第27話「天下の大悪人、『お役目』を受ける」
雷光師匠の試験を受けてから、数日後。
俺と小凰は、燎原君と会うことになった。
「『飛熊将軍』の子、黄天芳。奏真国の翠化央。君たちに使命を与える」
椅子に座ったまま、燎原君は言った。
ここは燎原君の自室。
いるのは俺と小凰、雷光師匠と燎原君の4人。
『お役目』に関わるものだけの、秘密の会合だった。
「これが君たちに与える『お役目』だ。君たちには、北の地にいる調査員から、報告書をもらってきて欲しいのだよ」
燎原君は話し始めた。
藍河国の北には、壬境族という異民族がいる。
彼らはときおり、国境を越えて侵攻してくる。
国境地帯の町や村を襲ったり、家畜を盗んだり、収穫前の田畑を荒らしたりする。
星怜の家族が襲われた事件にも、壬境族が関わっている。
だから燎原君は、北の地に調査員を派遣している。
彼らは町や村で普通の民として生活しながら、周辺の情報を集めている。
そうして一定期間ごとに、情報を送っているそうだ。
「普段は3ヶ月に一度、報告書を受け取っているのだが、このところ壬境族の動きが活発になっている。そのため、報告の回数を増やすことにした」
燎原君は言った。
「報告書は二通作るように命じてある。君たちは調査員と接触して、それらを受け取ってもらいたい。報告書のうち一通は私の元へ、もう一通は北の砦に届けるように」
「北の砦、ですか?」
「その通りだ黄天芳。君の父君──『飛熊将軍』黄英深が、これから向かう場所だよ」
知ってる。
父上は初夏から初冬にかけて、北の砦で防衛任務にあたる。
いつもその時期に、壬境族の動きが活発になるからだ。
今年は父上だけじゃなくて、兄上と星怜も一緒に行く予定になっている。
兄上は父上の後継者として仕事を学び、星怜は家族の墓参りをする予定だ。
「君たちを連絡係にしたのは、目立たないようにするためだ」
燎原君は続ける。
「調査員は町の住人として、周囲に溶け込んでいる。その方が情報を得やすいからね。そんな彼らに兵士たちが接触するのは不自然だ。彼らの正体に気づく者も現れるかもしれない。だから、君たちはただの旅人として、調査員と接触して欲しい。できるかな?」
「「はい。王弟殿下!」」
俺と小凰は答えた。
燎原君は満足そうにうなずいて、
「留守中、君たちの家は私の部下に守らせる。役目を果たしたあとは、褒美も与えよう。翠化央の希望は雷光から聞いている。君の母を奏真国に帰してあげることだね?」
「はい。王弟殿下」
顔を伏せたまま、小凰は言った。
燎原君は優しい口調で、
「わかった。私から国王陛下に進言しよう」
「ありがとうございます!」
「奏真国の者が藍河国のために尽くすのだ。報いるのは当然のことだよ。君の希望は問題なく叶えられると思う。それで、黄天芳はなにを願うのかな?」
「では、申し上げます。父と兄の味方になっていただけませんか?」
俺は、あらかじめ用意しておいた言葉を口にした。
「壬境族の動きが活発となっている現在、父や兄に不測の事態が起こることも考えられます。また、兄の黄海亮が窮地に陥ることもあるかもしれません。そんなときは王弟殿下がご助力くださると、ここでお言葉をいただきたいのです」
「……なるほど」
「父は藍河国の将軍です。兄は将来、父の後を継ぐことになるでしょう。燎原君がふたりの味方となってくださることは、藍河国を守ることにもつながるはずです。どうか、お願いいたします」
俺は床に頭をつけた。
「雷光。君の弟子はたいした人物だ」
「天芳は家族思いなだけでなく、国を思う気持ちも強いのですよ」
すみません師匠。国はあんまり関係ないです。
父上と兄上への支援を頼むのは『黄家破滅エンド』回避のためなんです。
『剣主大乱史伝』には兄上が登場しない。
つまり、ゲームスタートまでの間に、黄家にトラブルが起こる可能性がある。
兄上がいなくなったら、俺が黄家の当主になる。
そうなったら……いざというとき、逃げられなくなる。
母上を捨てていくわけにはいかないし、黄家を潰したら、白葉や使用人たちが路頭に迷ってしまう。そう考えると『本当にマジでやばくて死ぬ』って状態じゃない限り、逃げ出せなくなる。
でも、父上や兄上がいれば、俺は心置きなく姿を消せる。
ふたりの力を借りられれば『黄天芳破滅エンド』だって回避できるかもしれない。
そのために、燎原君を味方につけておきたいんだ。
「いいだろう。黄天芳、君の思いは受け取った」
燎原君は立ち上がり、宣言した。
「この藍伯勝は君の父と兄──黄英深と黄海亮が窮地に陥ったときに、必ず支援することを約束しよう。藍河国の利益に反するときは別だが、それ以外の場合は、ふたりの味方となることを誓う。燎原君というたいそうな名前にかけて」
「ありがとうございます!!」
俺はふたたび、床に額をつけた。
燎原君は仁義の人だ。約束したことは守るはず。
よかった……これで一安心だ。
「仕事の詳細は雷光から聞くがいい。君たちには期待しているよ。黄天芳、翠化央」
「はい。王弟殿下!」
「王弟殿下のご厚意に感謝いたします!!」
そのやりとりを合図に、俺たちは燎原君の元を退出したのだった。
「わたしは兄さんと一緒に、北の砦に行きたかったです」
夕食後の『獣身導引』の後で、星怜は言った。
ここは俺の部屋だ。
ほてった身体を冷まそうとするように、星怜は俺の寝台に寝転がる。
「また機会はあるよ」
「……はい」
任務のことは、星怜には内緒だ。
ただ、仕事で北の砦を訪ねることだけは、伝えてある。
「ところで星怜」
「なんですか?」
「最近、ずいぶんと友だちが増えたんだね……」
『にゃーん』
俺の問いに答えるように、寝台の下で黒猫が鳴いた。
「にゃんにゃーん」
『にゃん』
「にゃにゃにゃん」
『にゃーん』
星怜は黒猫と言葉を交わしている。
最近、家に居着くようになった黒猫だ。星怜が話をして、家のネズミを捕る代わりに、面倒を見ることにしたらしい。
本当に話が通じてるのかはわからないけれど、実際にネズミは出なくなった。害虫も姿を消した。母上と白葉はよろこんでる。
ふと、窓の外を見ると、庭木に白い鳩がとまっていた。
これも最近、来るようになった鳩だ。
星怜が窓に近づくと寄ってきて、一人と一羽で言葉を交わしはじめる。
「まるで、言葉が通じてるみたいだね」
「……なんとなく、です」
星怜は照れたように、
「兄さんと一緒に、猫になりきったり、ニワトリになりきったりしていたら……動物とも、わかりあえるようになった、みたい。もともと、猫も飼っていた、から」
「『獣身導引』には、そういう効果もあるのかな」
『剣主大乱史伝』にも、鳥や動物と話ができるキャラはいた。
いわゆる『鳥寄せ』のスキルを持つ者だ。
ただ、ゲームに登場する柳星怜には、そんなスキルはなかったんだけど。
『獣身導引』の影響かどうか師匠に聞いてみたいけど……師匠はもう、町を出ちゃったんだよな。
師匠はこれから、燎原君の旅に同行することになっている。
そのために先行して、道中の安全確認をしてる。話を聞けるのは戻ってきてからだ。
「星怜。北の砦にも友だちを連れていくの?」
「はい。英深父上には許可をいただきました」
「そっか」
「この子たちも兄さんのことが好きみたいです。わたしと同じものを感じるって言ってました。でも……兄さんから、別の人の気配も感じるみたいです」
寝床から起き上がった星怜が近づいてくる。
彼女は大きな赤い目で、じっと俺を見て、
「わたしも、同じような気配を感じます。兄さんの近くに女の人がいるような……」
「いないよ」
「そうですか?」
「星怜の気のせいだと思う」
「わかりました。兄さんがそうおっしゃるなら」
納得してくれたみたいだ。よかった。
星怜が感じ取っているのは、小凰の気配かな。
……星怜はあまり、小凰に近づけない方がいいみたいだ。
「そのうち一緒に、柳家のご家族のお墓参りに行こう」
俺はとりあえず、話を逸らすことにした。
「ぼくも、星怜のご家族のお墓の前で、あいさつをしたいからね」
「は、はい。兄さん!」
「だから星怜は北の砦にいる間、父上や兄上の言うことをちゃんと聞くこと。できるね?」
「もちろんです。それで……兄さん」
「なにかな?」
「一緒にいられない日の分だけ『獣身導引』をしてもらえませんか?」
星怜は猫みたいに、俺に身体を預けてくる。
俺の足下では黒猫が、窓際では鳩が鳴いてる。まるで星怜に同意してるみたいだ。
「兄さんがたくさんしてくれたら、わたし……いい子でいられるような気がするんです」
「……うん。まぁ、そういうことなら」
星怜は十分、いい子だと思うけど。
でもまぁ、これも『黄家破滅エンド』を回避する一環だと考えよう。
そんなわけで、俺と星怜は夜遅くまで一緒に『獣身導引』をして──
眠ってしまった星怜を部屋に運んでいるところを母上と白葉に見つかって、優しい視線を向けられることになるのだった。
次回、第28話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。




