第96話「天下の大悪人、異民族の問題に介入する(1)」
──天芳視点──
翌日。俺はレキの案内で、村を出て北の森に向かった。
そこからなら、壬境族の穏健派の砦が見えるからだ。
藍河国に戻る前に、穏健派がどこにいるのか知っておきたかった。
そうすれば国に戻った後で、燎原君や藍河国の高官に詳しく説明できる。穏健派と連絡を取るのも、やりやすくなるだろう。
スウキもレキも穏健派の居場所は知っているけれど、高官たちを納得させるには、『飛熊将軍』の次男の俺が説明した方がいい。
藍河国の平和のためだ。父上の権威を利用させてもらおう。
「北の森は、長老さまたちと穏健派が連絡を取る場所のひとつです」
草の間を歩きながら、レキが言った。
俺たちがいるのは、背の高い草の生えた草原だ。
他の者に見つからないように、身をかがめて進んでる。
「村の者も森に行っているはずです。スウキさまが無事に藍河国に着いたことを、お父上に伝えるために」
「穏健派の人とは、森の中でやりとりしているんですか?」
「はい。ですが……」
「わかってます。俺たちは、穏健派の人たちには近づかない方がいいですよね」
穏健派はゼング=タイガの勢力と敵対している。
知らない人間が近づいたら警戒するだろう。
下手をすると戦いになるかもしれない。それはまずい。
「ぼくは穏健派の人たちがいる場所を見たいだけです。使者には近づきませんよ」
「冬里も同じです。北の地がどうなっているのかをこの目で見て、お母さまに報告したいのです」
「わかりました。では、こちらに」
草の海を抜けると森に入った。
背の高い樹が密集した、暗い森だ。人目を避けてやりとりするのは絶好の場所だろう。穏健派と連絡を取るのに使っているのもわかる。
無言で進んでいると、やがて、森の終わりが見えた。
その先にあるのはごつごつした丘陵地帯。
その一番高い場所に、砦があった。
砦のまわりには、背の高い柵がある。
柵の向こうにあるのは見張り台だ。
あとは遠すぎてよく見えない。ただ、人影と馬の影が動いているのが見えるだけ。
あれが、穏健派が立てこもっている砦か。
「ゼング=タイガの軍勢は撤退したようですね」
戦いの跡はない。
本格的な戦闘にはならなかったんだろう。よかった。
スウキは今、藍河国に支援を求めに向かっている。
その状態で壬境族同士が争えば、藍河国の介入を招く可能性がある。そのことがゼング=タイガを止めたのかもしれない。
「……お嬢さまのお父上も砦も……無事のようです。」
俺の隣でレキがため息をついた。
「これで安心してお嬢さまに報告できます」
「あとは藍河国の高官を説得するだけですね」
これがなかなか難しい。
燎原君は協力してくれそうだけど、他の高官はどうだろう……? 説得には時間がかかりそうな気がする。
なるべく早めに藍河国に戻った方がいいな。
燎原君や高官たちに俺と冬里が見たものと聞いたことのすべてを話して、穏健派と結ぶメリットを説こう。国境地帯の平和のためにも。
「十分です。帰りましょう。冬里、レキさん」
「は、はい」
「……お待ちください。陸宝さま」
不意に、レキが唇に指を当てた。
「村の者が来たようです。これから使者と会うのでしょう。彼らをおどろかせないように、しばらく動かない方がいいと思います」
レキが指さした方を見ると──昨日、村で会った男性がいた。
門番をしていた人だ。
彼は森の端っこで布を振っている。砦の者を呼ぶための合図らしい。
しばらくすると、砦の方で動きがあった。
砦の門が開き、閉じるのが見えた。誰かが出てきたみたいだ。
「なるほど。こうやって連絡を取っているんですね」
「合理的なやり方なので」
「村の人々はさまざまな方法で穏健派と連絡を取っています。彼らと接触する場所もいくつかありますが、もっとも多く使われているのがこの森です。隠れる場所が多いですし、人目につきにくいですからね」
砦のまわりで、草が揺れている。
砦から出てきた人物は草の間に隠れながら、こちらに向かっているようだ。
スウキのことが砦の兵士に伝わったら、俺たちの役目は終わりだ。
あとは国に帰って、師匠や燎原君や藍河国の高官たちに報告するだけ。
その後は……トウゲン=シメイと取り引きをするために、商人を手配してもらわないといけない。
いや、俺がまた会いに行くのもいいな。
あの人は重要キャラだから、常に連絡を取れるようにしておきたいんだ。
長旅だったけど、ここまで来てよかった。
味方になってくれそうな人と出会えたのは、大きな収穫だ。
帰ったらゆっくり休もう。
星怜も小凰も心配しているかもしれない。ふたりと会って、旅の話をしたいな。
俺がそんなことを考えていると──
ざざっ。
──森の中で、人が動く気配がした。
俺は思わずまわりを見回す。
冬里は、俺と同じように誰かの気配に気づいたようで、耳を澄ませている。
レキはじっと砦の方を見つめたまま。門番さんも同じだ。
門番さんを含めた俺たち4人は、動いていない。
──森の中に誰かいる。
俺や冬里やレキでも、門番さんでもない人間が。
ゼング=タイガは撤退した。兵の姿は見えない。
だけど、奴と穏健派の争いが終わったわけじゃない。
もしも俺がゼング=タイガの仲間だったら……どんな手を打つ?
優先すべきなのは、穏健派を孤立させることだ。
まわりを囲んで使者のやりとりができないようにするのがベストだけど……ゼング=タイガの兵団は撤退している。
じゃあ、どうする? 砦のまわりに、兵を潜ませるか?
いや……それなら兵士じゃなくて、武術家を使った方がいい。
ゼング=タイガの配下には武術家がいる。スウキとレキを襲った奴が。
そいつが砦のまわりに潜んでいたとしたら……?
シュルン。
風音がした。
俺は即座に『五神歩法』の『白虎縮地走 (白虎は百歩の距離を一歩で進む)』を発動する。
スウキとレキを襲ったのは毒矢使いと飛刀──投げナイフの使い手だった。
ここは森の中だ。障害物が多いから矢は使いづらい。
では、飛刀使いは?
木々の間で伏せて飛刀を投げれば、相手は攻撃に気づかない。
気づかないうちに──飛刀に貫かれて、死ぬ。
まわりの人間は、どこから飛刀が飛んでくるのかもわからない。
だから俺が狙ったのは──
「────伏せてください!!」
俺は『白虎縮地走』で高速移動。
門番さんに飛びつき、押し倒す。
──その直後、門番さんの首があった部分を、飛刀が通過した。
「り、陸宝どの!? なにを……」
「……静かに。誰かがあなたを狙ってます」
俺は姿勢を低くしたまま、門番さんを引っ張って移動。木々の間に伏せさせる。
こうすれば門番さんは狙いにくくなる。
となると、次に狙われるのは──
ふたたび俺は『白虎縮地走』を発動。
砦を出た伝令兵がいる方向に向かって走る。
「『五神剣術』──『朱雀大炎舞』!!」
俺は伝令兵と森の中間地点で、『朱雀大炎舞』を発動する。
『朱雀大炎舞』は回転しながら高速で剣を振り回す技だ。攻撃だけじゃなくて防御にも使える。
これなら飛刀を打ち落とせる──はず!
ガギィン!
手応えがあり。
振り返ると、落ちて行く飛刀が見えた。よし。
俺は『玄武地滑行 (玄武は地面を滑って高速移動)』で、砦からの伝令兵に近づく。その手を掴んで、地面に引き倒す。
「味方です。あなたも狙われてます。姿勢を低くして、動かないでください」
「──え!? あ、あなたは?」
「ぼくは黄……いえ、陸朱宝といいます。スウキ=タイガさまの依頼により、レキ=ソウカクの案内で壬境族の土地にやってきました」
俺は早口で、自分が穏健派の味方だと伝える。
「スウキさまはご無事です。ぼくの師匠が保護しました。彼女たちは藍河国に向かっています。それを伝えるために、村の伝令はあなたを呼びだしたのでしょう」
「スウキが!? 妹は無事なのですね! よかった……」
「……妹?」
振り返ると、髪の長い女性の姿があった。
年齢は俺と同じくらいだ。
胡服──上衣とズボンを身に着けている。
彼女は泣きそうな顔をしていた。そりゃそうだ。
いきなり飛刀で狙われて、知らない人間に地面に引き倒されたら、誰だってびっくりする。
「わ、わたしはスウキの姉の、ライハ=タイガと申します」
少女は言った。
「村の者の合図があったので参りました。もしかしたら、スウキのことかと……」
「わかりました。とりあえず、一緒に来てください」
俺はおだやかな口調で語りかけた。
「砦までは距離があります。今から戻るのは危険です。森の方が安全でしょう」
「は、はい。わかります」
「一緒に来てください。仲間と合流して守りを固めます」
近くに毒矢使いもいるかもしれない。草原だと逃げ場がない。
まずは森に戻るのがベストだ。その後は──
飛刀使いを、倒すしかない。
雷光師匠が手こずった相手に勝てるかはわからないけど、他に手段がない。
……『剣主大乱史伝』に出てくる飛刀使いを思い出せ。
ここにいるのは雷光師匠でも瞬殺できなかった敵だ。
間違いなくネームドキャラだろう。
『剣主大乱史伝』に登場する飛刀使いはふたり。
暗殺者の惨丁影。盗賊あがりの呉崔。
呉崔はそれほど強くない。それにあのキャラは、気のいいおっさんだ。女性や子どもを暗殺するとは思えない。
だとすると──
「……敵は惨丁影か」
地面には小刀が2本、突き立っている。
同時に2本の飛刀を投げるのは、惨丁影の得意技だ。
──左右から襲いかかる飛刀で相手の逃げ場を塞ぐ。
──相手が飛刀を撃ち落としたら、その隙に接近して仕留める。
それが惨丁影の戦い方だ。
惨丁影には話し合いも取り引きも通じない。
奴は『小の虫を殺して、大の虫を生かす』というポリシーで動いている。
奴がゲームで主人公に従うのは、主人公に従った方が利益が大きいと考えたから。それだけだ。
「最悪だ。ゼング=タイガは惨丁影を味方につけてたのか」
俺はライハ=タイガを抱えたまま『玄武地滑行』を発動。
地面を滑りながら、森へと向かう。
「聞こえるか惨丁影!! 貴様がいるのはわかっている!!」
ジグザグに移動しながら、内力を込めた声を張り上げる。
叫んだ直後に『玄武地滑行』。
直後、俺たちがいた場所に飛刀が飛んでくる。
「森に飛び込みます。つかまっていてください!」
「は、はぃぃ!!」
俺とライハ=タイガは森の中へと転がり込む。
そのまま俺は、冬里とレキと門番さんがいる場所を指さす。
「ぼくの仲間と合流してください。姿勢を低くして、決して頭を上げないように」
「あ、あなたは……どうなさるんですか?」
「飛刀使いを、なんとかしてみます」
そう言って俺は再び走り出す。
飛刀の発射位置から、惨丁影の居場所は特定できる。
まずは接近しないと勝負にもならない。
そして──今、攻撃しているのは奴だけだ。
おそらく毒矢使いはここにはいない。
一対一なら惨丁影を倒す……のは無理でも、追い払えるかもしれない。
本当は、奴を捕まえたい。
そうすれば奴の仲間のこともゼング=タイガのことも……『金翅幇』がどこにいるかもわかるはずだ。
そんなことを考えながら、俺は惨丁影の居場所へと走り続けるのだった。
次回、第97話は、次の週末くらいに更新する予定です。
あけましておめでとうございます!
今年も「天下の大悪人」を、よろしくお願いします。




