第208話「岐涼の町の武術大会、中止となる(4)」
──そのころ、雷光たちは──
「雷光師匠!」
「今はこちらに来るな! 化央!! 奴が双刀で放つ全力の攻撃は、君では受けきれない!!」
雷光は化央に向かって叫んだ。
数分前の戦いで、化央は虎永尊に跳ね飛ばされていた。
奴が全力で放つ双刀の一撃は、彼女では受けきれないのだ。
それに、敵は虎永尊だけではない。
剣を手にした男たちが数名、化央たちに近づいてきている。
化央にはそちらに対処してもらわなければいけない。
虎永尊の役目は、孟侯の娘……薄を守っている者を倒すことなのだろう。
その上で、剣を手にした男たちが、薄をさらうつもりなのだ。
奴らにとっての誤算は雷光が来たことだ。
そのせいで虎永尊は雷光の相手をしなければいけなくなった。
薄の護衛をひとり──化央を、残すことになった。
「化央! 君は薄さまを守れ!!」
雷光は弟子に向かって叫んだ。
「時間を稼ぐのだ! 時が来るまで、なんとか持ちこたえてくれ!」
「はい! 雷光師匠!!」
化央が敵に向かっていく。
敵の数は3人。けれど、化央に恐れる様子はない。
彼女も必死なのだろう。
孟侯の屋敷はまだ、燃えている。
火元には天芳がいる。
彼を助けに行くためには、敵を排除しなければいけない。
だから、化央は敵を素早く倒すために、立ち向かっているのだ。
「あと少しで合流できたのに……天芳のもとに行けたのに。お前たちは!」
「……孟侯の娘を渡せ。さもなくば殺す」
「そっちこそ、僕たちの邪魔をするな!!」
化央は敵が薄に近づかないように、巧みに誘導している。
敵の背後に回り、撹乱して、敵が連携を取れないようにしている。
敵も、化央が強敵だとわかったのだろう。
化央の誘いに乗り、この場から離れていく。
まずは彼女を倒してから、薄をさらうことにしたらしい。
「……頼んだよ。化央」
化央は強い。相手が3人でも持ちこたえてくれる。
そう思いながら、雷光は虎永尊に意識を集中する。
ここでやるべきなのは時間稼ぎだ。
ついさっき、星怜は猫を送り出すのが見えた。
猫は夕璃たちのところに向かっているはずだ。
星怜の猫を見た夕璃は、こちらが窮地にあることに気づいてくれる。
向こうに余裕があるなら、援護の兵士を送ってくれるはずだ。
「だが……この男はなかなか強いな」
敵は双刀使いの虎永尊。
彼の攻撃は強く、重い。
もしかしたら『四凶の技・窮奇』を使っているのかもしれない。
『窮奇』には身体を強化する力がある。
魃怪もその力を利用していた。
虎永尊が同じことをしているのなら、強いのも当然だ。
雷光が本調子なら、もう少し有利に戦えただろう。
だが、彼女の傷はまだ完治していない。
雷光は以前、国境地帯で毒矢を受けた。
『武術家殺し』と呼ばれる強力な毒だ。
それが完治する前に、雷光師匠は『裏五神』の魃怪と戦うことになった。
そのときに無理をしたせいで、身体に負担がかかってしまった。
だから、今の雷光は全力を出すことができない。
それでも彼女は空中を飛び回り、虎永尊と渡り合う。
「まとわりつくな、雷光! ならば……双刀術──『暴風牙爪』!」
「『朱雀大炎舞』!!」
双刀による連撃を、雷光は回転斬りで打ち払う。
だが──
「やはり……こいつの一撃は重いな……」
雷光の体勢が崩れた。
それを隙と見て、虎永尊が双刀を振る。
雷光はそのまま地面に倒れ、『獣身導引』の『猫丸毬如 (猫はマリの類似品)』を発動。身体を丸めて転がる。
「────な!?」
「弟子の真似だよ。私には優秀な弟子がいるのでね!!」
雷光は体勢を変化させ『潜竜王仰天』で斬り上げる。
虎永尊は双刀を交差させ、渾身の一撃を受け止める。
衝撃が走ったのだろう。虎永尊はふらつきながら、数歩、後ろにさがった。
「燎原君の飼い犬が、どこまでも邪魔を!」
「子どもをさらおうとする者に言われたくはないな!」
「駄犬が……えらそうな口を!」
虎永尊は怒りに満ちた顔で、雷光をにらんだ。
「これは正式な立ち合いではない。しつけの悪い犬の駆除だ! あらゆる手段を使わせてもらおうか!」
「それはこちらの言うことだ。外道!!」
ガキンッ!
達人同士の剣が火花を散らす。
虎永尊の武器は2本。対する雷光の剣は1本。
手数では虎永尊の方が上だ。
双刀の強みはどちらの手でも攻撃ができること。
弱点は、両手で振った剣よりも、威力が弱いことだ。
だが、虎永尊はその弱点を克服している。
片手で振る彼の剣は、雷光の剣に匹敵するほどの威力がある。
(これが『四凶の技』の力か。ならば、化央の『天元の気』が必要なのだろうが……彼女では、こいつの双刀の相手は荷が重いか)
雷光は剣を振りながら、必死に思考を巡らせる。
「我が友……介州雀より贈られた『黒雀刀』! 貴様では受け切れまい!」
虎永尊は叫びながら双刀を振り回す。
「退くがいい、雷光。未来を知っている我らの邪魔をするな! この先訪れる乱世のために、貴様は我らに道をゆずるのだ!」
「まだ……そのような戯れ言を!!」
「貴様にはわかるまい。我らのはるか高みにおられる……神仙が残してくれた教えを」
「……神仙だと?」
「貴様らのように、地上を這いずる者にはわからぬのだ。この世界の未来は、あらかじめ決まっているのだ。ならば、その道を進むことを早め、犠牲者を少なくするべきであろうが!!」
「あらかじめ決まっていることなどあるものか!!」
雷光の蹴りが、虎永尊の腹を打つ。
予想外の攻撃を受けた虎永尊が、距離を取る。
「すべてが決まっているというなら、仰雲師匠が魃怪を傷つけたこともそうなのか!? あれも天命で、動かせない運命だったとでもいうのか!?」
雷光は突き技の『麒麟角影突』を繰り出す。
避けられる。
即座に技を『白虎連爪牙』に変化させる。
連撃で双刀を打ち払う。
「すべてが天命だとしたら……人の選択とはなんだ!?」
雷光は虎永尊を見据えながら、声をあげる。
「私の師──仰雲師匠は兄妹弟子を傷つけたことを悔やみ……最後には武術を捨て、人を救うことを選んだ! あの人は自分の意思でそれを選んだのだ!! 仰雲師匠は──」
「仰雲……その名は知っている!!」
虎永尊の眼光が、雷光を射た。
「神仙の教えの中にあった。あの者に注意しろと!」
「仰雲師匠の名が、お前たちの教えの中に?」
「なるほど……そうか。仰雲の弟子が障害になると、天命は語っていたのだな! ならば貴様も、貴様の弟子も、この場ですべてほふってくれる!!」
「させるものか!」
雷光は呼吸を整える。
身体を流れる『気』を意識する。
「そのようなことは絶対にさせない。貴様が……仰雲師匠の名を語るのも許さぬ!」
「黙れ! 天命を知らぬ者が!!」
「天命など知らぬ。私は自分の心のままに生きる。仰雲師匠がそうだったように!」
仰雲は仙人になることを目指していた。
彼は争いにあけくれている武術の世界を離れて、天地の流れの中に、この身をさらしたいと言っていた。仙人として、この世界がどう変わっていくのかを、ただ、見ていたいと。
その仰雲の言葉に対して、雷光はなんと答えたのだったか──
(確か『私は師匠のようにはなれません』と言ったのだったな)
雷光は子どもを見捨てることができない。
弱い者が苦しむのを、ただ、見ていることもできない。
仰雲師匠も、そういうお方のはず。
あなたが世界をただ、見ていることなどできません。
だから、仙人になんかになるのはやめてください。
そして──
(私の側にいてください。そんなふうに、泣いてすがったのだ。私は)
結局、仰雲は雷光のもとを離れてしまった。
けれど、その後の仰雲が冬里を救ったことを雷光は知っている。
彼女のために『天地一身導引』を編み出したことも。
それはとても、仰雲らしいと思う。
(仙人になったとしても、あなたが世界をただ見ているだけなんてできませんよね。きっとどこかで、私たちを見守ってくれているのでしょう。だから──)
雷光は、仰雲に対して恥ずかしくない生き方をする。
仰雲のようにはなれないけれど、彼の教えはこの身に宿っている。
彼から教わった技で、戦うこと。人を守ること。
それは雷光にとって、仰雲を自分の中に、感じることでもあるのだ。
「『五神剣術』奥義の二──『五神獣顕現』!!」
「……ぐぬぅっ!?」
一瞬、虎永尊が退いた。
雷光の様子が変わったことに気づいたのだろう。
構わず雷光は技を出す。
『潜竜王仰天』──『木属性』の竜の技。
続けて『朱雀大炎舞』──『火属性』の朱雀の技。
『麒麟無影斬』──『土属性』の麒麟の技。
たがいに『相生』となる技を、次々に繰り出す。
(天芳と化央にはまだ教えていなかったな。彼らがふたりでやった『相生』となる技を繰り出すやり方は……ひとりでもできるのだと)
それが『五神剣術』の奥義だった。
たったひとりで『相生』の技を繰り出し続ける。
そうすることで、技の威力を限りなく上昇させる。
それが『五神獣顕現』だった。
その威力は──『窮奇』の力で剣を振る虎永尊を圧倒していた。
「ぐぬぅっ!?」
虎永尊の右腕から血が噴き出す。
「これが……仰雲の弟子の力か!!」
「お前が仰雲師匠の名を口にするな! 『白虎大激進』!!」
「……ああ、強いな。貴様は。我が今まで戦った相手の中でも格別に強い!!」
雷光の剣が虎永尊の腕に届く。
虎永尊の傷が、増えていく。
さらに繰り出される攻撃を、虎永尊は『黒雀刀』で受け止める。
「だが、自分は亡き友の思いを背負っている。簡単には負けぬ!!」
「『玄武──』」
「それに、貴様の限界も見えている」
右腕から血を流しながら、虎永尊が笑う。
「貴様の技は次々に身体の『気』を変化させるものだ。身体の負担は相当なものだろう。使えるのは、短時間がいいところなのではないか?」
「──『青竜』」
「我に力を与えよ、『窮奇』! 双刀術──『天槌重牙斬』!!」
『窮奇』の力を乗せた一撃が、雷光の剣を撃つ。
雷光の身体に衝撃が走る。
それでも雷光は攻撃を繰り出し、虎永尊の腕を裂く。
だが、虎永尊の動きは止まらない。
横薙ぎの刀が、雷光の首を狙う。
受け止めきれないと思った雷光は後ろに跳び、間合いを離す。
だが──
「立ち位置を誤ったな。貴様が守るべき者が背後にいるぞ。貴様はもはや動けまい」
虎永尊は勝ち誇ったように、笑った。
雷光が着地した場所の後ろには、星怜がいた。
薄と、傷ついた兵士たちも。
「貴様の狙いも読めた。我の右腕を封じるつもりだな?」
血まみれの右腕に触れながら、虎永尊が歯をむき出す。
「貴様は我の双刀を恐れた。だから右腕を封じ、一刀にしようとした。違うか?」
「さあ、どうだろうな」
「だが、代償が大きすぎたな」
彼の右腕から、刀が落ちた。
痛みに顔をゆがませながら、虎永尊は笑う。
「息が荒い。脚も震えている。貴様はもはや限界だ。そして、背後には貴様が守る者べき者がいる。もしも貴様が我が攻撃を避けたなら……薄さま以外の者たちを皆殺しにしてやるが、どうするね?」
「外道め……」
「あらゆる手段を使わせてもらうと言ったはずだ!!」
虎永尊の『黒雀刀』が、空気を裂いた。
雷光はそれを剣で受け止める。
衝撃が雷光の全身を貫く。
逃げ場はない。
雷光が逃げれば、後ろの者が犠牲になる。
雷光は虎永尊の双刀を受け止め続ける。身体がきしみはじめる。
以前、傷を受けた場所から血が噴き出す。
そして、雷光は──
「お前は間違えたぞ。虎永尊よ!」
剣を手放し、虎永尊の身体にしがみついた。
「なんだと!?」
即座に虎永尊は『窮奇』を発動。
雷光の身体に触れて『気』を奪う。
だが、それでも雷光は虎永尊の左腕を放さない。
「なんのつもりだ! 貴様!!」
「あらゆる手段を使わせてもらうのだろう? 私もそうしているだけだ!!」
「悪あがきを。こんなことをしてなんになる!?」
「お前は天命に視界を塞がれていた。お前には、なにも見えていない」
雷光は不敵な笑みを浮かべた。
「お前は私の弟子から目を離した! だから、お前は負けるのだ!! 虎永尊!!」
雷光は声に内力をこめて、叫ぶ。
「来い! 化央!! こいつに君の『気』をくれてやれ!!」
「はい! 師匠!!」
そして、路地から化央が駆け出してくる。
合図は、通じていた。
最初に雷光は言った。
『今はこちらに来るな。化央!!』──と。
雷光は『今は』と言ったのだ。
それは『化央の助けを借りるときが来る』ということを表していた。
だから、化央は3人の敵を引きつけて、この場から離れた。
虎永尊の意識から、化央自身を消すために。
もちろん、3人の敵はすべて倒している。
必死だった。
師匠に頼られたのだ。その期待に背くわけにはいかない。
なにより、天芳が化央を待っている。一刻も早く彼のもとに駆けつけたい。
そんな思いを込めた剣が、3人の敵を打ち倒したのだった。
「若輩者が! 達人同士の戦いに足を踏み入れるな!!」
雷光をしがみつかせたまま、虎永尊が『黒雀刀』を振り下ろす。
虎永尊が全力で放つ双刀の攻撃は、化央では受け止めきれない。
けれど、刀が一本だけなら対応できる。
だから雷光は『五神獣顕現』で、虎永尊の右腕だけを攻撃していたのだ。
『天元の気』を持つ化央の攻撃が、虎永尊に届くように。
「虎永尊。あなたは僕にとって邪魔者だ」
そして、化央の『朱雀大炎舞』が、虎永尊の『黒雀刀』を受け流した。
「僕は朋友のところに行きたい! あなたはただの障害物だ!!」
「──ぐ、があああああっ!!」
化央の剣が、虎永尊の腕を切り裂く。
『天元の気』が、腕を伝い、虎永尊の体内へと入り込む。
「…………ぐぬぅ。こ、これは……」
虎永尊の身体が震え出す。
雷光を振りほどけないまま、虎永尊が膝をつく。
「ま、まだ我は……『饕餮』には至っておらぬか。このような『気』で痛みを感じるとは……だが!」
「そこまでだ。虎永尊」
雷光が虎永尊の腕を切り裂く。
介州雀の形見──『黒雀刀』が、彼の手から落ちる。
「お前には聞きたいことがある。お前たちが掲げる天命の内容を、すべて話してもらおう」
そうして雷光は、虎永尊の喉元に剣を突きつけたのだった。
事情により、来週の更新はお休みになります。
そのため、次回の更新は、9月の最初の週末になる予定です。




