第198話「天芳の仲間たち、武術大会の最終準備をする(後編)」
本日は2話、更新しています。
今日はじめてお越しの方は、第197話からお読みください。
「わかりました。わたしも全力で兄さんを守ります」
ここは、夕璃が借り上げている宿の一室。
そこで凰花は、星怜と面会していた。
星怜の隣には馮千虹がいる。
彼女の同席を望んだのは星怜だ。
『兄さんをお助けするために、千虹さんのお知恵を貸してください』
──それが、星怜の言葉だった。
「町にいる猫さんと鳩さんには話をつけました。協力してくれるそうです」
星怜は言った。
「対価として、夕璃さまがごはんを用意してくださいます。人目につかないところで、兵士さんがこっそりと与える手はずになっています」
「会場にも、猫と鳩を配置するんだよね?」
「はい。すでに準備は整っています」
「夕璃さまや孟篤さま、薄さまや丹さまの側には?」
「猫の配置が完了しています。ただ、丹さまは……」
星怜は目を伏せ、隣にいる千虹を見た。
「実は……夕璃さまは、丹さまに接触できなかったのです」
彼女の代わりに、千虹が説明をはじめる。
「丹さまのまわりは、高官の價干索さまが手配した護衛で固められているです。夕璃さまが丹さまにお会いして、さりげなく猫をお渡しする予定でしたが……断られてしまったのです。丹さまからは『夕璃さまには、落ち着いた状態でお目にかかりたい』との返書が届いているのです。おそらくは、武術大会が終わってからお会いになるつもりなのです」
「そうか。難しいものだね」
「代わりに、丹さまの近くに鳩を配置することになったです。武術大会の会場では、丹さまのお側に孟侯を表す旗が立てられることになっています。その旗の上に、鳩を常駐させる予定なのです」
「夕璃さまや、孟篤さまの関係者を守る準備は整っているわけだね」
そこまで言って、凰花は姿勢を正した。
「では、星怜くんにうかがうよ。天芳の護衛として、動物を配置する余裕はあるかな?」
「あります」
「配置すべき場所は?」
「千虹さんが割り出してくれました。配置図は、ここに」
「拝見するよ……うん。いいね。さすがは千虹くんだ」
猫たちは会場の主要な位置に配置されている。
凰花たちとの連携も考えられている。
天芳になにかあったときは、すぐに凰花と星怜に連絡できるはずだ。
「では、確認だ。星怜くん」
「承知しました。凰花さん」
「武術大会で天芳が負けそうになったときは……」
「歯を食いしばって、がまんします」
「うん。天芳の目的は武術大会で勝利することじゃない。敵を見つけ出すことだからね」
「はい。だから、手出しはしません」
凰花と星怜は正面から視線を合わせてから、うなずいた。
「では、大会と関係ないことで、天芳が危なくなったら?」
「即座に動きます」
「天芳が敵から攻撃を受けそうになったときは?」
「敵の足下で猫を走らせて攪乱します。凰花さんはその間に?」
「天芳と敵の間に割り込んで、天芳の盾になるよ。そしたら星怜くんは?」
「観客席から飛び出して、敵にしがみつきます」
「間に合うかな? 星怜くんは歩法を使えないだろう?」
「わたしの席は通路に一番近い場所にしてもらいました。『獣身導引』の猫のかたちで全力疾走すれば、普通に走るより速く、兄さんのもとにたどりつけます」
「だけど、僕たちには孟篤さまのご息女を守るという使命もある」
「……ですね」
「僕たちは天芳のために命を賭けることと、孟篤さまたちを守るという役目を両立させなきゃいけない」
「わかります」
「そのために……」
「はい。そのために……」
凰花と星怜は同時に、千虹を見た。
「「千虹さんの知恵を (借りたいんだ) (お借りしたいです)!!」」
「は、はい。承知なのです」
思わず千虹は拱手した。
凰花と星怜の表情が、真剣そのものだったからだ。
ふたりは命がけで天芳を守る覚悟でいる。
同時に、与えられた使命もまっとうするつもりでいる。
それを両立させるための知恵を、千虹に求めているのだ。
「おふたりのお気持ちは、よくわかりましたです」
千虹は、心のままの言葉を口にした。
武術が使えたら……あるいは、動物と話す力があったら、たぶん、千虹もふたりと同じことを考えただろう。
凰花、星怜、千虹、そして冬里。
この4人の中心には、常に天芳がいる。
彼女たちのもっとも大切な……命をかけるに値する人として、心の中心を占めているのだ。
だから、千虹は目を閉じ、思考を巡らせる。
幼いころから目にしてきた書物。
燎原君の屋敷で、眠らずに読み続けた書物。
それらで得た知識を使って、千虹が見いだした答えは──
「……申し上げるです」
やがて、千虹は目を開いた。
「天芳さまを守りやすくするためには、皆さんの負担を減らすことが重要だと思うのです。ですから、孟篤さまのご息女を守りやすくするのはどうでしょうか」
言葉を選びながら、千虹は語りはじめる。
「ご息女のひとり、薄さまは猫を手元に置くことを許してくださいました。あの方は、話の通じるお方だと思うのです。凰花さまがお側にいることできますし、守りやすいのです。問題は丹さまなのです」
丹の側には伯父の價干索や、その配下がいる。
凰花や冬里が近づくのは難しい。
それでも、丹の身を守るためには──
「夕璃さまから、丹さまに贈り物をしていただくべきだと思うのです」
「贈り物ですか?」
「ああ……それはいい手かもしれないね」
星怜は首をかしげる。
対照的に、凰花は納得したようにうなずいている。
「丹さまは猫を側に置くことは拒んだ。でも、夕璃さまからの贈り物なら断れない。王弟殿下のご息女からいただくものを突き返すのは、どう考えても無礼だからね」
「あ、そういうことですか……」
丹は『動物は苦手です』と言って、猫を側に置くことを拒否した。
だが、夕璃からの贈り物を断るのは難しい。
王弟の娘からの贈り物を受けるのは、名誉なことでもあるのだから。
「武術大会の当日、夕璃さまが大勢の前で、丹さまと薄さまに贈り物をするのはどうでしょうか。そのとき、丹さまに贈るものを、少し豪華にするのがよいと思います。そうすれば、丹さまは受け取ってくださると思うのです」
おそらくは断れない。
目の前で、庶子の薄が贈り物を受け取っているのだ。
丹だけ受け取らなかったら、非礼をなすことになる。
「贈り物と一緒に書状もお渡しすることにします。書状には緊急時の対応策を書き記します。贈り物の中身は布です。その布には仕掛けをして──」
そうして千虹は、孟篤たち守りやすくするための策を語り続け──
すべてを聞き終えた凰花と星怜は、納得したように、うなずいたのだった。
──数時間後──
「──ということを考えたのです。冬里さまにも協力してほしいのです」
「わかりました」
凰花たちと話をしたあと、千虹は冬里と会うことにした。
明日の打ち合わせのためだった。
星怜は今ごろ、夕璃と話をしているはずだ。
孟篤の娘たちへの贈り物のことも伝えていると思う。
おそらく、夕璃は提案を受け入れてくれるだろう。
彼女も、岐涼の町の安定を願っているのだから。
凰花は天芳のところに戻った。
彼が無茶をしないように見張るつもりらしい。
手が空いているのは、千虹だけ。
だから彼女が、冬里と話をすることにしたのだった。
「孟篤さまのご息女をお守りする。そして、芳さまが無茶をしないようにお守りする。そういうことなのですね?」
「はい。大変かもしれませんが……」
「いいえ」
冬里は穏やかな表情で、首を振った。
「たいしたことではありません。いざというときは、冬里が芳さまのために命を差し出すだけですから」
冬里は静かな口調で、そんなことを言った。
気負いもなにもなく、まるで当たり前のことを話しているかのようだった。
その姿に、千虹は思わず息をのむ。
「冬里さまは……すごいのです」
「いいえ、冬里はわがままで、身勝手なだけです」
「え?」
「冬里は、夢を叶えたいだけですから」
「夢……ですか?」
「はい。芳さまのお子を産むことです」
「────!?」
千虹の顔が真っ赤になる。
対照的に、冬里はまったく動じていない。
それは冬里にとっては自然なことなのだろう。
「冬里の夢は、芳さまがいなければ叶いません。芳さまのお子を産み、芳さまをお側で支え続ける。それが……冬里の夢なのです」
「…………ほぇ……」
「冬里はずっと病弱でした。20歳まで生きられないと言われたこともあります。でも、芳さまに出会ったことで健康になり、未来を手に入れました。長く生きられるとわかったとき……たくさんのことを考えました」
手に入れた未来で、どんなふうに生きたいのか。
将来、どんな自分になって、誰と一緒にいたいのか。
そんなことを考え抜いて、手に入れた答えは──
「冬里が欲しい未来は……芳さまのお子を抱くことと、おそばで芳さまをお助けすることだったのです」
「そうだったのですか……」
「ですが……このことは、芳さまには内緒にしていただけますか?」
急に顔を赤らめる冬里。
「千虹さまは話しやすいので……つい、口にしてしまいましたが、芳さまには秘密にしていただきたいのです」
「そうなのですか?」
「芳さまに変な子だって思われるのは……嫌なのです」
「大丈夫です。誰にも言いません」
「……よかったです」
「それに、虹は冬里さまがうらやましいですから」
千虹は、自分の願いをはっきりと口にできる冬里を、格好いいと思った。
冬里の身長は、凰花より少し高いくらい。
身体は細いけれど、胸は大きい。
千虹から見た冬里は、尊敬できる立派な女性だ。
本当は、千虹の方が少し年上なのだけれど。
「虹は、冬里さまのようになりたいです」
思わず両胸を押さえる千虹。
「冬里さまのように立派に……大きくなって、未来を語れるような女性に……」
「それはお心のことですか? それとも……」
「と、とりあえずは身体の方で!」
「わかりました。では、冬里が協力いたしましょう」
「協力、ですか?」
「冬里はお母さまから医術や健康法を学んでいます。その中に、身体の成長をうながしたり、胸を大きくするための健康法がありました。それを千虹さまにお教えしましょう」
「お願いします!」
「では、武術大会が終わったらはじめましょう」
「ありがとうございます!」
「あの健康法は部屋を温かくして……千虹さまは服を……あ、そうそう。芳さまのご予定も聞いておかなくてはいけませんね。目隠しも用意するべきでしょう」
「健康法なのですよね?」
「健康法です」
「……わかりました」
「その前に、まずは武術大会を乗り切らなければ」
そう言って、冬里は拳を握りしめた。
「おたがいにがんばりましょう。千虹さま」
「はい。冬里さま!」
そうして冬里と千虹は、夢に向けて動きはじめたのだった。
──天芳視点──
「いよいよ明日から武術大会か……」
この数日で、すべてが決まる。
藍河国の……そして、俺の未来も。
正直……緊張する。
でも、今回の事件には、俺ひとりだけで立ち向かうわけじゃない。
雷光師匠も秋先生もいる。
小凰も星怜も、冬里も千虹も手伝ってくれる。
「小凰たちも、いろいろと準備してくれてるみたいだからな」
さっき小凰が猫と話をしているのを見た。
たぶん、星怜と連絡を取っていたんだと思う。
岐涼の町を守るために……小凰も全力を尽くすつもりなんだろう。
俺も、できることをやろう。
この武術大会で金翅幇を表舞台に引きずり出す。
奴らを捕らえて、藍河国の憂いを消す。
星怜も小凰も、冬里も千虹も……俺のまわりにいるみんなが、このまま平穏に暮らせるようにする。
ついでに、『黄天芳破滅エンド』を完全消滅させる。
岐涼の町の人たち……孟篤さまや魯太迷も、おだやかに生きられるようにする。
それが、俺のやるべきことだ。
「そのためにも……もっと技を磨かないと」
ゲーム主人公に負けないくらいに。
大切な人たちを、守るために。
そんなことを思いながら、俺は明日の準備をはじめるのだった。
そして、翌日。
孟篤さま主催の武術大会がはじまった。
次回、第199話は、次の週末の更新を予定しています。
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姫君姿の凰花が目印です。よろしくお願いします。




