第192話「天芳と凰花、おたがいの力を確かめ合う」
「いくよ天芳! 『朱雀大炎舞』!」
小凰の身体を、炎が包み込む。
すべてを焼き尽くすような緋色の炎だ。でも、これは本物じゃない。
小凰の『気』が生み出した……たとえるなら、炎のオーラのようなものだ。
それでも、近づくと熱い。
本当の炎じゃないってわかってるのに、身体が勝手に熱を感じてしまう。
触れると、ちりちりと焼かれているような感覚になる。
これは、小凰が最奥秘伝の『天地一身導引』で身に着けた技だ。
「まぼろしなのに……なんで熱いんですか」
「天芳くんの五感が、そのように感じ取っているからだよ」
秋先生の声が聞こえた。
「化央くんは『朱雀』になりきっている。その上で、本物の炎のようなもの作り出している。天芳くんの五感は、それを実際の燃えさかる炎だと感じているのだ」
「……じゃあ、この熱は?」
「天芳くんの身体が勝手に感じているんだよ」
「……触れたらどうなるんですか?」
「身体が勝手に『炎に焼かれた』と感じて、皮膚に火傷を生み出すかもしれない。あとでちゃんと治療してあげるけれど、できるだけ回避するようにね」
「はい。秋先生!!」
緋色の炎は小凰が『気』で作り出したもの。
実際の炎とは違うから、衣服や木剣が燃えることはない。
でも、敵の五感はそれを炎だと思い込み、『熱い』と感じてしまう。
相手によっては痛みを感じたり、火傷を負うかもしれない。
──小凰らしい、強力な技だ。
「だったら……『玄武地滑行 (玄武は地面を滑って高速移動)』!!」
俺は『五神歩法』の『玄武地滑行』で、小凰の真下をくぐり抜けた。
思った通りだ。炎の影響を受けていない。
玄武の技は『水属性』だから、朱雀の『火』に打ち勝つことができる。
水の『気』で、火の『気』が生み出すものを防げるんだ。
「今度はこっちから行きます! 『玄武幻双打 (亀と蛇がわかりにくい連続攻撃)』」
「やるね、天芳! だったら『朱雀降下襲 (朱雀は急降下して獲物を狩る)』!!」
俺と小凰の木剣が交錯する。
俺は床を滑り、小凰は地面を蹴る。ふたりの距離が離れる。
俺たちはおたがいを見つめながら、木剣を構える。
俺と小凰は今、岐涼の町にある屋敷で武術の修練をしている。
夕璃さまが用意してくれた場所だ。
秋先生も、指導者としてついていてくれる。
俺と小凰は武術大会に出ることになった。
でも、大会ではなにが起こるかわからない。
『金翅幇』が介入してくるかもしれないし、武術家たちが暴れたりするかもしれない。
それでも対処できるように、徹底的に技を磨いておくことにしたんだ。
「本当は僕は……天芳に剣を向けたくはないんだけどね」
「訓練用の木剣は例外じゃなかったですか?」
俺は小凰に答える。
「それに、これはおたがいの力を確かめるためのものです。だから本気で来てください。小凰!」
「わかった。じゃあ、行くよ!」
小凰の木剣が緋色の炎を噴き出す。
最奥秘伝の『天地一身導引』によって発現した炎──名付けて『幻焔』。
『気』の炎で敵の身体に影響を与える技だ。
そして、小凰が使えるのは『幻焔』だけじゃない。
彼女は本物の炎も作り出せるようになった。
これまでも朱雀の技で火の玉を作ったりしていたけど、それがパワーアップしたらしい。
そちらは名付けて『凰焔』──鳳凰の炎。
小凰が『天芳がいるところでしか使わない』と誓った、切り札だ。
「それにしても……天芳にはびっくりだよ!」
木剣を振りながら、小凰は声をあげる。
「僕が炎を生み出しているのに、当然のような顔をしてるんだから!」
「おどろいてますよ! だからこうして回避してるんです!!」
俺は玄武の技で、小凰の炎を振り払う。
だけど、炎を消し去ることはできない。
小凰の火属性が強すぎるからだ。
水属性の玄武でも、幻焔を切り裂き、吹き飛ばすのがやっとだ。
「それじゃあ『朱雀──』」
「『青竜流転行』!」
小凰が次の技を繰り出す前に、俺は『青竜』の技を発動する。
炎を帯びた木剣を打ち払う。
「本当に……天芳は僕が炎を使うことを、当たり前だと思ってるみたいだ」
小凰は不敵な笑みを浮かべた。
「だから対応が早いんだね。本当にすごいよ。天芳は!」
「小凰だったらこれくらいできるのは当然でしょう!?」
それに……ゲーム『剣主大乱史伝』の奏凰花も剣から炎を出してたからな。
彼女は朱雀のエフェクトを出現させながら、炎を宿した剣で敵を倒してたし。
ゲーム世界の奏凰花だって炎を出せたんだ。
俺がいる、この世界の小凰なら、もっとすごいことができると思う。
小凰は、俺の尊敬する師兄なんだから。
「でも、小凰。炎を使いこなすのが早すぎませんか?」
「使い方に失敗すると大変なことになるからね。がんばって練習したんだ」
「小凰は努力家ですね! 尊敬します!」
「僕も天芳を誰よりも尊敬してるよ!!」
俺たちは至近距離で視線を交わす。
おたがいに笑みを浮かべてから、床を蹴る。
繰り出すのは『五神歩法』の跳躍技だ。
「行きますよ。小凰」
「いいよ。おいで、天芳」
「『五神歩法』──『潜竜王仰天』!!」
俺は宙へ飛び、そのまま……なにもない空中を、蹴った。
「────!」
移動方向が変わる。
上方向にジャンプしていたのが、横方向の水平移動に。
俺はさらに空中を蹴って方向転換。
ジグザグの軌道で、宙を駆け回る。
「まさに竜のように天を舞うか。さすがは僕の弟弟子だ!!」
「行きますよ……小凰!!」
俺が最奥秘伝の『天地一身導引』で身に着けたのがこれだった。
『気』を使って、空中を足場にする技。
ただし、空中で立ち止まったりはできない。一瞬、足場を作れるだけだ。
回数制限もある。
それでもこの技のおかげで、俺は歩法で空中を駆け回れるようになった。
上方向にジャンプして、横方向に二段ジャンプ。
三段目は斜め方向に、次は真上に。
そのまま天井を足場にして、真下へ。
俺は地上で待ち受ける小凰のもとへ、木剣を手に、跳んでいく。
「おいで、天芳!」
小凰が木剣を構える。
構えは朱雀。木剣を包む『幻焔』が強くなる。
けれど、あれは誘いかもしれない。
朱雀と見せかけて、次は違う技が来る可能性もある。
だったら、俺はそれに対応する。
小凰の動きを読む。そのための技が、俺にはある。
俺は『渾沌』の『万影鏡』を発動しようとして──
あ、駄目だ。これは禁じ手だった。
──とっさに技を切り替えて、木剣を振った。
「『白虎連爪牙 (白虎の爪と牙の二連攻撃)』!」
「……『麒麟角鋭突 (麒麟の角は武器にあらず。影のみで悪を討つ)』」
小凰の木剣を受け止められたのは、偶然だった。
衝撃を消しきれず、俺は地面をゴロゴロと転がる。そのまま、小凰から距離を取る。
立ち上がり、木剣を構え直したところで──
「そこまで!!」
秋先生の声が響いた。
俺と小凰は呼吸を整え、それから、構えを解いた。
「お疲れさまだったね。天芳くん、化央くん」
「はい。秋先生!」
「それでは、ご助言をいただけますか!!」
小凰が秋先生に願い出る。
秋先生は少し考えてから、
「化央くんは『幻焔』をよく使いこなしていた。腕にまとわりつかせたり、木剣にまとわせたりと、完全に支配できているようだった」
「はい。恥ずかしい失敗はしたくないですから」
「だが……やはり朱雀の技に頼り過ぎだ」
秋先生は厳しい口調で、
「最後に白虎の技を出したのは、天芳くんへの誘いだろう? 彼が朱雀に対抗する技を出したときに迎え撃つつもりだった。そうだね?」
「は、はい」
「だが、その前に朱雀の技を出すことを読まれて、対応される可能性もあった。それに炎を使いすぎれば、相手の目が慣れてしまう。気をつけることだ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「次に天芳くんだが……」
秋先生は腕組みをしてから、俺を見た。
「最後に君は隙を見せたね。あれはなんだったんだい?」
「そうだよ。天芳にしては変だった」
「あれは……ちょっと失敗したんです」
油断してた。
最近、あの技に頼る癖がついてたんだ。
今、あの技は禁じ手になってるのに。
「ぼくの動きがおかしかったのは、うっかり『四凶の技・渾沌』の『万影鏡』を使おうとしたからです」
俺は答えた。
「それをやめて、別の技を出したので……変な体勢になってしまったんです」
「ああ、そういうことだったのか」
「いやいや、禁じ手というのは、武術大会では使わないという意味だったよね?」
小凰は呆れたように、
「修練中は使ってもいいんじゃないかな?」
「駄目です。無意識に使う癖がついたら困りますから」
俺はふたりに一礼してから、
「これはみんなで話し合って決めたことですよね。武術大会に『金翅幇』が出てくる可能性があるから、できるだけ手の内は見せないようにする、って。だから、大会では『四凶の技・渾沌』を使わない……って」
岐涼の町で開かれる武術大会は、『金翅幇』を誘い出すためのものでもある。
その会場で『四凶の技』は使わない方がいい。
『金翅幇』は『四凶の技・渾沌』を知らないはずだけど……油断はできない。
そもそも奴らがどこで『四凶の技』の情報を手に入れたのかも不明なわけだし。
できるだけ、こちらの手の内は見せたくないんだ。
だから武術大会では『四凶の技』は禁じ手にする。
それが、俺たちが決めたことだった。
「本当は『渾沌』がどんなふうに強くなったのか、実戦で確かめたいんですけどね……」
「気持ちはわかるよ」
小凰がうなずく。
「僕も『幻焔』が使えるのがうれしくて、つい朱雀の技に頼っちゃったから」
「小凰の気持ちはわかります。いいですよね『幻焔』」
炎をまとう攻撃なんて、小凰にぴったりだ。
「ぼくも小凰のような技が使えるようになりたかったです」
「いやいや! 天芳の『虚空転跳』だって十分強力だからね!」
「……その技名やめませんか?」
「どうしてだい? せっかく雷光師匠が名付けてくれたのに」
「かっこよすぎて、ぼくには似合わないと思います」
「天芳は十分にかっこいいじゃないか」
なぜか、小凰は照れた顔で、
「僕には、あの技は天芳の心を映したもののように見えるよ。君は発想が柔軟だ。だから、これまでも色々な状況に対応してきた。そんな君には、変幻自在に空中を動ける技はぴったりだと思うよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。それに、十分かっこいいんだってば。立ち合ってると見とれそうにごほんごほんっ!」
「小凰!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫。とにかく、あの技は『虚空転跳』と呼ぶことにしよう。いいね!」
「気に入ったんですね……」
「そうだよ! 弟弟子は姉弟子に従うこと!」
「はい。わかりました」
小凰には敵わないな。
俺も本当は、空中機動技……『虚空転跳』を気に入ってる。
敵の攻撃を回避するのに役に立つし。
危険な状況から星怜や小凰を救い出すこともできそうだし。
小凰の『あの技は天芳の心を映したもの』という言葉は正しいんだろうな。
「では師兄、もう一度手合わせをお願いします」
「気合いが入っているね。天芳」
「はい。この大会には重要な目的がありますから」
ひとつは、岐涼周辺の噂を消すこと。
これがうまくいけば、町の治世はよくなる。
それはまわりまわって、藍河国の平穏を維持することにも繋がる。
ひとつは『金翅幇』を武術大会に引きずり出すこと。
奴らを倒す、あるいは捕らえること。
それが武術大会の目的だ。
「それに、せっかく夕璃さまが修練場を用意してくれたんですから、活用しないと」
「天芳くんの言う通りだね」
秋先生はうなずいた。
「姉弟子の話では、夕璃さまは孟篤さまにお願いされたそうだよ。『岐涼の町に、修練場に使えそうな場所はありませんか』と」
「ぼくも聞いています。夕璃さまはおっしゃったんですよね。『修練場を探すことを、本当に信頼できる配下の者に頼んでくださいませ』と」
「そうだね。私には、意味がよくわからないのだが……」
「僕もよくわかりません。夕璃さまには、深いお考えがあるんだと思いますけど」
「……そうですね」
俺は言葉を濁した。
なんとなくだけど、夕璃さまの意図がわかったからだ。
それは──
「とにかく、修練を続けましょう。小凰」
「うん。僕も天芳に負けないくらい気合いを入れるよ」
「わかりました」
「天芳には僕の力すべてを見せてあげるよ!」
ふたたび小凰の『幻焔』が生まれる。
全身を包む緋色の──『気』の炎と、かすかに見える深紅の炎……って、あれ?
……深紅の炎って『凰焔』だよな。
幻影じゃなくて、実際に物を燃やすことのできる炎だ。
それが小凰の丹田……おへその下あたりで燃えている。
小凰はそれに気づかず、そのまま床を蹴ってジャンプ。
空中で身を翻し、華麗に回し蹴りを──
すぽーん。
小凰のズボンが脱げた。
勢いよく飛んで……俺の目の前に落ちた。
「………………あ」
「………………小凰」
地面に落ちたズボンは……あ、やっぱり、腰紐が焼き切れてる。
だから回し蹴りの勢いで脱げたんだ。
「………………えっと」
小凰が俺の前に着地した。
「………………あ、あのね、天芳。これは……」
「………………大丈夫です。視線を逸らしてますから」
「………………うん」
「………………はい」
「………………むむむ……」
「………………はい?」
「さ、さあ来い! 天芳!!」
「そのまま続けようとしないでください!!」
「はい。こんなこともあろうかと、着替えは用意しているよ」
秋先生が手を叩いた。
これが小凰の『凰焔』の弱点だった。
実体化した炎は、小凰の服を燃やしてしまうんだ。
修得してすぐのころは、服を焦がしたり穴を空けたりと大変だった。
最近はコントロールできてたんだけどな。
それに腰紐を焼き切るなんてはじめてだ。きっと、『凰焔』がさらにパワーアップしたんだろうな。
小凰の炎は『気』が作り出すものだ。
そして丹田……おへその下は、『気』が集まる場所。
油断すると、そこに本物の炎……『凰焔』ができることがある。
もちろん、コントロールすれば問題ない。
手のひらから出すこともできるし、鉄の剣に炎を宿らせることもできる。
使える時間も一瞬だから、あまり影響もない
ただ、丹田に炎ができると、腰紐が焼き切れてしまう。
そして、ズボンがすとーんと落ちてしまうわけで……。
「まだ、実戦では使わない方がいいですね……」
「そ、そうだね……」
着替えを終えた小凰は、真っ赤になった頬を押さえて、
「やっぱりこの技は、天芳との修練のときだけにするよ!」
そんなことを、きっぱりと宣言したのだった。
そして、俺たちが修練を終えて、屋敷を出ると──
「失礼いたします。夕璃さまとご関係のある武術家の方々とお見受けしますが、相違ございませんかな?」
禿頭で長い髭を生やした男性が、俺たちを待っていた。
彼は拱手しながら、
「はじめてお目にかかります。拙者は孟篤さまの部下で、魯太迷と申します」
「……もしや、昨日夕璃さまのもとにいらっしゃった方か?」
秋先生はたずねた。
夕璃さまのもとを孟篤さまの使者が訪ねたことは、秋先生に伝えてある。
その人物が、魯太迷という名前だということも。
ただ、どんな人物かは伝えなかった。
俺がそこまで知っていたら不自然だからだ。だけど──
「なるほど。貴公が棒術使いの魯太迷どのか。お噂はかねがね」
秋先生は魯太迷のことを知っていた。
……すごいな。
さすがは大陸中を回っていた遍歴医だ。
「私は商人の……いや、孟篤さまの部下であれば、隠すことはないか。私は遍歴医の玄秋翼。こちらのふたりは、私の弟子だ」
「これはこれは! 点穴の達人である玄どのにお目にかかれるとは!」
「私が武術使いであったのは昔の話だ。今はただの医師だよ」
「それでも構いませぬ」
魯太迷は秋先生に一礼した。
「拙者は夕璃さまの配下の武術家の方とお話をしたいのです。どうか、お時間をいただけませんか? 無理にとはもうしません。『できぬ』とおっしゃるならば、諦めますが」
「かまわないよ」
秋先生はうなずいた。
それから、俺たちの方を振り返って、小声で、
「やっとわかった。夕璃さまが修練場を探すとき、孟篤さまに『本当に信頼できる配下の者に頼んでくださいませ』と言ったのはこのためだったのだ」
秋先生は感心したように、
「夕璃さまは私たちと、孟篤さまの腹心を引き合わせようとしていたのだ。他の者には知られないように、このようなかたちで」
「そういうことだったんですか」
「……ですね」
やっぱり……そうだったのか。
孟篤は『信頼できる部下』に、夕璃さまの関係者が使う修練場を探させた。
つまり孟篤の『信頼できる部下』は、夕璃さまの部下に武術家がいることと、その者の居場所を知ることになる。
それらの情報は、信頼できない者には伝わらない。
この場所に来ることができるのは、孟篤さまが心から信頼している者だけだ。
夕璃さまはここに、孟篤が信頼する部下を誘導しようとしたんだろう。
俺たちと、内密に話ができるように。
たぶん、夕璃さまは俺たちに、次のようなことを伝えたかったんじゃないかな。
『あなたがたはわたくしの信頼する部下であり、孟篤さまが信頼する部下でもあります。あなたがたは、おたがいを信頼して話をしても大丈夫です』
──と。
「話をうかがおう、棒術使いの魯太迷どの」
「そのような呼び名は面はゆい。拙者は二流の武術家ですからな」
「では、なんとお呼びすれば?」
「『できぬ』の魯太迷と」
魯太迷は、にやりと笑った。
「この二つ名を、現在広めている最中でしてな。北臨に戻られたら、ぜひ、皆さまにお伝えくだされ。岐涼には禿頭で白髭の武術家がおり、そのものはできることしかしない怠け者だと」
「面白い方だな。貴公は」
そう言って秋先生は、笑った。
「では『できぬ』の魯太迷どの。どうぞ中へ。あなたから『できる』だけの話を聞かせていただこう」
そうして秋先生は、魯太迷を修練場へといざなったのだった。
今週は1話だけの更新になります。
なので、次回、第193話は、次の週末の更新を予定しています。