表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

175/214

第173話「天下の大悪人、届け物を頼まれる」

 翌日、俺は藍河国の王宮に来ていた。


 場所は王宮の中門を通った先にある部屋だ。

 謁見(えっけん)の間よりは狭い。

 ここは王家が内密に、臣下と話をするための部屋らしい。


 部屋の中にいるのは俺と、太子狼炎と『狼騎隊(ろうきたい)』の范圭(はんけい)さん。

 他にも数名の『狼騎隊』が、部屋の外で警備(けいび)を務めているとのことだった。


「よく来たな。黄天芳(こうてんほう)よ」


 椅子に座ったまま、太子狼炎(たいしろうえん)は言った。


東郭(とうかく)での役目、ご苦労だった。盗賊団(とうぞくだん)を無事に捕縛(ほばく)できたとの報告を受けている。貴公の働きには感謝している」

「ありがとうございます。殿下」


 俺は床に(ひざ)をついて、拱手(きょうしゅ)した。

 それから、袋に入っていたものを取り出し、(ささ)げ持つ。


 以前、太子狼炎に渡された佩玉(はいぎょく)だ。


 東郭の町にやって来た太子狼炎は、俺にこの佩玉(はいぎょく)を渡した。

 その上で、俺を盗賊調査の中心人物にすることを、まわりの人たちに宣言したんだ。


 その後ずっと、佩玉(はいぎょく)は俺が預かっていたんだ。

 でも……手元にあると気を(つか)うんだよな。

 ぶっちゃけ貴重品だし。早く返したい。


「お預かりしていた佩玉(はいぎょく)をお返しいたします。どうか、お受け取りください」

「承知した。では、范圭(はんけい)よ」

「はい。太子殿下」


 側に控えていた范圭さんが、作法通りに佩玉(はいぎょく)を受け取ってくれる。

 これで一安心だ。


「この佩玉(はいぎょく)は、褒美(ほうび)として(さず)けても良かったのだが」

「いえ。ぼくには重すぎます」

「まあいい。いずれ貴公には他の褒美(ほうび)が与えられることだろう」


 そう言って太子狼炎は言葉を切った。

 しばらく、沈黙があった。


 俺も太子狼炎もなにも言わない。狼騎隊の范圭さんも。

 ただ、かつん、かつん、という小さな音が(ひび)いている。

 太子狼炎が(かかと)を鳴らす音だ。

 なにかを迷っているような、そんな音だった。


「黄天芳よ」

「はい。殿下」

「書状に書いた通り、この狼炎(ろうえん)は、貴公に任を命じたいと思っている」


 靴音(くつおと)が音が止まり、太子狼炎が口を開いた。


「まずは顔を上げよ。黄天芳」

「……は、はい」

「それと、言葉使いを改めるがいい。以前、叔父上の屋敷(やしき)で話したようにせよ」

「王弟殿下の屋敷でお話したようにと言いますと……?」


 もしかして、燎原君(りょうげんくん)の屋敷の廊下で語り合ったときのことか?

 ……そういえば、あのとき俺は太子狼炎に「奏真国を大切にするべき」って言ったんだよな。太子狼炎が奏真国を見下してるのが気になったから。


 あのときと同じように話せって言われても……いや、無理だろ。

 ここは王宮だ。

 話し方ひとつで首が飛ぶんだから。


「この黄天芳は、礼儀をわきまえる者です」

「そうだな。だが貴公は、嘘を()かぬ者でもある」

「嘘を()かぬ者、ですか?」

「貴公の言葉は耳障(みみざわ)りであることが多い。だが、それは貴公が嘘を吐かぬからだと思っている」

 

 太子狼炎は、じっと俺を見下ろしている。


 はじめて会ったときのような強気な感じとは違う。

 その後の、落ち着いた感じともまた違う。


 不思議な威厳(いげん)を感じた。

 この人の前にいると、自然と頭を下げたくなる。

 まるで、燎原君(りょうげんくん)を前にしているみたいだ。


「我が従兄弟(いとこ)であった兆昌括(ちょうしょうかつ)は、いつわりの平和を作り上げた。それは嘘で塗り固められた、当人だけに心地よいものであった」


 太子狼炎は苦々しい口調で、そんなことを言った。


兆昌括(ちょうしょうかつ)東郭(とうかく)の防衛隊長の任にあったとき、盗賊団(とうぞくだん)裏取引(うらとりひき)をしていた。それによって、自分がいる町のみを守り、他の町に危険を押しつけた。それは貴公も知っているな?」

「はい。太子殿下」

「その結果、兆家がどうなったのかも、叔父上に聞いたな?」

「はい。先日、王弟殿下から事情をうかがいました」

「ああ。この狼炎が、貴公に伝えてくれるように頼んだのだ」

「殿下がですか?」

「この狼炎では、冷静に話すことができぬと思ったからだ。兆叔父(ちょうおじ)が関わることでは、貴公とも色々あったからな」

「ご配慮(はいりょ)をいただき、ありがとうございます」


 俺は太子狼炎に一礼した。


「お気持ち、お察しいたします。殿下」

「問題ない。この狼炎は……今は落ち着いている」


 太子狼炎はうなずいた。


「今回の事件で、ひとつわかったことがある」

「……殿下?」

「この狼炎に必要なのは心地よい(うそ)ではない。耳障(みみざわ)りな真実なのだ。それを()まえた上で、貴公に頼みがある」

「はい。殿下」

「我が国はこのたび、壬境族(じんきょうぞく)と和平を(ちか)うための会盟(かいめい)を行うこととなった」

「和平の会盟(かいめい)をですか?」


 この世界の『会盟』とは、高位の者同士が集まり、(ちか)いを立てることを表す。

 それが壬境族との間で行われるらしい。

 ということは、壬境族の穏健派(おんけんは)が政権を取ったんだろうか。


「もしかして壬境族からは、ハイロン=タイガさまが参加されるのですか?」

「その通りだ」

「では……穏健派が、壬境族の主流となったのですね」

「ああ。今はハイロン=タイガなる者が、壬境族の王の側にいるそうだ。彼らは和平のために動いている。父上と叔父上はそれに同意し、会盟(かいめい)を行うことにしたのだ」

「お話はわかりました」


 俺は頭を下げた。


「それで……ぼくはなにをすればいいのでしょうか?」

「会盟には『飛熊将軍(ひゆうしょうぐん)黄英深(こうえいしん)が立ち合うこととなる。あの者が藍河国の代表となるのだ。だから、この佩玉(はいぎょく)をあの者に届けてほしい」


 太子狼炎は、俺が返したばかりの佩玉を指し示した。


「壬境族との会盟は北の砦の近くで行われる。和平の誓いを行うにあたり、我が王家が会盟に同意しているという(あかし)が必要となる。それがこの佩玉だ。貴公は北の砦に向かい、これを黄英深に届けてほしい」

「ぼくが……ですか?」

「不服か?」

「違います。ですが……殿下がぼくに依頼される理由がわからないのです」


 佩玉(はいぎょく)を届けたいなら、使者を送ればいいだけだ。

 なのに……どうして俺に?


「それは、もうひとつ貴公に頼みたいことがあるからだ」


 太子狼炎は言った。


「黄天芳に命じる。北の砦に行き、黄英深と黄海亮(こうかいりょう)に会うがいい。そして、彼らに東郭(とうかく)で起きたことと、兆家(ちょうけ)のことを使えるのだ。(つつ)(かく)さず、すべてのことを」

「……え」

「その上で、黄海亮(こうかいりょう)北臨(ほくりん)に帰還するように伝えよ。ただし、それは貴公が海亮への伝言を終えたあとでなければならぬ。東郭のことと兆家のことを……言葉を飾らず、不吉を()けず、すべて伝えるのだ」

「殿下、それは……」

「これは貴公にしかできぬことだと思っている」


 太子狼炎は真剣な口調だった。


「他の者ならば『不吉を避けず、すべてのことを伝えよ』と命じたところで、その通りにはしないだろう。言葉を(かざ)り、不吉な言葉を()け、あたりさわりのないことを言うであろう。心地よい、耳が痛まぬ言葉を使うかもしれぬ。だが、貴公は違うであろう?」

「ぼくならば、情報を正しく伝えることができるとお考えなのですね?」

「そうだ」

「ですが、それはぼくだけではありません。『狼騎隊(ろうきたい)』の方々でも、正しい情報を伝えてくださると思います」

「彼らには別の任務がある」


 太子狼炎は(かぶり)を振った。


「『狼騎隊』にはこれから、海亮の補佐(ほさ)を行ってもらうことになる。海亮が北臨周辺(ほくりんしゅうへん)を守る役目に()いたとき、彼を補助できるようにな。そのための部隊再編(ぶたいさいへん)を行わなければならぬのだ」


 ……なるほど。そういうことか。

 北臨(ほくりん)に戻ったあとで、海亮兄上は『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の後継者(こうけいしゃ)としての任に就くことになる。

 ただ、兄上の軍事の経験は、北の砦でのものだけだ。首都近郊(しゅときんこう)で仕事をしたことはない。

 その経験不足は『狼騎隊』が(おぎな)う、ってことか。


「殿下は、兄上にすべてを伝えることをご希望なのですね?」

「そうだ」

「包み隠さず……すべてを?」

「ああ」

「そのようにおっしゃる理由をうかがってもよろしいですか?」

「この狼炎の側近は、不吉と向き合うことになるからだ」


 太子狼炎は宣言した。


「側近には不吉な出来事を隠したくはない。私のまわりで起きた出来事を正しく知り、理解した上で仕えてもらいたいのだ」

「不吉な出来事を……」

「それに、軍事に必要なのは事実だ。脚色されたきれいな情報ではなく、泥にまみれた事実が必要となる。貴公にはそれを海亮に伝えてもらいたい」

「ひとつ、申し上げてもよろしいでしょうか」

「許す」

「殿下は……ご無理をなさってはいませんか」


 ふと、心配になった。

 太子狼炎は兆石鳴(ちょうせきめい)……親戚(しんせき)を失ったばかりなのに。

 側近には不吉な出来事を話して、理解した上で仕えてほしい……って。

 なんだか、無理をしているように思えてきたんだ。


「無理はしておらぬよ」


 太子狼炎は、おだやかな笑みを浮かべてみせた。


「私には……不吉を分け合ってくれる人がいるからな。大丈夫だ。だが、貴公の言葉には感謝する」

「いえ、出過ぎたことを申し上げました」

「貴公が耳に痛い言葉を口にするのはいつものことだ」

「申し訳ありません」

「だが、貴公は信じられる人物でもある。貴公はこの狼炎にとって、必要悪(ひつようあく)のようなものなのかもしれぬな」


 ……必要悪? 俺が?


 俺が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、太子狼炎は、


「『悪』という文字には『不快』という意味もある。常に苦い言葉──諫言(かんげん)をくれる貴公は、この狼炎にとって『必要な悪人』であるのだろうな。いや、藍河国だけではなく『天下にとって必要な悪人』とでも言うべきだろうか」

「殿下」

「なんだ?」

「……それは、冗談のようなものですよね?」

非難(ひなん)しているように聞こえたか? ならば申し訳なかった」

「いえいえ、そういうわけでは」

「そうか」

「はい」


 ……天下に必要な悪人って。

 そういうことを言われると、以前に見た夢を思い出すんだ。

 夢の中で狼炎王(ろうえんおう)は言っていた。


『天下の大悪人よ。お前にも運命は変えられなかったのだ』……と。


 あの言葉は、もしかして『天下に必要な悪人 (天下万民にとっては、不快だけれど必要な人物)』という意味だったのか?

良薬(りょうやく)(くち)(にが)し』とか、そういう意味?


 ……いや、まさか。

 そんなことはないと思うんだけどなぁ。


「殿下」

「なんだ。黄天芳よ」

「ぼくが『天下にとって必要な悪人』という言葉は、できれば……人前ではおっしゃらないでほしいのですが」

「わかっている。貴公の前でしか口にせぬ」

「お願いします」


 そう言ってから、俺は拱手(きょうしゅ)した。


「北の砦に佩玉(はいぎょく)をお届けするお役目、(つつし)んでお受けいたします。父上と兄上には、東郭(とうかく)の町で起きたことと、兆家(ちょうけ)の皆さまのことを(つつ)(かく)さずお伝えするとお約束いたします」

「頼む」

「貴重品を運ぶのです。安全のために同行者を連れていっても構いませんか」

「貴公に任せる。必要なものがあれば范圭(はんけい)に言うがよい」

承知(しょうち)いたしました」


『天下に必要な悪人』のことは忘れよう。

 壬境族(じんきょうぞく)とは和平の(ちか)いが行われることになった。これはいいことだ。

 破滅(はめつ)エンドへのルートがひとつ、完全消滅することになるんだから。


 あとのことは……役目を果たしてから考えよう。

 まずは北の砦にいる父上と兄上に、佩玉(はいぎょく)と情報を届けないと。


 燎原君(りょうげんくん)のお役目を受けるのは、北臨に戻ってきてからだ。

 人員を使っていいと言われているから、『金翅幇(きんしほう)』対策もできるはず。

 雷光師匠と連絡を取って、魃怪(ばっかい)たちの情報をもらう必要もある。


 まずは……北の砦に一緒に行く人を決めないとな。

 王宮を出たら会いに行ってみよう。

 ……小凰(しょうおう)、元気でいるといいんだけど。


 そんなことを考えながら、俺は太子狼炎のもとから退出したのだった。





 次回、第174話は、次の週末くらいに更新する予定です。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ