第201話「岐涼の町の武術大会、開催される(2)」
「陽山派の流れを汲む武術家、朱陸宝よ。前に出よ!」
審判役の雷光師匠が、俺の偽名を呼んだ。
ここは孟侯の屋敷に設置された、武術会場。
ちょうど俺の最初の試合が始まろうとしているところだ。
俺は木剣を手に、前に出る。
『陽山派』は武術の流派のひとつだ。
一番ポピュラーで、派生した流派も多く、様々な型がある。
武術家が『陽山派の流れを汲む者』と名乗れば、それは『自分はそれなりに戦えます』という意味になる。
それと、陽山派の剣術を収めた者が、点穴を学ぶこともある。
だから、俺が名も無い武術家を名乗るのには都合がいい。
この戦いで俺は、基本の技と点穴だけを使うつもりだからだ。
『五神剣術』と『五神歩法』と『渾沌』は使わない。
『金翅幇』に手の内を知られたくないからだ。
あいつらが会場のどこかに潜んでいる可能性もあるわけだし。
とにかく、できるだけ基本の技だけで粘ってみる。
それで敗北しても、別に構わない。
会場のどこかに潜んで、夕璃さまたちを護衛すればいいだけだ。
闘技場の中央には雷光師匠がいる。
その向こうから、対戦相手が歩いてくる。
俺は地を踏んで足下を確認する。
闘技場は土でできている。
少し固いけれど、飛んだり跳ねたりするにはちょうどいい。『気』を巡らせていれば、着地しても脚に負担はかからない。長期戦になっても大丈夫そうだ。
時間をかけて、相手の隙をうかがいながら戦うことにしよう。
俺は第二試合でシード選手の魯太迷と戦う予定だ。
その試合で魯太迷は、俺に敗れて、孟篤さまに解雇されることになっている。
彼が、敵を誘う餌になるためだ。
魯太迷は孟篤さまの側近だ。孟篤さまのこともよく知っている。
敵が孟篤さまに害意を抱いているなら、魯太迷を取り込もうと接触してくるはず。
そこを捕らえる。あるいは、奴らの正体をつかむ。それが俺たちの作戦だ。
本当は……その役目は俺がやるつもりだった。
でも、魯太迷は『拙者にやらせて欲しい』と言ってくれた。俺が解雇されて夕璃さまに追放されるよりも、自分が餌になった方が有効だと言って。
その気持ちを無駄にはしたくない。
本当は……初戦で魯太迷と対戦したかった。
その方が楽だし、話も早いから。
でも、敵の注目を集めるためには、大会が盛り上がってから敗北した方がいい。
だから魯太迷はシード選手として、2戦目から参加することになったんだ。
そんなわけで、初戦は実力で突破しなくちゃいけない。
戦い方は決まってる。時間をかけて、相手の隙を狙い、そこを突く。
最悪、時間切れの判定勝ちを狙う。
そう思っていたんだけど──
「鯉山派の武術家、涯恩。前に出よ!」
──まさか、初戦で『剣主大乱史伝』のキャラに当たるとは思ってなかった。
俺の初戦の相手は涯恩。
鯉山派の剣術をおさめた、正統派の武術家だ。
現在の涯恩の年齢は、たぶん20歳前後。
長身の男性で、額には鉄板入りの鉢巻きをしている。
鉢巻きは防御と攻撃を兼ねた装備だ。
鯉山派の特長はしなやかな動きにある。
その動きは、生命力にあふれた魚そのもの。
彼らは滝を登る鯉のように身体をくねらせ、強力な攻撃を放つ。
頭突きもそのひとつだ。
鉄板を仕込んだ鉢巻きによる一撃は、近づく兵士をスタンさせることができる。スタンさせた兵士を足場にびゅんびゅんと宙を跳ぶ……そんな戦い方をするのが、ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する武術家、涯恩だ。
で、この時代の涯恩はというと──
「少年よ。初戦で私に当たるとは運が悪いな! いや、大会の参加資格を得たのだから、運はいいのか! いいのだな!! しかも私と戦うという良い経験を積めるのだからな!!」
──すごく、いい笑顔で俺を見てる。
無茶をする子ども (つまり俺)に向けて、さわやかに語りかける好青年だ。
「私と戦える君は幸運だ! この涯恩は英雄として史書に残す! ならば史官は、この試合のことも記録に残してくれるだろう! では、君の名前を聞いておこう!」
「朱陸宝と申します」
俺は涯恩に向かって、拱手した。
正体がバレるようなことは言いたくない。
ここは、武術家が戦う前に口にする常套句を使おう。
えっと……。
「鯉山派の涯恩さまですね。お噂はかねがねうかがっております」
「おお! 私のことを知っているのか。勉強熱心だな!」
「ぜひ、一手ご指南をお願いします」
「承知した! 私の技を目に焼き付けて、君の人生の糧としなさい!!」
涯恩は感心したようにうなずいた。
うん。俺のテンプレ回答が気に入ったらしい。
涯恩が木剣を構えると、観客席から歓声が上がる。
この時代の涯恩は有名みたいだ。
あと、鯉山派の剣術の人気が高いってのもあるんだろうな。
全身をばねにして戦う鯉山派の技は、派手で見栄えがするから。
それをイケメンの涯恩が使うんだから、人気があるのは当然だ。
その涯恩を相手に勝たなきゃいけないのか……大変だな。
とにかく粘って、相手の息切れを誘おう。それしかない。
剣術と歩法と渾沌が使えない今、俺の取り柄は『天元の気』だけだ。
それを活かして戦うしかない
『天元の気』は木・火・土・金・水すべての属性に変化できる。
それに対して鯉山派は『雄大な滝を登る鯉』をイメージした技を使う。滝と魚なんだから、普通に考えれば水属性だ。
俺は相克になる土の『気』を使えばいい。
それでなんとか、粘ってみよう。
「双方、用意はいいな?」
審判役の雷光師匠が手を挙げる。
俺と涯恩は木剣を構え、進み出る。
そして──
「鯉山派の涯恩、陽山派の流派を汲む朱陸宝。試合をはじめよ!!」
会場に、雷光師匠の声が響いた。
先に動いたのは涯恩だった。
「少年よ! この一撃を人生の思い出にするがいい!!」
一気に近づいてきた涯恩が木剣を振った。
頭上から剣を振り下ろす技『鯉向瀑布』だ。
巨大な瀑布──滝に立ち向かう鯉をかたどった『鯉向瀑布』は高威力だ。
涯恩は全身を鞭のようにしならせて木剣を振る。そこから繰り出される剣は、見た目以上に間合いが広い。ゲームだと通常の5割増し。現実だと……彼の腕が倍に伸びたようにも見える。
俺は木剣に『気』を通し、『鯉向瀑布』を受け止めた。
避けてもいいけど……それだと判定負けになるかもしれないからな。
武術大会の勝利条件は3つ。
選手が敗北を認める。あるいは戦闘不能になる。
もしくは、時間切れになった後で、審判が判定を下すか。
時間切れの場合、どんなふうに戦ったかで判定が下る。
逃げてばかりだとマイナスだ。ここは受けた方がいい。
「──────むぅ!?」
「お見事な一撃です!!」
がちり、と、木剣が噛み合う。
俺は木剣に『気』を通したまま、涯恩の攻撃を受け止め、そのまま受け流す。
もっと強烈なのが来ると思ってたけど、意外と軽かった。
涯恩のことだ。きっと、最初の一撃で終わらせたくなかったんだろうな。
彼は英雄になりたい人だからな。
英雄っぽく見えるように、手加減してくれたのかもしれない。
好都合だ。それを利用させてもらおう。
「────失礼します。涯恩さま」
「────っ!?」
俺は涯恩に近づき、木剣を振り上げる。
技は使えないから、全身に『気』をめいっぱいに込めて──
「えい」
「……っ!? ぐ、ぐぬ……ちょ、『跳鯉痛打』!!」
俺の攻撃に、涯恩が技を繰り出す。
カウンター技の『跳鯉痛打』 (水底を優雅に泳いでいた鯉が跳ね、手痛い一撃を与える)だ。
さすがは涯恩。的確な判断だ。
プロの武術家ってすごいな。とっさにカウンター技が出せるんだから。
『跳鯉痛打』相手の攻撃を無効化して、カウンターダメージを与える技だ。
ただし、カウンターが発動するかは相手の強さによって決まる。
弱い相手だと高確率で攻撃を無効化してくれる。
けれど、強い相手だと効果がない。攻撃は無効化できず、問答無用でダメージを受ける。もちろん、ゲーム最強のゼング=タイガに『跳鯉痛打』は通じない。
俺の場合はどうかというと──
「ぐ、ぐぬぬっ!? 貴様──!?」
涯恩が声をあげて、後ろに吹っ飛んだ。
カウンターに失敗したらしい。
こっちが運良く、いい確率を引いたみたいだ。
「や、やるなぁ! まだ若いのに!! だが、私だって鯉山派の涯恩──」
「はい。お噂はかねがねうかがっております」
会話に意識を向ける余裕はない。
悪いけど、テンプレ回答をさせてもらおう。
「一手ご指南をお願いします」
「う、うむ。今のはいい一撃だった。だが、私こそが英雄の」
「はい。お噂はかねがね」
「──鯉山派のすべてを修得」
「はい。一手ご指南をお願いします」
「私は──」
「お噂はかねがねうかがっております!!」
俺は『気』を込めた足で地面を蹴る。
闘技場の端にいる涯恩に向かって、走る。
涯恩の構えは『跳鯉痛打』。ふたたびのカウンター技だ。
2回連続でいい確率を引くとは思えない。たぶん、次はカウンターを喰らう。
だったら──
「陽山派傍流、基本の型!!」
「『跳鯉痛』……なに!?」
俺は振り降ろした木剣を、途中で止めた。
いわゆるフェイントだ。
涯恩がカウンターを仕掛けてきたのに対して、さらにカウンターを取る。
木剣を途中で止めて、空いた手で涯恩の手首を突く。
秋先生から教わった『点穴』の技、『落葉』だ。
「う、うがぁぁああああああああっ!?」
涯恩の手から木剣が落ちる。
剣を拾おうと手を伸ばすけれど、拾えない。指が震えてるからだ。
たぶん、クリティカルになっちゃったんだろうな。
「ば、ばかな……私は鯉山派の──」
「はい。お噂はかねがねうかがっております」
俺は涯恩の首に木剣を突きつける。
そして──
「…………まいった」
涯恩は、がっくりとうなだれた。
そうして審判の雷光師匠は、俺の勝利を宣言したのだった。
……なんとか勝てたか。
涯恩の最初の一撃が軽かったのがよかった。
あと、運良くカウンターを潰せたのも幸いだった。あそこで悪い確率を引いてたら『跳鯉痛打』を喰らってたからな。
「涯恩は……『金翅幇』とは無関係なのかな」
『金翅幇』の人間が、あんなにあっさり負けるとは思えない。
『四凶の技』を使う様子もなかった。
それに、涯恩は俺が子どもだと思って手加減していた。『金翅幇』だったら、相手が子どもだろうと容赦はしないだろう。戊紅族の集落での戦いのときも、スウキたちを襲ったときもそうだった。
『金翅幇』にとっては天命がすべてだ。
相手が子どもだろうと監禁するし、容赦なく矢を射かける。
そのやり口と、俺が戦った涯恩は、いまひとつかみ合わない。
……一応、警戒だけはしておこう。
そんなことを思いながら、俺は控え室に戻った。
休んだ後は、魯太迷との試合が待っている。
勝敗は決まっているけれど、観客には、真剣に戦っているように見せなければいけない。
全力で動けるように、呼吸を整えておこう。
そんな感じで、俺が控え室で休んでいたら……。
「お茶をお持ちしました。朱陸宝さま」
従者の男性が、お盆と茶器を持ってきた。
俺は、一礼してからそれを受け取る。
茶器を持ち上げると、折りたたんだ紙があった。魯太迷の手紙だ。
開いてみると──
『すまぬ。他にやるべきことができた。試合に出ることができぬ。事情は後で話す。拙者は無様に逃げたことにしてくれるように。その上で貴公の作戦通り、孟篤さまは拙者をののしってくれるようにと』
──そんな文字が書かれていた。
……え?
俺は即座に従者の男性を呼び、小凰への伝言を頼む。
魯太迷を探してくれるように伝える。
しばらくして、小凰から回答が来る。
それは「駄目。どこにもいない」というものだった。
そうして、次の試合の時間が来て──
武術大会の会場で、魯太迷の不戦敗が告げられたのだった。
次回、第202話は、次の週末の更新を予定しています。
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