第18話「天下の大悪人、王太子と語り合う」
──天芳視点──
「──そうだったんですか。化央師兄は南の奏真国から来たんですね」
廊下を歩きながら、俺と師兄は話をしていた。
燎原君の屋敷はむちゃくちゃ広い。
案内してもらわないと、迷子になりそうだ。
化央師兄は、親切に道案内をしてくれた。
外に出るにはどのルートが近道か。偉い人の邪魔をしないためには、どの廊下を通るのがいいか。ひとつひとつ教えてくれる。
そんな中で、化央師兄の出身地の話になったのだった。
「つまり化央師兄は留学生ってことですか」
「まぁ、そんなところだ」
「……申し訳ありません。師兄」
「……なぜあやまる?」
「師兄は遠くの国から武術を学びに来たんですよね。なのに、ぼくはそこに割り込んじゃったわけですから」
「もういい」
「え?」
「その話は終わりだ。師匠が君を弟子と認めたのだ。僕が文句を言うことはない」
「……師兄って、いい人ですね」
「う、うるさいなぁ!」
「改めて、これからよろしくお願いします。兄弟子として、びしびし指導してください」
俺は師兄に頭を下げた。
何度思い返しても『剣主大乱史伝』に翠化央というキャラは存在しない。
もちろん、ゲーム内に奏真国は存在する。
藍河国とも関わりがあるし、奏真国出身のキャラも登場する。
でも、その中に化央師兄はいない。
兄上は黄天芳の身内だから、ゲームに登場しないのは不自然だけど……師兄はそうじゃない。異国の人なら、登場しないのもわかる。奏真国出身でゲームに登場するキャラは、わずか数名だからね。
たぶん、師兄は奏真国に帰ったあとは、乱世には関わらずに暮らすんだろう。
つまり……化央師兄は俺の敵にはならない。
だから、安心して付き合えるんだ。
「師兄と一緒にいるとほっとしますね」
「急になにを言い出す!?」
「すみません。つい本音が出ました」
「変な奴だな。君は」
師兄は俺をにらんで、
「言っておくが、なれあいはごめんだ。君は僕の競争相手なのだからな。弟弟子だからといって、甘い顔はしないぞ。覚えておいてもらおう」
「はい。師兄」
「ふん」
師兄は横を向いてしまった。
ゲームに関係ない相手だからといって、気安くしすぎたかな……。
そんなことを考えながら、俺と師兄が廊下を曲がると──
「おや。まだいたのか。奏真国の田舎者が」
声がした。
見ると、廊下の先に太子の狼炎と、数名の武官がいた。
「南西の小国から来た田舎者……確か、翠と言ったか。藍河国の服を着て、人並みに歩いているから気づくのが遅れてしまったぞ。この狼炎の目をくらますとは、いや、たいしたものだな」
太子は笑った。
後ろを歩いていた兵士たちが、追従の声をあげる。
「太子殿下には、ご機嫌うるわしく」
化央師兄は落ち着いた表情で、拱手した。
「国王陛下のご厚意にあずかりまして、この北臨で学ばせていただいております」
「ご厚意か。確かに、父上は奏真国を厚く遇しているようだ」
太子は吐き捨てた。
「敵対しない限りは友好関係を保つ。朝貢した国の留学生は受け入れる。いかなる蛮地であっても。だからお前は王弟殿下の屋敷にまで入り込んでいるわけだ。まさに、叩頭して感謝すべき厚意であろうな」
「……お望みなら。この場で」
「父上に感謝せよと言ったのだ 誰が私に叩頭せよと言った?」
膝を突こうとした師兄を、太子は笑いとばした。
……性格悪いな。この人。
『剣主大乱史伝』では、狼炎が藍河国の王になっていた。
プロローグでは『藍河国の王、狼炎は悪女の星怜におぼれて、黄天芳の非道を許した』と語られていたっけ。
ゲームでは、すべての悪事は黄天芳のせいになっていた。
この人も、黄天芳と星怜のせいで道を誤ったことになっていたけど、本当に、そうなんだろうか。
俺と星怜が関わらなければ、この人は普通の君主でいられるのかな……。
……まぁ、それは先の話か。
それよりも今は師兄のことだ。
弟弟子として、師兄がののしられているのを、黙って見ているわけにはいかない。
これから俺と師兄は、雷光師匠のもとで一緒に修行をするんだ。俺が師兄の世話になることもあるはず。ここは弟弟子として、手を貸すべきだろう。
そんなことを考えながら、俺は化央師兄の前に出た。
「失礼します。ぼくは『飛熊将軍』黄英深の子で、天芳と申します」
俺は言葉が途切れたタイミングで、声をかけた。
「太子殿下にお目通りする機会をいただき、光栄に思います」
「お前は……海亮の弟か」
「はい。先日は大変失礼をいたしました。父の職場で太子殿下に無礼を働いてしまったこと、この機会にお詫びを──」
「なんのことだ?」
太子狼炎は横目で、俺を見た。
苦々しい口調のまま、彼は、
「ああ、そういえばお前とは、将軍府で会ったな。だが、それだけだ。お前とはなにもなかったはずだが?」
「……さようでございますか」
父上が言っていたっけ。『太子と内力比べをしたことは、なかったことになった』。太子は、年下の俺に内力比べを仕掛けたことを、後悔している……って。
本当に太子狼炎がそう思ってるかどうかはわからないけど……本人が『なにもなかった』と言ってるからには、触れられたくないんだろうな。
だったら、それに合わせよう。
「失礼いたしました。太子殿下」
俺は太子狼炎に向かって、拱手した。
「いずれにせよ、太子殿下にお目にかかれたこと、幸いに思っております」
「……そうか」
「自分はこのたび、王弟殿下のおはからいにより、翠化央さまの弟弟子として武術を学ぶことになりました。すばらしい師匠と師兄を得られたこと。国王陛下のご威光のおかげと思っております」
微妙な表情の太子を見ながら、俺は話を続ける。
「この機会に師匠よりすぐれた武術を学び、師兄からは異国の文化について学ぶことができれば幸いです」
「…………天芳」
「異国の文化か。ふっ。ははっ 」
太子は不機嫌そうに床を踏みならしてから、俺を見た。
「藍河国の者が、奏真国の者に学ぶことなどあるのか? 奏真は建国して日も浅い。王も二代を数えるのみだ。国としてはまだ雛鳥でしかなかろう?」
「雛鳥が成長して鳳となることもありましょう」
「将軍の子ともあろうものが、ものを知らぬな?」
「と、おっしゃいますと?」
「この狼炎が聞くところによれば、奏真は山に囲まれた小国だ。水が豊富と言えば聞こえがよいが、数年に一度は川が氾濫し、あたりは水浸しになるそうだ。朝貢の貢ぎ物といえば、山で獲れた毛皮だけ」
「…………」
太子の言葉に、化央師兄が拳を握りしめる。
それが面白かったのか、太子は俺に顔を近づけて、
「そんな国が、今後どのように発展するというのだ? 言ってみるがいい!」
──勝ち誇ったように、鼻を鳴らしていた。
……奏真国を見下すのはやめてほしいな。
外交トラブルになりかねないし、下手をすると、奏真国を敵に回す可能性もある。
俺はこの世界で生きていくんだ。
『四神歩法』を身につけた後は地方官になって、中央とは関わらないようにするつもりだけど、この国で生活することに変わりはない。
太子がこんなありさまじゃ、黄天芳がいなくても、国は乱れるかもしれない。
余計なことかもしれないけど……忠告だけしておこう。
それで太子が考えを変えてくれるかは、わからないけれど。
「申し上げます」
俺は太子に一礼して、
「太子殿下は奏真国を、山に囲まれた国とおっしゃいました」
「ああ。言ったな。それがどうした」
「山が多いということは、良質な鉱脈が見つかりやすことを意味するのではないでしょうか?」
「…………なに?」
「殿下は、奏真国からの貢ぎ物は『山で獲れた毛皮』とおっしゃいました。つまり、奏真国の人々は山で狩りをしているわけです。となると、彼らは山に詳しいということになります。未開発の山には鉱脈があるものです。我が国から技術者を送り、協力して山を調べれば、良質な鉱脈が見つかるのではないでしょうか?」
ゲームでも、奏真国では良質な武器が買えた。
ということは、あの国には武器の素材があるわけだ。
探せば、良い鉱脈が見つかるかもしれない。
あとは……確か奏真国の町の人との会話で『我が国は食料は不自由していない』というセリフがあったな。
だとすると──
「川が氾濫するということは、上流から肥沃な土が運ばれてくるということはないでしょうか」
「……む、むむむ」
「でしたら、藍河国から灌漑の技術者を派遣するのはどうでしょうか? うまくいけば、ゆたかな穀倉地帯が生まれるかもしれませんよ。そうなれば奏真国から、穀物を安く仕入れることもできるでしょう」
「…………む、むむむ!?」
「殿下のおっしゃる通り、奏真国は雛鳥かもしれません。ならば藍河国が協力して、鳳に育てればいいのです。そうしておたがいが守り合う関係になれば、北方の異民族との戦いも楽になると考えます」
これから奏真国が発展するのは間違いない。
そんな国を敵に回さないで欲しい。
太子には『奏真国すごい』って伝えて、見下すのをやめてもらわないと。
「いかがでしょうか。殿下」
「…………黄天芳。お前は……」
「殿下?」
あれ? どうして太子は俺をにらみつけてるんだ?
将来のことを考えて、軽くアドバイスしたつもりだったんだけど……。
「天芳」
「あ、はい。師兄」
「……ありがとう」
ふと横を見ると、化央師兄は照れた顔で、
「君はすごいな。正直、僕自身でさえ、自分の国をそんなふうに見たことはなかった。山も、氾濫する川でさえも、可能性の宝庫か……そうか」
「師兄?」
「僕の国を評価してくれたことには感謝する」
師兄は俺に向かって一礼した。
でも、すぐに唇をとがらせて、
「だ、だが、武術の修行に関しては別だ。僕と君とは競争相手なんだからな! 故郷をほめられたって手加減はしないぞ。勘違いするなよ!!」
「ぼくは護身術程度のものを学べれば十分です。武術の秘伝は師兄が受け継いでください」
「それを決めるのは師匠だ。弟子が譲り合ったりするものではない!」
「ですが、ぼくは後から来た者ですから……」
「それは関係ない。師匠の評価と、実力がすべてだ。わかったか、天芳!」
「は、はい。師兄!」
「う、うむ。それならいいんだ」
師兄はうなずいて、それから、太子の方を見た。
「失礼いたしました。殿下」
師兄はそう言って、太子に頭を下げた。
「太子殿下のおっしゃる通り、僕の故郷はまだ田舎です。偉大なる藍河国に比べれば、飛び立つ前の雛鳥でしかありません。ですが、弟弟子の言う通り……今後、鳳になる可能性はあるのだと思います」
師兄の言葉に、太子は答えない。
それでも師兄は、ひとつひとつ言葉を選ぶように、ゆっくりと、
「僕自身も気づかなかった可能性を、弟弟子が教えてくれました。その機会は、太子殿下がくださったものです。太子殿下のご厚意……それに、国王陛下のご厚意に、改めて感謝いたします」
「ぼくも、無礼なことを申し上げてしまったことをおわびします」
俺と師兄は、そろって拱手した。
タイミングがぴったりとそろってしまって、俺たちは顔を見合わせて苦笑いする。
太子は答えに窮しているのか、無言のまま、俺と師兄を睨んでいる。
俺と師兄は動かない。
というか、太子たちに先に進んでもらわなきゃいけない。身分があるからな。
俺たちが太子の前を通り過ぎるわけにはいかないんだ。
「殿下。燎原君がお待ちです。参りましょう」
「…………あ、ああ」
まわりの者にうながされて、太子が歩き始める。
俺と師兄は拱手したまま、それを見送る。
「いい気になるな。『飛熊将軍』の子よ」
俺の前を通り過ぎるとき、太子が、ぽつり、と、つぶやいた。
「お前の父は北方の異民族──壬境族から町を守ることしかできなかった。この狼炎は違う。私が率いる『狼騎隊』は状況を決定的に変えてみせる。北の地に、恒久的な平和をもたらすために」
そんなことを言いながら、太子は俺たちの前を通り過ぎていったのだった。
「おぉ、天芳。ここにいたのか」
太子がいなくなった直後、廊下の向こうから父上と星怜がやってきた。
燎原君との会食が終わったらしい。
「お疲れさまでした。父上」
「うむ。国防について、有意義な話ができた。さすがは王弟殿下だ」
「……兄さん。そちらの方は?」
父さまの後ろで、星怜が不思議そうな顔をしている。
俺は化央師兄の横に移動して、
「こちらは翠化央さまです。今日から、ぼくの師兄になりました」
「はじめてお目にかかります。『飛熊将軍』黄英深さま。おうわさはかねがねうかがっています」
「おお! 雷光師匠の弟子ということは、天芳と星怜を助けてくださった……」
「僕は師匠について回っていただけです。なにもしていません」
師兄が一礼する。
それを見た父さまは、感動した様子で、
「うむうむ。礼儀正しい方のようだ。よい兄弟子ができたな。天芳」
「はい。化央師兄はすばらしい方です」
なんといっても、『剣主大乱史伝』に無関係だからね。気楽に付き合える。
本当は師兄じゃなくて、対等の友人になれればよかったんだけど。
「ぼくは師兄と出会えたことを幸運に思っています」
「うむ。翠化央どの。困ったことがあったら、わしを頼ってくれ。兄弟子と弟弟子は兄弟同然と聞く。ならば、貴公はわしの身内のようなものだ」
「ありがとうございます。将軍閣下」
「ぼくはこれから、師兄と一緒に修練場に行くことになっています。門まで一緒に……って、あれ? どうしたの。星怜」
「……なんでもないのです」
気づくと、星怜が化央師兄をじっと見つめていた。
不思議そうに首をかしげている。
「星怜。師兄をじろじろ見るのは失礼だよ」
「す、すみません。兄さん」
星怜は小走りに俺の左側……化央師兄がいるのとは反対側に来る。
俺の袍の袖をつかむのは、最近できた癖だ。
『獣身導引』をやっていると、すぐに星怜は俺にくっつきたがる。家の中では手を繋いだり、ほっぺたを押しつけたり、外では袖をつかんだりするようになったんだ。
「仲のいいご家族のようだね」
その様子を見て、化央師兄がほほえむ。
「実家の家族を思い出してしまったよ。僕は……天芳がうらやましいな」
「いつか、師兄のご家族にも会ってみたいです」
「そうだね。そうできたらいいね」
それから屋敷の門を出て、そこで俺たちは、父上や星怜と別れた。
その後は雷光師匠の宿舎に入り、修行場の見学と、修行の手順について教えてもらった。
「それでは、明日からよろしくお願いします。化央師兄」
「うん。こちらこそ」
ぎこちない表情だったけれど、師兄は笑ってくれた。
さてと、『四神歩法』を身に着けるために、明日からがんばろう。
次回、第19話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。