第200話「【番外編】天芳、凰花とないしょの修行をする」
いつも「天下の大悪人」をお読みいただきまして、ありがとうございます!
今週は本編をお休みして、「200話到達記念」「書籍版2巻発売記念」の番外編をお送りします。
天芳の自宅での、ちょっとした出来事のお話です。
凰花は『四凶の技・渾沌』の『万影鏡』を使いこなしたいと考えます。
そこで彼女は、天芳に修行の手伝いをお願いするのですが……。
気軽に楽しんでいただけたら、うれしいです。
「あのね、天芳」
「どうかしましたか? 小凰」
「『万影鏡』の修行に付き合ってくれないかな」
ある日の午後、小凰がそんなことを言い出した。
『万影鏡』は『四凶の技・渾沌』のひとつだ。
技の効果は『自分を無にして、すべてを映す鏡になり、周囲のものの動きを把握する』
身に着ければ、敵の攻撃を簡単にかわせるようになる。
さらに敵の動きを読み、先手を打つこともできるという優れものだ。
小凰も雷光師匠から『万影鏡』の指導を受けている。
だけど、まだ使いこなせていない。
だから修行をして、使いこなせるようになりたいんだろう。
「わかりました。ぼくはなにをすればいいですか?」
「そうだね……気配を消して歩き回ってくれないかな?」
小凰は少し考えてから、言った。
「僕は部屋の隅で、壁の方を向いているよ。天芳は部屋の中を好きに動いてみて。どんなことをしているのか、僕はそれを『万影鏡』で察知してみせるから」
「わかりました」
「お願いするね。それじゃはじめよう」
小凰は部屋の隅へ移動。立った状態で、俺に背中を向ける。
俺は深呼吸。
できるだけ気配をさせないように、剣術の型をはじめる。
まずは『五神剣術』の『青竜変転行』から。
剣を持たない状態で腕を振り、変幻自在の竜を象る。
そのまま……足音をさせずに跳躍して『潜竜王仰天』に移行する。
天井にぶつからないように腕を振り、内力を活かしてゆっくりと着地。
さらに『青竜雲天舞』の型に移行する。
そこで俺は、型の流れを止めた。
呼吸を整えながら、小凰の様子を見る。
しばらくの間、首をかしげていた小凰は、
「……『青竜の型』だよね?」
不満そうな口調で、そんなことを言った。
「簡単すぎるよ。もっと予測不能な動きをしてくれないかな」
「具体的には?」
「天芳が背後から僕を襲うとか」
小凰は言った。
しばらく、沈黙があった。
「ち、違うよ!? 変な意味じゃないからね!!」
言葉の意味に気づいたのか、小凰は慌てたように手を振る。
あ、耳と首筋が真っ赤になってる。
「今言ったのは『天芳が背後から僕を攻撃してみたら?』って意味だからね!」
「も、もちろん、わかってますよ?」
「僕は背後からの攻撃を『万影鏡』で察知して、かわしてみるよ。それだと実戦的な修行になるよね?」
「でも……それは危ないですよ」
「攻撃の代わりに、天芳が僕の身体に触れるのは?」
「背後から小凰の身体に触れるんですか?」
「うん。僕はそれをかわしてみるよ。かわせなかったらしょうがないけどね?」
「……修行のためですよね?」
「……もちろん、修行のためだよ?」
……うん。修行のためなら仕方ないな。
「わかりました。やってみましょう」
「そ、そうだね。それじゃお願いするよ」
「……いきますよ?」
「……いちにのさんで始めよう」
「では、いち」
「にの」
「「さ──」」
ことん。
「「────!?」」
俺と小凰は同時に振り返る。
部屋の外で、かすかな足音がしたからだ。
「兄さん! 化央さま! お茶をお持ちしました!!」
聞こえたのは、星怜の声だった。
「お話し中だとは思いましたが、黄家の者が、お客さまにお茶を出さないわけにはいきませんっ! ですからっ! わたしがお茶をお持ちしました! 兄さん、化央さま! お部屋に入ってもよろしいでしょうか!!」
「…………うん」
「…………ぼ、僕は構わないよ」
「失礼します!!」
扉が開き、お盆と茶器を持った星怜が部屋に入ってくる。
星怜は俺と、部屋の隅に立つ小凰に視線を向けて、
「兄さんと化央さまは、なにをなさっていたのですか?」
「武術の修行だよ?」
「武術の、ですか?」
「うん。気配を察知する修行だよ。師兄がぼくに背中を向けて、気配だけで、ぼくがなにをしているのか感じ取るものなんだ」
「そうなんだよ。星怜くん」
小凰は肩越しに星怜を見た。
「だけど、天芳がなにをしているのかすぐにわかっちゃうからね。別のやり方を考えていたんだよ」
「そうだったんですか」
「僕と天芳は朋友だからね。おたがいにわかりあってるからね」
「……そうなんですか」
「だから、天芳には予想外の動きをしてもらおうとしていたんだよ。そうじゃないと、僕には天芳のことがわかってしまうから。一番近い存在だからね。仕方ないよね」
「…………へー」
「お茶をありがとう。星怜くん。喉が渇いていたから助かるよ」
「…………よかったですね」
「天芳も一緒にお茶を飲もうよ。せっかく星怜くんが淹れてくれたんだから。その後で、また修行の続きを……」
「わたしがお手伝いしてもいいですか?」
不意に、星怜が俺に視線を向けた。
「化央さまは兄さんの動きが読めるんですよね? だから別のやり方が必要なんですよね? だったら、わたしがお手伝いします」
「星怜くんが?」
「わたしなら、化央さまが予想できない動きをすることができます」
星怜は小凰に拱手した。
「修行のお役に立てると思います。どうか、お手伝いをさせていただけないでしょうか」
「星怜くんの意見にも一理あるね。天芳はどう思う?」
「ぼくは賛成です」
俺の動きは、小凰にとって読みやすいらしいからな。
星怜に手伝ってもらった方が、『万影鏡』の修行になると思うんだ。
星怜の動きは読みにくいと思う。たまに、とんでもなく予想外のことをしてくるし。
そんな星怜の動きを読めるようになれば、小凰の『万影鏡』はかなり進歩したと言えるんじゃないだろうか。
「じゃあ、星怜も手伝ってよ。大変かもしれないけど」
「大丈夫です。兄さんのお役に立てるなら、なんでもします」
星怜は真面目な表情で、うなずいた。
「化央さまに確認です。わたしは部屋の中で、予想外の動きをすればいいんですね?」
「そうだね。それを踏まえた上で、自由に動いてくれればいい」
「わかりました」
その後、俺たちは星怜が淹れてくれたお茶を飲んだ。
一休みして、深呼吸して、それから──
「それじゃ修行を続けましょう。師兄」
「うん。じゃあ、いちにのさんで始めよう」
「了解です。いち」
「にの」
「さんっ!」
小凰がまた、壁の方を向く。
俺はまた気配を消したまま、動き出す。
そして、星怜は──
「……星怜?」
「……しーっ」
星怜は唇に指を当てた。
うん……気配を読まれないためには、黙ってた方がいいんだけどね?
でも、どうして俺に抱きついてるの?
星怜は俺の首に腕をまわしてる。
身体をくっつけて、じーっと体重をかけてきてる。
声に出さずに、口だけを動かしてる。
なんとなくだけど、言いたいことがわかる。
たぶん『予想外の動きをしてるだけです』……かな?
なるほど。
小凰の修行のために、予想外の動きをしてるのか。
確かに、これは読めない。
星怜の動きには型がないからだ。
くっついてる姿は『天地一身導引』の『群猿毛繕 (猿が群れをなして、仲良く毛づくろい)』に似てる。
でも、あれは背中にくっつくものだ。
身体の前面にくっついてるこのポーズは、小凰の不意を突いている。
「あれれ……天芳? 星怜くん? ふたりの気配が区別できないんだけど……?」
小凰はとまどってる。
俺と星怜が密着していれば、ふたりの気配は入り交じってしまう。
その状態で区別するためには、意識をさらに研ぎ澄ませなければいけない。
それはかなりレベルの高い修行になるはずだ。
……すごいな。
星怜はそこまで考えていたのか……。
「なんだろう……気配を察知しようとするたびに、胸がちくちくするんだけど……なにかな……これ」
小凰の身体が、かすかに震えはじめる。
俺はいつの間にか、星怜をお姫さま抱っこするかたちになってる。
『天地一身導引』の『幼猿揺籃』のかたちだ。
だけど、やっぱり距離が近すぎる。
『幼猿揺籃』では、相手の頬に両手を当てたりしないんだけどな。
なんだか、息がかかるほど近い距離になってるし。
あの……星怜?
だんだん目がとろんとして来てる気がするんだけど……?
「どうしてふたりの気配が区別できないのかな? 星怜くんはどこにいるの?」
小凰は頭を抱えながら、かたかたと足を踏みならしてる。
それから彼女は、ぽん、と手を叩いて、
「わかった! 天芳と星怜くんの気配が区別できないのは、ふたりが密着してるからだ! 天芳くんと星怜くんは今、ひとつの生き物みたいにくっついてる。だから気配が区別できなくて…………って、こらあああああああああっ!!」
そうして──
すごい勢いで振り返った小凰は、そのまま俺と星怜を引き剥がしにかかったのだった。
「君のおかげで! 僕の気配を察知する力も成長したと思うよ! ありがとう、星怜くんっ!!」
「どういたしまして」
「むむぅ……」
小凰は頬をふくらませてる。
『万影鏡』の修行のためとはいえ、やりすぎたかもしれない。
あそこまで密着しなくてもよかったんだ。
修行の難易度が上がるかと思って、つい、流されてしまった……反省しよう。
「じゃあ、今度は天芳の番だね?」
不意に、小凰が不敵な笑みを浮かべた。
「お手本を見せてくれないかな。天芳が気配を察知するところを見て、参考にしたいんだ」
「あ、はい。いいですよ」
小凰は、俺と星怜の気配を特定することができた。
その感覚を忘れないうちに、俺の『万影鏡』を見ておきたいらしい。
「ぼくが部屋の隅に行けばいいんですね? そしたら師兄が……」
「うん。僕が背後から天芳を襲──いや、予想外のことをするから」
「襲うって言いかけませんでしたか?」
「気のせいだよ」
「そうですか?」
「そうだよ。それじゃ、天芳は部屋の隅に──」
「はい! わたしもお手伝いがしたいです!!」
不意に、星怜が手を挙げた。
「わたしがお手伝いすると、修行の効果があがるのは実証されていますよね? だったら、私にもやらせてください!」
「星怜くん……退く気はないようだね?」
「ありませんっ!」
「わかった。ここは公平に行こう」
「化央さまなら、そう言ってくれると思っていました」
「僕だって君のことは評価しているからね?」
「わたしも、化央さまが相手でよかったと思っています」
「光栄だね」
「それはわたしの言うことです」
「……あの。ふたりとも、一体なにを?」
「「 (天芳) (兄さん)は部屋の隅に行っていて (くださいっ)!!」」
「はい」
迫力におされて、俺は部屋の隅へと移動する。
俺がふたりに背中を向けると、カウントダウンが始まる。
「いくよ天芳。いーち」
「わたしの心の準備はできてます。にーの」
「「さんっ!!」」
その後で起きたことは……ふたりの名誉を守るため、記すことはできないのだった。
次回、第201話は、来週末の更新を予定しています。
書籍版「天下の大悪人」2巻は、本日発売です!
姫君姿の凰花が目印です。
奏真国で『気』の師匠を探す天芳。
彼はとある場所で、遍歴医の玄秋翼、その娘の冬里と出会います。
その後、北臨に戻った後で、とある事件が。
そこに現れた宿敵と、国と異民族にまつわる陰謀とは。
天芳は決意とともに、行動を開始するのですが……。
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