表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/214

第170話「天下の大悪人、都の事情を知る」

 俺は燎原君(りょうげんくん)に、東郭(とうかく)で起きたことを伝えた。


 ──『裏五神(うらごしん)』という盗賊団(とうぞくだん)のこと。

 ──奴らが以前、東郭(とうかく)の町から情報を得ていたこと。

 ──李灰さんがそれを拒否(きょひ)したこと。

 ──盗賊団首領の魃怪(ばっかい)のこと。

 ──魃怪とその弟子が『四凶(しきょう)の技・窮奇(きゅうき)』の使い手だったこと。

 ──『裏五神』と『金翅幇(きんしほう)』が(つな)がっていること。


 そんなことを、言葉を選びながら話していった。

 時々つっかえたのは、兆家(ちょうけ)の話にびっくりしていたからだ。


 兆昌括(ちょうしょうかつ)(ばっ)せられると思っていた。

 太子狼炎(たいしろうえん)東郭(とうかく)に来たとき『兆家を(さば)くことを約束する』と言ってくれた。

 あの人は、それを実行したんだろう。


 兆昌括は碧寧(へきねい)さんの妹夫婦の死に責任がある。

 それだけじゃない。

 兆昌括は『裏五神(うらごしん)』に他の町の警備情報も流していた。

 そのせいで、碧寧(へきねい)さんの妹夫婦は盗賊団に(おそ)われて、殺された。

 同じような目に遭った人は、他にもいるはずだ。


 しかも『裏五神』は『金翅幇(きんしほう)』とも(つな)がっていた。

 兆昌括(ちょうしょうかつ)が流した情報は『金翅幇』にも伝わっていたはず。

 それは……北の地で太子狼炎が(おそ)われたことにも関係しているかもしれない。


 兆昌括(ちょうしょうかつ)は、処刑されるしかなかった。

 自害(じがい)させようとしたのは、太子狼炎(たいしろうえん)の優しさだったのかもしれない。

 そこまでは、俺にもわかる。


 だけど……兆石鳴(ちょうせきめい)が死んだのは予想外だ。

 あの人は太子狼炎の叔父(おじ)だ。仲も良かった。

 太子狼炎は『兆叔父(ちょうおじ)』と呼んで、(した)っていた。


 兆石鳴はゲーム『剣主大乱史伝』でも、最後まで北臨(ほくりん)を守って討ち死にしていた。

 あの人が太子狼炎を大切に思っていたのは間違いない。


 でも、兆石鳴は死んでしまった。

 じゃあ……太子狼炎は、これからどうするんだろう?

 燎原君(りょうげんくん)以外に頼れる人はいるんだろうか。


 この世界の太子狼炎は悪い人じゃない。

 できれば幸せになってほしいんだけどな……。


「──報告は以上です」


 そんなことを考えながら、俺は話を終えた。

 そして、最後に、


東郭(とうかく)の兵士の中で情報漏洩(じょうほうろうえい)に関わった(うたが)いのある者は、すでに拘束(こうそく)されております。また、兆昌括さまの代わりに赴任(ふにん)された李灰(りかい)さまは、盗賊団(とうぞくだん)との(つな)がりを断ち切っており、奴らの討伐(とうばつ)にも功績(こうせき)があります。どうか、寛大(かんだい)なご配慮(はいりょ)をお願いいたします」


 そんな言葉を付け加えて、俺は深々と頭を下げた。


「顔を上げよ。黄天芳(こうてんほう)

「はい。王弟殿下」

「話はよくわかった。君が東郭(とうかく)にたまっていた(うみ)を流し去ってくれたということだな。その(うみ)を生み出したのは兆昌括(ちょうしょうかつ)だ。それを出し切る過程(かてい)で彼が命を落とすのは、やむを得ないことだったのだろう」


 長いため息の音が、聞こえた。


「結果として兆家(ちょうけ)のふたりは死んだ。だが、東郭の(うみ)を放置すれば、大きな()(もの)になっていたかもしれぬ。そうなる前に処理できたのは幸いであった。君はよくやってくれた」

「ぼくだけの力ではありません」


 俺は答える。


「六人隊長の碧寧(へきねい)さまたちの協力があってのことです。あの方は盗賊団(とうぞくだん)にご家族を殺されてから、ずっと調査をされていました。その執念(しゅうねん)が『裏五神』を()()めたのでしょう」

東郭(とうかく)の町にも有能な人材がいたということか」

「はい。おっしゃる通りです」

「私は彼らの努力にも気づかず、東郭の異常にも目が届かなかった。燎原君(りょうげんくん)という大層(たいそう)な名で呼ばれながら、情けないことだ」


 燎原君は(つか)れた様子だった。


 兆家(ちょうけ)のことは、燎原君にとっても予想外だったのかもしれない。

 だから俺を呼びだして、事件の詳細を聞いているんだろう。


 でも、少し違和感がある。

 どのみち俺は、あとで太子狼炎(たいしろうえん)と会うことになるはずだ。

 書状で『北臨に帰るように』と言ってきたのは太子狼炎なんだから。


 東郭を出る前に書状は送っているから、俺はそのうち王宮に呼ばれることになる。

 そこに同席すれば、燎原君も俺から話を聞くことができた。

 なのに……どうして俺を屋敷に呼んだんだ?

 娘の夕璃(ゆうり)さんが同席している理由もわからないんだけど……。


「……黄天芳さまに申し上げます」


 不意に、夕璃さんが口を開いた。


「お願いいたします。狼炎殿下(ろうえんでんか)の力になっていただけませんか?」

「……え」


 思わず、変な声が出た。


 夕璃さんは目を(うる)ませながら、俺を見ていた。

 真剣な表情で、じっと。


「狼炎殿下には信頼できる方々が必要なのです。どうか、あの方のために……」

「話を急ぎすぎだ。夕璃」


 燎原君が軽く手を挙げて、夕璃さんの言葉を止めた。


「黄天芳は兆家のことを知ったばかりだ。その言い方では、とまどうばかりだろう」

「……申し訳ありません。お父さま」

「私とお前の考えは同じだ。黄天芳には、私から話すとしよう」


 燎原君は夕璃さんにうなずいてから、俺の方を見た。

 俺は一礼して、次の言葉を待つ。

 それから、燎原君は少し口調を(ゆる)めて、


「君に、宮廷で起きていることを伝えたいのだが、構わないかな」

「……宮廷で起きていることですか?」

「そうだ。今、藍河国の宮廷では権力構造の大きな変化が起こっている。理由はわかるかな?」

「それは……」


 権力構造の変化……?

 誰が(えら)くて、誰か上の地位に()くの問題だよな?。

 その変化が起こる理由といえば……。


「兆家の方々が亡くなられたから、でしょうか」


 さすがに、それくらいは俺にもわかる。

 兆家は太子狼炎の外戚(がいせき)だった。

 そして、兆石鳴は以前、王都周辺を守る『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』の地位についていた。

 解任(かいにん)されてはいたけれど、いつかは元の地位を取り戻していたと思う。

 次期国王の外戚(がいせき)には、それだけの力があるんだ。


 だけど、兆石鳴(ちょうせきめい)は死んだ。

 嫡子(ちゃくし)である兆昌括(ちょうしょうかつ)一緒(いっしょ)に。

 生き残ったのは末子だけらしい。

 つまり、兆家の人々がいなくなったことで、その地位が空いたということになる。


「君の言う通りだ。兆家(ちょうけ)が力を失ったことで、権力の空白ができたのだよ」


 燎原君(りょうげんくん)は話を続ける。


「その空白に入り込もうとする者は多い。言葉を(かざ)らずに言えば、兆家のあとがまを(ねら)って権力争いをしているわけだ。狼炎殿下の側に(つか)える地位と、(みやこ)の周辺を守る将軍の地位をね」

「え? なんで? こんなときに?」


 思わず、()の言葉が出た。

 俺は(あわ)てて口を押さえる。


「し、失礼しました。王弟殿下の前で……」

「構わない」


 燎原君は苦笑(にがわ)いした。


「君がそういう人物だから話をしたのだからね。こんなときに権力争いを……そう思える君だからこそだ」

「おそれいります」

「では、言葉の続きを聞かせてくれたまえ」

「……よろしいのですか?」

「構わない。君の言葉で、語ってほしい」

「わかりました」


 俺は顔を上げたまま、告げる。


「狼炎殿下がご親戚(しんせき)を失ったときに権力争いをしている理由が、ぼくにはわかりません。また『藍河国は(ほろ)ぶ』という教義を掲げている組織のこともあります。その者たちは盗賊団(とうぞくだん)(つな)がり、藍河国の情報を集めていました。そんな者たちが暗躍(あんやく)しているときに権力争いをする理由が、ぼくにはまったく理解できないのです」

「私も同意見だ」

「わたくしも、同じ考えです」


 燎原君と夕璃さんが、うなずいた。


「『金翅幇』という組織のこともそうだ。詳しく調べ、皆に情報共有するべきだと思っている。だが……それも(むずか)しい状況だ。まずは高官たちを落ち着かせなければ、対策を取ることさえもできない」


 兆家(ちょうけ)のあとがまというのは、それほど魅力的なのだよ……と、燎原君(りょうげんくん)は付け加えた。


 太子狼炎の周辺も、騒がしくなっている。

 本人としては兆石鳴(ちょうせきめい)()(ふく)したいところだけれど、それはできない。

 兆石鳴も兆昌括も、罪を犯して(ばっ)せられたからだ。

 その者たちの喪に服すことは、王家が与えた罰が間違いだったと受け取られかねない。

 だから、太子狼炎はこれまで通り、執務を続けている。

 そんな太子狼炎に近づこうとする者が、数多く現れているそうだ。


 都を守る『奉騎将軍』の地位も空白になっている。

 今は代理の者が一時的な地位に就いている。

 その者を正式な将軍にするか、別の者を『奉騎将軍』にするかでも()めている。


 ──そんなことを、燎原君は話してくれた。


「できれば、今の狼炎殿下に妙な人間を近づけたくない。これは殿下の叔父としての気持ちだ」

「お気持ちはわかります」

「だが、権力の空白をそのままにしておくわけにはいかない。誰かを『奉騎将軍』に就任(しゅうにん)させなければいけない。権力欲がなく、太子殿下に取り入る気持ちを持たぬ者を。その者が若くても構わない。いずれは『奉騎将軍』に任命するという名目で、防衛責任者の副官として任命するのがいいだろう」

「……はい」


 燎原君の話はわかった。

 ただ、俺にその話をする理由がわからない。


 夕璃さんは俺に『狼炎殿下の力になってほしい』と言った。

 つまり俺に『奉騎将軍』の地位を……というのはあり得ない。

 俺には実績がない。部下がついてくるわけがない。


 それなのに燎原君は『奉騎将軍』の話をしている。

 つまり、その地位に就くのは、俺の知っている人物ということになる。


「私が、誰を『奉騎将軍』にしたいか、君にはわかるかね?」

「……わかります」


 俺はゆっくりと、うなずいた。


「王弟殿下が『奉騎将軍』にふさわしいとお考えなのは……ぼくの兄上、黄海亮(こうかいりょう)ですね」

「ああ。その通りだ」

「黄海亮さまは、狼炎殿下から友人とされております。ですが、あの方はただの一度たりとも、その立場を利用されたことがございません」


 夕璃さんが、燎原君の言葉を引き継いだ。


「また、黄海亮さまは『飛熊将軍(ひゆうしょうぐん)黄英深(こうえいしん)さまのもとで実績(じっせき)()んでいらっしゃいます。あの方ならば都を守る将軍としてふさわしいでしょう。また、あの方が側にいらっしゃれば、狼炎殿下も安心されるでしょう」

「でも……よろしいのですか?」


 俺は思わず口を(はさ)んでいた。


「それでは黄家(こうけ)の力が強くなりすぎます。そうなったら──」


 たぶん、黄家は相当なやっかみを受けることになる。

 そりゃそうだ。

 当主である黄英深は『飛熊将軍』。

 その長男の黄海亮は、次期『奉騎将軍』候補(こうほ)


 ひとつの家から、ふたりも将軍を輩出(はいしゅつ)することになるんだから。

『奉騎将軍』の地位を狙っていた者からは、ねたまれることになるだろう。


 ……父上と兄上、大丈夫なのかな。

 ふたりとも真面目で、素直な性格だからな。

 足下をすくわれないか心配だ。


「不満を持つ者たちは、私の方でなんとかする」


 燎原君は、きっぱりと宣言した。


「黄家の方々は武官(ぶかん)だ。権謀術数(けんぼうじゅっすう)には弱いだろう。だから、その部分は私が(おぎな)う。とにかく今は権力の空白を埋めて、国を安定させるのが先だ。そうでなければ謎の組織への対策もできない」

「王弟殿下が、黄家のために力を貸してくださるんですか?」

「藍河国と狼炎殿下のためでもある」

「……感謝いたします」


 俺は平伏(へいふく)した。


 燎原君がバックアップしてくれるなら安心だ。

 兄上が『奉騎将軍(ほうきしょうぐん)』になっても大丈夫だと思う。

 むしろ兄上が出世することで、黄家は最高の味方を得ることになる。


「私は、黄家の方々を信頼している」


 燎原君は言った。


「だから、君にも役目があるのだよ。黄天芳(こうてんほう)

「……え?」

「君には、私と黄家、そして狼炎殿下を(つな)ぐ役目を頼みたい」

「お願いいたします。狼炎さまのお側には……信頼できる方が必要なのです!」


 燎原君と夕璃さんが、俺を見ていた。


 燎原君は落ち着いた表情だ。

 その目は、静かに俺を見ている。

 これまで多くの客人と出会い、その才能を見抜いてきた目で。


 燎原君の目からは、深い海のような底知(そこし)れなさを感じる。

 まるで、心の中まで見透かされているようだ。

 ……俺が転生者だってばれないか、心配になるくらいに。


 夕璃さんはすがるような目で俺を見ている。

 彼女は本当に太子狼炎を心配しているみたいだ。


 そういえば夕璃さんは太子狼炎の従姉(いとこ)でもあるんだよな。

 彼女が太子狼炎を心配するのは当たり前なのかな。


 ふたりの後ろでは炭芝さんが、俺に向かって拱手(きょうしゅ)してる。

 あの人は燎原君の腹心だ。

 なのに若輩者(じゃくはいもの)の俺に対して、何度も礼をしてる。

 これは……それほど重要な提案ってことなんだろうな。


「必要な人員は手配する。望むなら、君が自由に部下を任命しても構わない。私と狼炎殿下と黄家を繋ぎ、いつでもやりとりができるようにしてほしい。無論(むろん)、その人員を使って『金翅幇(きんしほう)』への対策を取ってもかまわない。それは君の自由だ」

「そこまでの力を、ぼくに……ですか?」

「国を安定させるためには、私たちと黄家の協力関係が必要なのだよ」


 俺が黄家と燎原君と……太子狼炎を(つな)ぐ役目を……か。

 それが必要なことだというのは、わかる。


 黄家を守るためにも。

 太子狼炎が、落ち着いて政治ができるようにするためにも。


 それは『金翅幇(きんしほう)』対策にも役に立つ。

 俺が『金翅幇』の情報を、燎原君と太子狼炎に伝えられるようになるわけだし。

 そもそも国を安定させなければ、『金翅幇』対策もできないんだから。


 でも……俺が太子狼炎の側で仕事をすることには危険がともなう。


 ゲームの黄天芳(こうてんほう)は太子狼炎の側近(そっきん)だった。

 そして、あいつは国を(かたむ)けて……(ほろ)びへと導いた。


 ゲームの黄天芳が本当に大悪人だったのかどうかはわからない。

四凶(しきょう)』のことも『金翅幇(きんしほう)』のこともあるからな。

 あいつは国の崩壊(ほうかい)を止めようとして、失敗しただけなのかもしれない。


 それでも、俺が太子狼炎の側に行くことは……ゲームキャラの黄天芳と、近い立場になることを意味する。


『危険』

破滅(はめつ)エンド』

処刑(しょけい)

牛裂(うしざ)き』

轢死体(れきしたい)


 ──色々な言葉が頭をよぎる。


 だけど……それはもう、逃げる理由にならない。

 俺は壬境族(じんきょうぞく)のことにも、ゼング=タイガの死にも関わっている。

 たぶん、兆家(ちょうけ)の人たちの死にも。


 だから──


「承知いたしました。王弟殿下。夕璃さま」


 ──俺はふたりに向かって、拱手した。


「ぼくは……黄天芳は、(つつし)んでお役目を拝命(はいめい)いたします」


 俺は燎原君と夕璃さんに対して、そんな答えを返したのだった。




 次回、第171話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ