表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/219

第93話「黄天芳と玄冬里、壬境族の土地に向かう(5)」

 壬境族(じんきょうぞく)の占い師は、占いを行う前に星を見る。


 最初に星の位置を確認して、それをもとに、占いに適した日を調べる。

 占いが行われる日の朝は、羊を生け(にえ)に捧げる。

 その後は香を()き、天幕の中で祈り続ける。


 やがて、占い師は意識を失い、夢を見る。

 その夢こそが、未来を指し示すものだとされているのだ。


 けれど、長老──エイガン=タイガが見た夢は違った。

 儀式の途中で彼女は倒れ、未来を指し示す夢を見たのだった。



 その夢の中では獣たちが相争(あいあらそ)いながら、なにかの生き物を()らっていた。



 その生き物が着ていたのは、藍河国(あいかこく)の王の朝服(ちょうふく)だった。

 朝服のことなど長老は知らないのに、はっきりとわかった。



『おお。この私の時代で、藍河国も終わりか!』



 朝服を着た生き物が、そう叫んでいたからだ。

 獣たちは藍色(あいいろ)の河の中で、その生き物を食らっていた。


 藍河王(あいかおう)のまわりには、四匹の獣たちがいた。

 かたちはよくわからなかった。

 真っ黒に染まった、影絵のような姿をしていた。


 四匹の獣のうち、二匹は(くさり)に繋がれていた。

 鎖の先はゼング=タイガが握っていた。

 ゼング=タイガは獣に指示して、藍河国の王らしき生き物を()わせていたのだ。


 別の一匹を繋ぐ鎖は、見知らぬ少年が握っていた。

 きらきらと輝く、不思議な姿の少年だった。


 最後の一匹は、繋がれてはいなかった。

 その獣は獲物に興味がないのか、離れた場所に座っていた。


 やがて、藍河王が食い尽くされると、ゼング=タイガが勝利を宣言した。

 そうして、夢は終わったのだった。









「わが占いは、このようなかたちで未来を示したのじゃ」


 そう言って、長老は説明を終えた。


「これは王の命令で、壬境族の未来を占ったときに見たものじゃ。だから、わしは占いの結果を王に伝えた。この夢を見たものがわし一人だったら、たいしたことにはならなかったのじゃが……」

「王さまは他の占い師にも、未来を占うように命じていたんですね?」


 俺は言った。


「他の占い師もすべて、長老さまと同じ未来を見た……ということですか」

「そうじゃ。それで王とゼング王子は、運命を感じたのじゃろう」


 長老は、苦々しい口調でうなずいた。


 占いの結果を知った壬境族の王とゼング=タイガは、『藍河国(あいかこく)は滅ぶ』という運命を信じたんだろうな。

 だから軍を率いて、藍河国に攻め込もうとした。

 それを燕鬼(えんき)や『金翅幇(きんしほう)』という組織が支援したんだろう。


 長老の夢に出てきた獣は、たぶん『四凶(しきょう)』だ。

 そのうち二匹を、ゼング=タイガが操っていたのは、壬境族が『二凶』を手に入れるという意味だろうか。


 もう一匹を操っていた少年は……ゲーム主人公の介鷹月(かいようげつ)だ。

 彼はゲーム『剣主大乱史伝』の中でも『四凶の技』を使っていたんだろう。

 ステータスには表示されていなかったけど。


 そして、最後の一匹は、藍河国を滅ぼすのに参加していない。

 そういう『四凶』もいるんだろうか……?


 本当は、もっと詳しく話を聞いてみたい。

 けど……俺はなりゆきで、スウキとレキに手を貸している立場だ。

 壬境族の長老に、ゼング=タイガのことや『金翅幇(きんしほう)』のことを聞くわけにはいかない。下手に探りを入れすぎると、穏健派の信用を失うかもしれない。

 それで穏健派と藍河国の連携(れんけい)がうまくいかなくなったら最悪だ。


 占いについて聞けただけで、満足するしかないか。


「ありがとうございました。長老さま」


 俺は長老に向かって、拱手(きょうしゅ)した。


「貴重なお話でした。参考にさせていただきます」

「役に立ったなら、なによりじゃ」

「占いの結果を……壬境族の人々は知っているんですか?」

「詳しい内容を知っておるのは、王に近い者だけじゃ。だが、別に秘密でもなんでもない。お主が誰かに話したところで、構わぬよ」

「……お見通しですか」

「スウキとレキを救ってくれた方のお弟子なら、ただ者ではあるまい。だからわしは、占いについて話したのだ」


 長老は、かすかに笑ったようだった。


「風は草原をめぐる。同じように、恩義(おんぎ)もめぐるものじゃ。スウキを救ってくださった方ならば、わしの恩人でもある。わしはお主を信じるよ」

「ありがとうございます」

「こちらこそ。スウキからの書状を届けてくれたことに感謝しておる」


 長老は俺と冬里に向かって、頭を下げた。


「書状は間違いなく、スウキの父に届けるであろう。お主たちは村に泊まっていくがよい。もてなしはできぬが、ゆっくりと身体を休めて欲しい」

「はい。それと……ひとつ、お願いしてもいいですか?」

「構わぬよ」

「ぼくは、穏健派の人たちがいる場所を見てみたいのです」


 できれば、スウキのお父さんたちの所在地を確認しておきたい。

 燎原君(りょうげんくん)藍河国(あいかこく)の高官たちが、直接、彼らと連絡を取りたいと言い出すかもしれないから。それができるように。


「承知した。ここからは遠くない。明日、レキに案内させよう」

「ありがとうございました」


 俺は長老に頭を下げた。

 冬里とレキも、同じようにする。


 こうして俺は、雷光師匠とスウキに頼まれた役目を、無事に果たしたのだった。










 ──冬里(とうり)視点──




「よろしければ、長老さまのお身体を()てさしあげたいのです」


 話が終わったあと、冬里はそんなことを申し出た。


 長老は、身体は弱いけれど、有能な占い師として尊敬されている。壬境族のなかでも重要人物だ。

 そして、長老は藍河国に敵意を抱いていない。

 逆に今のゼング=タイガのやり方を不安に思っている。


 それに長老は、壬境族の穏健派と、藍河国をつないでくれる人でもある。

 彼女はスウキやレキを大切にしていて、異国から来た天芳(てんほう)や冬里にも優しい。


 そういう人には長生きして欲しい。

 そう考えた冬里は、長老の身体を診察(しんさつ)することを言い出したのだった。


「うむ。良い機会かもしれぬな。よろしくお願いする」


 長老は冬里の申し出を受け入れた。

 天芳とレキが部屋を出たあと、彼女は着物を脱ぎ、冬里に身体を預ける。


「目と(あし)が悪いのは前からじゃが、最近は腰も良くなくてな。遍歴医(へんれきい)の方に()ていただけるのは幸いじゃよ」

「……長老さまは、すごいお方ですね」

「なにがかな?」

「異民族の者にお身体を預けるのは、ご不安なのではないのですか?」

「なにを今さら。お主たちも、我が村に身を預けているではないのかな?」


 長老は、からからと笑った。


「そのような方々を疑うようでは、草原の神にバチを当てられるであろうよ」

「……ありがとうございます」


 壬境族の中にも、信じられる人はいる。

 けれど、その人たちは主流派ではない。権力も持っていない。

 長老やスウキの父が壬境族を治めていれば、争いなどはおこらなかっただろう。


 救いなのは、長老やレキ、スウキたちが戦いに参加していないことだ。

 この村の者たちは、身体があまり強くない。

 ゼング=タイガは徴兵(ちょうへい)した彼らに、荷物運びをやらせているらしい。

 前線に出ているのは、ゼング=タイガと、その支持者の兵士たちだそうだ。


「長老さまは、脚から腰のあたりの『気』のめぐりが悪いようなのです。それでお身体が冷えて、痛みが出ているのでしょう」


 診察のあとで、冬里は言った。


気血(きけつ)を活性化させる薬草がありますので、あとでお渡ししますね」

「感謝する。対価は……」

「いりません。あなたたちが味方になってくだされば十分です。(ほう)さま……いえ、冬里の旦那(だんな)さまも、同じことをおっしゃると思います」


 そんな言葉を口にして、冬里の鼓動(こどう)が早くなる。

 胸を押さえながら、冬里は続ける。


「薬草はこの地でも()れます。近くの森の、黒い木の根元を探してみてください。葉先が黄色で、白い花が咲く草です」

「おどろいた。あなたは、この地の薬草のことまでご存じなのか?」

「宝さまが入手された資料の、うけうりなのです」


 トウゲン=シメイから買い取った木簡(もっかん)には、さまざまな薬草の情報があった。

 その中に、長老の身体に効く薬草のことも書かれていたのだ。


「貴公たちは、勉強熱心なのですな」

「はい。特に宝さまは……あなたがたを、理解しようと考えていらっしゃいます」

「それはわかっておるよ。わしは、あの方を信頼しておる」


 衣服を整えながら、長老は身体を起こした。


「なんとなく思うのじゃよ。わしの夢の内容が変わったのは、あの方のおかげかもしれぬと」

「夢が変わった、ですか? もしかして占いの……?」

「そうじゃ。いや……これはあの方には語らぬがいいな」


 長老は(かぶり)を振った。


「わしの占いはゼング王子を変えてしまった。同じように、占いの結果が朱陸宝(しゅりくほう)どのを変えてしまうのがこわいのじゃよ。だから……今からする話は、妻であるあなたの胸のうちにとどめておいて欲しいのじゃ」

「は、はい」


 冬里は真剣な表情で、うなずいた。


「お約束いたします。どうか、お聞かせください」

「お主たちが来る前にも、わしは占いを行った。そのときに、ふたたび四匹の獣が現れる夢を見た。じゃが、内容が変わっておった」

「……どのようにですか?」

「藍河国に敵対する獣が減っておった」


 静かに、長老は告げた。


「以前は三匹の獣が、競って獲物(えもの)を食らっておった。それが二匹になっていた。しかも他の一匹が、獲物を食らう二匹を止めようとしておったのじゃ」

「……それは」

「これがどういう意味を持つのか、わしにはわからぬ」


 長老は続ける。


「お主たちがやってきたのは、その夢を見たすぐあとのことじゃ。もしかするとお主たちが、国の運命に関わっておるのかもしれぬ。それで話すことにしたのじゃよ」

「……宝さまと冬里が……ですか」


 冬里も『四凶(しきょう)の技』の存在は知っている。

 けれど彼女は『渾沌(こんとん)の秘伝書』については知らない。


 知っているのは天芳(てんほう)凰花(おうか)が『窮奇(きゅうき)』の使い手を倒したことだけだ。


(天芳さまたちが『窮奇(きゅうき)』を倒したことで、なにかが変わったのですか……?)


 長老はそれを、冬里の夫には言うなと告げた。

 占いがゼング=タイガを変えたように、冬里の夫も変わるかもしれないから、と。


 天芳とゼング=タイガは違う。

 占いが天芳を変えるとは思えない。

 けれど、相手は壬境族の長老だ。その言葉には重みがある。


 だから──冬里は心を決めた。


(……冬里は、秘密を守ることにするのです)


 天芳に隠しごとをするのは、申し訳ないと思う。

 その埋め合わせをしよう。

 天芳のために、なにより自分のために。


「それと、お主に対して感じたことなのじゃが」


 ふと、長老は言葉を続けた。


「……お主と、お主の夫の近くに、いくつかの星が見えるのじゃよ」

「星、ですか?」

「うむ。今はふたつの強い星が、お主と、お主の夫の間に入り込もうとしておる。いや……もう入り込んでおるのかな? お主の夫は人望があるようじゃ。じゃが、その星たちは、お主と、お主の夫との仲を邪魔するかもしれぬ。その星が男か女かはわからぬのだが……む? どうした? 黙ってしまったようだが……」

「い、いえ。なんでもないのです」


 頬を押さえながら、冬里はうつむく。


 天芳と冬里の間にある、ふたつの星。

 それが誰を表すのか──冬里にはすごく心当たりがあったからだ。


 けれど、それは長老に話すことではない。相談することでもない。

 冬里ががんばって、天芳との距離を縮めるしかないのだ。


 だから冬里は、長老に拱手(きょうしゅ)して、


「診察は終わりです。薬草のことは、レキさまにもお伝えしておきます。どうか、お大事にしてください。長老さま」


 そう言い残して、冬里は長老の部屋を後にしたのだった。







 次回、第94話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ