第220話「天下の大悪人、岐涼の事件の後始末をはじめる」
あけましておめでとうございます。
2026年も「天下の大悪人」をよろしくお願いします!
お待たせして申し訳ありませんでした。
第6章、開始です。
岐涼の町の事件は終わった。
孟篤さまの屋敷に火を放ったのは、『金翅幇』の仕業だった。
やつらは孟篤さまの重臣だった價干索を取り込んでいた。
その目的は、岐涼の町を自分たちの拠点にするためだったんだろう。
少し前から岐涼の町には、奇妙な噂が流れていた。
『『赤き髪の娘は勇敢な鳥と結ばれ、竜を生む』』というものだ。
『勇敢な鳥』というのは、おそらく、ゲーム『剣主大乱史伝』の主人公の介鷹月を指し示している。
赤い髪の少女は、孟篤さまの正室の娘の丹さま……と見せかけて、薄さまのことだった。
現に『金翅幇』の中心人物のひとり、虎永尊が薄さまを狙ってきた。
彼女を守ることができたのは、星怜と小凰と、雷光師匠のおかげだ。
事件のせいで岐涼の町は大騒ぎになったけれど、それは夕璃さまが鎮めてくれた。
さすが燎原君の娘さんだと思う。
おかげで動乱を未然に防ぐことができた。
岐涼の町では人々が死ぬことも、暴徒が発生することもなかった。
事件の後、孟篤さまは元通りに、岐涼の町を治めることができるようになったんだ。
そして、俺たちは『金翅幇』に関わる人物を捕らえることに成功した。
双刀使いの虎永尊。
『四凶の技・饕餮』の使い手の円烏。
そして、奴らが拠点にしていた場所も押さえることができた。
他にも、價干索をはじめとする協力者たちも拘束できた。
巫女を逃したのは残念だったけれど、それでも、いくつかの重要な情報は手に入った。
『四凶の技・窮奇』の秘伝書の一部。
そして、この世界の未来について書かれた記録だ。
その記録によると、いずれ西方に好戦的な国家が生まれるらしい。
国の名前は『鋭炬』
若い王に率いられた国で、その凶暴さから、餓虎の国と呼ばれる。
やがて鋭炬は藍河国に……正確には、藍河国が滅んだあとに生まれた国へと攻め込んで来る。
人々は奴隷として連れ去られる。
鋭炬の国の侵攻に立ち向かうために、即位したばかりの若い王が立ち上がるそうだ。
『金翅幇』はその予言を信じていた。
彼らの考えでは、藍河国は戦乱のあとで滅ぶことになっている。その戦乱によって国は大混乱になり、人々は疲弊する。その状態で鋭炬の侵略に抵抗するのは難しい。
だから、そうなる前に、すみやかに藍河国を滅ぼす。
新しい国が生まれるのを可能な限り早める。
乱世を最短で終わらせて、安定した国を作り出す。そうすることで、西方からの侵略に備える。
それが『金翅幇』の目的だったんだ。
奴らの目的を知った孟篤さまたちは、激怒した。
そりゃそうだ。鋭炬なんて国は存在しない。
存在しない国が侵攻してくるなんて、ありえない。
『金翅幇』はありもしない国を恐れ、その侵略に備えて、藍河国を滅ぼそうとしていたんだ。
この世界の人たちからすれば、狂気の沙汰だ。
だけど……俺にとっては違う。
俺はここがゲーム『剣主大乱史伝』の世界だと知っている。
ゲーム本来のルートでは、藍河国が滅びてしまうことも。
だから、俺には『金翅幇』の予言が、なにを意味しているのかがわかる。
簡単だ。
ゲーム『剣主大乱史伝』には続編があるんだろう。
あれは人気のゲームだったからな。そりゃ続編くらい作るよな。
『剣主大乱史伝』は、介鷹月が、人々から王になるように依頼されるシーンで終わる。
たぶん、彼はそのまま王になるのだろう。
藍河国が滅んだあとに、新しい国が作られるわけだ。
続編ではその国が、新興国の鋭炬からの侵略を受けることになる。
やっと乱世が終わって、人々が生活を立て直し始めたところで。
……ひどいことになるだろうな。
乱世のせいで、たくさんの人が犠牲になったあとだ。
兵士の数だって用意できないだろう。
家は焼かれて、田畑は兵馬に踏み荒らされている。
十分な食料だってないはずだ。
そんなところを侵略されたら、ひとたまりもない。
下手をしたら、国土の何割かを失ったところでゲームスタート、ってこともあり得る。
英雄軍団だって無傷じゃない。
雷光師匠や魯太迷、その他数名はゲームの途中で離脱している。
その他にも、怪我を負った者もいる。
そもそも、ふたたび英雄軍団を作ることは難しい。
英雄軍団がひとつになっていたのは、『天下の大悪人、黄天芳』を倒すためだ。それが達成されてしまったら、彼らは戦う理由を失う。
故郷に戻っている者だっているだろう。
そんな者たちをふたたび集めるのは大変だ。
じゃあどうやって鋭炬の侵略に対抗するのかというと……。
……たぶん『神仙』という言葉が鍵になるんだろうな。
あの巫女は、何度も『神仙』と口にしていたわけだし。
本当にそんなものが存在するのかどうかは、わからないけれど。
とにかく、重要なのは2点だ。
ゲーム『剣主大乱史伝』には続編があり『金翅幇』はそれを元に動いていたということ。
そして、『金翅幇』にゲームの情報を伝えていた者がいるということ。それが本当に神仙なのかは不明だ。もしかしたら、俺以外に転生者がいるのかもしれない。それとも、別の手段で情報を手に入れたのかも。
それを知るには巫女を捕らえるか、円烏を目覚めさせるしかない。
どちらも、今の俺には手を出せない。
巫女については、国中に手配書をばらまくことになっている。
円烏を目覚めさせる方法は、秋先生に任せるしかない。
だから、俺は神仙のことを調べようと思う。
本当にそんなものがいるのかどうかはわからないけれど、仙人が作ったという武術は存在する。『四凶の技・渾沌』がそうだ。あれは戊紅族の守り神である、吹鳴真君という仙人が作ったものとされている。
そして『渾沌』は実際に効果を発揮している。
俺が円烏に勝つことができたのも、『渾沌』の力だ。
もうひとつの手がかりとして……仰雲師匠は仙人になろうとしていた、というものがある。
あの人は仙人になるために修行をしたあと、奏真国の滴山で姿を消している。
仰雲師匠の足取りを追うことで、仙人への手がかりが得られるかもしれない。
だから、奏真国に行ってみようと思う。
滴山の奥に行けば、仰雲師匠がどうなったのかがわかるかもしれないからな。
そんなことを心に決めながら、俺は藍河国の首都、北臨へと帰ったのだった。
──といっても、すぐに奏真国に行けるわけじゃない。
外国だからね。行くには許可が必要になるんだ。
それに、事件の報告もしなきゃいけない。
丹さまと薄さまを燎原君のところに送り届ける必要もある。
北臨に帰ったあとも、色々と忙しいんだ。
「皆さん、お役目ご苦労さまでした」
北臨に着いたあと、夕璃さまは皆を集めて、そんなことを言った。
「これで使節は解散といたします。事後処理が残る者は、お父さまのもとへ。それ以外の者は家に戻り、お身体を休めてください」
夕璃さまのその言葉が、旅の終わりを告げたのだった。
それから、夕璃さまは燎原君のところへ帰った。
岐涼の町で得た捕虜は、北臨の牢獄へと運ばれていった。
仮死状態の円烏は、特別な牢獄で管理されることになるそうだ。
監視役は秋先生。
円烏の様子を見ながら、仮死状態を解く手がかりを探すと言っていた。
補助役として冬里が側につくことになる。
千虹は燎原君に事件の報告をするらしい。
記憶力のいい千虹は、詳細な報告をするのにぴったりだ。いい人選だと思う。
星怜は夕璃さまのところに向かった。
丹さまと薄さまのことについて、話し合いをするそうだ。
色々と落ち着いたように思えるけれど、事件がすべて解決したわけじゃない。
俺たちも、まだまだ仕事が残っているんだ。
俺と小凰は、みんなのために連絡係をすることになった。
俺たちは移動速度が速いからな。
軽功で飛び回りながら、書状を届けたり、伝言を伝えたりすることになる。
俺が滴山に行きたがっていることは、燎原君に伝えてある。
夕璃さまと雷光師匠と秋先生が話を通してくれたんだ。けれど、許可は下りていない。
燎原君は忙しい。
俺の希望を最優先で叶えるってわけにはいかないよな。
それに……俺も、そこまで急いではいない。
小凰からも「天芳は急ぎすぎだ」と言われてるからな。
「あの予言書は信頼できない。事実だとしても、侵攻が起こるのはずっと後だ」とも。
岐涼の事件のあとから、ずっと、小凰は俺を心配そうに見つめている。
今もそうだ。
燎原君に書状を届けたあと、立ち止まって、じっと俺を見てる。
「どうしたんですか? 小凰」
俺は小凰に聞いてみた。
すると、小凰は目を伏せて、
「どうした……は、こっちの言うことだよ。天芳」
心配そうな口調で、そんなことを言った。
「君は燎原君に書状を渡している間、そわそわしていただろう?」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ。自覚がなかったのかい?」
そういえば……そうかもしれない。
燎原君が書状を受け取ったとき、俺は、あの人が別の言葉を口にするのを期待していた。
その言葉というのは──
「君は書状を渡したあと、燎原君が『奏真国に行く許可を出す』というのを期待していただろう」
俺の内心を読み取ったように、小凰は言った。
「……そうです、ね」
俺は、うなずくしかなかった。
「確かに、ぼくはそんな言葉を期待していました。小凰の言う通りです」
「たぶん、君の考えは、燎原君にも伝わっていたと思うよ」
「……そうでしょうか」
「燎原君の人を見る目は確かだ。僕や天芳の内心なんか、簡単に見抜いてしまうだろうね」
そう言ってから、小凰は俺の肩に手を乗せた。
「いいかい、天芳。君が奏真国に行くなら、僕が必ずついていく。絶対に君を助けてあげる。だから、時を待って欲しいんだ」
それが、小凰の言葉だった。
「急ぎすぎないで。あせりすぎないで欲しい。ふたりで滴山に行って、君の探しているものを見つけよう。僕は君が生き急いでいるように思えて……心配なんだよ」
「……小凰」
言われてはじめて、俺は自分が焦っていたことに気がついた。
『滴山へ行く』と、そればっかり考えていた。
小凰が泣きそうな顔で俺を見ていたことにも、気づかなかった。
「ごめんなさい。小凰」
俺は小凰の目を見つめながら、答えた。
「わかりました。滴山に行くのは、もう少し落ち着いてからにします。ぼくの傷も、完全には癒えていないですからね」
円烏との戦いで、俺は腕に傷を受けた。
深手ではないけれど、動かすと少し痛い。
「滴山に行くのは、傷が完全に治ってからにします」
「う、うん。そうだね。それがいいよ」
「ひとりで先走ったりはしません。約束します。小凰」
「……そっか。よかった」
小凰は胸を押さえて、ため息をついた。
「天芳は約束を破ったりしないもんね。信じてる」
「ありがとうございます。小凰」
「でもね……ときどき、心配になるんだ。天芳がいろいろなものを背負いすぎてるんじゃないかって」
「……いろいろなものを?」
「ゼング=タイガを倒したときから」
小凰の言葉に、どきん、と、心臓が跳ねた。
「あの戦いがあってから、天芳はすごく必死になっているように見えるんだ。一緒にいても、どこか遠くを見ているような……そんな気がするんだよ」
「……小凰」
「僕は……天芳の気持ちはわかるつもりだよ。敵とはいえ壬境族の王子を倒したんだ。天芳は国の命運に関わることになった。それはすごく重いことだったと思う」
そう言って、小凰は俺の手を取った。
「気にしないで……なんてことは言わない。気休めが役に立たないのもわかってる。だけど……僕が天芳の荷物を、一緒に背負うことはできると思うんだ」
「ぼくの荷物を、ですか?」
「そうだよ。天芳の戦いは、僕の戦いでもあるんだから」
小凰は指に力をこめた。
まるで、俺に体温を伝えようとしているみたいに。
「はじめてゼング=タイガと戦ったときも、戊紅族の土地で介州雀と戦ったときも、僕たちは一緒だった。ゼング=タイガと決着は、その延長みたいなものだ。その結果、天芳が誰かを傷つけたのなら、それは僕が傷つけたのと同じなんだよ。僕にも責任があるってことなんだよ」
「それは……ちょっと違うんじゃ……」
「違わないよ」
「あの……小凰。ちょっと近すぎませんか?」
「それがどうしたの? 僕は、天芳に言葉が届くように近づいてるだけだよ」
鼻がくっつくくらいの距離でつぶやく小凰。
「天芳だけが責任を感じることはないんだ。天芳の荷物は僕も背負う。天芳に誰かの返り血がついたのなら、僕がその血を半分受け取る。そういうことだよ」
「わかりました。わかりましたか」
「本当にわかったの!?」
「小凰をもっと頼れってことですよね?」
「……よろしい」
小凰はすごく満足そうな顔で、うなずいた。
それから、近づきすぎていたことに気づいたのか、慌てて離れる。
「わかればいいんだ。うん。天芳がわかってくれれば」
「はい。それじゃ、次の書状を届けに行きましょう」
「うん。そうだね」
俺たちはまた、歩き出した。
ふと、俺は自分の顔に触れてみた。
小凰が心配するくらい、張り詰めた顔をしていたみたいだから。
確かに……ゼング=タイガを倒したあとから、俺は少し変わったかもしれない。
あいつを殺したことと、壬境族の運命を変えたことに、責任を感じたからだ。
だから俺は、本気で『金翅幇』を潰すことを決めた。
その覚悟が小凰にも伝わっていたんだろうな。
……小凰にすべてを話すことができればいいのに。
ふと、そんなことを思った。
俺が転生者であることも、この世界の本来の歴史についての話も、小凰なら受け入れてくれるかもしれない。
でも……それはできない。
この荷物は、小凰に背負わせるには重すぎるものだ。
それに、すでに歴史は変わりはじめている。
本来の歴史にこだわりすぎると、足下をすくわれるかもしれない。
現に『金翅幇』も予言にこだわりすぎて失敗したわけだし。
ここからはなにが起こるかわからない。
そう考えて、用心をするべきなんだろうな。
そんなことを思いながら、俺たちは北臨の町を駆け回り、書状と伝言を届け続けた。
そうして、夕方。
仕事を終えた俺と小凰は報告のために、燎原君の屋敷に戻ったのだった。
「黄天芳に、狼炎殿下じきじきの命令が来ている」
報告に言った俺と小凰に、燎原君は言った。
屋敷の広間だった。
燎原君は俺と小凰のために、お茶と茶菓子を用意してくれた。
それを食べながら報告をしていた矢先のことだった。
「明日の午後、王宮に来るようにとのことだ。先の事件について、君から話を聞きたいらしい」
「狼炎殿下が、ぼくにですか?」
「そうだ。支度を調え、出向くように」
燎原君はうなずいた。
「王弟殿下。僕が同行することはできますか?」
不意に、小凰が声をあげた。
「天芳は怪我をしております。まだ、本調子ではありません。僕が側にいて、彼を支えてあげたいのですが……」
「気持ちはわかる。だが、翠化央が同席するようにという指示はない」
「……そうですか」
「心配することはない。狼炎殿下は、君たちの働きを評価していらっしゃる。それに、会見には夕璃も同席する予定だ」
「夕璃さまも?」
俺の問いに、燎原君がうなずく。
「黄天芳と夕璃から話を聞くのが最適だと、狼炎殿下は判断されたようだ」
燎原君は、人を安心させるような口調で、
「岐涼の事件で、夕璃は後方にあり、人々を落ち着かせていた。黄天芳は常に前線で戦い続けていた。夕璃は後方で事件の全体像を、黄天芳は前線において、事件のもっとも危険な状態を目の当たりにしていたのだ。その両者からの話を、狼炎殿下は必要とされているのだろう」
「そういうことですか……」
「僕も一緒に行きたかったのですが……それなら仕方ありませんね」
小凰はため息をついた。
「僕は夕璃さまと一緒に後方におりました。殿下がお望みの話は、できないでしょうから」
「大丈夫ですよ。師兄の分まで、ぼくが話をしてきますから」
「う、うん」
俺が言うと、小凰はぎこちない動作で、うなずいた。
横目で何度も俺を見ている。
小凰は俺を心配する癖がついているみたいだ。
これ以上、小凰に負担をかけないようにしないと。
「この黄天芳は、王弟殿下のお言葉をうけたまわりました」
俺は燎原君に向かって、拱手した。
「それでは明日、狼炎殿下のもとに参上いたします」
「よろしく頼むよ。黄天芳」
「はい。王弟殿下」
こうして、俺は太子狼炎と面会することになったのだった。
書籍版「天下の大悪人」3巻は、1月25日発売です!
ただいまオーバーラップ様のサイトで、試し読みができるようになっています。
どんなお話になっているか、ぜひ、確かめてみてください。
第3巻では書籍版のオリジナルキャラクターが登場します。
彼女の名前はシュクエイ=ソウカク。
壬境族出身のシュクエイは、ゼング=タイガに関わる、とある人物のことを、天芳に伝えるのですが……。
WEB版、書籍版あわせて「天下の大悪人」を、よろしくお願いします!




