第225話「雷光師匠、久しぶりに天芳を指導する」
「まずは、今の君の力を見せてもらおう。私に木剣を打ち込んでみなさい」
俺の正面で、雷光師匠が木剣を手にした。
ここは雷光師匠の宿舎の庭。
いつも指導を受けている場所だ。
俺の正面で、雷光師匠は無造作に木剣を握っていた。
師匠の脚と腕には包帯が巻かれている。
魃怪や虎永尊との戦いで傷を負ったからだ。
今の雷光師匠は、十分な力は出せないと思う。
なのに……木剣を打ち込む隙がまったくない。
どんなふうに攻撃すればいいのか、わからない。
──上段、中段、下段。
──跳び上がっての振り下ろし。地面を滑っての斬り上げ。
──あるいは木剣を使わない打撃や蹴り。
……どんな攻撃をしても、カウンターを喰らうような気がする。
というか、俺が一方的に倒されるイメージが浮かんでしまう。
やっぱり、雷光師匠は規格外の達人なんだ。
「来ないのか。だったらこっちから行くよ!!」
雷光師匠の姿が、消えた。
予備動作はまったくなかった。
気づくと、俺の目の前で雷光師匠が木剣を振っていた。
「──っ!?」
俺は反射的に後ろに跳んだ。
けれど、それを予測していたかのように、雷光師匠が間合いを詰めてくる。
雷光師匠が繰り出す技は『青竜変転行』。
変幻自在の攻撃を、俺は木剣で受け流す。
「くっ!?」
衝撃を消しきれない。
圧力をともなった衝撃を、俺は真横に跳ぶことで逃がす。
それでも、雷光師匠はぴったりとついてくる。
俺が攻撃をどう受け流すか、読まれているんだ。
「『青竜身顕現』を教える前に、ひとつ確認しておこう」
雷光師匠が木剣で俺の胸を突く。
俺は身体を反らしてなんとか避ける。
次に足払いが来るような気がしたから、地面を蹴って後ろに跳ぶ。
俺の脚があった空間を、雷光師匠の蹴りが通過する。
雷光師匠がにやりと笑う。
少しだけ、俺と雷光師匠の間合いが開く。
「どうして君は『五神獣顕現』を覚えたいと言わなかったんだい?」
雷光師匠は言った。
「虎永尊との戦いで私が使った技だ。あちらの方が強いことは知っているだろう? 武術家なら、より強い技を望むべきじゃないかな?」
「技を覚える……順番があると思ったから……です!」
繰り出される攻撃を、俺は地面を転がって避ける。
雷光師匠は強い。
呂兄妹や円烏も強かったけど……あいつらとは格が違う。
技の精度、動きの正確さ、全身に漂う圧力。
そのどれもが桁違いだ。
それに、呂兄妹や円烏の強さの理由は、『四凶の技』だった。
あいつらは技の威力を武器にして、兵士たちを圧倒していたんだ。
雷光師匠の戦い方はまったく違う。
師匠は、対戦相手の強みを潰す戦い方をしてくる。
一手ごとに相手の動きを制限して、自分が戦いやすい局面へと誘導する……雷光師匠はそういうやり方をしている。
だから、俺はあっという間に、庭の隅へと追い詰められていく。
「技を覚える順番があると言ったね。天芳」
木剣を繰り出しながら、雷光師匠がたずねる。
「つまり君は『青竜身顕現』を覚えたあとで、『五神獣顕現』を覚えるつもりだったということかい?」
「そ、そうです」
俺は息を切らせながら、うなずいた。
「虎永尊との戦いで、師匠が『五神獣顕現』という技を使ったことは聞いていました。最終的には……その技も教わるつもりだったんです」
『五神獣顕現』は青竜・朱雀・白虎・玄武・麒麟の技を、途切れることなく繰り出す技だ。
それは俺と小凰が、連携しながら技を繰り出すのに似ている。
違うのは、雷光師匠はそれをひとりですることができることだ。
雷光師匠はひとりで、青竜──木属性の技を使ったあとで朱雀──火属性の技を使い、次に麒麟──土属性の技を……という具合に、次々に相生の技を使い、威力を上げることができる。
その技を使って、雷光師匠は虎永尊を追い詰めたんだ。
「でも、ぼくがいきなり『五神獣顕現』を覚えるのは無理です。だから順番に……『青竜身顕現』から……」
俺は庭木を蹴って、前方に跳んだ。
足元を雷光師匠の木剣がかすめる。
衝撃が脚に伝わってくる。空中でバランスを崩しながら、俺はなんとか地面に着地する。
よし……これで、庭の隅からは脱出できた。
「そうか。では、試しに『五神獣顕現』を使ってみなさい。天芳」
不意に、雷光師匠は言った。
「本当は……君が『青竜身顕現』を使ったらどんな結果になるか見てみたかったのだけどね。でも、君は『五神獣顕現』を使った方がいいと思う」
「……え?」
「君には『五神獣顕現』の方が向いている。今の戦い方を見て、それがよくわかった」
えっと。雷光師匠は……なにを言ってるんだ?
俺に『五神剣術』の奥義『五神獣顕現』を使ってみなさい……って。
俺にはそちらの方が向いているって、どういうことだ?
「私がそう思う理由はね。君がすでに『四凶の技・渾沌』を身に着けているからなんだ」
雷光師匠は剣の構えを解き、語り始めた。
「君はすでに『万影鏡』と『無形』を使いこなしている。それに……君は言っていたね。円烏との戦いで『中央の帝』を使うことができた、と」
「は、はい」
『四凶の技・渾沌』には3つの技がある。
ひとつは、周囲の状況をすべて把握する技『万影鏡』。
ひとつは、回避に特化した技、『無形』。
ひとつは、相手の致命的な弱点や、相手の生命の中心を攻撃する技『中央の帝』。
俺は円烏との戦いで、そのすべてを使うことができた。
だからあいつに勝つことができたんだ。
「すでに君は、自然に渾沌が使えるようになっている」
雷光師匠は楽しそうな口調で、
「今、私の攻撃を回避したのもそうだろう? 君は無意識に渾沌を使い、私の太刀筋を読んだ上でかわしているのだよ」
「は、はい。そうかもしれません」
俺はうなずいた。
「でも、渾沌と『五神獣顕現』に、どういう関係があるんですか?」
「天芳は、神話に出てくる渾沌のことを知っているかい?」
「は、はい。名前と、それが出てくる物語くらいは……」
「だったらわかるだろう。渾沌は、決まったかたちを持たない生物なんだよ」
四凶のひとつ、渾沌は、多種多様な姿で語られている。
文献によって姿かたちが変わり、決まったかたちを持たない。
「うん。渾沌は決まったかたちを持たない。それはつまり、渾沌はどんな姿にもなれるということを意味するんだ」
雷光師匠は言った。
「そして『五神獣顕現』は青竜・朱雀・白虎・玄武・麒麟になりきりながら攻撃をする技だ。これを使う者は、ひとつの姿かたちにこだわらずに、あらゆる姿になりきらなければいけない」
「……そういうことですか」
雷光師匠の言いたいことが、わかった。
渾沌は決まったかたちを持たない。
あらゆる姿で語られる。
文字通り、混沌とした生物だ。
だからだろう。『四凶の技・渾沌』には、技の型のようなものがない。
本当に特殊で、形のない技なんだ。
そんなあやふやな渾沌を、俺は使いこなしているわけで──
「つまり君は、あらゆる姿を持つ『渾沌』になりきっているようなものだ」
雷光師匠は説明を続ける。
「それは君が、あらゆる形になりきれることを意味する。だったら、五つの神獣になりきるなんて、簡単なことだろう。君ならば、私よりもたやすく『五神獣顕現』を使うことができるかもしれない。いや、それだけじゃない……」
あ、雷光師匠の目がキラキラしてる。
これは……武術のことで、すごく楽しそうなことを思いついた顔だ。
「私が使えるのは『五神獣顕現・相生』と呼ばれるものだ。これは相生になる属性の技を繰り出す続けることで威力を上げることができる。でも君なら、さらに上の段階の……『五神獣顕現・相剋』を使えるかもしれない」
「『五神獣顕現・相剋』? そんなものがあるんですか?」
「理論だけだけどね。ただ、使えたものはいないんだ」
通常の『五神獣顕現・相生』は技を繰り出し続けることで、徐々に威力を上げるものだ。
たとえば木属性の次に火属性、火属性の次に土属性を。
おたがいに『相生』の関係にある技を繰り出すことで、少しずつ技の威力を高めることができる。
『五神獣顕現・相剋』は、その逆だ。
火属性の次に水属性を、水属性の次に土属性を……相手を打ち消す属性を繰り出す。
すると『打ち消される側』が必死に抵抗する。
さらに『打ち消す側』も、激しく反応する。
技を使う者は『気』の強さを調整して、その反応が大きくなるようにする。
『相生』よりも激しく、強烈な力を生み出す。
その結果、技の威力が、爆発的に増大するそうだ。
「いわば『相生』は『五神獣顕現』の表の奥義。『相剋』は『五神獣顕現』の裏の奥義なんだ。私は、表の技は使えるが、裏の技は使うことができない。仰雲師匠にもできなかった。でも、天芳ならできるかもしれない」
「……雷光師匠にも仰雲師匠にも使えない……裏の奥義」
それは、絶対に修得したい。
『五神獣顕現・相克』は『金翅幇』への切り札になる。
威力が爆発的に増大するんだから、戦闘能力は格段に上がる。
それを歩法に使えば、移動速度もジャンプ力も増大する。
その力があれば、『金翅幇』の巫女を捕まえることもできる。
……あいつは空を駆けるようにして逃げていったからな。
俺の歩法では追いつけなかった。
でも……『相剋』で爆発的に移動力を高められるなら……もう、逃げられることはなくなる。
それだけじゃない。
もしかしたら、神仙を名乗る者たち戦えるようになるかもしれない。
だって『五神獣顕現・相剋』は、神仙を目指していた仰雲師匠にも、使えなかった技なんだから。
それに……わくわくする。
『五神獣顕現・相生』だけでも強いのに、それを超える裏の奥義だ。
うん。ぜひ身に着けたい。いや……絶対に身に着ける。
だから──
「雷光師匠」
「なにかな?」
「さっき『使ってみなさい』とおっしゃった『五神獣顕現』は……表の方ですよね?」
「そうだよ?」
「裏の奥義を……『相克』を試してみてもいいですか?」
「あのね。天芳」
雷光師匠はあきれたようなため息をついた。
「君はまだ『五神獣顕現』を使ったこともないんだよ? なのに、いきなり『相剋』を使えるわけがないだろう?」
「ほんの少しです。相剋になる技を、連続で使ってみるだけですから?」
「私が許可すると思うのかい?」
「駄目ですか?」
「…………それは」
うん。雷光師匠、すっごく目を輝かせてるな。
うずうずしているみたいに、肩を揺すっているし。
「それに、この技を試すのは、師匠が見ている前でしかできませんよね?」
「う、うん。まあね」
「師匠がお役目をしていたり、旅に出ていらっしゃるときには、練習もできませんよね?」
「そ、そうだけどね!」
「今は、貴重な時間だと思うんです」
「……天芳」
「ほんのちょっと。ほんのちょっとだけですから!」
「…………そ、そうか。まあ、仕方ないかな!!」
雷光師匠は苦笑いをした。
「うん。ちょっと。本当にちょっとだけだよ?」
「はい。ちょっとだけです」
「私が見ているときだけにするんだよ?」
「約束します」
「もー、しょうがないなぁ! 天芳は!!」
笑いながら、雷光師匠は木剣を構えた。
「それじゃ、私がゆっくりとした動きで、『五神獣顕現・相生』を使ってみせるよ。天芳はその隣で『相剋』をやってみてくれ。ただし、無理はしないようにね」
「わかりました! 師匠!!」
「うん。じゃあ、やってみよう!!」
そうして俺は『五神獣顕現・相剋』の練習をすることになったのだった。
──十数分後──
「呼びつけてすまないね。冬里くん」
「いえ。構わないのです」
天芳と雷光が『五神獣顕現』の修行をはじめてから、十数分後。
雷光の宿舎に、冬里がやってきていた。
というよりも、運ばれてきた。
『五神歩法』で玄秋翼の宿舎に駆けつけた雷光が、問答無用で冬里を抱えて連れてきたのだった。
「でも、雷光さまがこんなにあわてていらしたのは、はじめてです。なにがあったのですか?」
「天芳を診てあげてほしいんだ」
「芳さまを!? それは大変です!! 芳さまになにかあったのですか!?」
「ちょっと……変な『気』の運用をしてしまってね」
雷光は冬里を、宿舎の庭に連れて行く。
そこには、予想外の光景が広がっていた。
宿舎の庭に生えていた大樹が、3本まとめて折れていた。
まるで怪力の人間が、幹をへし折ってしまったかのようだ。
樹の枝には、葉が一枚も残っていない。
地面は、落ち葉が敷き詰められたような状態だ。
樹木の外側と内側に、とてつもない『気』や力が撃ち込まれない限り、こんなことにはならないはずだ。
その庭の中央で、天芳が倒れていた。
怪我はしていない。
ただ、あおむけのまま、身体をピクピクと震わせている。
変な身体の動かし方をした者が、筋肉痛に苦しんでいるようにも見えた。
「芳さま! しっかりしてください!!」
「あ……うん。ごめん。冬里」
天芳は、身体をうまく動かせないようだった。
彼はなんとか首だけ動かして、冬里の方を見た。
「ちょっと……新しい技を使ったら……『気』をうまく操作できなくてね」
「すぐに治療をします。冬里がずっとお側にいますので!」
「そうしてくれないか。冬里くん」
冬里の背後で、雷光がうなずいた。
「私は仕事があって、燎原君のところに行かなければいけないんだ。宿舎は自由に使っていいよ。だから、天芳のことをお願いしていいかな」
「わかりました! この身と……あらゆる手段を使って、芳さまを癒してさしあげます!!」
「頼むよ。それから……天芳」
雷光は申し訳なさそうな顔で、天芳を見た。
「あの技は危険だ。しばらくの間……使うのは『表の奥義』だけにしようね」
「……はい。雷光師匠」
その後、雷光と冬里は、天芳を寝室に運んだ。
それから冬里はあらゆる手段を使い、天芳のお世話をすることになったのだった。
少し作業が立て込んでいるため、来週の更新はお休みさせていただきます。
そのため次回、第226話の更新は、再来週の週末を予定しています。
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北の町で壬境族の少女たちと出会った天芳。
彼は冬里と、壬境族の少女シュクエイを連れて、壬境族の支配地域に向かいます。
旅をするうちにシュクエイは天芳を『師匠』と呼ぶようになり、3人の距離は急接近。そんな3人の旅は続いていくのですが……。
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