第45話「玄秋翼、燎原君と面会する」
──燎原君の屋敷で──
「そうか。玄どのが遍歴医を続けていたのは、ご息女のためだったのか」
「はい。王弟殿下」
ここは燎原君の屋敷。
その客間で燎原君と、その側近の炭芝、遍歴医の玄秋翼は話をしていた。
「はい。娘の冬里の傷を癒やすために、私は医師になったのです」
「貴公はもともと、点穴を得意とする武術家であったな」
「ご承知の通り、点穴は相手の身体を流れる『気』に影響を与え、動きを封じる技です」
「だから貴公は『気』と内力に詳しい。ゆえに、医師になることができたということか」
「ご賢察です」
「……ううむ」
燎原君は考え込むようなしぐさをした。
玄秋翼は、燎原君が求めていた人材のひとりだ。
以前は武術家として、現在は、高名な医師として。
それを黄天芳が連れてきたとき、正直、おどろいた。
偽物かもしれないと思った。
だから、数名の武術家に確認させたのだ。
その結果、間違いなく本物だとわかった。
武術家の中には、玄秋翼と手合わせした者も、患者として彼女の治療を受けた者もいたからだ。
（玄秋翼が奏真国にいたとは。それを黄天芳が連れてくるとはな）
予想外の展開に、燎原君はおどろくばかりだった。
「冬里を癒やす手段を探すために、私は旅をしてきました」
玄秋翼は一礼して、
「その結果、冬里は黄天芳と『気』のやりとりをすることで、身体を癒やせることがわかりました。だから私は、この国に来ることにしたのです」
「貴公の旅は終わった、ということか」
燎原君は答える。
「ならば、我が客人となってくれぬか。遍歴医としての貴公の技術は得がたいものだ。このまま藍河国に定住してくれぬだろうか？」
「王弟殿下のご厚意に感謝いたします」
玄秋翼はひざまづき、床に額をつけた。
「私が黄天芳との約束を果たすまでは、この国にいさせていただきたく存じます」
「客人になってはくれぬのか？」
「代わりに、娘の冬里が、王弟殿下のお役に立つでしょう」
「玄冬里が？ しかし、彼女はまだ若すぎるのではないか？」
「あの子は天才です」
「天才？」
「仰雲師匠は言っていました。『この子は四凶の技を受けても生き残るほどの力がある。この子が長生きして、その才能を活かすことができれば、歴史が変わるかもしれない』と」
「……なんと」
「信じられないかもしれません。ですが、事実です」
「ご息女はそのことを？」
「伝えていません」
玄秋翼は頭を振った。
「あの子には気負うことなく、素直に育って欲しいのです。あの子を傷つけた技のことも、知る必要はないのです。それは私が終わらせるべき因縁ですから」
「つまり、貴公が客人になれない理由は──」
「私は娘を傷つけた敵を討つため、旅に出るつもりなのです」
玄秋翼は宣言した。
「危険な武術の使い手を放置することはできません。我が娘や黄天芳、皆さまが暮らす国の平和を守るために、武術家、玄秋翼として力を尽くしたいのです。それまでの間は藍河国で、皆さまのお役に立ちたいと考えております」
そう言って、玄秋翼はまた、額を床につけたのだった。
