るものの、ない。さては逃げたか? いやまだ温かい。そう遠くには逃げてはいない。
ってエロ本は逃げないか。体温ないから温かくもない。ベッドのマットレス、敷き布団の間を捜索するもなし。敵も然る者。
「やる──ッ!」
見渡す限りそれらしき場所はない。そもそも、スマホ時代。画像をフォルダ内に格納することもできる。そのまま閲覧できるサイトもあるだろう。
となると、いくら探しても出てくる訳なんてない。無駄骨か──。
しかし一つ見落としがある。
異様な感覚。まるで私を待っているかのような。
「なんだこの精神重圧はッ!」
そこには昔から太介が使っている机。
もちろん今でもキレイに使われている。私なんて捨ててしまったというのに。
机にも本立てがあるものの、エロ本の形跡はない。
「ふふーん……」
パソコン。
机の中央にご神体の如く鎮座。まるで宝箱。この中に、太介のエロの全てが詰まっているといえよう。
「太介ぇ~。将来嫁さんになるんだからいいよねぇ~」
一応、断りは入れたぞ。そもそも親に結婚のこととか強引に言うお前が悪い。強引? うーん。まぁそう言う感じ。
「起動!」
起動ボタンを押すと、パソコンはスタートするが、すぐにストップ。
「そうか。パスワード。ふーん。やはりセキュリティ。なにかあるな」
まずは太介の名前……と。うーんエラーか。太介の名前と誕生日? 違うか……。
「ひょっとして私の?」
私の名前と誕生日を入れる。そこには「ようこそ」の文字。
「ど ん だ け 好 き な ん だ よ」
意外と簡単にデスクトップの画面に到着。デスクトップには大学関係のフォルダだけ。怪しさなど微塵もない。研究室かよ。ここは!
しかし、私は一級捜索士。この程度では騙されない。
「検索」
そう。これならパソコンの中身を調べ倒すことができる。しかしなんという言葉で保存しているかまでは分からない。
「だが──」
そう。拡張子までは騙せない。画像関係ならば「.jpg」「.png」「.tif」。動画関連ならば「.mp4」「.mov」「.avi」などで簡単に検索できる。もちろん画像などはエロ以外でも大量にあるだろう。しかしサムネイルが肌色ならばまさにそれを示すのだ。
「ではいってみましょう!」
画像を検索──ッ!
しかし。なにもない。クリーンなものだ。大学関係のものしかない。動画も大したものはなかった。
「なかなか。さすが太介。先を読んでUSBなんかに移動していたのかもしれない。でもこっちはどうかしらね」
ブラウザ。
インターネットにより検索して閲覧。検索履歴や閲覧履歴はどうだ!
「くっ……」
なにもない。ブックマークも医療関係のみ。くっそぉ。もっとなにかないのかよ。なさ過ぎて引くわ。
男なら、春画とか四十八手とかカーマスートラとか調べてもいいようなもんなのになぁ。
こいつどんだけ清純なんだっつーの!?
パソコンはもういいや。おそらく家族にも見られかねないからスマホでそういうのはやっているのかもしれない。
しかし、引き出し。
幅広いもの。小さいもの。小さいものの鍵穴があるもの。底が深いもの。
はずは幅広い引き出しから。
うーん。筆記用具。ここもキチンと整理されてます。あんまりキチンとして欲しくねぇなあ。私が嫁に来てこれと同じことしろって言われたら無理だぞ?
次に小さい引き出し。
スマホとパソコンの仕様書と保証書か……。
では、1番大きくて底が深いの。
ははーん。皆さんお待たせしました。
やはり、大量の書類を入れておける場所はここだろう。書類。即ちエロ。
ではご開帳でございます。
──ティッシュとゴミ箱……。
なるほどゴミ箱やティッシュは部屋の景観を崩すからここに隠しているというわけか。マジどんだけ。しかも無臭。ということは、玄奘三蔵のように生涯一度も精をもらしたことがない? 妖怪に食われるぞ、お前。不老長生に最高の妙薬なんだよ。未精通男はよぉーッ!
は!
マジで太介は、エロとかエッチとか興味ないわけ?
つーか、無知なの? そんなわけない。
私の高校時代の男なんて、いうことそんなことばっかだったぞ?
太介の環境だって、そんなエロ環境はあったはず。エロインフラは男子高校生の生活を満たしていたはず!
あ!
失礼。私としたことが見落としておりました。
鍵付きの引き出し。これね。
ここに、DVDやらグッズやらが隠れているのではあるまいか!?
それでは引かせて頂きます──。
おっと。
やはり鍵か。
ますます怪しい。
そうなると、鍵の在りかを探さなくてはなるまい。一応、他の引き出しにはその形跡はなかった。
となると、この部屋のどこに?
額の裏? ありそうだ。
机の下にこっそりなんてのもありえる。
何もなさそうで部屋には家具があるから、そこの間に隠されてしまっては厄介だ。
ん? 玄関の扉の開く音。まさか、帰ってきたか?
「ただいまー。ん? カスミの靴。カスミ、来てたのー♡?」
ふふふふ。カワイイヤツめ。足取り軽やかにリビングに向かってるわ。
「え? オレの部屋に!? なんだよ、母さん! 余計なことしないでよ!」
ん? いつもと口調が変わったぞ?
急ぎながらこちらに近づいてくる!
これは、家捜しの空気を消さなくては!
私は探している間に、ミスをしなかったか探したがその形跡はなかったので、音もなくベッドに腰を下ろした。
すると、太介が激しい勢いでドアを開ける。
「ハァハァハァ──。か、カスミ。な、何してんだ?」
すげぇ慌てっぷり。このクリーンルームにこんなに動揺するとは。なにかある。
「別に。おばさんに部屋で待ってるよう言われただけだよ」
「……ふーん。なにも見てないよな」
「なにってなに?」
「なにってそのぉ。だから部屋をだよ。部屋の中」
「部屋なら見てるじゃん。ほらこうして」
「いやそう言うことじゃなくて……」
「なに? やましいことがあるんじゃないの?」
「別に。ないけど?」
「ウッソだぁ。隠してるね。正直にいいなよ」
「ないよ。特にない」
「ホラホラ。お姉さんに言ってご覧」
太介の腕に絡み付くと、太介はそれを振り払った。
「なっ……!」
「か、勝手なことすんなよ。プライバシーがあるだろ」
プ、プ、プ、プライバシーッ!
太介が私に逆らって、なんという暴言!
ゆ、許せない。キーッ!
この汚らしいアホがァァァーーッ!!!
「お、怒ったね?」
「怒ってないよ」
「怒った。太介のクセに──」
「クセにってなんだよ」
この女王に逆らった。下僕のクセに。太介は今すぐ跪いて私の靴下にキスして許しを乞うべきなのにしない。もう、私なんていいんだ。ほっぺにキスしたから終わりなのねー!
こんちくしょーッ!
「うわーんッ! うわーんッ!」
「か、カスミ!」
「太介が、太介がぁぁーー」
大声で泣きわめいた。もはや悔し泣きだ。今まで太介が私に逆らったことなんてなかったのに、たかだか部屋にいたぐらいでこんなに怒るなんて。
途端に慌ただしくなる。下の階のおばさんの階段を駆け上がる音。太介はすでにオロオロしていた。
「どうしたの! カスミちゃん」
「おばさーん! 太介が部屋にいたぐらいで、怒ったんですぅぅぅううう~! もうお終いなんだわーッ! 結婚なんてどだい無理だったんだわーッ!」
おばさんは私を抱きしめて太介に凄む。
「コラ! 太介!」
「違うよ。ビックリしただけ」
「アンタなんか強要したわね!?」
「そりゃ教養はするよ。母さんだって大事だって言ってたろ?」
「んまぁ! したのね? それにそんなこと言ったことないわよ! この淫行息子!」
「咽喉なんて誰でもあるよ。俺が咽喉息子なら母さんは咽喉母さんさ」
「親に向かってなんてこと言うのよ! ああ、男なんて産むんじゃなかったわ! おおよしよし。カスミちゃん、怖かったわよね~」
「なんなんだよ、まったく」
くー。太介のヤツ、許さない。
おばさんを使ってとりあえず少しは溜飲が下がったわ。しかし、コヤツどうしてくれよう。
それに私は見逃さなかったわよ。
こっそり体で隠している様を。
あのデカブツの後ろにあるのは花瓶──?
さては机の鍵はあの花瓶の中と見た。こうなったら徹底的に太介を奈落の底に追い落とし、二度と私に逆らえないようにしてやる……ッ!
くくくくくく。
はっはっはっはっ!
……いやいや、この笑いとセリフ。私、完全に悪者じゃん? でも太介の秘密、暴かせて貰うわよ!
◇
その日の晩。私は太介に電話した。
「もしもし……」
「あ、太介ゴメンね。今日は取り乱しちゃって」
「い、いや。俺の方こそゴメン……。急だったから驚いちゃって」
「んふふ。私が悪いんだもの謝る必要なんてないよぉ。明日改めて会いたいの。ちゃんと謝りたい。いいかなぁ?」
「も、もちろんだよ!」
「明日、バイト何時に終わるの? その時間に行きたいな」
「明日は21時だよ。それに明日は両親が旅行でいないんだ。リビングの大画面で映画でも見よう」
「いいね~。私借りていく!」
「ホント? 帰ったら二人でコンビニにお菓子買いに行こう」
「やったぁ~! じゃ明日ねー」
電話を切った。
そして知っていた。おじさんとおばさんがいなくなることを。その間に私は太介の部屋に忍び込み、鍵付きの引き出しを調べる。
ククククク。たしかな証拠を掴み、永遠に私に逆らえないようにしてやる!
太介め。思い知るがいい。
ふふふふ。はっはっはっはっ!
次の日。私は太介が大学へ出掛けるとともに太介の家へと向かった。おばさんとおじさんも旅行支度をして出掛ける寸前に私は二人の前に顔を出したのだ。
「あら、カスミちゃん?」
おばさんはおじさんの車に乗りかけてからたずねる。私はそれに答えた。
「おばさん。太介が部屋を掃除しといてくれっていいまして……。それからみなさんいないようなのでテレビでも見ながら太介が帰ってくるまで留守番しててもいいですか? 料理とかも作って上げたいし」
「ま!」
おばさんは驚いた声を上げてニヤリと笑う。
「まあ、そうなのね。私たちが旅行だから……。あの子も大人しい顔して亭主関白なのかしら? あの子帰るまで結構ヒマよ? 申し訳ないわね、カスミちゃん」
「いえいえ。太介を待ちながらなので楽しいです」
「あらー。熱いわね。私たちも昔はそんなんだったわよォ。ねぇあなた」
おじさんは少し困った顔。
「しかし、結婚前の娘さんを預かって二人っきりにするのはなぁ」
そんなおじさんの言葉をおばさんは遮る。
「なーに言ってんのよ。婚約者なんだからいいでしょ。家の中に慣れて貰えるし。カスミちゃん。家の中適当に見て回っていいからね」
そう言って笑いながらおばさんはおじさんを急かして旅行へと行ってしまった。
私の手には、おばさんから預かった家の鍵。
「目的達成!」
そういって、太介の家のカギを開ける。
カチリ。
解錠。いざ玄関のドアをオープン。ふーん、なるほどですね、結構きれいなお家……。いや昨日も来たし、家の説明はいいんだよ、私。
時間にはまだまだ余裕がございますが、その油断が最大の敵。早速太介の部屋へゴーだぜ!
階段登って到着っと。さっさとドアを開けましょ。
ガチッ。
なっ! アヤツ鍵をかけておる! おいおい、アホかぁ! 自室を外側から鍵で閉めて出掛けたのかよ。昨日のアレがあったからか? そう推察して正解だろう。くくく……万策尽きたか?
いやカスミ。諦めちゃダメ。諦めたらそこで捜索終了よ!?
考えろ。なにか方法があるはずだ。
そうだ! おばさんから預かった玄関の鍵に、他の小さな鍵があったはず!
慌てて探すと、やはり玄関の鍵とは違う、明らかに部屋の鍵臭いものを発見。それを太介の部屋の鍵穴へと刺して回す。
カチリ。
ふっふーん。太介くんよぉ、君の防御壁の一つを突破して見せたよ。そこまで守りたいものがここにあるんだねぇ。ひょっとして私が引くほどのアブノーマルなものなのかねぇ。早速調べさせて貰うよ。ふっふっふ。
目的の花瓶は昨日と同じ場所に鎮座している。ククク。この中に机の鍵が?
幸い、現在は花も挿しておらず水も入っていない。ではひっくり返してみましょう。
──しかし、何もない。
く、ミスか? 私の思い違い? だったら鍵はどこに?
私は部屋を見渡した。他に隠し場所はと思いながら花瓶を元の場所に戻す。
花瓶を置いた。そして、違和感を感じた。
花瓶 花瓶 花瓶──。
陶器のこの花瓶を置いたとき、かすかに聞こえた音。それは接地面と花瓶の底の音。少しだけ金属音がした。
花瓶をひっくり返すと、テープで留められた机の鍵。
あった!
その時だった。
玄関のドアが開く音。そして、足音。これは太介の?
「あ。カスミの靴。カスミ、来てたのぉー?」
ま、まずい。予定より早すぎる帰還! そしてなにやら家の中の私の影を探しているかの声と音!
「まさか、カスミ、二階?」
気付かれたー! あやつはスピードをつけて階段のほうに上がってくる。
早く鍵を元の場所に!? いやダメだ。せっかくここまで来たのだ。秘密の引き出し中を知りたい。私は将来、太介の妻になる女。あやつがどんな性癖かを知る権利がある!
私は急いで机の鍵を開けた。すんなりと音を立てて鍵は開き、私は引き出しをオープン。
そこには!
そこには。
そこには──。
私と太介の小さい頃の写真が一枚。写真の中の二人は家庭用の簡易プールで遊んでいる姿。
おそらく四、五歳くらいだろう。そんな私は子供のパンツと、トップレスの露出が多めの姿。
これが、太介のエロ?
小さいながらも私の裸の写真?
なーんやそれ。
しかし、こうしてはいられない。太介の足音は超接近中だ。
私は鍵を閉め、滑らすように鍵を花瓶の下へ──。
その時、部屋のドアは開けられた。私の手は花瓶から離れていなかった。
太介は息を切らしながら私に近付き、花瓶に触れている私の手を取って、顔を見つめてきた。
太介──。
見たこともない顔。
怒ってるのか? 困っているのか。そんな顔。
しかしそんな太介が、私の手を引きつつ部屋の鍵を閉める。
そして、ようやく口を開いた。
「カスミ──見た?」
「……見てない」
「見ただろ」
緊迫。迫り来る太介に身動きがとれない。
太介は私の腰を摑んで引き寄せる。
やっぱり──。
太介、男なんだ。男なんだね。
見つめる力強い瞳に吸い込まれる。
筋肉質の固い体。
私は蜘蛛に捕らわれた蝶。
ふと──。太介はスマホを操作して音楽を流す。
「シャーデー?」
「ロマンチックだろ?」
うーん。ちょっと笑える。ありきたりといえばありきたり。イケメンだから許される選曲。
でもロマンチックにしてどうするの?
完全に抱かれたままの腰。太介は顔を近づけた。
そして今までしなかった、唇へのキス。
熱い熱い情熱的な。時間が止まる。
こんなにキスがいいものだなんて知らなかった。
「んん」
くっ。声が漏れてしまった。机の中身……それを見たから? 私の小さい頃のあられもない姿の写真を。その存在が知られたから?
太介は私の顔に接近して吐息を漏らすように言う。
「ダメだろ? 男の部屋に入ってきちゃ。そしたらこうなるって思わなかった?」
私の胸の音が激しい。太介の熱いキスは二度も三度も続き さらに重ねる唇に力を入れる。
私は力に押されて太介のベッドに腰を落とした。
「ずっと結婚するまでは──って思ってたんだ」
太介は身を離して上着のボタンを外し始めた。
「えっ……?」
「──ちょっと恥ずかしいな。服脱ぐから……それからつけるから見ないでくれるか?」
つける──?
ちょ、ちょっと。心の準備が。やだ恥ずかしい。太介、どうしちゃったの? 急に大胆!
私は太介のベッドに倒れて毛布で顔を覆った。
太介から衣服のこすれる音が聞こえる。
ま、マジで?
やーん!
「あ。やっぱりつけなくてもいいかなぁ。カスミ」
うえ! いくら結婚するからって、ダメだよぉ!
怖い、怖い、怖いィン。
「あれ? なんで毛布被ってるの? 眠いのか──?」
シャーデーの曲と太介のマヌケな声が聞こえる。
眠い? 眠くないよ。
太介のほうを見れないから……。
太介は毛布を少しだけめくった。
大きな太介の目。そして、シャツ姿からラフなトレーナー姿になった太介がそこにいた。
「眠いなら寝てもいいけど、コンビニどうする?」
コンビニ……? それの着替え?
つける、つけないは?
──リモコン持ってる。エアコンのこと?
出掛けるからつけなくてもいいとこういうわけか。なるほどね。
えーと、結婚するまではっていうのは、さっきのキスのことかよ! テメェ、ゴルァ!
「太介、このロリコン野郎!」
「え、え? どうしたの、カスミ。ロリコンってなに?」
「私の子供の頃の裸の写真、後生大事に机に隠しやがって! それでなにしてやがった!」
「えええーー!? やっぱり見たの? いやぁ、他の人にカスミの裸見られたくないから隠してただけだよ。だってカスミは俺だけのものなんだから」
と言って頬を染めながら照れてる。かわいい。
いやいや、言うてる場合か。つまり、こやつはやはりエロに対して全くの無知識なのだ。医大生の癖に。どーゆーことなんだよ。こんなのが医者になったら本当に人命救えんのかよ。
子どもの作り方も知らねえ奴がよぉ~。
太介は今日、私と遊ぶことに重きを置くことにしたらしく、バイトは先輩に代わって貰ったらしかった。
その後、二人でお菓子を買ってリビングで映画を見た。
やっぱり、私は太介の無知さに始終イライラしっぱなしだったが、少しだけ変わった。
太介は映画の途中で何度も唇を押し付けてきたのだ。それはかなり大きな変化だった。
でもやっぱり、それ以上はなにもしない。クリーンな太介坊っちゃんが、私のことを、あの写真の姿のようにすることは出来るのだろうか?
それは次回の講釈で。