第24話「天下の大悪人と兄弟子、試験を受ける(2)」
今日は2回、更新しています。
はじめてお越しの方は、第23話からお読みください。
「『四神歩法』──『白虎疾風走 (白虎の歩法は疾風のごとし)』!」
身体が軽い。
景色が、後ろにすっ飛んでいく。
背負った剣の重さも感じない。
北臨の町の門をでたあと、まわりに人がいなくなってから、俺と師兄は『四神歩法』で走り始めた。
外で……しかも本気で走ったのは、これが初めてだ。
ここまで速度が出るとは思わなかった。
これが『移動力2倍』『どんな相手からも逃げられる』歩法の、真の力なのか。
師匠の『青竜、朱雀、白虎、玄武になりきりなさい』というアドバイスも効果があった。
『獣身導引』は蛇、ニワトリ、猫、亀になりきるものだ。それに慣れた俺にとって白虎や青竜になりきるのは、そんなに難しいことじゃない。
だから師匠は『獣身導引』を続けるように言ってたんだね……。
「ありがとうございます。雷光師匠」
師匠に感謝しつつ、俺は走り続ける。
疲労は感じない。息も切れない。
これも『四神歩法』と、鍛えた内力のおかげだろう。
「でも……師兄はあんなに速度を上げて、大丈夫なのかな」
師兄は俺の少し先を走っている。
距離は、目算で50から60メートルくらい。
今日の師兄はいつもと違う。言葉も少ないし、態度もそっけない。
俺、師兄の気に障るようなことをしたのかな……?
「──って、師兄!? そっちは街道じゃないですよ!?」
前を走る化央師兄が、街道の外へと飛び出した。
川の方にむかっている。まさか、川を渡るつもりなのか?
確かに、川を飛び越えて進めば、行程を3割くらいカットできる。その後は大きな川沿いに出る。上り坂が続く岩場の小道だ。そこを越えれば、穂楼の町はすぐそこだ。
でも……どうして師兄は、そんなに勝負を急ぐんだ?
「……ぼくは付き合いませんよ」
俺は、勝負にこだわっていない。
俺の目的は『黄天芳破滅エンド』を回避することで、『四神歩法』はそのための手段だ。『お役目』をしたいわけじゃないし、奥義も欲しくない。
師兄につきあって、危険な道を進む必要はないんだ。
ないんだけど……
『──僕はすべてを賭けて、この試験に臨むつもりだ。君も本気で来い』
化央師兄の言葉が頭をよぎる。
師兄はなにか隠している。いつか俺にそれを伝えたいと言ってくれた。
その化央師兄が、本気で勝負を挑んできてるんだ。
ここで逃げたら……師兄はもう、俺と本気で向き合ってくれないような気がする。
「ああもう! 仕方ないな!!」
俺はコース変更。街道を外れて、化央師兄の背中を追いかける。
どのみち、あとで休憩を入れるはずだ。そのとき化央師兄と話をしよう。
「『四神歩法』──『潜竜王天翔 (水に潜っていた竜王が、天へと飛び上がる)』!!」
俺は跳躍用の技で、街道沿いの川を飛び越える。
竜になりきり、飛距離を伸ばす。空中から化央師兄を追いかける。
「弟弟子を振り回す理由、きちんと話してもらいますからね!」
そうして俺は、化央師兄を追いかけ続けた。
──2時間後──
俺と師兄は、岩場を走っていた。
何度か休憩を入れて、『気』と呼吸を整えた。
だけど、師兄に追いつくことはできなかった。俺が近づこうとすると、師兄は休憩をやめて、走り出してしまうからだ。
結局、俺たちは離れて休憩するしかなかった。
それでも師兄との距離は徐々に縮まってる。
たぶん、雨が降り始めたからだろう。
俺は『四神歩法』の『白虎』を使っている。
虎は両手両脚に爪がある。そのせいか、白虎のかたちは、地面をしっかりとつかむことができる。
でも師兄が使っているのは『朱雀』のかたちだ。
これは内力を使って飛び、長い滞空時間で距離を稼ぐことができる。
けれど地面が濡れていると、着地するときに足が滑りやすい。岩場は特にそうだ。
そのせいで、師兄は何度かバランスを崩してる。このままだと危ない。
「師兄。少し休みましょう!! 俺も休憩しますから!!」
師兄は答えない。
まるでなにかに取りつかれたように、走り続けてる。
「化央師兄!! どうして無茶するんですか!?」
「……言えない」
師兄の声が聞こえた。
「言ってしまったら……君はきっと、勝負を譲るだろう?」
「……師兄」
「僕は君の朋友だ。だから、恥ずかしくない戦い方をする! 全力で来い。天芳!!」
「わかりましたから、少し休んでください。師兄!」
「いい。全力で……こい。天芳」
師兄の呼吸が荒くなる。
内力──『気の流れ』が乱れてきているんだ。
「────っ!?」
「師兄!!」
着地した師兄の足が、滑った。
ここは岩場。細い道。すぐ横は川。このままだと師兄が川に落ちる!
「──『白虎縮地走 (白虎は百歩の距離を一歩で進む)』!!」
俺は『四神歩法』の、白虎のかたちで地面を蹴る。
足の裏に内力を集中させての高速移動。
倒れそうになる師兄の身体を、受け止める。
さらに『獣身導引』の猫のかたち『猫三回転 (ごろごろ猫受け身)』で衝撃を吸収。川べりの水たまりで、俺たちの身体は止まる。
ずぶ濡れになったけど……川には、落ちずに済んだ。
「大丈夫ですか。師兄」
「……すまない。天芳」
「とにかく、少し休みましょう。雨の中を進むのは危険です。服も、乾かさないと」
試験の課題は、今日の日暮れまでに穂楼の町に着くことだけど、道をショートカットしたおかげで、時間にはかなり余裕がある。1、2時間休んでも大丈夫だろう。
「雨宿りできる場所は……」
あった。岩場に小さな洞窟がある。張りだした岩が庇になってる。
あそこなら、雨宿りできそうだ。
「少し休みましょう。それくらい、師匠は許してくれますよ」
「…………うん」
師兄は、泣きそうな顔をしていた。
俺が肩を貸すと、素直に体重を預けてくれる。
無理をしたせいか、体温が高い。呼吸も荒くなっているようだ。
そんな師兄を支えながら、俺は岩場の洞窟へと向かったのだった。
次回、第25話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。
 




