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第43話「玄秋翼、娘と語り合う」

 ──玄秋翼(げんしゅうよく)視点──




冬里(とうり)。大丈夫かい?」

「はい。母さま。冬里は平気です」


 冬里はか細い声で答えた。

 強がっているのは、わかっていた。


 薄い布団の上で、冬里は荒い息をついている。

 彼女がこうなるのは、月に数回。


 それでも、症状(しょうじょう)は軽くなった方だ。

 数年前までは、毎日のように高熱を出していた。


 冬里が生き延びることができたのは、仰雲(ぎょううん)と出会えたからだ。

 彼と秋翼(しゅうよく)治療(ちりょう)で、冬里は一命を取り留めることができた。

 そして、ふたりが編み出した導引法(どういんほう)のおかげで、この(とし)まで命を繋いできたのだ。



『この子はあの技を受けたことで、身体の「気」の流れ──経絡(けいらく)に深い傷を負ってしまった』



 仰雲は言っていた。



『私には、それを完全に治すことはできない。だが、希望はある。弟子の雷光が、私の武術を継承(けいしょう)してくれた。彼女が、この子を救える者を育ててくれるかもしれない』



 ──大量の『天元(てんげん)の気』を持つ者なら、冬里を()やすことができる。

 ──この大陸は広い。どこかに、生まれつき大量の『天元の気』を持つ者もいるかもしれない。

 ──『あの技』の使い手を探すのもいいだろう。技のしくみがわかれば、冬里を癒やせる。


 ──それまで、欠かさずに導引を続けることだ。そうすれば寿命は延びる。

 ──ただし、武術を使わせてはいけない。冬里の『気』が乱れて、寿命が縮まってしまう。



 それが、仰雲の忠告だった。

 その後、できる処置をすべてしたあとで、仰雲は山奥へ姿を消した。


「それでも冬里は幸運だと、仰雲さまはおっしゃっていた」


 横たわる娘を見つめながら、玄秋翼はつぶやく。



『──四凶の技(・・・・)を受けても死ななかったのだ。あなたの娘さんは、十分に強い。成長することができれば、あなたを超える者になれるだろう』



 仰雲のその言葉が、本当であって欲しいと思う。

 冬里(とうり)に生き延びる可能性が生まれた今は、なおさらだ。


「仰雲師匠。あなたのおかげで大量の天元の気を持つ者……黄天芳(こうてんほう)に出会えました。本当にあんな少年がいるなんて……」


 玄秋翼はため息をついた。


 冬里を癒やすには、大量の『天元の気』を持つ者と『気』のやりとりをするか、冬里が受けた『四凶(しきょう)の技』の仕組みを解き明かすしかない。

 それらを探して、玄秋翼と冬里はずっと、さまよってきた。


 遍歴医(へんれきい)として『天元の気』の持ち主を見つけ出すために。

『四凶の技』の使い手か、武術書を見つけ出し、技の秘密を解き明かすために。


 もちろん、雷光にも頼った。

 けれど、彼女にも冬里を癒やすことはできなかった。


 それでも、玄秋翼はあきらめなかった。

 永久に放浪生活を続けることになっても、冬里を()やす手段を探し出すつもりだったのだ。


「私たちは、黄天芳に感謝しなければいけないね」


 玄秋翼は、ぼんやりとつぶやいた。


「身体中の『気』がすべて『天元(てんげん)の気』になっている少年。彼と『気』のやりとりをすれば、冬里は完治するはず。だが、彼と冬里に、あの導引をやらせてもいいものだろうか……」

「お母さま」

「うん」

「天芳さまは、良い方だと思います」


 冬里は熱にうかされながら、じっと、母を見ていた。


「天芳さまを見たとき、びっくりしました。すごく真剣な表情をしていらっしゃったから」

「そうだね。私もそう思ったよ」

「あの方は内力の指導者を探しに来ただけなのですよね。でも……あの方は、まるで自分の命がかかっているかのように、必死でした。冬里のように、真剣に生きている方だと、わかったのです」

「本当に、仰雲師匠が導いてくれたのかもしれない」


 ──冬里の運命を変えるために。

 ──逃れられない死から、冬里を救うために。


「普通に考えれば、山頂に『滴山(てきざん)の町』があるなんて考えないものね」

「母さま」

「ああ」

「天芳さまになら、冬里はすべてをお預けしても、いいです」

「……そうだね」


 娘の表情を見て、玄秋翼は心を決めた。


「あの少年は信頼できる。私は彼に、秘伝の『天地一身導引てんちいっしんどういん』を教えよう」

「はい。冬里も、あの方と一緒に導引をしたいです」

「希望は見つかったのだ。だから今はお休み、冬里」


 玄秋翼はおだやかな表情で、冬里の額をなでた。


「藍河国までは十数日の旅になる。今はゆっくり、身体を休めるのだよ」

「はい……母さま」


 冬里が眠ったのを確認して、玄秋翼は家を出た。

 それから──静かに、武術の修行をはじめた。


(冬里を傷つけた者とは……いずれ決着をつける。冬里の生きる未来に、あんな連中を残してはおけない)


 冬里が傷を負ったときのことは、今も目に焼き付いている。

 玄秋翼がまだ武術家で、護衛の仕事をしていたときのことだ。


 敵は、まだ幼い冬里を人質に取った。

 そして、隙を突いて逃げようとした冬里に『四凶の技』を放ったのだ。


(奴らは笑っていた。自分たちに従わないから、冬里は『四凶の技』で死ぬことになったのだと。 倒れた冬里を見下ろしながら!)


 今思い出しても、怒りがこみ上げてくる。


 彼らは冬里が重傷を負ったことを『天命』だと言ったのだ。

 これは玄秋翼が彼らに逆らったことによる罰で、冬里が死ぬのは『天命』だと。


(いずれ奴らは討ち果たす。この命に代えても。だが、その前に私の技を──『操律指(そうりっし)』を伝えておかなければ)


操律指(そうりっし)』は点穴の奥義だ。伝える相手は、信頼できる者でなければいけない。

 一番いいのは冬里だが、彼女に武術を使わせるわけにはいかない。

 だとすると──


(雷光の弟子……黄天芳か、その兄弟子に伝授するべきだろう)


 そう思いながら、玄秋翼は首をかしげる。

 

(そういえば天芳には点穴(てんけつ)が通じなかった。やはり『天元の気』の力か。それとも、別の理由だろうか)


 黄天芳の『気』を()たとき、玄秋翼は点穴を──相手のツボを突いて、内力で相手の身体に影響を与える技を使った。

 最も弱いものだ。手が軽くしびれるくらいの効果しかない。


 なのに、黄天芳には通じなかった。

 点穴が通じなかったのか、一瞬で解除されてしまったのかはわからない。


 その謎を解いてみたいと思う。

 そうすれば彼女の『操律指(そうりっし)』は、より進化するかもしれない。


(ごう)が深いな。武術家をやめて、遍歴医(へんれきい)になってもこんなものか)


 冬里の世代が、平和であってくれることを望む。

 強さをめぐって争うことなく、おだやかに。


 そんなことを願いながら、玄秋翼は武術の修行を続けるのだった。








 ──天芳視点(てんほうしてん)──



 滴山を訪ねてから数日後、俺たちは奏真国(そうまこく)を出発した。

 奏真国王(そうまこくおう)や王妃、小凰(しょうおう)のお母さん、小凰の異母姉弟(いぼしまい)も見送ってくれた。


 藍河国(あいかこく)と奏真国の友好を深めるという役目は、果たせたと思う。

 川の洪水対策や灌漑(かんがい)、鉱山開発の技術者を送ることになったし、両国で定期的に使者のやりとりをすることも決まった。


 小凰(しょうおう)の待遇も変わった。

 彼女が人質なのは相変わらずだけど、申請して許可を得れば、いつでも奏真国に戻れることになったんだ。

 ぶっちゃけ、客人と変わらない。


 そんな小凰を彼女のお母さんは、笑顔で見送っていた。

 故郷に戻ったことで、心も安定したみたいだ。

 別れ際には小凰を呼んで、彼女の耳元に、なにかささやいてた。

 小凰は真っ赤になってたけど、なにを話していたんだろう。


 その後、首都を出たあと、俺たちは近くの町で秋先生たちと合流した。

 小凰は男装していたけど、『気』のチェックを受けたら、すぐに女の子だってばれた。

 さすがは内力の専門家だ。


 秋先生の見立てによると、小凰の中にも『天元の気』は生まれているらしい。

 俺よりも少ないけれど、十分な量だそうだ。


 話し合った結果、小凰も秋先生の指導を受けられることになった。

 星怜(せいれい)も一緒だ。彼女も俺と『獣身導引』をしたことで、『天元の気』が生まれているはずだからね。

 帰ったら、星怜にも話をしておこう。


 そんな感じで、旅は順調に続き──



 俺たちは無事に、藍河国の首都、北臨(ほくりん)に帰還したのだった。



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[一言] 面白いです、 良い物語をありがとうございました。
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