第197話「天芳の仲間たち、武術大会の最終準備をする(前編)」
──凰花視点──
武術大会の前日。
凰花と天芳は、武術の修練をしていた。
「『朱雀大炎舞』!」
凰花は木剣を手に、『五神剣術』の技を繰り出す。
彼女の前には、必死な表情の天芳がいる。
彼が使っているのは青竜の技だ。
竜が身体をくねらせるように、しなやかに剣を繰り出そうとしている。
けれど、違和感があった。
(……足の動きが違う。あれは……)
凰花は思わず目を見開く。
確かに、天芳は青竜の型で剣を振っている。
けれど、その足運びは白虎の型だ。
青竜は『木属性』で白虎は『金属性』だ。
五行では『金属性』は『木属性』を打ち消す……いわゆる相克にあたる。
だから天芳の技は発動しない。
彼が振った木剣は急停止する。
そのせいで凰花の木剣は、天芳の木剣と触れ合うことなく、空を切る。
その隙に、天芳が間合いを詰める。
指先が凰花の腕に触れかける……けれど、すぐに天芳の体勢は崩れてしまう。
すぐさま凰花は剣を構え直す。
それを察した天芳は床の上を転がり、凰花から距離を取る。
天芳は木剣を立ち上がり、凰花を見る。
「すみません小凰。技が失敗しました。今のをもう一度……」
「いや、少し待ってくれ、天芳」
凰花は構えていた木剣を下げる。
立ち上がった天芳も、剣を収める。
天芳の脚がふらついていた。
妙な技の繰り出し方をしたからだろう。
思わず凰花は天芳に駆け寄り、その身体を支えた。
「……あのね、天芳」
「どうしましたか? 小凰」
「さっき、変な技の出し方をしてなかったかい?」
「わかりますか」
「わかるよ。天芳のことだもの」
「実は……フェイント……じゃなくて、技を急停止させるための実験をしていたんです」
「技を急停止させる?」
「こちらが剣を振ってきたら、相手は対応しようとしますよね?」
「そうだね。今の僕もそうだった」
「じゃあ、相手が対応しようとしたところで技を急停止させて、別の技を繰り出したらどうなりますか?」
「相手は……意表を突かれるだろうね」
「はい。その間に歩法で急接近すれば、点穴の間合いに入れると思うんです」
「さっきやろうとしていたのは、そういうことなのかい?」
「はい。武術大会で役に立つかもしれないですから」
「それで青竜と白虎の技を、同時に使おうとしていたのか……」
『五神剣術』の使い手は、青竜・白虎・朱雀・玄武・麒麟になりきりながら、剣を振り続ける。
途切れることなく、変幻自在に繰り出される剣術は、敵を圧倒することができる。
天芳がやろうとしたのは、それを途中で急停止させるものだ。
青竜として剣を振りながら、白虎の技の足運びを使えば、それらは相克になる。
剣と歩法が打ち消し合い、技が成立しなくなる。
技の流れは、急停止する。
(それは相手の意表を突き、隙を作ることにも繋がる。天芳がやろうとしているのは、そういうことなんだろう)
天芳の発想は独特だ。時々、凰花をびっくりさせるほどに。
それを活かして、天芳は新たな戦い方を編み出そうとしているのだろう。
(そういえば言っていたね。『武術大会では、なるべくこちらの手の内を見せないようにしたいです』って)
明日、岐涼の町で武術大会が開催される。
そこに敵の武術家が参加することは十分に考えられる。
だから天芳は、大会で『四凶の技』を使わないことを決めたのだ。
天芳の敵……金翅幇は『四凶の技』のことを知っている。
あの技を使えば、天芳が戊紅族から『渾沌の秘伝書』を受け継いだことを見抜くかもしれない。
今後、対策をされる可能性がある。天芳はそれを避けたいのだろう。
『四凶の技』を使わず、他の技も使う回数を減らす。
相手の意表を突き、短い手数で勝利する。
天芳は、そのための技を開発しようとしているのだ。
(だけど……いくらなんでも無理をしすぎだよ。天芳)
思わず凰花は胸を押さえていた。
今の天芳を見ていると、胸の奥が、痛くなる。
心臓がドキドキして、どうしたらいいのかわからなくなる。
天芳の気持ちはわかる。
彼はこの岐涼の町で、金翅幇と決着をつけるつもりなのだろう。
天芳はずっと、あの組織のせいで苦労してきた。
本当は彼が背負う必要のない苦労を。
北の地では天芳の兄……黄海亮がゼング=タイガに殺されかけた。
ゼング=タイガを動かしていたのは金翅幇だ。
あの組織のせいで、天芳は兄を失いかけた。
しかも、壬境族最強の戦士に敵視されることになってしまった。
戊紅族のこともそうだ。
彼らと友好関係を結びに行った天芳は、壬境族と戦うことになった。
それは金翅幇が『渾沌の秘伝書』を欲したことが原因だ。
そのせいで天芳と凰花は『四凶の技・窮奇』の使い手と戦うことになった。
その後、壬境族は分裂した。
天芳のおかげで、藍河国は穏健派と友好関係を結ぶことに成功した。
けれど、天芳はふたたびゼング=タイガと戦うことになってしまった。
天芳は激闘の末に……ゼング=タイガを倒した。
ただ、天芳は優しい少年だ。
相手が仇敵とはいえ、殺したくはなかっただろう。
あの戦いのことは、天芳の心の傷として残っているはずだ。
凰花は、そのことを知っている。
天芳が黒馬……朔月に話しかけているのを、見てしまったから。
これまで金翅幇は天芳の行く先々で問題を起こしてきた。
まるで彼と、奇妙な因縁で結びつけられているかのように。
天芳はそれを終わらせようとしているのだろう。
武術大会の前日になっても修練を続けているのは、そのためだ。
「それじゃ、もう一度お願いします。小凰」
「いや、今日はここまでにしよう」
「……え?」
「それでいいですよね? 秋先生」
凰花は、修練を見ていた玄秋翼に告げた。
「明日のこともあります。無理な修練はしない方がいいと思うんです。どうでしょうか、秋先生」
凰花は真剣な口調で、玄秋翼に訴えかける。
(秋先生に止めてもらった方がいいよね。僕だと、天芳に押し切られちゃうから)
凰花は、無茶をする天芳を止めるのが苦手だ。
それは凰花が、目標に向かってがんばる天芳を見ているのが、好きだから。
天芳を止めるよりも、側で支えてあげたくなってしまうからだった。
天芳が危険な場所に向かうのなら、同じ場所に行く。
隣で剣を取って、彼を守る。
──そんなふうに思ってしまう。
だから、天芳を止めたいときは師匠を頼る。
凰花はそんなふうに考えているのだった。
「そうだね。化央くんの言う通りだ」
凰花の提案に、玄秋翼はあっさりとうなずいた。
「無理はよくない。明日の武術大会に備えて、身体を休めた方がいいだろう」
「でも秋先生。もう少しで技がうまくできそうなんですけど……」
「だめだよ。技を急停止させるのは身体の負担が大きいからね」
玄秋翼は、天芳の手を取った。
彼女は『気』の流れを確認するように、手首に指を当てる。
「やはり『気』の流れが不安定になっている。『天元の気』を持つ天芳くんだからこの程度で済んでいるが……普通の人が技を急停止させたりしたら、しばらくの間は、身体が動かなくなってしまうかもしれないね」
「普通の『気』を持つ人にはできないんですね?」
「『だったら、なおさら敵の意表を突ける』とか、考えてないだろうね?」
「……いません」
「私の目を見て言ってみなさい」
「……えっと」
「……天芳くんのことだ、止めても聞くまい」
玄秋翼は苦笑いした。
「君がやってみせた技の急停止……『五神剣術』を打ち消すものだから、仮に『無神』と呼ぶことにしよう。その『無神』を使っていいのは、1日に3回だけだ。それ以上は身体の負担が大きすぎる」
「そうですか……」
「そのせいで本命の敵と戦えなくなるのは、君の本意ではないだろう?」
「……はい。わかりました」
「わかってくれればいい。それでは明日の話をしようか」
それから玄秋翼は、凰花の方を見た。
「化央くんは、孟篤さまのご息女の護衛にまわるのだったね?」
「はい。庶子の薄さまのお側にいることになります」
凰花は一礼して、答えた。
「丹さまのまわりには多くの兵がいるようですので、僕は薄さまの護衛を担当します」
「私は夕璃さまのお側にいることになる。3人がそれぞれ別の場所にいることになるが……会場には姉弟子もいる。問題はないだろう」
「雷光師匠は審判を担当されるのですよね」
たずねたのは天芳だった。
「だとすると、雷光師匠は会場の中央にいらっしゃることになりますね」
「そうだね。そして、姉弟子の歩法なら、会場の端から端まで移動するのに、数秒もかからない」
天芳の不安を払うように、玄秋翼は笑った。
「ある意味、姉弟子は遊軍として、会場すべてを守ることになるんだ。本当に心強いよ」
「ですよね」
「雷光師匠なら納得です」
凰花はうなずいた。
雷光師匠はいつでも『五神歩法』で駆けつけてくれる。
それだけで不安は消えていく。
会場には雷光も玄秋翼もいる。敵への備えは万全だ。
けれど──
(やっぱり、天芳のことが心配だな……)
もしも──自分の手が届かないところで天芳が傷ついたら。
それを考えただけで、思わず身体が震え出す。
胸の奥に冷たい風が吹き込んだような気分になる。
(対策をする必要がある。天芳を守るために……そして、彼の願いを叶えるために)
凰花は、覚悟を決めた。
彼女は修練を終えたあと、まっさきに屋敷を出た。
そのまま、路上で待っていた三毛猫に声をかける。
「星怜くんと話をしたいんだ。取り次いで欲しい。僕の言葉がわかるかな? えっと……」
凰花は身振り手振りをまじえて、説明を続ける。
それを何度か繰り返したあとで──
「にゃーん」
三毛猫は納得したようにうなずき、走り出した。
それから、1時間後。
凰花は星怜と会うことになったのだった。
次回、第198話 (後編)は、明日か明後日くらいの更新を予定しています。