第178話「天下の大悪人と師匠たち、調査の計画を立てる」
俺は雷光師匠と秋先生に説明をはじめた。
──壬境族の宰相になったトウゲン=シメイから書状をもらったこと。
──彼が『金翅幇』についての調査をはじめたこと。
──調査の結果、『金翅幇』の連中が、『岐涼』『孟侯』という単語を、何度も口にしていたことがわかったこと。
──『金翅幇』の一員である虎永尊が岐涼の町に向かったこと。
──トウゲン=シメイが俺たちに、岐涼の町と孟侯について調べて欲しいと考えていること。
そこまで話してから、俺はふたりに向かって一礼した。
「お願いがあります。雷光師匠と秋先生から、王弟殿下に情報を伝えてもらえませんか」
俺は雷光師匠と秋先生に告げた。
「孟侯は王弟殿下の縁者で、岐涼の町は孟侯が治める町だと聞いています。ぼくが勝手に潜入調査を行うわけにはいきません。まずは王弟殿下の許可をいただきたいのです」
「うん。話はわかった」
雷光師匠はうなずいた。
「天芳が壬境族の穏健派と縁を結んだことは知っている。その相手がくれた情報なら、間違いはないだろう」
「そうですね。魃怪も同じことを言っていましたから」
秋先生が雷光師匠の言葉を引き継いだ。
「魃怪は『自分たちに「四凶の技」を教えた者は岐涼から来た』と、うわごとのようにつぶやいていました。孟侯の名も、何度も」
「ああ。そうだね。魃怪は最後に正しい言葉を伝えてくれたのだ」
「私も姉弟子と同意見です」
「おそらく、岐涼の町に『金翅幇』の手がかりがある。そして……『金翅幇』は私たちにとっても敵だ」
『金翅幇』は魃怪と繋がっていた。
魃怪は盗賊団『裏五神』を作り、人々を襲った。
その目的は、仰雲師匠への復讐だった。それは魃怪の逆恨みだったけれど……そんな彼女に金翅幇は『四凶の技』を与えた。
魃怪の、ゆがんだ願いを叶えるために。
それは雷光師匠と秋先生にとっては、決して許せないことだ。
『金翅幇』はこの時点で、仰雲師匠の弟子と孫弟子……つまりは、俺たちの個人的な敵になったんだ。
「すぐに王弟殿下に面会を願い出よう」
雷光師匠は言った。
「報告は、私が行う。翼妹と天芳たちは調査の準備をしておいてくれ」
「承知しました。姉弟子」
「天芳も化央も、それでいいね」
「はい。師匠」「わかりました! 師匠!」
俺と小凰は雷光師匠に向かって拱手した。
それから俺は雷光師匠の方を見て、
「もしも必要でしたら、密書のことを王弟殿下に伝えても構いません」
「いや、君と壬境族の宰相との繋がりは秘密にしておいた方がいいだろう」
「ぼくが壬境族の味方だと思われるからですか?」
「そうじゃないよ。いざという時のためだ」
雷光師匠は頭を振った。
「これからなにがあるかわからない。切り札は取っておいた方がいいからね」
「それはつまり……藍河国が一枚岩じゃないからでしょうか?」
「ああ。君は本当に察しがいいな」
そう言って雷光師匠は、にやりと笑ってみせた。
師匠の言いたいことは、なんとなくわかる。
『岐涼』は藍河国内の町で、『孟侯』は燎原君の血縁者だ。
藍河国内には、孟侯と親しい役人や高官たちもいるだろう。
彼らから孟侯に情報が流れる可能性があるんだ。
だから、俺と壬境族との繋がりは隠しておいた方がいい。
いざというとき、それが切り札になるかもしれないから……ということなんだろうな。
「本当ならば、岐涼の調査は私と翼妹が担当したいのだが……」
雷光師匠はふと、そんなことを言った。
「……そう言っても、天芳と化央は納得しないだろうね」
「はい! 雷光師匠!」
「こういうときにいい返事をするんだもんなぁ。天芳は」
「すみません師匠。でも、ぼくはどうしても『金翅幇』の正体を突き止めたいんです」
──介鷹月がなにを考えているのか。
──その側にいるという巫女は、何者なのか。
──虎永尊はどんな人物なのか。
できれば、俺自身で確かめたいんだ。
この世界で安心して生きるためにも。星怜や小凰の未来のためにも。
「お願いします、師匠。ぼくも調査に同行させてください」
「わかった。情報を持ってきたのは天芳だからね。仕方ない」
「雷光師匠。僕も連れていってください!」
「もちろんだよ。化央は天芳が無茶をしないように見張っているようにね」
「はい! 師匠!!」
師匠の許可は取った。あとは燎原君の判断待ちだ。
あの人のことだから『岐涼』と『孟侯』のことを放っておくことはないと思う。
ただ、判断に時間はかかるかもしれない。
それまで俺たちは武術の練習をしながら待機することになる。
「これは、私からの提案なのだけれど」
ふと、秋先生がつぶやいた。
「王弟殿下の判断が下るまでの間に、最奥秘伝の『天地一身導引』を済ませておくのはどうかな?」
「最奥秘伝をですか?」
「ああ。あれを行えば君たちの『気』も強くなるし、『天元の気』を、今以上に操ることもできるようになる。その力は岐涼の調査に役立つと思うんだ」
「お言葉ですが……今からでは難しいのではないでしょうか?」
答えたのは小凰だった。
「あの導引ができるのは僕と天芳と星怜さんと冬里さんだけです。今から5人目を探すのは難しいと思うのですが……」
「あれ?」
「え?」
「天芳くんは、化央くんに5人目のことを説明していないのかい?」
「5人目が見つかったのですか?」
「そうだよ。天芳くんが東郭の町で適格者を見つけてきたんだ」
「……天芳が?」
「私もおどろいたよ。天芳くんは最適な人材を見つけてくれたのだからね」
「…………最適な人材を」
「そうだよ。知識欲が旺盛な、かわいい女の子だ」
「………………かわいい女の子なんですね?」
「ああ。しかも東に位置するのにふさわしい人物だ。『東郭』出身で、竜に関わる『虹』という名を持っているのだからね。しかも同年代、『気』の流れが特別な状態にある」
「……………………その女の子は……最奥秘伝をすることに同意を?」
「ぜひとも参加したいと言ってくれたよ」
「そうなんですか……」
「すごいよね。天芳くんには必要な人材を探し出す才能があるのだろうね」
「……そう、ですね」
小凰は重々しい口調で、うなずいた。
それから、ゆっくりと俺の方に視線を向けて、
「……僕も天芳の才能については気になります。その女の子をどうやって見つけたのか……ぜひ、聞かせてもらいたいのですが……」
「そうだね。説明してあげるといい。天芳くん」
「そうだよ。説明してほしいな。天芳」
秋先生はうなずき、小凰は俺の肩に手を乗せる。
確かに……小凰には説明をするべきだな。
小凰はまだ馮千虹と会ってないからね。
ただ……馮千虹は、今は燎原君の屋敷の書庫に入ってるんだよな。
本当は書庫に入った翌日に、東郭に帰すつもりだったんだけど。
それが延期になったのは、俺が太子狼炎の命令で北の砦に行くことになったからだ。
あと、夕璃さまが馮千虹に興味を持ったからでもある。
夕璃さまは「黄天芳さまが不在の間、わたくしがこの方の面倒を見ます」と約束してくれた。馮千虹を引き留めて、屋敷に滞在できるようにしてくれたんだ。
だから俺は安心して北の砦に行けたんだ。
でも、あれから何日も経ってるからな。馮千虹のことが心配になってきた。
彼女のことだから、ご飯を食べるのも忘れて、本を読みふけってるかもしれないし。
小凰を紹介するついでに、様子を見に行った方がいいな。
「わかりました。今から一緒に馮千虹さんのところに行きましょう」
俺は言った。
「最奥秘伝のこともありますし、ぼくも小凰を紹介したいですから」
「そ、そうなの?」
「それに、馮千虹さんが書庫でお腹を空かせてないか心配ですし」
「どうしてそうなるのかわからないんだけど!? その子ってどんな子なの!?」
「ちゃんと紹介します。彼女を連れてきた理由も、説明しますから」
俺が言うと、雷光師匠と秋先生がうなずいた。
「わかった。今からみんな王弟殿下の元を訪ねることにしよう」
雷光師匠は俺たちを見回して、言った。
「私は王弟殿下に魃怪が証言したことをお伝えする。翼妹は天芳や化央と一緒に、馮千虹くんのところに行くといい。最奥秘伝をする前に、打ち合わせが必要だろうからね」
「承知しました。姉弟子」
「よろしくお願いします。雷光師匠。秋先生」
「は、はい。僕も……その子に会ってみたいです」
こうして俺たちは、みんなで燎原君の屋敷を訪ねることになったのだった。
次回、第179話は、明日か明後日くらいの更新を予定しています。