表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/214

第197話「天芳の仲間たち、武術大会の最終準備をする(前編)」

 ──凰花(おうか)視点──




 武術大会の前日。

 凰花(おうか)天芳(てんほう)は、武術の修練(しゅうれん)をしていた。


「『朱雀大炎舞(すざくだいえんぶ)』!」


 凰花は木剣を手に、『五神剣術(ごしんけんじゅつ)』の技を繰り出す。


 彼女の前には、必死な表情の天芳がいる。

 彼が使っているのは青竜の技だ。

 竜が身体をくねらせるように、しなやかに剣を繰り出そうとしている。


 けれど、違和感があった。


(……足の動きが違う。あれは……)


 凰花は思わず目を見開く。

 確かに、天芳は青竜の型で剣を振っている。

 けれど、その足運びは白虎の型だ。


 青竜は『木属性』で白虎は『金属性』だ。

 五行では『金属性』は『木属性』を打ち消す……いわゆる相克(そうこく)にあたる。


 だから天芳の技は発動しない。

 彼が振った木剣は急停止する。

 そのせいで凰花の木剣は、天芳の木剣と触れ合うことなく、空を切る。


 その(すき)に、天芳が間合いを詰める。

 指先が凰花の腕に触れかける……けれど、すぐに天芳の体勢は(くず)れてしまう。


 すぐさま凰花は剣を構え直す。

 それを(さっ)した天芳は床の上を転がり、凰花から距離を取る。

 天芳は木剣を立ち上がり、凰花を見る。


「すみません小凰(しょうおう)。技が失敗しました。今のをもう一度……」

「いや、少し待ってくれ、天芳」


 凰花は構えていた木剣を下げる。

 立ち上がった天芳も、剣を収める。


 天芳の脚がふらついていた。

 妙な技の()り出し方をしたからだろう。

 思わず凰花は天芳に駆け寄り、その身体を支えた。


「……あのね、天芳」

「どうしましたか? 小凰(しょうおう)

「さっき、変な技の出し方をしてなかったかい?」

「わかりますか」

「わかるよ。天芳のことだもの」

「実は……フェイント……じゃなくて、技を急停止(きゅうていし)させるための実験をしていたんです」

「技を急停止させる?」

「こちらが剣を振ってきたら、相手は対応しようとしますよね?」

「そうだね。今の(ぼく)もそうだった」

「じゃあ、相手が対応しようとしたところで技を急停止させて、別の技を繰り出したらどうなりますか?」

「相手は……意表を突かれるだろうね」

「はい。その間に歩法で急接近すれば、点穴(てんけつ)の間合いに入れると思うんです」

「さっきやろうとしていたのは、そういうことなのかい?」

「はい。武術大会で役に立つかもしれないですから」

「それで青竜と白虎の技を、同時に使おうとしていたのか……」


五神剣術(ごしんけんじゅつ)』の使い手は、青竜(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)麒麟(きりん)になりきりながら、剣を振り続ける。

 途切れることなく、変幻自在(へんげんじざい)()り出される剣術は、敵を圧倒(あっとう)することができる。


 天芳がやろうとしたのは、それを途中で急停止させるものだ。

 青竜として剣を振りながら、白虎の技の足運びを使えば、それらは相克(そうこく)になる。

 剣と歩法が打ち消し合い、技が成立しなくなる。

 技の流れは、急停止する。


(それは相手の意表を突き、隙を作ることにも(つな)がる。天芳がやろうとしているのは、そういうことなんだろう)


 天芳の発想は独特だ。時々、凰花をびっくりさせるほどに。

 それを活かして、天芳は新たな戦い方を編み出そうとしているのだろう。


(そういえば言っていたね。『武術大会では、なるべくこちらの手の内を見せないようにしたいです』って)


 明日、岐涼(きりょう)の町で武術大会が開催される。

 そこに敵の武術家が参加することは十分に考えられる。

 だから天芳は、大会で『四凶(しきょう)の技』を使わないことを決めたのだ。


 天芳の敵……金翅幇(きんしほう)は『四凶(しきょう)の技』のことを知っている。

 あの技を使えば、天芳が戊紅族(ぼこうぞく)から『渾沌(こんとん)秘伝書(ひでんしょ)』を受け()いだことを見抜くかもしれない。

 今後、対策をされる可能性がある。天芳はそれを避けたいのだろう。


『四凶の技』を使わず、他の技も使う回数を減らす。

 相手の意表を突き、短い手数で勝利する。

 天芳は、そのための技を開発しようとしているのだ。


(だけど……いくらなんでも無理をしすぎだよ。天芳(てんほう)


 思わず凰花は胸を押さえていた。

 今の天芳を見ていると、胸の奥が、痛くなる。

 心臓(しんぞう)がドキドキして、どうしたらいいのかわからなくなる。


 天芳の気持ちはわかる。

 彼はこの岐涼の町で、金翅幇(きんしほう)と決着をつけるつもりなのだろう。


 天芳はずっと、あの組織のせいで苦労してきた。

 本当は彼が背負う必要のない苦労を。


 北の地では天芳の兄……黄海亮(こうかいりょう)がゼング=タイガに殺されかけた。

 ゼング=タイガを動かしていたのは金翅幇だ。

 あの組織のせいで、天芳は兄を失いかけた。

 しかも、壬境族(じんきょうぞく)最強の戦士に敵視されることになってしまった。


 戊紅族(ぼこうぞく)のこともそうだ。

 彼らと友好関係を結びに行った天芳は、壬境族と戦うことになった。

 それは金翅幇が『渾沌の秘伝書』を欲したことが原因だ。

 そのせいで天芳と凰花は『四凶の技・窮奇(きゅうき)』の使い手と戦うことになった。


 その後、壬境族は分裂(ぶんれつ)した。

 天芳のおかげで、藍河国は穏健派と友好関係を結ぶことに成功した。

 けれど、天芳はふたたびゼング=タイガと戦うことになってしまった。


 天芳は激闘(げきとう)の末に……ゼング=タイガを倒した。

 ただ、天芳は優しい少年だ。

 相手が仇敵(きゅうてき)とはいえ、殺したくはなかっただろう。

 あの戦いのことは、天芳の心の傷として残っているはずだ。


 凰花は、そのことを知っている。

 天芳が黒馬……朔月(さくげつ)に話しかけているのを、見てしまったから。


 これまで金翅幇(きんしほう)は天芳の行く先々で問題を起こしてきた。

 まるで彼と、奇妙な因縁(いんねん)で結びつけられているかのように。


 天芳はそれを終わらせようとしているのだろう。

 武術大会の前日になっても修練(しゅうれん)を続けているのは、そのためだ。


「それじゃ、もう一度お願いします。小凰」

「いや、今日はここまでにしよう」

「……え?」

「それでいいですよね? 秋先生」


 凰花は、修練を見ていた玄秋翼(げんしゅうよく)に告げた。


「明日のこともあります。無理な修練はしない方がいいと思うんです。どうでしょうか、秋先生」


 凰花は真剣な口調で、玄秋翼に(うった)えかける。


(秋先生に止めてもらった方がいいよね。僕だと、天芳に押し切られちゃうから)


 凰花は、無茶をする天芳を止めるのが苦手だ。

 それは凰花が、目標に向かってがんばる天芳を見ているのが、好きだから。

 天芳を止めるよりも、側で支えてあげたくなってしまうからだった。


 天芳が危険な場所に向かうのなら、同じ場所に行く。

 (となり)で剣を取って、彼を守る。


 ──そんなふうに思ってしまう。


 だから、天芳を止めたいときは師匠を頼る。

 凰花はそんなふうに考えているのだった。


「そうだね。化央(かおう)くんの言う通りだ」


 凰花の提案に、玄秋翼(げんしゅうよく)はあっさりとうなずいた。


「無理はよくない。明日の武術大会に備えて、身体を休めた方がいいだろう」

「でも秋先生。もう少しで技がうまくできそうなんですけど……」

「だめだよ。技を急停止させるのは身体の負担が大きいからね」


 玄秋翼は、天芳の手を取った。

 彼女は『気』の流れを確認するように、手首に指を当てる。


「やはり『気』の流れが不安定になっている。『天元(てんげん)の気』を持つ天芳くんだからこの程度で済んでいるが……普通の人が技を急停止(きゅうていし)させたりしたら、しばらくの間は、身体が動かなくなってしまうかもしれないね」

「普通の『気』を持つ人にはできないんですね?」

「『だったら、なおさら敵の意表を突ける』とか、考えてないだろうね?」

「……いません」

「私の目を見て言ってみなさい」

「……えっと」

「……天芳(てんほう)くんのことだ、止めても聞くまい」


 玄秋翼は苦笑いした。


「君がやってみせた技の急停止……『五神剣術』を打ち消すものだから、仮に『無神(むしん)』と呼ぶことにしよう。その『無神』を使っていいのは、1日に3回だけだ。それ以上は身体の負担が大きすぎる」

「そうですか……」

「そのせいで本命の敵と戦えなくなるのは、君の本意ではないだろう?」

「……はい。わかりました」

「わかってくれればいい。それでは明日の話をしようか」


 それから玄秋翼は、凰花の方を見た。


化央(かおう)くんは、孟篤(もうあつ)さまのご息女の護衛にまわるのだったね?」

「はい。庶子(しょし)(はく)さまのお側にいることになります」


 凰花は一礼して、答えた。


(たん)さまのまわりには多くの兵がいるようですので、僕は薄さまの護衛を担当します」

「私は夕璃さまのお側にいることになる。3人がそれぞれ別の場所にいることになるが……会場には姉弟子もいる。問題はないだろう」

雷光師匠(らいこうししょう)審判(しんぱん)を担当されるのですよね」


 たずねたのは天芳だった。


「だとすると、雷光師匠は会場の中央にいらっしゃることになりますね」

「そうだね。そして、姉弟子の歩法なら、会場の(はし)から端まで移動するのに、数秒もかからない」


 天芳の不安を払うように、玄秋翼は笑った。


「ある意味、姉弟子は遊軍として、会場すべてを守ることになるんだ。本当に心強いよ」

「ですよね」

「雷光師匠なら納得です」


 凰花はうなずいた。


 雷光師匠はいつでも『五神歩法(ごしんほほう)』で()けつけてくれる。

 それだけで不安は消えていく。

 会場には雷光も玄秋翼もいる。敵への備えは万全だ。


 けれど──


(やっぱり、天芳のことが心配だな……)



 もしも──自分の手が届かないところで天芳が傷ついたら。



 それを考えただけで、思わず身体が(ふる)え出す。

 胸の奥に冷たい風が吹き込んだような気分になる。


(対策をする必要がある。天芳を守るために……そして、彼の願いを叶えるために)


 凰花は、覚悟(かくご)を決めた。


 彼女は修練を終えたあと、まっさきに屋敷を出た。

 そのまま、路上で待っていた三毛猫に声をかける。


星怜(せいれい)くんと話をしたいんだ。()()いで欲しい。僕の言葉がわかるかな? えっと……」


 凰花は身振り手振りをまじえて、説明を続ける。

 それを何度か繰り返したあとで──


「にゃーん」


 三毛猫は納得したようにうなずき、走り出した。



 それから、1時間後。

 凰花は星怜と会うことになったのだった。



 次回、第198話 (後編)は、明日か明後日くらいの更新を予定しています。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ