第94話「黄天芳と玄冬里、壬境族の土地に向かう(6)」
──冬里が立ち去ったあと、長老は──
「長生きはするものだ。この齢になって、異国の、尊敬できる人物に出会えるとは」
長老は衣服を整えながら、つぶやいた。
「あのような人物が壬境族におれば、ゼング王子を止めることもできただろうに。今、王子のそばにいるのは、得体の知れない連中だけとは。それを排除できぬわれらも……情けない」
この村は、壬境族の弱者を生かすために作られたものだ。
建設を決めたのは、数代前の王だった。
老いた者や、病んだ者。生まれつきからだが弱い者など、移動生活に耐えられない者たちのため、この村は作られた。
壬境族にも、そういう時代があったのだ。
けれど、今は違う。
軍神ゼング=タイガによって、壬境族は軍事国家となった。
この村も、労働力となる男性や、家畜や作物を奪われた。
次の冬は越せるかもしれないが、その先はわからない。
長老は思う。
ゼング=タイガが最強の武将として生を受けたのは、壬境族にとって吉兆だったのか、呪いだったのだろうか。
すでにゼング=タイガは、壬境族に害をなす存在になっているのではないか、と。
仮にそうだとしたら、この先、人々が生き延びるためには──
「……わしはもう、十分に生きた。今は、若い者を生きのびさせることを考えねば」
長老はため息をついた。
「それに、朱陸宝どのと玄冬里どのが無事に帰れるようにせねばな。護衛を手配するとしよう」
長老の人脈は広い。
土地に詳しくて、暇を持て余している者も知っている。
「ここは……放浪癖のある者と、その身内に声をかけてみるか」
そんなことを考えながら、長老は部下を呼んだのだった。
──天芳視点──
「「にゃーん!!」」
俺と冬里は導引を終えた。
長老は俺たちに宿舎を貸してくれた。
俺と冬里は同じ宿舎。レキは隣の宿舎に泊まっている。
レキはスウキから『天芳さまの側で眠るように』と命じられていたけど、今回は難しい。レキの正体はばれてしまっているし、俺と冬里は夫婦者ということで、同じ宿舎をあてがわれている。そこにレキが泊まるのは不自然だ。
だからレキは隣の宿舎にいて、俺たちを警護することになったのだった。
その後、俺と冬里は体調管理も兼ねて、導引をすることにした。
数日ぶりに『獣身導引』と『天地一身導引』を、仕上げにもう一度『獣身導引』をして、俺たちは『気』の調整を終えたのだった。
「やっぱり、導引をすると落ち着きますね」
「はい。宝さま」
俺と冬里は背中合わせの状態で、床に座った。
念入りに導引をしたから、俺と冬里の『気』は、まだ繋がってる。
落ち着くまでは、くっついていた方がいい。
『天地一身導引』をしたあとだから、俺たちは下着姿。
だから、背中をくっつけてると、直に冬里の体温が伝わって来る。
少し汗ばんだ背中は熱くて、『気』が順調にめぐっているのがわかる。
冬里の古傷は、ほとんど治ってるみたいだ。
「宝さま」
「はい。冬里さん」
「冬里は……天芳さまを『宝さま』と呼ぶのが、気に入ったみたいなのです」
「そうなんですか?」
「だから、北臨に戻ったあとは……『芳さま』とお呼びしていいですか?」
「いいですよ。冬里さんの好きな呼び方で」
「……冬里と」
「え?」
「呼び捨てにして欲しいのです。冬里がこれからも『芳さま』とお呼びするのですから、芳さまも冬里のことを『冬里』と呼んでください」
冬里の体温が、また、熱くなる。
俺はうなずいて、
「わかったよ。冬里」
「はい。芳さま」
背中合わせのまま、冬里は俺の手に触れた。
「それと……冬里は芳さまのお身体を、ちゃんと見たいのです」
「え?」
「……あ」
冬里の身体が、ぼっ、と熱を帯びる。
「ち、違うのです! 間違いなのです!! 冬里は芳さまのお身体を診たいのです! 診察です! 遍歴医見習いとしての希望なのですっ!!」
細い背中を揺らして、冬里は声を上げる。
「北臨からここまで旅をしてきましたから……身体の深いところに、疲れが残っているかもしれないのです! だから芳さまの『気』や経絡の状態を診てさしあげたいのです。他意はないのです!!」
「わ、わかったから。あわてなくていいから」
「……うう」
「冬里の腕前は信用してるよ。だから、診てくれると助かる」
「はい。お任せください!」
「一方的に診てもらうばかりでごめんね。俺に医学の知識があれば、冬里のことを診てあげられるのに」
「……そうですね」
冬里は、なぜか、ささやくような声で、
「冬里も芳さまに、冬里をもっと見てほしいのです……」
「……ん?」
「ま、間違えました! 冬里の身体の『気』の状態を見て欲しいのです! 他意はな、な、ないのです!!」
「う、うん。じゃあ、導引を念入りにやろうよ」
「は、はい。うれしいです!」
肩越しに冬里が振り返る。
「『天地一身導引』をすると、芳さまと冬里は、ひとつの樹木みたいになれるのです。芳さまとひとつになるのは……冬里にとって、とてもしあわせなことなので」
そんなことを言いながら、冬里は笑ってた。
それからすぐに冬里は俺を、すごく念入りに診察して──
その後は俺たちは、眠くなるまで一緒に導引を続けたのだった。
次回、第95話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
できたらいいな……。




