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第97話「天下の大悪人、異民族の問題に介入する(2)」

「──仕事の邪魔をするのか」


 声が聞こえた。

 感情のない、冷え切った声が。

 たぶん、惨丁影(ざんていえい)のものだ。


「自分は仕事を受けた。大義(たいぎ)のため、少数を殺すと決めた。邪魔をするなら、殺すべきものと判断する」


 声の主の居場所はわからない。


 ここは森の中。声は木々の間をこだましている。

 まるで、森のあちこちから響いているみたいだ。


 奴は『()』をこめた声を反響(はんきょう)させて、自分の居場所を隠してる。

 一流の暗殺者にはこういうことができるのか。


 俺は『五神歩法(ごしんほほう)』の『白虎縮地走(びゃっこしゅくちそう)』を発動。

 さっき飛刀(ひとう)──投げナイフが飛んできた場所に向かう。

 そこに惨丁影がいるはずだけど──



 ガガッ!



「──ちっ!」


 頭上から飛刀が飛んできた。

 すぐに回避(かいひ)してすぐに上を見る。けれど惨丁影はいない。

 見えたのは不自然な軌道(きどう)を描いて飛ぶ、2本の飛刀だけ。


 まっすぐ飛んできた飛刀が、空中で方向を変える。

 そのまま俺の左右から囲むように──って、なんだこれ!?


 飛刀は鳥や虫のように、木々の間を()って飛んでくる。

 直線じゃない。曲線とジグザグの異常な軌道。

 惨丁影は投げナイフのコースを変化させてる。こういうこともできるのか。奴は。


「軌道を変化させながら飛刀を投げてるのか。どうりで居場所がわからないわけだ」


 雷光師匠(らいこうししょう)が手こずったのもわかる。

 というよりも、こいつと毒矢使いに狙われて、スウキとレキを守り切って、自分はかすり傷で済ませた雷光師匠はすごすぎだ。


 ……俺に同じことができるだろうか。

 村の使者とスウキの姉を守って、冬里(とうり)とレキも傷つけさせず、惨丁影を捕らえる……そんな離れ業が。

 できたら、雷光師匠はほめてくれるかな。

 小凰(しょうおう)星怜(せいれい)は、無茶したと言って怒るだろうか。


 とにかく、惨丁影は放置できない。

 壬境族(じんきょうぞく)の味方を増やして、藍河国崩壊(あいかこくほうかい)エンドを防ぐためにも、奴はここで倒す必要がある。


 だから──


雷光師匠(らいこうししょう)秋先生(あきせんせい)……例の技を使わせてもらいます」


 俺は草の間に伏せて、深呼吸する。

 まわりの気配に耳を澄ます。

 感覚を、()()ませていく。


 ──空気の流れ。

 ──周囲の『()』の動き。

 ──気配。光。温度。


 すべてを映し出す鏡になる。

 そうして俺は、『四凶の技・渾沌(こんとん)(いち)』──『万影鏡(ばんえいきょう)』を発動する。



『万影鏡』の効果は、雷光師匠と秋先生が教えてくれた。



 ──『万影鏡』は世界を(うつ)す鏡になるものだ。

 ──自分と敵、その他あらゆるものを映し出し、把握(はあく)する。

 ──その上で攻撃と回避を行うんだ。

 ──言葉で説明するのは難しいな。試しに、翼妹(よくまい)の方を向いたまま、私の動きをとらえてごらん。


 これは雷光師匠の言葉。



 ──『四凶の技』は強い。『窮奇(きゅうき)』のように、一撃で戦闘力を奪うものもある。

 ──『渾沌(こんとん)』はそれに対抗するためのものだ。

 ──だから『万影鏡』という、敵の動きを把握(はあく)するための技があるのだろう。

 ──他の『四凶の技』を回避して、その隙に攻撃をぶつけるために。


 これは、秋先生の言葉だ。



 ふたりの話を聞きながら、俺は『万影鏡』の修行をした。

 おかげで、技を発動するくらいはできるようになったんだ。


「──『渾沌(こんとん)万影鏡(ばんえいきょう)』」


 技を発動すると──自分が透明になったような気がした。


 まるで空中に立ち、自分自身を見下ろしているような感覚だった。

 まわりの状況が、手に取るようにわかる。


『万影鏡』は自分を消して、受信専用になる技だ。

 音や気配、『()』の流れから、まわりの状況を把握(はあく)することができる。

 たとえば──



 ──シュッ。



 今、惨丁影が投げた飛刀が、空気を()らした。

 飛刀は俺の頭の上を通る──と見せかけて、真下に落ちてくる。

 飛刀にはやつの『気』が絡みついている。それが動きをコントロールしてる。


 俺は『五神歩法』で前方に移動。飛刀を回避。

 同時に左前方から聞こえる、かすかな足音を確認。

 これは──冬里(とうり)たちのものじゃない。


 冬里は少し離れた木の陰で、俺の無事を祈ってくれてる。

「敵が見えないのです。足手まといになってます」って、泣きそうな声で。

 レキは短刀を手に、冬里を守ろうとしてくれてる。

 村人も、スウキの姉のライハも一緒だ。4人は惨丁影の攻撃範囲の外にいる。


 俺は惨丁影の足音に耳を()ます。

 かすかな足音が左前方から聞こえる。

 奴はそこに……いや、違う。あれはダミーだ。


 奴は小石を地面に投げて、偽の足音を作り出している。

 本体はすでに移動している。

 こっちに向かってきているのが──わかる。


 飛刀使いは接近戦が苦手なはずだけど、奴は違う。

 奴の飛刀は自由自在にコースを変える。近づくほど回避しづらくなる。


 そして、ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する惨丁影の必殺技は──


「──仕事の邪魔だ。死ね」


 奴の声が聞こえた。

 同時に、俺を囲むように、8本の飛刀が飛んでくる。


「知っているぞ惨丁影。『飛刀八卦殺(ひとうはっけさつ)』だな!」

「──なに!?」


 おどろいた惨丁影が声を()らす。

 それで俺は奴の居場所を完全に把握(はあく)した。


飛刀八卦殺(ひとうはっけさつ)』は惨丁影の必殺技だ。

 飛び道具のくせに飛距離は短く、その分、威力は高い。

 敵キャラを囲むように8本の飛刀を飛ばし、相手の逃げ場を奪う。人体の急所すべてを貫き、確実に命を奪う。


 この技を──最弱キャラの黄天芳に避けられるか?


 不安がよぎったのは一瞬だけ。

 考えてる暇はない。相手は一流だ。考えこんだら、その隙に殺される。


 飛び道具への対処は雷光師匠から教わってる。

 というか、見た。


 ずっと前、北臨(ほくりん)で星怜がさらわれそうになったときだ。

 雷光師匠は暗器使いの燕鬼(えんき)が放った武器を、すべて()ち落としていた。

 あのときの真似をする。

 できるかどうかはわからない。やってみるだけだ!


「──『朱雀大炎舞(すざくだいえんぶ)』!」


 左右から来る飛刀を、『朱雀大炎舞』の回転斬りで撃ち落とす。


「──『潜竜王仰天せんりゅうおうぎょうてん』」


 飛び上がりの斬り上げで頭上の飛刀を払う。足元を狙う飛刀を避ける。


 飛刀のうち2本が、空中で軌道を変える。

 狙いは足元。俺が着地した瞬間。着地の隙を襲うつもりか。


 俺は『五神歩法』の『朱雀滑空爪(すざくかっくうそう) (朱雀が音もなく長距離を飛んで獲物を(つか)む)』で滞空時間を増加。着地のタイミングをずらす。

 地面に落ちた飛刀を踏みつけて、『白虎縮地走(びゃっこしゅくちそう)』で疾走する。


「────な!?」


 奴の気配が動く。だけど、逃がさない。


 惨丁影が俺に背を向ける。奴は、使者を殺すのをあきらめていない。

 居場所を隠すのを諦めて、村人やライハ=タイガのいる方へ走り出す。


 俺は『五神歩法』の『白虎』で追いかける。

『万影鏡』は奴を完全にとらえている。

 気配も──動きも──呼吸音さえわかる。


 ──奴が飛刀を投げようとする。

 ──俺が『五神剣術』の突き技を放つ。

 ──飛刀が放たれる直前、俺の刃が奴の手の甲に触れる。

 ──刺す。貫き通す。


 そして──


「ぐぅ……が、ぁ、ぁぁっ!」


 ──惨丁影は暗殺者らしく、押し殺した悲鳴をあげたのだった。



 惨丁影が倒れたのを確認して、俺は『万影鏡(ばんえいきょう)』を解除する。

 この技は『気』の消費が早い。

 おまけに頭が痛い。感覚が鋭くなったぶん、脳に負荷がかかってるんだ。

 長時間の使用はきついな……。


 でも、まだ終わってない。


「あんたのうわさは聞いてる。裏社会の暗殺者、惨丁影」


 俺は惨丁影に剣を突きつける。


 惨丁影は答えない。

 ただ、舌打ちをしただけだ。


「お前は藍河国(あいかこく)の人間だろう? どうして壬境族(じんきょうぞく)の領地にいる? 穏健派を襲ったということは、雇い主はゼング=タイガか?」


 反応なし。まぁいいか。


 冬里にお願いして、惨丁影に点穴(てんけつ)(ほどこ)してもらおう。

 動きを封じたあとで、穏健派の人を呼べばいい。

 ゼング=タイガと敵対している人たちなら、惨丁影のことを知っているかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は冬里を呼んだのだった。




 次回、第98話は、次の週末に更新する予定です。





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