第199話「岐涼の町の武術大会、開催される(1)」
武術大会は、孟篤さまの屋敷の前庭で開催される。
領主の屋敷の庭だから、十分な広さがある。
そこを柵で囲んだ部分が、いわゆる闘技場になるわけだ。
闘技場のまわりには観客席が設置されている。
もっとも見やすい席──VIP用の席には夕璃さまが、その近くには孟篤さまが座っている。
夕璃さまは、自分が目立つ位置に座ることに同意した。
彼女の姿を見せることで『王家は孟侯を信頼している』というメッセージを送るためだ。
夕璃さまには多くの護衛がついている。
秋先生も冬里も側にいる。
闘技場には雷光師匠もいる。
護衛としては十分だろう。
次にいい席には、孟篤さまの娘の丹さまが座ることになる。
その側には高官たち。
例えるなら、ここまでがS席ってところだ。
S席の隅には、庶子の薄さまの席が用意されている。
孟篤さまは薄さまをどこに配置するかで、かなり悩んでいた。
だから、ぎりぎり自分の視線が届く場所にしたんだろう。
VIP席とS席から離れたところには、招待客用の席が用意されている。
町の有力者や、裕福な商人が座るためのものだ。
一般人向けの観客席はない。
セキュリティを考えたら仕方ないんだけど、それだと町の人たちから不満が出る。
武術大会のことは評判になってるからな。
見たい人や、結果を知りたい人もいるだろう。
だから、町のあちこちに掲示板が作られている。
そこに誰が誰と戦うのかと、試合結果がどうなったかが表示される予定だ。
試合の具体的な内容は、あとで歌い手が、歌に乗せて語ることになっている。
町の人たちは十分、楽しめるはずだ。
「星怜と千虹は夕璃さまの側にいる。だから……大丈夫だ」
俺はふたりの位置を確認する。
星怜は黒猫を抱いてる。近くにある旗の上には鳩がとまってる。
動物たちの準備も万全だ。
武術大会にはいくつかの目的がある。
ひとつは、岐涼の町に流れている噂を消すこと。
もうひとつは、噂を流している連中を、表舞台に引きずり出すことだ。
でも、孟篤さまにとって一番いいのは、何事もなく武術大会が終わることだろうな。
そうすれば噂は無意味になるし、噂を流していた連中の目的も潰せるんだから。
「だけど、もしも噂を流している連中が姿を現したときは……」
全力で潰す。
それが『金翅幇』なら、捕らえて尋問する。奴らの計画のすべてを明るみに出す。
そうすれば『藍河国破滅エンド』は消滅する。
俺もみんなも、安心して生きられるようになるはずだ。
そんなことを考えながら、俺は参加者用の控え室へと向かうのだった。
参加者には控え室が与えられている。
……武術家には喧嘩っ早い人もいるからな。
試合前に顔を合わせると、喧嘩になるかもしれない
そういう事態を避けるために、控え室が与えられたのだろう。
もちろん、参加者への福利厚生の意味もあるんだけど。
「お茶はいかがですか。朱陸宝さま」
「ありがとう。いただきます」
控え室の前には従者がいる。
希望すれば、参加者はお茶や軽食がもらえるんだ。
従者は孟篤さまが選んだ者たちだ。
彼らは参加者への見張り役も兼ねている。
不審な動きをすれば孟篤さまに報告が行く。
場合によっては、大会の参加資格も取り消されることになる。
試合前に参加者を闇討ちしたり、お茶に一服盛ったりする者もいるかもしれないからな。
従者がつけられたのは、そういうことを避けるためだ。
それと、もうひとつ理由もあって──
「──お待たせいたしました」
従者の男性が、茶碗の載ったお盆を手に、部屋に入ってくる。
それを俺の前に置いてから、一礼して部屋を出て行く。
俺が茶碗を持ち上げると……その下から、小さな紙が現れた。
魯太迷からの書状だった。
控え室にいる従者は連絡役を兼ねている。
参加者や護衛たちが直接接触しなくても、連絡ができるようにしてくれているんだ。
『魯の小父さんより。陸どのへ。
単刀直入に聞く。参加者の中で、怪しいと思った者はおるか?
拙者が気になる者の名前を以下に記す。
貴公の意見を聞かせて欲しい』
武術大会の参加者は、俺と魯太迷を含めて10名。
その中に介鷹月はいなかった。
孟篤さまにも確認したけれど、俺と同じ年頃の少年はいないそうだ。
介鷹月の側近の虎永尊もいなかった。
ゲーム主人公とその腹心は、この武術大会に参加しないんだろうか?
となると、出てくるのは配下の者か?
そいつが優勝をかっさらって、それを介鷹月が倒して『自分こそが勇敢な鳥である』と主張するとか?
……いや、先入観は危険だ。
今は、参加者を中心に警戒をすることにしよう。
魯太迷が怪しいと思った人物は次の2名だ。
──鯉山派の剣術使い、涯恩。
──崇谷派の斧使い、公孫旋。
涯恩は正統派の剣術を収めた人物らしい。
ただ、酒の席で同門の者に怪我をさせたことがあるそうだ。
それで恨みを買って、鯉山派にいられなくなったとか。
そういう人物だから怪しいと、魯太迷は考えているってことか。
公孫旋は斧使いの大男だ。
普段は商人の護衛をしている。岐涼の町に立ち寄ることもあり、魯太迷とも面識がある。
ただ、出世欲が強い。
名を上げるために、強い者に突っかかる癖がある。
だから警戒すべき、というのが魯太迷の意見だ。
……すごいな。魯太迷は。俺と意見が一致してる。
俺も涯恩と公孫旋を警戒していた。
ふたりは『剣主大乱史伝』に登場するキャラだからな。気になってたんだ。
ゲームに登場する涯恩はお調子者だ。
『我こそは英雄である』『勇気ある者は我に続け』と叫びながら、先頭に立って敵と戦っていた。
主人公との接点はほとんどない。
ただ、英雄になりたいという想いを、『金翅幇』に利用されることはあり得る。
公孫旋は出世欲が強い人物だ。
強そうな人物を見ると『一手ご指南を願う』と言って勝負をふっかけていた。手当たり次第に武術家を倒すことで、名を上げようとしていた。
ゲームでは主人公に敗北して、それで仲間になるんだけど。
彼なら『金翅幇』に協力することもあるだろう。
「『魯太迷さまのご意見は正しいと思います』」
俺は返事を書くことにした。
「『もうひとり気になる人物がおります。甘旬旗という男性です。受付をした者からは、女性とみまがうほどの美貌であったと聞いています。疑わしい理由は──』」
ゲームに登場する人物に、よく似ているからだ。
姓も同じ『甘』だからな。
ただ、ゲームに出てくるのは女性だった。
参加者の甘旬旗は男性だ。
もちろん、姓が同じだけの他人かもしれない。親戚や家族が大会に出てきているという可能性もあり得る。
だけど、仮に男装しているのだとしたら──
「『美貌の武術家である甘旬旗は、男装をしているのかもしれません。だとしたら、なにかの意図が疑われます。警戒しておくべきだと思います』」
そんなことを書いてから、俺は従者の男性を呼んだ。
茶器と盆の間に紙を2枚挟んで、従者の男性に返す。
「魯太迷さまにも、もう一杯のお茶を。それと、警備担当の詩翠にも」
詩翠は小凰の偽名だ。
彼女にも情報を共有しておこう。
「承知いたしました」
従者の男性は一礼して、部屋を出て行った。
涯恩、公孫旋、そしてゲームキャラの疑いがある甘旬旗。
この3人に対しては目を光らせておこう。
そんなことを考えているうちに、時は過ぎ──
俺は会場へと呼びだされ──
やがて、最初の試合がはじまることになるのだった。
次回、第200話は、次の週末の更新を予定しています。
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