第73話「天下の大悪人、家族のもとへ帰る(後編)」
俺は星怜や白葉と一緒に、黄家に戻った。
家では、玉四母上が待っていた。
母上は元気だった。
たぶん、俺たちが旅に出る前まで、秋先生の治療を受けていたからだろう。
顔色もいい。最近は熱も出なくなったそうだ。
黄家の卓には、母上の手料理が並んでいる。
星怜は恥ずかしそうに「わたしも……少しだけお手伝いしました」と言った。
その様子を見てると……やっぱり、星怜は少し変わったような気がする。
以前より、大人っぽくなったみたいだ。
服装は前と同じだ。ただ、着こなしがきっちりしてる。
銀色の髪を飾っているのは、以前に俺があげた『雪縁花』の髪飾りだ。
髪の結い方を変えたのか、いつもより首筋が露わになってる。大人びて見えるのはそのせいだろう。
いつもの星怜なら、食事中は俺と席をくっつけていたはずだけど、それもなくなってる。おたがいの椅子は、ほんの少しの隙間を空けている。
もちろん、星怜が俺の分の料理を取って、口に運ぼうとしたりもしない。
やっぱり、星怜は成長したのかな。
……うん。それは……すごくいいことだ。
星怜にはこのまま、穏やかに暮らして欲しいからね
『破滅エンド』なんかとは無縁の、幸せな生活を。
そんなことを考えながら、俺は食事を終えて──
その後で星怜と、俺の部屋で話をすることにしたのだった。
「星怜はぼくがいない間、どんなふうに過ごしてたの?」
「はい。えっと……冬里さんと毎日『天地一身導引』の修行をしていました」
星怜は椅子に腰掛けて、俺を見てる。
やっぱり落ち着いた……大人びた雰囲気を漂わせてる。
「それと……ですね。夕璃さまに呼ばれて、社交についてのお話をうかがったりもしていました」
「夕璃さまというと、王弟殿下の娘さんだよね?」
「はい。他にも礼儀作法や、将軍家の娘としての心得などを教えていただきました」
「なるほど……」
俺はうなずいた。
「そういう勉強をしたから、星怜が大人っぽく見えるんだね」
「大人っぽく……見えますか?」
「うん。前より落ち着いた感じがする」
「……兄さんにそう言ってもらえると、うれしいです」
星怜は恥ずかしそうに、うつむいた。
星怜がこのまま成長すれば……ゲームとは違うタイプの美女になるだろう。
傾国の美女じゃなくて、誰もが注目する絶世の美女に。
今の星怜には、その片鱗が現れているんだ。
「成長したね。星怜」
「……うれしいです」
星怜は頬を染めて、微笑む。
「わたし……兄さんには、子どもっぽいところばかり見せてきました。でも……これからは、そんなことがないように、がんばります。わたしは大人の女性として、兄さんを支えられるようになりたいんです」
「そっか」
「兄さんからひとりの……大人の女性としてあつかってもらうのが、私の夢です」
「……ぼくも、考えを改めた方がいいのかな」
星怜は成長してる。
いつまでも、子どもあつかいはできない。
きっと星怜は『破滅エンド』とは違う方向に歩き出しているんだ。
それも、自分の意思で。
俺は、そんな星怜の意思を尊重するべきなんだろう。
「星怜は大人になろうとしてる。いつまでも子どものままじゃないんだね」
「……兄さん」
「だから、秋先生からの依頼は断ることにするよ」
「秋先生の依頼、ですか?」
「そうだよ」
「あの……兄さん。どんな依頼ですか?」
「うん? 実は秋先生から、星怜も含めて4人で『天地一身導引』をやってくれないかって言われてるんだ。その……できるだけ自然に近い状態で。4人同時に」
俺は説明をはじめた。
『天地一身導引』には、4人一組で行う秘伝があること。
それは4人が、東西南北の四方を象り、天地の現し身となるものであること。
できるだけ自然な状態で行うことが望ましいこと。
参加者は可能な限り、服を着ないようにしなければいけないこと。
その状態で、それぞれが部屋の四隅に立ち、おたがいに背中を向けて、目を閉じて導引を行うこと。
「秋先生は『ぜひ星怜くんも一緒に』と言ってたんだ。でも、断ることにするよ」
「…………」
「星怜は成長してる。大人の女性を目指しているんだからね。いくら家族でも、服を着ないで一緒に導引をするのは無理だよね。仕方ないよ」
「………………」
「秋先生は、3人一組でも効果があるって言ってた。4人そろうと有り難いっていう話だから、断っても星怜が気にすることは……って、あれ? 星怜? どうしたの?」
「……………………」
星怜が、無言で椅子から立ち上がる。
それから、『雪縁花』の髪飾りを外して、机の上に置く。
そして、ゆっくりと振り返った星怜は──
「にゃーん!!」
「……星怜!?」
「にゃんにゃん。にゃにゃんっ!」
「星怜!? どうしていきなり床に転がってるの?」
「にゃーん! にゃにゃっ!!」
「え? なんで急に『獣身導引』の『猫のかたち』を始めたの? ちょっと星怜、床でごろごろ回転したら着崩れするから! せっかく髪もきれいに整えてたのに……どうして。星怜は大人の女性を目指すんじゃなかったの?」
「にゃーん! ふみふみ。ふぎゃーっ!!」
「袖を引っ張らなくていいから! わかったから。一緒に『獣身導引』をするから」
「にゃにゃにゃーん!」
そんなわけで、俺と星怜は久しぶりに『獣身導引』をすることになった。
星怜が満足するまで、ずっと。
その後、俺に背中を向けて、汗を拭きながら、星怜は、
「……わたしも参加します」
「え?」
「わたしも! 兄さんたちの! 『天地一身導引』の秘伝に参加します!」
「……無理しなくていいんだよ。星怜」
「してません!」
「大人の女性を目指すのは?」
「夕璃さまはおっしゃっていました。『大人の女性とは常に理性を保ち、冷静でいるものです』と。わたしの理性を保つには、『天地一身導引』の秘伝に参加することが必要なんです。そうなんです!」
「……うん。わかった」
「それより、兄さん」
「うん」
「わたしの理性を保つために、旅の間のお話をしていただけませんか?」
「理性を保つために……旅の話を?」
「大人の女性は常に理性を保つものです。そして、兄さんはわたしを大人の女性としてあつかってくれると言いました。だから、兄さん……わたしが理性を保つのに協力してくれませんか?」
「……えっと」
「お願いします」
こうして、俺は星怜に、旅の間にあったことを話すことになった。
もちろん、話したのは公開できる情報だけ。
『四凶の技』や『渾沌の秘伝書』のことは秘密だ。
星怜が興味深そうに聞いていたのは、カイネやノナのこと。
ふたりの友だちになって欲しい、と言ったら、星怜は勢いよくうなずいてくれた。
そうして、話をしているうちに、夜は更けて──
星怜は、いつのまにかうとうとし始め──
俺も旅の疲れからか、眠くなり──
俺たちは久しぶりに、兄妹一緒に眠ることになったのだった。




