第91話「黄天芳と玄冬里、壬境族の土地に向かう(3)」
ゲーム『剣主大乱史伝』に登場するトウゲン=シメイの戦闘力は強くない。
代わりに、知力が英雄軍団の軍師に匹敵するほど高い。
彼がいる部隊に計略や罠を仕掛けても、見破られてしまうほどだ。
だからゼング=タイガとトウゲン=シメイが同時に登場すると、かなりの脅威になる。
ゼング=タイガは最強だ。
英雄軍団が正面から戦えば、かなりの被害が出る。
でも、計略や罠で対抗しても、トウゲン=シメイに見抜かれる。
だからプレイヤーは、壬境族との戦いを避けるようになる。
強敵と戦うよりも、藍河国の首都を落として、狼炎王と黄天芳を倒した方が楽だからだ。
壬境族に滅ぼされるバッドエンドを避けるために、黄天芳を殺すノーマルエンドを目指す。それがゲーム『剣主大乱史伝』のセオリーだ。
でも……今のトウゲン=シメイは、ゼング=タイガの部下じゃない。
しかも本人の話によると、一族から見放されて放浪生活を送ってるらしい。本人はそういう生活を楽しんでるみたいだけど……10年後はどうだろう。
戦乱の世になったら、のんきに放浪生活なんかしていられないはずだ。
生活も大変になるだろう。
もしかしたら10年後、トウゲン=シメイは行き場をなくして、そのせいでゼング=タイガの部下になるんだろうか。
放浪生活ができなくなって、軍師として就職するのか?
トウゲン=シメイが高い知性を持っているのは……この木簡を見ればわかる。ここには詳細な記録が書かれている。
地形や、薬草や植物など、並の観察眼じゃここまでは書けない。
たぶん、この観察力が、地形を利用した作戦に活かされることになるんだろう。
そのトウゲン=シメイは……10年後までには、ゼング=タイガの部下になる。
壬境族は強力な軍師を得ることになる。
それを止めるには……どうすればいいんだろう?
俺にできることは限られてる。
武術を使ってむりやり止めるわけにもいかないし、強引に穏健派の味方をさせるわけにもいかない。というか、商人がそんなことしたら不自然すぎる。トウゲン=シメイを敵に回すことにもなりかねない。
しかも、ここは壬境族の領域だ。藍河国にいるときのように、燎原君や父上の人脈を借りることはできない。
それでも今、俺にできることは──
「トウゲン=シメイさまにお願いいたします」
俺はトウゲン=シメイに向かって、拱手した。
「この……草花のことが記された木簡を、ぼくに売っていただけませんか?」
「…………は、はぁ!?」
「この記録は貴重なものです。見習い遍歴医の妻なら、医療のために役立てることができるでしょう。ぜひ、買い取らせていただきたいのですが」
「ほ、本気ですか!?」
「商人に二言はありません!」
「これは、仲間に見向きもされなかったものですよ!? 父だって『こんなものは焼き捨てろ。さもなくば親子の縁を切る』と言っていたのに……」
「ぼくはトウゲンさまの才能は、人を生かすためのものだと考えております。お願いです! この木簡を買い取らせてください!」
トウゲン=シメイは一族から見放されている。
そんな状態でゼング=タイガから勧誘されたら、断れないだろう。
だから近い将来、トウゲン=シメイは壬境族の軍師になるのかもしれない。
だったら、俺がトウゲン=シメイを支援しよう。
そうすれば、彼はこのまま、好きな自然観察を続けられるはずだ。
彼が自由な放浪生活を楽しんでいる間に、俺は藍河国と、壬境族の穏健派を結びつけよう。
そうすれば藍河国と、穏健派の交流が始まるかもしれない。
そして、その後でトウゲン=シメイを燎原君に紹介しよう。
燎原君は人材を大切にしてる。
トウゲン=シメイを客人にしたいと言い出すかもしれない。
そうなれば、トウゲン=シメイが壬境族の軍師になるのを防げる。
それはゼング=タイガの力を削ぐことにもなるはずだ。
「貴重な記録をいただくのです。もちろん、十分な対価はお支払いするつもりです」
そんなことを思いながら、俺はトウゲン=シメイに一礼した。
「支払は、藍河国の貨幣でも大丈夫でしょうか? 物々交換がよろしければ、藍河国の布をお渡しいたします。どちらがよろしいでしょうか?」
「は、はい。では……布をもらえますか?」
「わかりました」
「いいんですか? あなたは本当に、私の描いた記録に価値があると……」
「はい。トウゲン=シメイさまの木簡は、とても貴重なものですから」
俺は交易に使う予定だった布を取り出し、両手で捧げ持つ。
「もちろん、いただくのは薬草についての記録だけで結構です。地形に関する記録は、戦にも使えますからね。ご遠慮申し上げます」
「わ、わかりました。薬草の木簡ですね……どうぞ」
「ありがとうございます。それと……トウゲンさま」
「な、なんでしょうか?」
「このような記録は、他にもあるのでしょうか?」
「はい。乳姉弟に……いえ、信頼できる人に預けてあります」
「それは素晴らしい。ぜひ、トウゲンさまとは、今後ともお付き合いをさせてください!」
できればこれからも、トウゲン=シメイと連絡が取れるようにしておきたい。
まぁ、そう簡単に彼が味方になってくれるとは限らないけど。
とにかく、時間を稼ぎたい。
ゼング=タイガの勢力を、少しでも減らしたい。
それに……いくら乱世になるからって、みんなが戦争しなくてもいいと思う。
のんきに自然観察を続けて、記録を残して、楽しむ人がいたっていいじゃないか。
トウゲン=シメイには、そんな生活を続けて欲しいんだ。
「ご興味がおありなら……知人に相談してからになりますが、使いの者をこちらに寄越します。その際にまた取り引きをさせていただければ幸いです」
「…………は、はい。考えておきます」
「ありがとうございます」
「商人さん……朱陸宝と言いましたね」
「はい」
「あなたは、私が作った記録に、価値があると思ってくれるのですね」
「もちろんです。見習い遍歴医の妻も、トウゲンさまの記録には価値を見いだしております。これらの木簡は、人を救うことのできるものです。商人として、手に入れるのは当然のことかと」
「あなたは、この記録をどうするつもりなのですか?」
「ていねいに写し取って、読みやすい書簡とします。そうして妻や、医学を志すものの力にしようと思います」
「ああ…………いいですね」
トウゲン=シメイは、とても優しい表情で、笑った。
「とても、いいと思います。そうしてくれれば、私もうれしいです」
「トウゲンさまの記録は、人の命を救うものなのです」
俺はトウゲン=シメイに向かって、改めて拱手した。
「そのことをどうか、覚えていてくださいますように」
トウゲン=シメイには、藍河国の人を殺すような人間にはならないで欲しい。
旅好きで、記録好きの人でいて欲しいんだ。
そんなことを願いながら、俺は拱手を続けた。
トウゲン=シメイは、しばらく無言だった。
俺を見ながら、目を見開いていた。
そして──
「…………わぅわぅ」
「雨が、あがったようですね」
かたわらの犬をなでながら、トウゲン=シメイは洞窟の外に視線を向けた。
「日が落ちるまで、まだ時間がありますね。私はもう少し移動することにします」
「そうですか。お名残惜しいです」
「楽しい時間でしたよ。朱陸宝さま」
「ぼくも、素晴らしい取り引きができたことに感謝いたします」
「私と取り引きをしたいときは……そうですね。近くの村で、シメイという氏族の者を探してください。それで私に話が伝わるようにしておきます」
トウゲン=シメイは、心を決めたかのように、そんなことを告げた。
「放浪癖のトウゲンのことは、みんな知っていますからね。あなたが私の知り合いであることも、皆に伝わるでしょう」
「ありがとうございます」
「それでは、また」
「わぅわぅ」
そうして、トウゲン=シメイは犬を連れて、夕闇の中へと立ち去ったのだった。
──天芳と別れたあと、トウゲン=シメイは──
「────若さま! 若さまぁ──っ!!」
洞窟を出てから数十分後、森を進むトウゲン=シメイを呼び止める声がした。
彼の視線の先には、十数名の騎馬がいた。
騎馬たちはゆっくりと、トウゲンを取り囲む。
そして、一斉に馬から降りて──ひざまずいた。
「やっと見つけましたよ。若さま。放浪癖もいい加減にしてください!」
先頭の女性が顔を上げ、叫ぶ。
「今は大変なときなのです! 我らシメイの氏族の拠点にお戻りください!!」
「私は父に見放された身ですよ? 姉上」
トウゲンは肩をすくめる。
「私のような者はいない方がいいでしょう? 自由にさせてくれませんか」
「若さまをシメイの氏族の当主にするというのが、父君の遺言です。何度も申し上げたでしょう!?」
女性は顔を真っ赤にして、声をあげる。
壬境族の中には、さまざまな氏族がいる。
祖先を同じくして、同じ姓を持つものたちだ。
そのひとつが、シメイの氏族。
シメイの氏族を治めていたのが、トウゲンの父だった。
トウゲンの父が死んだのは、つい数日前のことだ。
その情報は氏族の者しか知らない。
族長の子であるトウゲンも、葬儀には参加した。
本人としてはそれで用が済んだと思い、ふたたび放浪生活をはじめたのだったが……。
「父君の遺言は、氏族の者みんなが聞いているのです! 『シメイの氏族は、当主の子であるトウゲンが治めるべし』と! 『広い世界を見てきたトウゲンの目で、強硬派と穏健派のどちらにつくか選べ』と。お伝えしたはずでしょう!? なのに若さまは、あっちこっちあっちこっちに、うろちょろうろちょろと……いい加減にしてください!!」
「シメイの氏族が誰につくかが問題なのだろう? 皆で決めればいいじゃないか」
「皆で決めれば、トウゲンさまは従ってくださるのですか?」
女性は苦い顔になる。
彼女はトウゲンの乳姉弟だ。
トウゲンの母は、彼を産んですぐに死んだ。
そのため、トウゲンは目の前にいる女性──姉上と呼んでいる人の母から乳をもらい、生き延びた。
だが、トウゲンの父親は実の母も、乳母の女性のことも大切にしなかった。
トウゲンが父のもとを離れて放浪するようになったのは、それからだ。
「皆の意見はどうなのだい? シメイの氏族は、誰につくべきと考えている?」
「トウゲンさまの父君は、強さを重視されるお方でした」
「ゼング王子に……つまり、強硬派につけというのだね?」
予想できることではあった。
トウゲンの父は、軍神であるゼング王子に魅せられていた。
ゼング王子と穏健派のどちらかを選べと言われれば、王子の側につくのは当然だ。
だが、トウゲンは戦いを好まない。
彼が好むのは知識と、実地観察と、それをもとにした思考だ。
トウゲンは見たものを、頭の中で詳細に思い描くことができる。
薬草や地形についての記録も、その能力を活かしたものだ。
そうやって記録を作り、その中で人を動かす。それが彼の興味の対象だ。
その能力こそが10年後、彼を軍師として大成させるのだが──
──それは、今のトウゲンには、知るよしもないことだった。
「ゼング殿下とその周囲の者は、トウゲンさまに書状を送ってきていらっしゃいます」
トウゲンの乳姉弟は言った。
「大意はこうです。『シゲンの氏族が従うなら、藍河国を侵攻した際に得る富は、思いのままである。また、ゼング殿下の部下が持つ書物を、トウゲンどのに渡す用意がある』と」
「富と、書物ですか」
「それだけゼング殿下は、トウゲンさまを評価していらっしゃるのです」
「殿下が評価しているのはシゲンの氏族の武力ですよ。私じゃない」
ゼング王子がトウゲンに書状を寄越すようになったのは、父が死んだ後のことだ。
それまで彼は、トウゲンに見向きもしなかった。
トウゲンは、放浪の途中でゼング王子と出会ったことがある。
もちろん、話をしたわけじゃない。ただ、見下されただけだ。
あのときはトウゲンもボロボロの服を着て、髪もボサボサだった。
シゲンの氏族の族長の息子だとは、ゼング王子も気づかなかったのだろう。
今も、トウゲンの姿は変わらない。
ボロボロの放浪者のままだ。けれど──
「それでも……私のしてきたことを評価してくれる者はいるのです」
「トウゲンさま?」
「姉さん。シゲンの一族の誓いを覚えていますか?」
「『言葉は、草原の神が聞いている。一度交わした約束は金鉄のごとし。決して破るなかれ』です」
「そうですね。そして私は、藍河国の商人と約束をしてしまったのですよ」
トウゲンは肩をすくめた。
彼の言葉に乳姉弟と、周囲の者たちがざわめきはじめる。
「藍河国の商人と!? どんな約束を!?」
「面白い少年でした。私が書いた、薬草などの記録を見て、買い取ってくれたのですよ。他の記録も欲しいと言っていました。私は彼と、また会う約束をしたのです。これが証拠です」
トウゲンは荷物から、一枚の布を取り出した。
壬境族では作れない、上等なものだ。
それを、ぽーんと、乳姉弟に投げ渡し、トウゲンは笑う。
それから、彼は真剣な表情になり──
「聞くが良い! シメイの氏族の者よ!!」
トウゲンは氏族の者たちを見回して、叫んだ。
「父の遺言ならば仕方あるまい! これよりトウゲン=シメイは、氏族の長となろう!」
──覚悟を、決めるときだろう。
──父が亡くなったのなら仕方がない。一族は、自分が背負うしかない。
──背負うと決めたのなら、一族がよりよい未来を得られるような選択をする。
そんな決意を胸に、トウゲン=シメイは声をあげる。
「シメイの氏族は、穏健派に味方する! 異論ある者も、まずは私の言葉を聞いてくれ!!」
「「「は、はい。族長!!」」」
「父は軍神ゼング殿下を尊敬しておられた。しかし現在、ゼング殿下のまわりでは、怪しいものたちが暗躍している。奴らがゼング殿下をそそのかし、無謀な侵攻に向かわせた疑いがある。疑いが解けるまでは、ゼング殿下の旗下に参じるのは危険である!!」
トウゲン=シメイは続ける。
──今、ゼング王子に味方してしまえば、王子を利用する悪人たちに手を貸すことになる。
──奴らはゼング王子の権威を使っている。逆らうのは難しい。
──まずは距離を取り、君側の奸の正体を見極めるべきである。
そんな彼の言葉に、氏族の者たちは引き込まれていく。
「それに……私はひとつ、失敗をした。藍河国の商人と取り引きをしてしまったのだ。そして彼に、今度会うときは私の名を呼ぶように約束した」
不意に、トウゲン=シメイは、そんなことを言った。
「つまり私、トウゲン=シメイは藍河国の商人と繋がりがあるのだ。そんな私が部下になると言っても、ゼング殿下の信頼は得られまい。かつてのゼング殿下ならともかく、今のゼング殿下には」
今のゼング=タイガは暴君だ。
少しの疑いだけで人を罰し、殺してしまう。
そんな人物に仕えたあとで、トウゲンと藍河国の商人との繋がりを知られたらどうなるか──
「仮にゼング殿下が許してくださったとしても、あの方の近くにいる者たちはどうだろう? 彼らが本当に、ゼング殿下を利用する悪人どもなら……藍河国の者と通じたといって、私の首を落としてしまうのではないか?」
トウゲン=シメイは、首に手を当ててみせた。
「シメイの氏族の中にも、藍河国の商人と取り引きをしてきた者はいるはずだ。今のゼング殿下がそれを知ったら、どう思うだろうか? 私がゼング殿下の側近になるということは、氏族の者のあの方に近づくということだ。もしかしたら、皆の命を危険にさらすことになるかもしれない」
「…………トウゲンさま」
「まずは殿下の側にいる、『金翅幇』という者たちの正体を見極めるべきだろう」
トウゲンは腕を振り上げ、ふたたび声をあげる。
「そのためにはゼング殿下からは、ひとまず距離をおく。必要ならば穏健派にも力を貸す。ああ、もちろん、ゼング殿下と敵対するわけじゃない。あくまでも、あの方の側にいる者たちの正体を見極めるためだ。それこそがシメイの氏族と……われら壬境族を真に生かす道だと、私は信じる!」
「…………お、おぉ」
「……おお」
「うぉおおおお!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」」」
氏族の声は叫びとなり、やがて大きなうねりへと変わっていく。
──ゼング王子の側にいる者たちの正体を見極めるという、目的。
──氏族と壬境族を真に生かすという、大義。
──藍河国と取り引きをしていた者を守るという、慈悲。
トウゲン=シメイ──シメイの氏族の新たな長の決定は、皆を納得させるものだったのだ。
「それで姉さん。ゼング殿下は、今どちらに?」
「はい……それが」
「どうされたのですか?」
「ゼング殿下と配下の者たちは、穏健派の包囲を解き始めました。殿下たちは、藍河国の砦の方向に移動をはじめているのです」
「『飛熊将軍』が守る北の砦ですね?」
「うわさによると、最近、北の砦の動きが活発になってきているそうです。大きく使者が行き来しているという話です。ゼング殿下はそれを警戒されているのでしょう」
「だから、穏健派のまわりは手薄になっているのですね」
ゼング王子の兵士たちは、穏健派のいる山を取り囲んでいた。
それが移動を始めたのなら、トウゲンたちの打つべき手は──
「ならば、私たちは穏健派を支援できる位置へと移動しましょう。旗幟を鮮明にしないように見せかけて、穏健派と連絡を取るのです」
「わかりました。それにしても……若さま」
「なんでしょうか。姉上」
「ずいぶんと……迷いがなくなったように見受けられるのですが」
「ああ、そういうことですか」
トウゲンは口を押さえて、笑った。
「私の才能は、人を救うためのものだそうですよ?」
「はい?」
「藍河国の商人にそう言われたのです。いや……あれは商人ではないのかもしれませんね。いずれにしても、人の心を得るのに長けた人物のようです。私の望みを、簡単に見抜いてしまったのですから」
「だから若さまは、この状況で藍河国の商人と取り引きをされたのですか?」
「相手の提案に魅力を感じたからですよ。彼はたいした人物でした。成長したら、ひとかどの商人になるでしょうね……」
なんといっても、あの少年は、客の欲しがるものを理解していた。
トウゲンがもっとも望む存在に──『才能の理解者』になってくれたのだ。
父はトウゲンの才能を認めなかった。
ゼング=タイガの強さを支持する父にとって、才能とは敵を斬り伏せ、従わせるためのものだからだ。
トウゲンのように、ただ、見たものを楽しみ、人を活かすことを、才能とは認めなかった。
けれど、トウゲンが作り上げた木簡を、朱陸宝は『欲しい』と言ってくれた。
価値を認めて、彼との繋がりを望んでくれたのだ。
それがトウゲンにとってどれほどうれしいことだったか、彼らにはわかるまい。
そんな彼らに対して兵を向けるのは、気が進まない。
ならば穏健派に味方するべきだろう。
もちろん、個人的な理由だけではない。
ゼング王子の側にいる得体の知れない連中を取り除くという大義もある。
合理的な目的もある。仲間を守るという理由もある。
それがトウゲンの迷いを、吹き飛ばしていたのだった。
「仮にゼング殿下が、大量の書物でも用意してくだされば……強硬派の仲間になったかもしれませんね。あるいは、藍河国の図書館を、私にくださるとか」
けれど、もう遅い。
トウゲンは結論を下した。君側の奸を除く、と。
シメイの氏族を守り、自分の才能を活かすために。
「行きましょう姉上。まずは、穏健派の近くへ」
「は、はい。若君」
「協力して、ゼング殿下の側にいる怪しい連中を排除します。そうして壬境族を正しき姿に戻したあとは……私、また放浪してもいいですよね?」
「駄目に決まっているでしょう!?」
「……ですよね」
そうして新たな目的を見つけたトウゲン=シメイは、走り始めるのだった。
次回、第92話は、次の週末に更新する予定です。




