第193話「魯太迷、事情を話す」
──魯太迷の話──
改めて名乗ろう。拙者は魯太迷。
孟篤さまに拾っていただき、客人となった者である。
貴公らは、王弟殿下のご息女の関係者であろう?
あの方が手配された修練場にいるというのは、そういうことに相違あるまいよ。
いや、詳しいことは言わずともよい。
王弟殿下のご息女の身を守るために、まわりの者が力を尽くすのは当然のことだ。
お側に控えている護衛もいれば、お側を離れて周囲を警戒している護衛もおろう。
拙者でも、そのくらいのことはわかるのだ。
いやいやいやいや、
本当に詳しいことはよいのだ。
拙者はただ、王弟殿下のご息女……夕璃さまと縁の深い武術家と話をしたいだけなのだから。
孟篤さまからも、よしみを結ぶようにと言われているのでな。
拙者はあの方から全権を委任されて、ここに来たのだ。
まずは……貴公らに信頼してもらうため、拙者のことを話しておこう。
拙者は孟篤さまに拾われた、二流の武術家である。
孟篤さまに出会ったのは、あの方の領地が岐涼になって、すぐのことだ。
え? 客人となった理由か?
それは拙者が打たれ強かったからだ。
いや、本当だ。嘘ではない。
詳しく説明しようではないか。
数年前、孟篤さまの娘御が、何者かに襲われた。
拙者は旅の途中、偶然その場に居合わせてな。
なりゆきで孟篤さまの娘御……薄さまを守ったことがあるのだ。
いや、格好の良い話ではないぞ。
拙者が得意の棒術で敵をばったばったとなぎ倒した……そんな話でもないのだ。
むしろ、拙者は敵に太刀打ちできなかったと言ってもよい。
拙者はただの頭数でしかなかった。
薄さまを守っていた兵士たちと協力して、敵の攻撃を防ぐことしかできなかったのだ。
いや、それも言い過ぎだな。
敵の攻撃を防ぎきれず、傷だらけになっていたというのが正しかろう。
ほれ、これがそのときの傷だ。
拙者は二流の武術家だ。
とりえといえば、打たれ強いことくらい。
だが、そのおかげで孟篤さまが兵士を率いて来てくださるまで、命が保った。
医者にはおどろかれたよ。よく生きていられたものだ、と。
拙者もそう思う。
ただ、その後1ヶ月は身動きが取れなかったがな。
それが拙者と、孟篤さまとの縁だった。
あの方は身動きの取れぬ拙者に対してこう言ったのだ。
『魯太迷よ。貴公を我が客人にしたい』とな。
無礼ながらこう思ったよ。
『いやはや、物好きなことをおっしゃる』と。
うっかり口に出してしまい、変な顔をされたがな。
もちろん、拙者は固持したとも。
二流の者を客人にしては、孟篤さまの名に傷がつきますぞ、とな。
だが、あの方はおっしゃっていた。
『貴公は自身を二流だという。
ならば貴公のような人物を厚遇しているという噂が流れれば、この孟篤のもとに一流の人間がやってくるだろう。
魯太迷のような人物でも厚遇されているのだから、一流の者たちは「自分はさらに尊重されるに違いない」とな』
──と。
さらに、こうもおっしゃっていた。
『……と、きいたふうなことを言ってしまったが、これは故事の受け売りだ。
私は昔の人の言葉を借りて、格好を付けただけでしかない。
つまり、貴公が二流というなら、私も二流。
主人と客人としては、釣り合いがとれるのではないかな?』
──そんなことを、笑いながらおっしゃっていたのを覚えておる。
そうまで言われては断れぬ。
拙者は孟篤さまの客人になることにしたのだ。
孟篤さまの娘御……薄さまのこともあったからな。
拙者と出会ったとき、薄さまはまだ10歳くらいだったのだが……なつかれてしまってなぁ。
拙者を『魯の小父さま』と呼び、見舞いに来てくださった。
そんな方々を置いて立ち去る気にはならなかった。
拙者はこの岐涼に根を下ろすことに決めたのだ。
むむ?
玄秋翼どのは、薄さまのことが気になるのか?
例の噂に出てくる『赤き髪の娘』が薄さまのことではないかと考えているのだな?
そうだな。確かに、薄さまは赤い髪をされている。
だが、孟篤さまのもうひとりの娘御も、赤い髪をされているのだよ。
正室の方の娘御でな。名を丹さまという。
うむ。おどろいていらっしゃるようだな。
名前が丹……つまり『丹』だからな。
知っての通り、孟篤さまにはふたりの娘御がいらっしゃる。
ひとりは薄さま。
あの方は、いわゆる側室の娘ということになるのだろう。
黒に近いが、赤みがかった髪をされておるよ。
もうひとりは丹さま。
こちらは正室の方の娘御だ。
拙者はほとんどお目にかかったことはない。
客人に声をかけてくださるようなお方ではないからな。
ただ、才気溢れる方だと聞いている。岐涼の高官たちからも、将来を嘱望されていらっしゃるよ。
まあ、高官たちが期待するのもわかる。
丹さまの祖父は、先代の孟侯──孟墨越さまの側近中の側近でなぁ。
その方の名前は價干索という。
價干索さまは、今も孟篤さまを支えてくれておるよ。
孟篤さまが價干索さまの娘御を妻になさったのには、理由がある。
数年前、孟篤さまは岐涼に領地を移されたであろう?
新たな領地を治めるには、どうしても家臣団の協力が必要だったのだ。家臣をまとめあげ、兵や民を動かさねばならなかった。
價干索さまは、まとめ役として最適だったのだ。
價干索さまの方も、孟篤さまの縁者になりたかった。
そんなわけで、孟篤さまは價干索さまの娘御を娶られたわけだ。
ん? 薄さまの母君か?
あの方は……孟篤さまが以前の領地で拾われたそうだ。
動乱が起きて、焼け野原となった領地でな。
薄さまの母君は、動乱で家族を失われた。
焼け焦げた家の前で、ぼんやりと座り込んでおられたそうだよ。
そこに孟篤さまが通りかかってなあ。
薄さまの母君は、孟篤さまに石を投げつけられたのだ。
「あなたのような昏い主君のせいで、このようなことに」
──と。
孟篤さまは、あの方を許した。
それだけではない。
自分の失敗を忘れぬために、側に置くことを選ばれた。
まあ、おたがいが側にいるうちにあれこれあって、薄さまが生まれたようだが。
愛憎というのは裏表一体。
時に転じることもあるからの。そういうこともあろうよ。
ただ、薄さまの母君は産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまったそうだ。
……ん?
薄さまはご自身の母君と、孟篤さまのなれそめをご存じか、だと?
むろん、ご存じだ。
孟篤さまがご自身で話されたそうだ。
薄さまによると、孟篤さまはこうおっしゃっていたらしい。
『薄よ、お前の母がいてくれたから、私は自分の失政を忘れずにいられる。
お前も、私が道を間違えたら「昏い主君め」と言って、石を投げつけておくれ』と。
ああ……わかってくださったか。
孟篤さまは、そのようなお方なのだ。
あの方が王家に叛意を抱くわけがあるまいよ。
だからこそ、拙者は例の噂を流している連中に、怒りをおぼえるのだ。
なにを企んでいるかわからぬが、妙な噂を流しおって。
奴らが孟篤さまを苦しめておることが、拙者が許せぬのだよ。
だからこそ、あなた方に会いに来た。
夕璃さまの関係者の方なら、信頼できる。
どうか、孟篤さまに力を貸していただきたい。
拙者は武術大会を利用して、怪しい連中の尻尾をつかみたい。
そのために拙者にできるのは……貴公らと協力することくらいだからな。
拙者は、あまり知恵が回る方ではない。
だから、貴公らの知恵を貸りたいのだ。
岐涼の町が……孟篤さまと薄さまが平穏無事でいられるように。
拙者の命は適当に使いつぶしてよい。
『できぬ』の魯太迷であっても、自分の命を自由にするのは『できる』からな。
そのことを伝えるために、拙者はここに来たのだよ。
次回、第194話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。