第75話「黄天芳、太子狼炎と打ち合わせをする(前編)」
数日後、俺は王宮の一室に来ていた。
場所は、王族が私的な謁見に使っている広間だ。
正面にある椅子には、太子狼炎が座っている。
その隣にいるのが燎原君だ。
ふたりと向かい合う位置で、俺と秋先生は床に膝をついている。
……俺が太子狼炎に呼び出されるとは思わなかった。
戊紅族の事件の報告のためと言われたけれど、公式な報告は秋先生や炭芝さんが済ませたはず。
わざわざ俺を呼ぶ理由はないはずだけど……?
「玄秋翼、黄天芳よ。顔を上げよ」
「はっ」
「はい。太子殿下」
燎原君の声に応じて、俺は顔を上げた。
太子狼炎の顔が見えた。
いつもの、強気な表情とは違った。
不思議なくらい落ち着いた顔で、静かに、俺と秋先生を見ている。
「事件についての報告は、すでに玄秋翼と、叔父上の部下の炭芝から聞いている」
太子狼炎は話し始めた。
「戊紅族が壬境族の襲撃を受けたこと。『金翅幇』という謎の組織があること。その組織が不遜にも『藍河国は滅ぶ』という言葉を吐き散らしていることも。もちろん、貴公らの功績についても」
なんだか、不思議だ。
以前の太子狼炎は、もっと早口で話していたような気がするんだけど。
将軍府や、燎原君の屋敷で話したときはそうだった。
こちらに有無を言わせないような、圧迫感のある話し方をしていた。
太子狼炎がこんなにおだやかに話すところを見るのは、はじめてだ。
「貴公らの働きは父上──国王陛下も評価している。ご苦労だった」
「恐れ入ります。太子殿下」
「恐縮です」
俺と秋先生は頭を下げる。
「私が聞きたいのは、介州雀という人物についてだ」
「実は、あの男をどうあつかうか、高官たちの間で意見が分かれているのだよ」
太子狼炎の言葉を、燎原君が引き継いだ。
「私は介州雀を投獄して、情報を引き出したいと考えている。奴は危険な人物でもある。後腐れがないように、即刻処刑するべきという声も出ているのだ」
「叔父上の言う通りだ」
太子狼炎は燎原君の言葉にうなずいた。
「高官の中には、あのような不吉な者は見るのも嫌だと叫んでいる者もいる。この狼炎も『藍河国は滅ぶ』などと忌まわしい言葉を吐き出す者は消し去ってしまいたい。だが──」
しばらく、間があった。
太子狼炎は頭を振って、それから俺と、秋先生を見て、
「個人的な感情で、捕虜を処断するわけにはいかぬ。それに、情報は必要だ。たとえ忌まわしい相手であっても、我らは『金翅幇』のことを知らねばならぬ」
真剣な表情で、そんなことを言った。
「だから捕虜についての決断を下す前に、奴と戦った者の意見を聞くことにした。使節の副使であった玄秋翼と、『飛熊将軍』の子である黄天芳に来てもらったのは、そのためだ」
「翠化央を呼ばなかったのは、私の判断だよ」
燎原君は言った。
翠化央──小凰がこの場にいないのは、彼女が奏真国の王女だからだろう。
小凰が公式の場で太子狼炎に意見したら、それが『奏真国の意見』になってしまうかもしれないから。
「黄天芳なら、兄弟子の代わりに話ができるのではないかね?」
「はい。務めを果たさせていただきます」
「よろしく頼む。では、太子殿下。玄秋翼と黄天芳に、直言をお許しいただけますか?」
「あ、ああ。許すとも」
太子狼炎は深呼吸してから、告げた。
「遠慮は無用だ。玄秋翼、それに黄天芳よ。介州雀という男について、包み隠さず、この狼炎に聞かせてくれ」
それから俺と秋先生は、戊紅族の砦での戦いについて話をした。
──秋先生の点穴が、敵兵に通じなかったこと。
──俺と小凰──翠化央の技は、なぜか敵兵に通じたこと。
──介州雀の『毒の気』には、敵兵を強化する力があること。
──同じ技の使い手が『金翅幇』にいること。
そんなことを、俺と秋先生は太子狼炎に伝えた。
もちろん『渾沌の秘伝書』は焼き捨てたと伝えた。
秘伝書の存在は秘密にすると、戊紅族の人たちと約束したからだ。
これは主君への忠誠とは別の、個人的な信頼関係──義侠心の問題だ。
「『四凶の技・窮奇』か……」
太子狼炎は興奮した様子で、話を聞いていた。
椅子の肘掛けを握りしめ、目を輝かせている。
「確かに危険なものだが、強力でもある。その『窮奇』とやらを、この狼炎や『狼騎隊』が身につければ、恐れるものはなくなるかもしれぬ……」
「太子殿下に申し上げます」
俺は平伏してから、告げる。
「『窮奇』は人を壊す猛毒です。毒をもって他者を作り替え、自分の道具としてしまうものでます。太子殿下が会得するべきものではありません」
「……貴公はこの狼炎が毒に酔い、毒に飲まれると言いたいのか?」
「それはわかりません。ですが──」
以前に見た夢が、まだ、俺の頭の中に残っている。
あの夢で、太子狼炎は言っていた。
『いずれこの大陸は、四凶に食い散らかされるのだ』
──と。
あれは『四凶の技』の使い手によって藍河国が滅ぼされたという意味だろう。
でも……別の考え方もある。
例えば、ゲームの中の狼炎王が『四凶の技』に関わってしまい、そのせいで国が傾いた、とか。
もちろん、考えすぎかもしれない。
だけど、俺としては太子狼炎には『四凶の技』と関わって欲しくないんだ。
「太子殿下は『遠慮は無用』とおっしゃいました。そのお言葉に従い申し上げます。太子殿下は『四凶の技』に触れるべきではありません。これは実際に『窮奇』と戦った者の意見です。どうか、お聞き届けくださいますように」
これで太子狼炎の怒りを買うことになるかもしれない。
でも、言うべきことは言っておかないと──
「……わかった。貴公の言葉を受け入れよう」
──と、思ったら、意外なほど素直な言葉が返ってきた。
顔を上げると、太子狼炎は苦々しい表情のまま、笑っていた。
「実際に『窮奇』と手合わせした者の言葉だ。受け入れるしかあるまい。それに……諫言は苦いものと、叔父上に教えられたからな。王族たるもの、苦い言葉を飲み込むことから始めるべきだと」
燎原君の教え……? 太子狼炎が、燎原君から教えを受けているのか?
いつの間にそんなことに?
「この狼炎が『四凶の技』を会得するのは危険か。わかった。よくぞ申してくれた。黄天芳よ」
「……ありがとうございます。太子殿下」
「貴公は知恵が回るようだ。それゆえに聞きたいことがある」
「どのような件でしょうか」
「先も申した通り、介州雀のあつかいについてだ」
太子狼炎はまっすぐに俺を見据えたまま、告げる。
「貴公たちの話により、介州雀が危険な存在であると実感できた。『毒の気』をまき散らす存在など、放置できぬ。されど、奴が持つ情報は貴重でもある」
「殿下のおっしゃる通りです」
「しかし……これは叔父上も言っていたことだが、奴を捕虜にし続けるのも危険なのだ。『金翅幇』とやらがこの北臨の町に忍び込み、奴を救出しようとすることも考えられる。『藍河国は滅ぶ』などと言っている連中だ。なにをするかわからない」
「町に火を放ち、人々を混乱させ、その隙に介州雀を救出しようとするかもしれぬ」
太子狼炎の言葉を、燎原君が引き継いだ。
「無論、町の警備は厳重にするつもりだ。しかし、捕虜ひとりのために、いつまでも厳戒態勢を続けるわけにもいかない。介州雀を処分して後の憂いを断つか……奴をこのまま捕虜にして、情報を引き出すか。難しいところなのだよ」
「奴を倒した者の意見を聞きたいのだ。黄天芳よ。貴公は、介州雀をどのようにあつかうべきだと考えている?」
太子狼炎と燎原君は、じっと、俺の方を見ている。
介州雀をどうあつかうべきか、か。
……難しい問題だな。
介州雀は、ゲーム主人公の介鷹月の父親だ。
藍河国が介州雀を処刑してしまえば、この国は介鷹月の敵になる。
ゲームの介鷹月が、黄天芳を仇としていたように……彼は藍河国そのものを仇として憎むようになるかもしれない。
かといって、介州雀をいつまでも捕虜にしておくわけにもいかない。
『四凶の技・窮奇』は強力すぎる。
見張りの兵士が『毒の気』に侵される可能性もある。
介鷹月や『金翅幇』が、介州雀を取り返しにくることだってあり得る。
だとすれば……。
「……奴を捕虜にしておく期間を、決めるべきかもしれません」
気づくと俺は、そんなことを口走っていた。
「介州雀をこの町──北臨に近い場所に閉じ込めて……半年か……あるいは1年、様子を見るのはどうでしょうか」
「半年から1年か。確かに、その程度なら、厳重な警戒を続けることもできるな」
太子狼炎はうなずいた。
「だが、介州雀は『毒の気』の使い手なのだろう? ならば、対抗できる者が見張っていなければならぬ。その役目を果たせる者など──」
「天芳」
不意に、秋先生が口を開いた。
彼女は優しい目で、俺を見て、
「君は、介州雀の見張り役になるつもりなのかい?」
「はい。秋先生」
俺はうなずいた。
「ぼくには介州雀の『毒の気』は効きません。見張り役として最適だと思います」
「北臨に近い場所と言ったのは、『金翅幇』の連中が介州雀を取り返しに来たときのためかい? 北臨に近ければ、すぐに応援を送り込めるからね」
「秋先生のおっしゃる通りです」
「なるほど。一理ある。やはり。君は賢いね」
「……いいえ、先生。ぼくは臆病なだけです」
「臆病? 介州雀と向き合おうとしている君がかい?」
「奴を処刑してしまったら……ぼくたちは『金翅幇』への手がかりを失うことになります。それが怖いんです。それに……」
俺は、少し考えてから、
「……それに、王弟殿下はおっしゃいました。『金翅幇』の連中が、介州雀を取り返しに来るかもしれない、と。それを逆手に取れば……『金翅幇』の連中を、捕らえることもできるかもしれません」
「なるほど。そういうことか」
「もちろん、ぼく一人では無理ですから、応援を呼ぶことになりますけど」
「『金翅幇』の連中が来ても、天芳なら時間稼ぎができる。応援を呼ぶことも、最悪、逃げることもできるということだね?」
「逃げ足には自信があります。それに、時間稼ぎも」
「だが、武術の修行はどうするのだ? いや……問題ないか。君が北臨の近くに引っ越すのなら、私たちがついていけばいいだけだ。なるほど。北臨の外ならば、人目を気にせず修行ができるな」
「秋先生も一緒に来てくれるんですか?」
「当然だろう? 介州雀は私の仇敵だ。天芳があいつと関わろうとしているのに、私が逃げるわけにはいかない。それに……1年後に奴を処断するというのなら、その役目は私が適任だろう」
「……秋先生」
「無論、太子殿下と王弟殿下の許可をいただければの話だけどね」
そう言って秋先生は、うなずいてくれた。
「……この狼炎にはわからぬ。叔父上。玄秋翼と黄天芳はなにを言っているのだ?」
「玄秋翼と黄天芳は、『金翅幇』を捕らえる策を提案しているのですよ。狼炎殿下」
太子狼炎の質問に、燎原君が答える。
さすが燎原君。俺と秋先生の考えがわかったらしい。
介州雀を幽閉していれば、『金翅幇』の連中が奴を取り返しにくる可能性がある。
北臨は藍河国の首都だ。毎日、多くの者が出入りしている。
それにまぎれて、『金翅幇』の連中が入り込むこともあるかもしれない。
奴らが町に火を放ったり、一般人を攻撃したりすることも考えられる。人々を混乱させて、その隙に介州雀を救い出すために。
燎原君はそれを心配しているのだろう。
だったら、人の少ない場所に介州雀を閉じ込めておけばいい。
使われていない砦や館……とにかく、防御の固い場所に。
そうすれば、一般人の被害を防ぐことができるはずだ。
本当なら……『金翅幇』には関わりたくない。
ゲーム主人公の介鷹月にも近づきたくない。多少鍛えたところで、ゲーム最弱の黄天芳が、主人公に勝てるわけがないからな。
でも、情報は必要だ。
『破滅エンド』を避けるためには、逃げてばかりはいられない。
……本当は無茶苦茶怖いんだけど。
「太子殿下と王弟殿下にうかがいます」
俺は顔をあげて、ふたりを見た。
「風のうわさで聞いたのですが……北臨の近くに、使われていない古い城があるというのは、本当でしょうか?」
少なくとも、ゲームではそうだった。
北臨の近くに、頑丈な城があった。数代前の王族が変死を遂げた場所で、縁起が悪いから使われていなかったとか。
ゲームでは、主人公たちの進軍を阻むために、その城に若い武将が入る。
主人公たちはその城を攻め落として、自分たちの拠点にする。
そうして砦に本陣を構えて、藍河国の首都、北臨を目指すんだ。
あの場所は、守りも堅い。地下牢もある。
介州雀を閉じ込めるにはいい場所だと思うんだけど……。
「……ああ。確かにある。よく知っているね。黄天芳」
燎原君がうなずいた。
「あの砦は、藍河国がもっと小さい国だったころに作られたものだ。私と陛下の大叔父があの地で亡くなられてからは、兵を入れていないが……整備はしてある」
「そこに介州雀を幽閉するのはどうでしょうか」
「『金翅幇』が来ても、そこなら対応できると?」
「あるいは、奴らを捕らえることもできるかもしれません」
「……そうだな。悪くない考えだ」
「いや叔父上! 待って欲しい。黄天芳は危険なことを言っているのではないのか!?」
不意に、太子狼炎が声をあげた。
「黄天芳が介州雀の見張り役にだと? 『金翅幇』が介州雀を救出しようとやってきたら……捕らえるだと。そんなことが……」
「おそれながら、この玄秋翼も協力させていただきたく存じます」
「貴公まで!? 何故だ!?」
「黄天芳は私の弟子です。弟子が危険を侵そうとしているなら、手を貸してしまうのが師匠というものなのですよ」
「し、しかし……叔父上! 叔父上はどうお考えか!?」
「策としては、悪くないと思います」
燎原君は言った。
「1年ならば、厳戒態勢を続けることもできるでしょう。ちょうど黄天芳には部隊をひとつ任せようと思っておりました。兵を与えて、砦の警戒をしてもらうのもよいでしょう」
「だ、だが、本当に『金翅幇』が現れたらはどうするのだ!?」
「あらかじめ、支援部隊を編成しておきましょう。指揮はガク=キリュウどのに任せます。そして、私がこの作戦の責任者となります」
「…………だ、だが。だが!!」
太子狼炎は頭を振って、それから、俺を見て、
「だが、わからぬ! 黄天芳よ。どうして貴公がそこまでするのだ!?」
──そんなことを、言った。
「貴公は無位無冠だ。介州雀などの見張り役を務める理由などないはず。本当に『金翅幇』が現れたら……貴公が危険な目に遭うかもしれぬのだぞ!!」
「……覚悟は、しています」
本当は滅茶苦茶怖いけど。
でも、秋先生も付き合ってくれる。ガク=キリュウも支援部隊を指揮してくれる。
秋先生が側にいてくれるなら、『四凶の技・渾沌』の指導も受けられる。もしかしたら、『金翅幇』に対抗できる力も得られるかもしれない。
それに……北臨の近くにあるあの城なら、攻略方法もわかる。
侵入しやすいルートも知ってる。
そこに重点的に兵士を配置すれば、敵の侵入を防げるはずだ。
「本当は、『四凶の技』も『金翅幇』も怖いです。できれば、近づきたくないです」
「ならば……!」
「だけど、自分の知らないところで事態が動いて……その結果、大事な人が傷つくとしたら……その方がもっと怖いです」
「────!?」
「ぼくは……できれば『金翅幇』をこの目で見て、どんな連中なのかを確かめたいんです。可能なら、言葉をかわしてみたい。どうして『藍河国は滅ぶ』なんて話を信じているのかを知りたい。それが無理なら、せめて居場所くらいは確認しておきたいんです。そうすれば……少しは安心できますから」
俺は、ひとりで敵と戦えるほど強くない。
破滅から国を守る英雄として、敵に立ち向かうことなんかできない。
だけど、捕虜の見張りくらいならできると思う。
『毒の気』への耐性を持つ者として、介州雀を見張って、尋問して。
万が一『金翅幇』の連中や、ゲーム主人公の介鷹月が来たら、時間稼ぎをして、救援を待つ。
それくらいなら、なんとか、できると思うんだ。
「黄天芳。海亮の弟よ……貴公は……」
「ぼくは、自分にできることをしたいだけなんです。殿下」
俺は太子狼炎と、燎原君に向かって一礼した。
「介州雀を捕虜として幽閉すること。ぼくがその見張り役を務めること。どうか、ご検討いただけないでしょうか。太子殿下、王弟殿下」
今週は1話だけの更新になります。
次回、第76話は、次の週末の更新を予定しています。




