第72話「天下の大悪人、家族のもとへ帰る(前編)」
翌日。俺たちは、藍河国に向けて出発した。
兵士たちに守られながらの旅だった。
俺と小凰は馬に乗り、行列の後ろの方を進んでいる。
行列の中央には、介州雀と壬境族の武将が乗る馬車がある。
全員、手足を縛られ、目隠しをされている。
馬車のすぐ側を進んでいる秋先生と兵士たちは、捕虜の監視役だ。
介州雀が怪しい動きをしたら、すぐに止められるようにしているんだ。
カイネとノナは馬車に乗り、俺たちのすぐ近くを進んでいる。
馬車に同乗しているのは、ふたりの世話役の女性だ。
知らない国に行くわけだから、近くに知ってる顔があった方がいい──というわけで、戊紅族の族長は、女性数人を同行させたんだ。
なぜかカイネは俺の馬に、ノナは小凰の馬に乗りたがってたけど。
穏やかな旅だった。
兵士さんたちも、満足そうな顔をしてる。
それはきっと、この使節が『戊紅族との友好関係を結ぶ』という目的を果たしたからだろう。しかも壬境族の侵攻を食い止め、捕虜まで手に入れているんだから、予想以上の成果だ。
だからだろう。兵士さんたちは、俺や小凰、カイネやノナにも気を遣ってくれる。野営のときは、速さを競うみたいに、かまどや天幕の用意をしてくれたほどだ。
その気持ちは戊紅族の女性たちにも伝わったようで、彼女たちは野営のたびに、得意料理を作ってくれた。
それはカイネとノナに馴染みの料理を食べさせて、落ち着けるようにしたい……というのもあるんだろう。
でも、余った料理は俺や小凰、秋先生や兵士たちにもふるまわれた。
戊紅族の女性たちは、俺たちが料理を食べる姿を見て、よろこんでた。
そんな雰囲気だったから、カイネもノナも、落ち着いて旅ができたと思う。
俺と小凰は、意外と忙しかった。
カイネやノナと話をすることもあったし、秋先生と交代で、介州雀たちの監視もした。
介州雀は、あれから一言も口を利いていない。
抵抗もしない。ただ食事だけ、淡々と食べている。
たぶん、もう覚悟を決めてるんだろうな。
これからあいつは藍河国の牢獄に入ることになる。
その前に、尋問に答えてくれればいいと思う。
なんでもいいから『金翅幇』に関わる情報が欲しいんだ。
でも……介州雀の扱いは難しい。
介州雀の子どもはゲームの主人公、介鷹月だ。
その父親を処刑してしまったら……藍河国そのものが、主人公の恨みを買うことになるかもしれない。
だからといって、介州雀を放置することもできないんだけど。
だから、北臨に着いたら、燎原君に書状を出そうと思う。
──介州雀の子どもは『四凶の技・窮奇』の使い手です。
──その者は『金翅幇』という組織とともにいます。
──武術家の直感ですが、強敵になりうる者だと考えます。
──介州雀のあつかいには十分、ご注意ください。
……と。
使節の一員としての、報告書を。
……あとは燎原君と、藍河国の首脳部に任せるしかない。
俺に、奴をどうこうする権利はないからな。
そして、数日後。
旅を続けていると、街道の向こうから使者がやってきた。
藍河国の首都の、北臨から来た使者だった。
使者は俺たちに、炭芝さんとガク=キリュウのことを教えてくれた。
ふたりは無事に北臨に到着したそうだ。
その後で、藍河国王に謁見して、戊紅族への支援を訴えたらしい。
その結果、藍河国は、戊紅族と友好関係を結ぶことを決めた。
ガク=キリュウは藍河国の客将として働くことになった。
すでにガク=キリュウのための屋敷が用意されていて、彼はそこで、カイネとノナが来るのを待っている。ふたりが落ち着けるように、家具調度も戊紅族に馴染みのあるものが用意されているらしい。
使者はカイネとノナを乗せるための、箱型の馬車を届けてくれた。
その中にいれば、外からの視線を気にしなくて済む。
見知らぬ異国でも、落ち着いて移動できるように、という配慮だ。
さすがは燎原君。福利厚生が徹底してる。
「よかったですね。カイネさん。ノナさん」
話を聞いたあとで、俺はふたりに声をかけた。
「藍河国と戊紅族の友好関係は成立しました。これで壬境族の侵攻は防げます。おふたりは友好国の貴人として、藍河国で自由に暮らせますよ」
「……自由」
「そうですよ。カイネさん」
「……自由に、遊びに行っても、いい?」
「そうですね。まわりの人や、ノナさんの許可を取れば、構わないと思います」
「…………うん。わかった」
満足そうにうなずくカイネ。
一方、ノナは不安そうな顔だ。
知らない国での生活だからね。色々と心配なんだろう。
「大丈夫ですよ。ノナさん」
彼女に声をかけたのは小凰だった。
「藍河国は、他国からの客人を大事にしてくれます。僕も奏真国の出身ですけど、こうして天芳たちと普通に旅をしてるんですから」
「は、はい。化央さま」
「心配ごとがあったら、お父上や炭芝さん、秋先生に相談するといいでしょう。もちろん、僕や天芳も力になります」
「……ありがとうございます」
ノナは小凰に向かって、深々と頭を下げた。
「化央さまと出会えて、ノナは幸せです……」
「そ、そうかな? そう言ってもらえるとうれしいけど」
「は、はいぃ。これから、よろしくお願いいたします」
カイネもノナも、新生活に不安は感じていないみたいだ。
ふたりは藍河国と戊紅族の友好関係にとっての重要人物だ。
それにカイネは『四凶の技・渾沌』の鍵となる存在でもある。
ふたりが落ち着いて暮らせるように、俺も気を配ろう。
そうしているうちに、時は過ぎて──
旅はなにごともなく続いていき──
俺たちは無事に、藍河国の首都、北臨に到着したのだった。
北臨の町の外には、兵士が集まっていた。
町の門の前……じゃない。町の少し手前の、街道の途中だ。
そこに兵士が集まり、人垣を作っている。
そして、その中央にいるのは──藍河国の王弟、燎原君だった。
「よくぞ使命を果たしてくれた」
燎原君はよく通る声で、叫んだ。
「この藍伯勝、貴公らに心から感謝している」
燎原君は屋根のない馬車に座り、俺たちを見ている。
馬車の隣にいるのは、炭芝さんとガク=キリュウだ。
その後ろには……星怜と冬里さんがいる。え、なんで。
ふたりが俺がいつ帰るのかを知ってるわけがないよな。
……もしかして、燎原君が呼んでくれたんだろうか。
星怜と冬里さんの側には、護衛役として白葉も控えてるし。
冬里さんは秋先生を見て、ほっと息をついてる。
久しぶりに母親の顔を見て、安心したんだろうな。
星怜は……すごく落ち着いた様子だ。
しばらく会わないうちに、大人っぽくなったように見える。
燎原君の娘さんと友だちになったから、その影響だろうか。
近くには小凰の身内がいた。お世話係の老人だ。
彼は、書状のようなものを持っている。
奏真国からの手紙かな。それを一刻も早く、小凰に見せたかったんだろうか。
「まさか……王弟殿下がいらっしゃるなんて」
小凰は目を丸くしてる。
「ど、どうして、こんなに盛大に?」
「私たちが、極秘の使節ではなくなったからだろうね」
質問に答えたのは、秋先生だった。
「藍河国と戊紅族が友好関係を結ぶのは、壬境族への抑止力にするためだ。王弟殿下は、それを大々的に宣言したいのだろう。うわさが広まれば、壬境族は動きにくくなるからね」
「他の異民族へのアピール……いえ、宣伝にもなりますね」
俺は言った。
「戊紅族は藍河国に歓迎された。となると、他の異民族も『自分たちも藍河国と友好関係を結べば厚遇される』と考えるかもしれません。そうなれば、彼らが友好の使節を送ってくることもあり得ますからね」
「天芳の言う通りだ。燎原君は、そこまで考えておられるのだろう」
燎原君がいるからか、街道は一時的に封鎖されている。
けれど、遠くに見える町の門のまわりには、人が集まってきている。
燎原君が誰を出迎えに来たのか、みんな興味があるみたいだ。
あとは……そういえば、門の近くに、屋根つきの馬車が停まってるな。
王家の紋章がついている。
燎原君以外にも、王家の関係者が来てるみたいだ。
……様子を見にきたのかな。誰だろう?
「王弟殿下直々にお出迎えをいただきまして、恐縮しております」
使節を代表して、副使の秋先生が地面に膝をついた。
俺と小凰、他の兵士たちも、それに倣う。
馬車を降りたカイネとノナも。そのおつきの女性たちも。
「我ら使節一同、無事に帰還いたしました」
「ご苦労だった。君たちは立派に使命を果たしてくれたね」
燎原君はおだやかな表情で、うなずいた。
「兵の隊長たちには報告をしてもらうとして……他の者たちは、家でゆっくりと休むがいい」
「ご配慮に感謝いたします」
「「感謝いたします!!」」
秋先生の言葉に、俺たちも唱和する。
それから、秋先生は、
「王弟殿下に申し上げます。戊紅族の方々は、長旅で疲れておりますので、この玄秋翼が皆さまを屋敷まで案内して差し上げたいと存じます。いかがでしょうか」
「うむ。よろしく頼む。玄秋翼どの」
そう言って、燎原君は手を叩いた。
すると、背後に控えていた兵士たちが、前に出た。
「捕虜はこちらで引き取ろう。君たちは身体を休めてくれたまえ。そのために必要なものは用意させよう。体調を崩した者がいるなら医者を……いや、玄秋翼どのがおられるのだ。皆の体調など、私が心配することもなかったか」
「私にできたことは、ごく僅かです。王弟殿下」
地面に膝をついたまま、秋先生が笑う。
「私は今回の旅で、弟子たちに大いに助けられました。どうか、彼らにおほめの言葉をお願いします」
「そうだな。黄天芳に翠化央。よくやってくれた」
燎原君が、俺たちの方を向いた。
「北の地での戦いに続き、君たちは藍河国のために使命を果たしてくれた。王弟として感謝しているよ」
「もったいないお言葉です」
「ありがとうございます。王弟殿下」
俺と小凰は頭を下げる。
俺は少し、考えてから、
「ですが、ぼくが使命を果たすことができたのは、師兄のおかげです」
「ふむ。そうなのか?」
「はい。師兄が側で助けてくれたから、なんとか生き延びることができました」
これは本当のことだ。
人質救出も、介州雀を無力化することも、小凰がいなければできなかった。
それに……小凰は奏真国からの人質でもあるからな。
彼女のすごさをアピールすれば、立場や待遇もよくなるはずだ。
「どうか、ぼくよりも師兄にお言葉をかけてくだされば……」
「おそれながら申し上げます。僕の弟弟子は自分を過小評価しすぎるのです!」
小凰が、俺のセリフをさえぎった。
「今回の功績は天芳の活躍がほとんどで、ぼくはその手助けをしたに過ぎません」
「師兄こそ。謙遜が過ぎるのではないでしょうか」
「兄弟子が弟弟子の功績を奪うわけには参りません。どうか王弟殿下にはご配慮をお願いいたします」
「……む」
「……むむむ」
じーっと視線を交わす、俺と小凰。
燎原君が馬車の上で口を押さえる。まるで、笑いをこらえるみたいに。
「……君たちの考えはわかった! わかったとも」
しばらくして、燎原君がうなずいた。
「君たちには後ほど、褒美を与えることになる。それと、黄天芳」
「はい。王弟殿下」
「君には、とある地位を与えたいと思っている。以前、炭芝が話したと思うが、覚えているかね?」
「……はい。覚えております」
前に炭芝さんが言っていた。
『王弟殿下は、黄天芳に部隊をひとつ任せたいと考えている』……と。
地位というのは、おそらく、そのことだろう。
「ここで口に出す必要はない。ただ、心の準備をしておいてくれたまえ」
「承知いたしました」
「さてと……長旅で疲れている者たちを、あまり引き留めるべきではないな。話は君たちが落ち着いてからにしよう」
燎原君は、使節の者たちひとりひとりに視線を向けた。
それから──
「皆の者、ご苦労だった。使節はここで解散とする! 後のことは我々に任せて、ゆっくりと休むがいい。炭芝とガク=キリュウ、玄秋翼と、護衛部隊の隊長たちは、明後日に我が屋敷に集まってくれたまえ。それまでゆっくりと身体を休めること。以上だ!」
その言葉をもって、部隊は解散となった。
俺と小凰は立ち上がり、なんとなく顔を見合わせてから、おたがいに拱手。
それから、俺は星怜と白葉のもとへ。
小凰は、世話係の老人のところへ。
秋先生は、心配そうな冬里さんのところへ。
それぞれの家族のもとへと向かい、そして──
「お帰りなさい! 兄さん」
「お役目ごくろうさまでした。芳さま。家で玉四さまがお待ちですよ」
俺は家族と合流して、家に帰ることになったのだった。
次回、第73話は明日か明後日くらいに更新する予定です。




