表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/214

第175話「天芳と凰花、使者の役目を果たす」

 ──数日後、北の(とりで)にて──





 数日の旅のあと、俺と小凰(しょうおう)は北の砦に着いた。

 見張りの兵士に名前を告げると、すぐに海亮(かいりょう)兄上を呼んでくれた。


 父上も兄上も、ガク=キリュウも、今は砦に駐留(ちゅうりゅう)している。

 戦闘態勢は取っていない。

 壬境族(じんきょうぞく)との戦いが終わったからだろう。


 ゼング=タイガが倒れたあとの国境地帯は、おだやかな状態だ。

 だから兵士たちの仕事は村の巡回(じゅんかい)がメインになっている。まあ、たまに盗賊団(とうぞくだん)摘発(てきはつ)したりしているらしいけれど、大規模な戦闘(せんとう)は起こっていない。


 だから父上も兄上も、すぐに面会に応じてくれた。

 俺と小凰は砦の執務室(しつむしつ)で、ふたりと会うことになったのだった。






「お久しぶりです。父上、兄上」

「ごふざたしております。『飛熊将軍(ひゆうしょうぐん)』さま。黄海亮(こうかいりょう)さま」


 俺と小凰は、父上と兄上に向かって一礼した。


 父上は椅子(いす)に座り、うれしそうにうなずいている。

 海亮兄上はその(となり)(ひか)えている。


「ぼくは太子殿下の命令で、兄上に書状をお届けに参りました。それと、北臨(ほくりん)東郭(とうかく)の町で起きたことについて、おふたりにお伝えするように命じられております」

堅苦(かたくる)しい言葉使いは必要ないぞ、天芳(てんほう)よ。それに化央(かおう)どの」


 父上はヒゲをなでながら、うなずいた。


「これは身内だけの席だ。普段通りの口調で話すがよい」

「身内だけの席ですか……」


 小凰が父上を見て、つぶやいた。


「では、(ぼく)は席を外すことにします」

「なにを言っておるのだ? 化央どの」


 父上が(あわ)てて立ち上がる。


翠化央(すいかおう)どのは天芳の兄弟子であろう? 武門において兄弟弟子(きょうだいでし)は家族同然と聞いている。ならば、貴公はすでに我が身内だ。どうして席を外す必要があろうか」

「僕が、黄家(こうけ)の方々の身内……?」

「うむ。貴公はすでに、わしにとっても家族のようなものだよ」

「う、うれしいです。ありがとうございます。『飛熊将軍』さま」

「そのような堅苦しい呼び名も不要なのだがな。それはさておき、海亮(かいりょう)よ」


 父上が兄上に視線を向ける。


「まずは書状を受け取るがよい。内容について話せることがあれば、わしにも教えてほしい」

承知(しょうち)いたしました」

「では、書状をお渡しします」


 俺は(ひざ)をついて、兄上に書状を差し出した。

 兄上は書状を受け取り、素早く目を通す。


「この私が……都を守る『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の候補者(こうほしゃ)に?」


 兄上はおどろいた表情で、声をあげた。


「だ、だが、兆家(ちょうけ)の方々が亡くなられたとは?」

「なんだと!?」

北臨(ほくりん)でなにがあったのだ? 事情は天芳から聞くようにと書かれているが……」

「はい。では、お伝えします」


 俺は拱手(きょうしゅ)してから、父上と兄上に向けて語り始めた。


 ──東郭(とうかく)の町の裏事情(うらじじょう)

 ──盗賊団(とうぞくだん)と、兆昌括(ちょうしょうかつ)の繋がりのこと。

 ──盗賊団(とうぞくだん)()らえられたこと。

 ──王家により、兆家(ちょうけ)(ばつ)が下されたこと。

 ──(ばつ)を下す使者が兆家(ちょうけ)に着く前に、兆石鳴(ちょうせきめい)と兆昌括が死亡してしまったこと。


 それらを伝えたあとで、俺は、


「いずれ北臨(ほくりん)より正式な使者が来て、事情を説明すると思います。ですが狼炎殿下(ろうえんでんか)は、まずはぼくの口から兄上に、すべてをお伝えするようにとおっしゃっていました」


 ──そんなことを、父上と兄上に告げた。


「『不吉を()けず、すべてを伝えよ』『この狼炎(ろうえん)の側近は不吉と向き合うことになる』『私のまわりで起きた出来事を正しく知り、理解した上で仕えてもらいたい』……それが、狼炎殿下のお言葉でした」

「殿下が……そのようなことを」

「今申し上げたのは、出来事を簡単にまとめたものです」


 俺は続ける。


「太子殿下はすべてを伝えよとおっしゃいました。よければ兄上には、時間をかけて、ぼくが東郭で体験したことと、北臨で起こったことをお伝えしたいと思います」

「あ、ああ。頼む」

「では、後ほどお時間をいただけますか?」

「わかった。だが……今は、この書状の話をさせてほしい……」


 それから兄上は、父上に書状を手渡した。


「父上も書状をごらんください。信じられないことが書いております」

「信じられないこと?」

「殿下は私に『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の後継者(こうけいしゃ)になるように命じた上で……それを『断ってもよい』と書かれているのです」

「なんだと!?」

「……その上で、父上にうかがいます」


 兄上は、震える声で、


「王陛下や太子殿下が命を下すときに、臣下に選択肢を与えることなどあるのですか?」

「いや……わしも聞いたことがない……」

「信じられません……こんなことが……」


 兄上と父上がおどろくのもわかる。俺も太子狼炎が『断ってもいい』なんて書状に書くとは思っていなかった。

 この世界は王制だ。国王は臣下に強力な命令権を持っている。

 王太子も国王の力を背景に、臣下に命令ができる。


 なのに太子狼炎は次期『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の候補者になることを、『断ってもいい』と言っている。

 兄上がびっくりするのも無理はない。

 だって、それじゃ『奉騎将軍』候補者になることが命令じゃなくて、『お願い』になってしまう。嫌だったら断れるんだから。

 しかも太子狼炎は、それを口頭じゃなくて、書状で伝えてきてる。


 だから兄上が『奉騎将軍』の候補者になることを拒んだとしても、(ばつ)を受けることはない。だって『断ってもいい』と、太子狼炎の署名が入った書状に書かれているのだから。

 太子狼炎が、そんなことをした理由は──


「太子殿下は兄上を『我が友』と呼んでらっしゃいます」


 俺は言った。


「だから、友として、兄上に選択の余地をくださったのではないでしょうか?」

「殿下が『我が友』と言ってくださるのは信頼の証だ。私と殿下が、対等の友人のわけがないだろう!」

「さきほども申し上げたように、殿下は『私のまわりで起きた出来事を正しく知り、理解した上で仕えてもらいたい』とおっしゃいました。それはつまり『理解や納得ができなければ、断ってもいい』ということではないでしょうか?」

「だから……殿下が選択の余地をくださったのは、そういうことか……?」

「殿下は兄上を本当に大切に思ってらっしゃるのでしょう。それに……」

「それに?」

「……『奉騎将軍』を不吉な官職(かんしょく)だと思う人もいると思います」

「不吉な官職……か」

「太子殿下は兄上に、そんな仕事をさせたくはないのでしょう。でも、信頼できる兄上に側にいてほしい。その両方の思いがあったからこそ、殿下は兄上に選択をゆだねたのだと思います」


 俺が小凰に頼みごとをするときも、そんな感じだもんな。

 面倒なことはお願いしたくないけど、小凰に助けてほしい……いつも、そう思って頼み事をしてる。

 まあ小凰の場合、いつも即答(そくとう)で手助けしてくれるんだけど。


 太子狼炎にとっての兄上は、俺にとっての小凰のような存在なのかもしれないな。


「殿下が本当に……そのようにお考えなのだろうか。私のことを……言葉通りに『我が友』と思ってくださっていると? だから私に選択肢をくださったと……」


 兄上は目を見開きながら、書状を見つめていた。


「では……やはり、殿下は変わられたのだろうか」

「……兄上」

「以前、この砦に来られたときもそうだった。殿下は、罪を犯した薄完(はくかん)景古升(けいこしょう)に言葉をかけていらっしゃった。見事なお姿だった。殿下は……変わられたのだと思う」

「はい」

「変わらなかったのは私の方だな。殿下から頂いた書状ひとつで、これほど動揺(どうよう)しているのだから。まったく、情けないことだ」


 兄上は苦笑いした。


「身近にいる者ほど、変化に気づかないものだ。今思えば、北臨にいたころの私は、天芳が成長していることに、なかなか気づくことができなかった。私は……人は変わることができるということを、つい忘れてしまうようだ」

「ぼくはともかく、狼炎殿下は変わられたのだと思います」

「いや、お前も成長しているだろう?」


 兄上はそう言って、困ったような笑みを浮かべた。


「天芳が太子殿下の使者として北の砦に来るなんて、以前は想像もしなかったぞ」

師兄(しけい)が一緒だからここまで来られたのです。ひとりで来るのは、まだ怖いですよ」

「そうだな。翠化央(すいかおう)どののおかげで、天芳は大きく成長できたのだと思う。兄として、化央どのには感謝している」

「えええっ!?」


 小凰がびっくりした声をあげた。

 兄上が彼女に向かって、いきなり拱手(きょうしゅ)したからだ。


「兄として頼む。これからも、天芳の側にいてやってほしい」

「も、もちろんです。海亮さま」

「無論、化央どのに負担をかけるようなことはしたくない。天芳が化央どのに甘えているようなら、私に教えてくれるとうれしい。私から天芳に注意しよう」

「いえ、天芳が僕に甘えるということもありません。むしろ甘えてほしいくらいで……」

「そうなのか?」

「はい」

「では今回、北の砦に同行を頼むとき、天芳はなんと言ったのだ?」

「えっと……」


 小凰は混乱していた。

 急に兄上にお礼を言われたから、びっくりしているみたいだ。


「ちゃんとお願いしましたよ。兄上」


 だから、俺は小凰の代わりに説明することにした。


「ぼくはこう言いました。『とても大事な届け物を頼まれました。誰かと一緒に行っても構わないそうです』と。そうしたら師兄が同行してくれることになったんです」

「天芳」

「はい。兄上」

「お前は、化央どのが断ると思っていたか?」

「……いいえ」


 俺は(かぶり)を振った。


 確かに……断られることは考えてなかった。

 予定があるなら別だけど。

 でも、小凰なら一緒に来てくれると信じていたんだ。


「確かに……そう考えると、ぼくは師兄に甘えているのかもしれません」

「そ、そんなことはないと思う!」


 不意に、小凰は声をあげた。


「天芳はちっとも甘えてない! むしろ、こんなことで遠慮(えんりょ)されたら困るからね!?」

「そうなんですか?」

「そうだよ! 朋友(ほうゆう)とは、頼ったり頼られたりするものなんだから。むしろ僕は、もっと天芳に頼ってほしいと思ってるくらいなんだ」

「でも、師兄にも予定はありますから」

「じゃあ天芳は、僕が『奏真国まで一緒に来てほしい』と言ったら?」

「ついていきますけど?」

「ほらぁ!」

「いや、だってぼくは師兄にはお世話になってますし」

「僕だって天芳にはお世話になってるよ!」

「そうですけど、ぼくの方が師兄に借りを作っているような……」

「だからぁ。朋友の間では貸し借りなんか気にしなくていいんだってば!」

「そういうわけには……」


 俺と小凰がそんな話をしていると──



「…………ふ、ふふ。ははははははははっ!」



 ──不意に、兄上が笑い出した。


「ああ。そういうことか。よくわかったよ。ありがとう天芳(てんほう)化央(かおう)どの」

「「……え?」」

「ふたりのおかげで、狼炎殿下の書状の意味がわかった。どうして「奉騎将軍」の後継者になるのを『断ってもよい』と書かれていたのか、わかった。あの方は私を頼っていらしたのだな。いや……私に甘えていらしたのかもしれぬ」


 兄上は笑いながら、そんなことを言った。


「天芳と化央どのを見ていたら、それがわかった。狼炎殿下はおそらく、私が断るとは思っていらっしゃらない。そして、私を信じてくださっている。それでも断る余地をくださったのは……本当に私を、友だと思っていらっしゃるからだろう」


 臣下である黄海亮(こうかいりょう)は太子狼炎の命令を断れない。

 断れるのなら、それは命令ではなく『お願い』だ。

 だから、これは友である太子狼炎から、友である海亮への『お願い』の書状。

 形式上は命令するかたちにはしてあるけれど、そういうものだ。


「頼り頼られというのが朋友(ほうゆう)……いや、友人というものだな。部下に命令をする立場にいるうちに、私はそんなことも忘れてしまっていた。天芳と化央どのを見て、大事なことを思い出せたよ」


 そう言って兄上は俺たちに、拱手(きょうしゅ)した。

 それから兄上は、父上の方を見て、


「父上に申し上げます。私は、殿下のご命令どおりに、次期『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の候補(こうほ)になりたいと思います」

「うむ。わかった」


 父上は即座(そくざ)にうなずいた。


名誉(めいよ)なことだ。しっかりやりなさい」

「父上から殿下にお礼状を書いていただけますか。このような場合は当人と、その家族から王家に礼状を書くのが儀礼(ぎれい)とされていますから」

「承知している。すぐに準備をしよう」

「では、ぼくが代筆(だいひつ)します」


 俺は拱手した。


「ぼくが口述筆記(こうじゅつひっき)をします。父上と兄上は言いたいことを、ぼくに伝えてください。ぼくは北臨に戻ったあとで、太子殿下に復命(ふくめい)することになりますからね。そのときに書状をお渡しします。大丈夫です。ぼくは文字だけは上手いですからね」

「うむ。頼む」

「用意のいいことだ。まったく……天芳には(かな)わないな」


 父上は笑顔でうなずき、兄上は苦笑いした。

 それから、ふたりは小凰の方を見て、


「こんな弟だが、翠化央(すいかおう)どの。どうか、側にいてやって欲しい」

「わしからもお願いする。化央どの。天芳には貴公のような人が必要なのだ」

「は、はいぃっ!!」


 小凰があわてた様子で一礼する。


「ぼ、僕の方こそ、天芳とは末永(すえなが)く一緒にいられればと思っています!」

「ありがとうございます。師兄」

「う、ううん。礼を言うのは僕の方だよ。天芳が『一緒に行こう』と言ってくれたから、僕は北の砦に来て、黄家のひとたちに認めてもらうことができたんだから。大事な第一歩を踏み出せたようなものなんだ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。とても重要なことなんだよ」


 小凰は何度もうなずいてる。

 そんな俺と小凰を、父上と兄上は優しい目で見守ってる。


 それから、兄上は父上の方を見て、


「それで父上、私が北臨(ほくりん)に戻ったあとの、国境の守りですが……」

「問題ない。砦にはわしと、客将(かくしょう)のガク=キリュウどのがおるからな」


 父上はおだやかな表情で、うなずいた。


「この地はわれらがしっかりと守ってみせよう」

「わかりました。部下たちをお願いいたします。父上」

「承知した。まあ、それほど心配することもなかろう。壬境族(じんきょうぞく)とは和平交渉が進んでおるからな」

「父上を代表として、会盟(かいめい)を行うのでしたね」

「ちょうど使者のやりとりをしているところだ。そろそろ返事がくるころだが……」




「『飛熊将軍(ひゆうしょうぐん)黄英深(こうえいしん)さまに申し上げます!!」



 そんなことを話していると、部屋の外で父上を呼ぶ声がした。


「壬境族の使者が参りました。いかがいたしましょう?」

「会おう」


 父上の表情が変わる。

 家族と会話を交わすおだやかな顔から、緊張感のある『飛熊将軍』の顔に。


「すぐに行く。海亮(かいりょう)も同席するがよい」

「はい。父上」

「天芳と化央どのは、隣の部屋で待機しているがよい。壬境族の使者がどんな話をするか、聞いているのがいいだろう」


 そうして父上は、壬境族の使者への対応に向かったのだった。




 次回、第176話は、次の週末くらいの更新を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ