第167話「天下の大悪人、仕事の引き継ぎをする(前編)」
お待たせしました。
第5章、スタートします。
太子狼炎の書状には『北臨に戻るように』と書かれていた。
ただ、今すぐにというわけじゃない。
東郭での引き継ぎを済ませた後で構わないそうだ。
太子狼炎は東郭にやってきて、なにが起きていたのかを見ている。
だから、ここでの仕事を片付けてから帰るように言っているのだろう。
現場を知っている上司ってありがたいな……。
そんなわけで、俺は引き継ぎのために、東郭の町を走り回ることになった。
最初に向かったのは秋先生のところだ。
馮千虹を秋先生に診てもらうためだ。
馮千虹の実年齢は16歳。
なのに外見は10歳前後にしか見えない。
彼女は齢を取るのが、他の人よりも遅くなっているらしい。
これは馮千虹が色々な健康法をごちゃまぜで試したからだそうだ。
そのせいで『気』の流れや、経絡の状態が変化してしまったのだろう。
秋先生なら、馮千虹がこうなった理由がわかるかもしれない。
そう思って、俺は馮千虹と一緒に秋先生のところに向かったのだった。
「単刀直入に言おう。天芳くん」
馮千虹の診察を済ませた秋先生が俺を見た。
「この子を私に預けてくれないか。1年……いや、3年くらい」
「秋先生?」
「千虹くんの『気』はかなり特殊だ。それだけではない、経絡も特殊な育ち方をしている。これは成長期にたくさんの健康法を試したからだろう。それらがうまく噛み合って特殊な体質を作り出している。『気』が減衰することなく経絡を巡り、齢を取りにくい体質を作り出している。こんな『気』と経絡の持ち主を診るのは、私も初めてだ」
秋先生は馮千虹の胸に耳を当てたり、身体のあちこちに触れたりしている。
「あ、あの。玄さま……?」
馮千虹は目を丸くしてる。
秋先生に気圧されているみたいだ。
「秋先生。虹さんがびっくりしてますよ」
「あ、ああ。すまない」
俺が言うと、秋先生は慌てて馮千虹から離れた。
「秋先生にうかがいます。虹さんは健康なんですよね?」
「それは間違いない。彼女は健康すぎるほど健康だ。ただ、身体の成長が遅くなっているだけだね」
「不老不死ってことですか?」
「それはないだろうが、長生きなのは間違いないね」
秋先生はうなずいた。
「このままだと馮千虹くんの成長は10代の半ばで止まる。そして、そのまま150年以上は生きるだろう」
「150年以上!?」
「ふぇっ!?」
……すごいな。
さすがは未来の最強軍師だ。
だからゲームの馮千虹は、10代半ばの姿だったんだろうな。
ゲーム世界の馮千虹は藍河国が滅んだあと、どんなふうに過ごしていたんだろう。
長生きする方法を究めて、仙女のような存在になっていたのかもしれないな。そうして戦後の世界を見守っていたのかも。
それが彼女にとって幸せなのかは、わからないけど。
「あ、あのあの……玄さま」
「うむ。馮千虹くん。偶然とはいえ、君はすばらしい体質を身につけている」
「それはわかります。ですが……」
「君がどのような修行をしたのか教えて欲しいのだが……さすがに無理かな。試した健康法をすべて覚えているわけが──」
「いえ、覚えています」
馮千虹は言った。あっさりと。
「よろしければ、虹がどのような修行をしたのかお伝えいたします」
「それがすごい! ぜひともお願いするよ」
「そ、その前に、虹は玄さまにうかがいたいことがあるのです」
「なにかな?」
「虹は150年以上は生きるのですよね?」
「私の見立てではそうだね」
「それは……間違いないのですね?」
「健康的な生活を送ることが前提だけれどね。きちんと食事を取って、身体を動かして、人の関わりながら生きればの話だ。もちろん、斬られたり刺されたりすれば命を落とすだろう」
「健康に気を付ければ、虹は子どものまま150年生きるのですね」
「10代半ばまでは成長するだろうが、あとはそのままだろう」
「子どもを作ることは……?」
「難しいだろうね」
秋先生は説明を始めた。
馮千虹は成長のための『気』を長生きのために使っている。
だから、長生きをすることができる代わりに、子孫を残すことができない。
長生きのために『気』を使っているせいで、成長や変化のために使える『気』が少ないそうだ。
「それでは困るのです!」
馮千虹は声をあげた。
「虹は子どもが大好きなのです! たくさんの子どもに、虹が学んだ知識を伝えるのが夢なのです。それに……虹の代で馮家を絶やしてしまったら、亡くなったお父さまやお母さまに申し訳が立ちません」
「気持ちはわかる。子どもは大切だからね」
秋先生は真剣な表情でうなずいた。
「わかった。では、千虹くんも最奥秘伝の導引法に参加するといい」
「最奥秘伝の導引法、ですか?」
「私の師匠が編み出した究極の導引法があるのだ。それは生命の成長や変化を象ったもので、自然な状態で、自然と一体化できる。それを行えば、千虹くんの身体も成長するようになるかもしれない」
「参加させてください!!」
すごい食いつきだった。
馮千虹は目を輝かせて、秋先生に詰めよってる。
「そのようなものがあるならば、実践せずにはいられません! どのような導引法でも構いません。ご指導をお願いします!」
「承知した」
満足そうな笑みを浮かべる秋先生。
「よかった。これで5人揃ったよ」
……あれ?
最奥秘伝の導引って5人でやる『天地一身導引』だよな?
5人が東西南北と中央を象って行うという、究極の導引法だと聞いている。
俺が中央。星怜が西。小凰が南。冬里が北。
ただ、東に位置する人物がいなかった。
俺が中央に位置しているのは、五行では『黄』が中央を意味するからだ。
小凰が南なのは、南の奏真国から来たからと、南を意味する朱雀の技が得意だから。
そんな感じで位置を決めていたんだけど、東を表す人物がいなかった。
その点、馮千虹ならぴったりだ。
彼女は『東郭』の出身で、『蛇のかたち』の導引法を修得している。
さらに『虹』は竜と関わりがあると言われている。五行で『青竜』は東を表す。
馮千虹は東に位置するのにぴったりな人材なんだ。
だけど……秋先生は説明不足だと思う。
「お話の途中すみません。秋先生、虹さん」
俺はふたりに声をかけた。
「虹さんは『天地一身導引』の最奥秘伝のことを知りません。どんな状態で行うのかを説明するべきだと思います」
「ああ……確かに天芳くんの言う通りだ」
秋先生は頭を掻いた。
「すまない。5人揃ったことがうれしくて、詳しい説明を忘れていたよ」
「い、いえ。虹も興奮してしまいました」
たぶん、このふたりは似た者同士なんだろう。
秋先生は医術を、馮千虹はあらゆる知識を追い求めている。
おたがいに、我を忘れてしまうくらいに。
「最奥秘伝の導引とは、どんな状態で行うものなのでしょうか?」
馮千虹は首をかしげてる。
秋先生は、少し考えてから、
「うむ。最奥秘伝の『天地一身導引』は、天芳と、君をふくめた女性4人で行う。さらに言うと、服を着ない自然な状態でなければいけない。もちろん、目を閉じて行うものなのだけれどね」
「服を着ない状態で!?」
あ、馮千虹が真っ赤になった。
彼女は頬を押さえて、うつむいてる。
そして──
「そ、そのような導引法があるなら、探求せざるを得ません!」
馮千虹は両手で顔をおおいながら、きっぱりと宣言した。
……って、あれ?
「参加せずにはいられません。ぜひとも、参加させてください!」
「あの、虹さん。無理しなくてもいいんですよ?」
俺は言った。
「体質を治す方法は他にもあるかもしれません。ぼくも一緒に探しますから」
「ありがとうございます。黄天芳さま」
馮千虹は俺に一礼して。
「ですが、無理はしていません。もちろん……恥ずかしいことは恥ずかしいですが……そ、それと知識の探求は別の話です!」
馮千虹は呼吸を整えながら、
「虹はあらゆる知識を学び、可能な限り実践することを決めております。亡くなった両親の分まで、この世のことを体験したいのです。その知識を次の世代に繋ぐ……それが、虹の役目だと思っております」
……そういえば、ゲームに登場する馮千虹もこういう人だったな。
自分の知識は世のために活かすもの。
天下が平和になったら、子どもが学ぶための場所を作りたい。
そんなことを言いながら、巧みな戦略を繰り出していたっけ。
ゲームの馮千虹が軍師をやっていたのも、世の中を知るためだったんだろうな。
「天下は書物の中にはありません。むしろ、天下こそがひとつの書物なのです。虹は世の中に関わることで、天下という書物を読み解きたいのです」
馮千虹は、そんなことを言った。
ゲームの馮千虹が口にしたのと、同じセリフだった。ゲームだとこの後に『千々に乱れている天下という書物を整えるために戦う』という言葉が続くんだけど。
天下を知るために、あらゆる物事を実践する。それが馮千虹のやり方なのか……。
すごいな。本当に。
「わかりました。虹さん。一緒に導引をしましょう」
「はい。天芳さまとご一緒ならまったく問題ありません」
「承知した。では、私が北臨に戻り次第、最奥秘伝を行うことにしよう」
そんな感じで、最奥秘伝の『天地一身導引』を行うメンバーがそろったのだった。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
2025年が、皆さまにとってよい年でありますように。
第5章、スタートしました。
次回、第168話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。