第166話「天下の大悪人、未来の最強軍師をスカウトする(後編)」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、第165話からお読みください。
「まずは虹さんを、『気』の専門家の玄秋翼先生に診てもらうのはどうでしょうか」
俺は碧寧さんと馮千虹に告げた。
秋先生なら馮千虹の『気』と経絡の状態を調べてくれる。
異常があればわかるし、馮千虹がうっかり不老長寿……あるいは老化を抑える技を開発してしまっていたとしても、秋先生なら見抜けるだろう。
秋先生は仰雲師匠の医術の弟子だ。
その仰雲師匠は、仙人を目指していた。
不老長寿や長生の法が実在するなら、秋先生も興味があるはずだ。
「もうひとつの提案ですが……虹さん。首都の北臨に行く気はありませんか?」
「虹が……首都にですか?」
「北臨にはぼくの家族がいます。家族に虹さんを預かってもらうようにすれば、今のぼくの俸給でも、虹さんを客人として迎えられると思うんです」
「で、でも……虹は東郭の町から出たことがなくて……」
「北臨は大きな町です。色々と見聞を広められると思います。興味はありませんか?」
「あ、あります! ですけど……虹はこんなにちっちゃいですし……」
「それは虹さんの才能が発現した結果ともいえます。わかってもらえるように、ぼくからみんなに説明します」
「でもでも」
「ぼくの家には知人から譲り受けた、北方の地に生える植物の図録がありますけど?」
「行きます」
「王弟殿下のお屋敷には、大きな書庫もあったと思います。ぼくから王弟殿下に、虹さんの才能について説明します。もしかしたら、閲覧を許していただけるかもしれません」
「絶対に行きます! 連れていってください!!」
「…………こら、千虹」
「…………あ」
興奮していた馮千虹を、碧寧さんがじっと見ていた。
怒っている様子はなかった。
むしろ優しい──『仕方ないな』って表情だ。
「あの……寧伯父さま」
「なにかな。千虹」
「黄天芳さまがここまでおっしゃっているのです。お誘いをお受けしても……いいですか?」
「お前はもう、決めてしまったのではないか?」
「寧伯父さまが駄目とおっしゃるなら、諦めます」
馮千虹は碧寧さんの前で膝をついた。
「両親をなくした虹を、寧伯父さまはずっと育ててくださいました。虹は寧伯父さまを……父親以上の存在だと思っています。ですから虹は、寧伯父さまのご意志に従います」
「こら、千虹」
「は、はい。寧伯父さま」
「ここで『駄目だ』と言ったら、私が悪者になってしまうではないか」
碧寧さんは、苦笑いしていた。
「好きな道を選びなさい。千虹」
「……寧伯父さま」
「私たちの仇討ちは終わった。これから自分は東郭で、連中の末路を見届ける。自分は、武人だからね。だが、千虹は違う道を選んでもいいのだ」
「……そう、なのですか?」
「ああ、お前は自分の才能を活かす道を選びなさい。私たちの復讐は、黄どのが果たしてくださったのだ。しかも黄どのは、お前の才能を活かす道を示してくださっている。あとは、お前の心に従うがいい」
「ありがとうございます……寧伯父さま……」
「黄天芳どの。姪を評価してくださったことに感謝申し上げます」
碧寧さんは俺に向かって、拱手した。
「ですが、わからないこともあります」
「はい。なんでしょうか。碧寧さん」
「貴殿はどうしてそこまで、姪の才能を活かすことを考えてくださるのですか?」
「それは……」
ゲーム『剣主大乱史伝』のことは言えない。
でも『馮千虹さんの才能を活かしたいから』じゃ、答えにならないよな。
ここは正直に答えよう。
俺が今、馮千虹をスカウトしたい理由。それは……。
「虹さんを、他の人に取られたくないからです」
一番心配なのはそれだ。
英雄軍団はいずれ、馮千虹をスカウトに来る。
俺はそれを止めたい。
理由は、馮千虹が英雄軍団に加わることが『黄天芳破滅エンド』に繋がるから……だけじゃない。
碧寧さんの姪御さんを、変な連中に渡したくないんだ。
介鷹月が所属している『金翅幇』はろくでもない組織だ。
それはゼング=タイガや魃怪の末路を見ればわかる。
『金翅幇』は他人を利用して、使い捨てにすることをためらわない。
そんな連中と、馮千虹を関わらせたくない。
碧寧さんは俺の部下で、馮千虹は碧寧さんにとって、大切な姪御さんなんだから。
「千虹を……他の者に取られたくないと?」
「あ、はい。そうです」
「ですが黄どのは千虹と出会ったばかりです。なのに……」
「虹さんのお人柄は、碧寧さんを見ればわかりますから」
「自分を、ですか?」
「碧寧さんは東郭に赴任したばかりのぼくを、信じてくださいました。脩さんをはじめとする六人部隊の皆さんも、碧寧さんを尊敬していらっしゃいます。ぼく自身も、碧寧さんが信頼できる方で、実直なお人柄だということをよく知っています。その碧寧さんが育てた虹さんなら信じられる。そう思うんです」
「……黄どの」
「もちろん、すぐに馮千虹さんを北臨に迎えたいとは言いません。まずは虹さんをぼくの師匠に診ていただいて、色々と話をして……それからですね」
これからも、俺は東郭で仕事を続けることになる。
やることは山積みだ。
まずは盗賊団『裏五神』の尋問をしなきゃいけない。
それから、やつらに被害を受けた人たちとも話を聞くことになる。
他の町を防衛している人たちにも連絡を取る必要があるだろう。
盗賊団と繋がっていたのは兆昌括──以前、東郭の防衛隊長だった人物だ。つまり、東郭の町が、他の町に迷惑をかけていたことになる。
それについても説明する必要があるだろう。
どこまで俺が関わることになるかはわからない。
けど、名ばかりとはいえ、俺は防衛副隊長だからな。
自分の仕事はしっかりやるつもりだ。
そして『裏五神』から情報を得られたら、今度は『金翅幇』の対策をはじめることになる。
奴らの居場所を突き止めて、その野望をぶち壊す。
『四凶の技』の拡散も食い止める。
『藍河国が四凶に食い尽くされる未来』を、防ぐために。
それに……魃怪が言ってたそうだ。『双子は窮奇を極め、やがて饕餮に至りましょう』と。
『四凶の技』には、まだ先がある。
窮奇がレベルアップすると饕餮になるのかもしれない。
冗談じゃない。
窮奇でも厄介なのに、それより強い技なんか相手にしたくない。
できればその前に『金翅幇』を止めないと。
だから──
「ぼくも、まだ東郭でやることがあります。ですから、今すぐに虹さんを北臨にお連れすることはできません。ただ、将来的には北臨にお迎えしたいと思っています」
「黄どののお気持ちは、よくわかりました」
碧寧さんは真剣な表情で、うなずいた。
「千虹の伯父として、もはやなにも申し上げることはございません」
「虹も……黄天芳さまに従います」
「ありがとうございます。碧寧さん。虹さん」
よかった。
馮千虹が仲間になってくれれば百人力だ。
俺のまわりには強い人がたくさんいるけど、軍師になれそうな人は少ない。
強いて言えばトウゲン=シメイくらいだけど、彼は壬境族穏健派の重要人物だ。
彼には北の地で、壬境族をまとめてもらわなきゃいけない。
他に知恵を借りられそうなのは燎原君か……太子狼炎くらいだろう。
ゲームでは、太子狼炎も優秀なキャラだったからな。
プライドが高くて、人の話を聞かずに、自分でなんでもやろうとしていたけど、能力そのものは高かったんだ。
でも、太子殿下に『アドバイスをください』ってわけにはいかないからな。
だから、馮千虹が仲間になってくれるならうれしい。
燎原君にお願いすれば、彼女には師匠と書物を与えてもらえるかもしれない。
そうすれば馮千虹──虹さんは自分の才能をより一層伸ばすことができるだろう。
もしかしたらゲームのとき以上に、すごい人になるかもしれない。
「話を急ぎすぎました。すみません」
俺はふたりに向かって拱手した。
「まずはとりあえず……これから師匠のところに行って、虹さんのことを伝えます。それから師匠に虹さんの『気』と経絡を診てもらいましょう」
「承知した。黄どの」
「よろしくお願いします。黄天芳さま!」
「今日はお時間をいただきまして、ありがとうございました。それでは──」
「お待ちくだせぇ! 黄部隊長!!」
不意に、戸口の方で声がした。
見ると……大柄な人物が玄関に立っていた。
六人部隊の脩さんだった。
「脩か? どうしたのだ?」
「碧兄。お話し中に申し訳ありやせん。黄部隊長に、北臨より書状が来ておりやす!」
「書状が? 誰からだ?」
「王宮……いえ、太子の狼炎殿下からです!」
脩さんの言葉に、一瞬、周囲の空気が凍り付いた。
太子狼炎から? 俺に書状が?
「ありがとうございます。拝見させてください」
俺は書状を受け取り、開いた。
そこに書かれていた文章は──
『藍狼炎の名において、黄天芳に命じる。
東郭での仕事の引き継ぎを済ませた後、一度、北臨に戻るように。
貴公に任を命じたい』
──以上だった。
びっくりした。
悪い話じゃなかったのは、よかった。
でも……俺に『任を命じたい』って?
「太子殿下はなんとおっしゃっているのですか?」
「北臨への帰還命令をいただきました」
大急ぎというわけじゃない。
太子狼炎は、仕事の引き継ぎをする時間を与えてくれている。
だけど、なんだか胸騒ぎがする。
北臨でなにかあったんだろうか? 太子狼炎が、俺を必要とすることが?
いや……まったく思いつかないんだけど。
とにかく、これは王家からの正式な命令書だ。
俺は北臨に帰らなきゃいけない。
本当は東郭で仕事を続けたかったけど……しょうがないな。
まあいいか。
星怜や小凰にも会いたいし。
帰ったらふたりに、東郭であったことを伝えよう。
話をしたら……ふたりとも、びっくりするかな。
太子狼炎には改めて、『金翅幇』の危険性を伝えよう。
もしも……『金翅幇』対策が国の方針になったら、大勢の人の力を借りられる。
『藍河国破滅エンド』も回避しやすくなるはずだ。
「すみません虹さん。時間がなくなりました。このまま一緒に、ぼくの師匠のところまで来てくれますか?」
「は、はい。虹はどこまでもついて行きます!」
「碧寧さん、虹さんをお預かりしてもいいですか?」
「無論です。自分は黄どのと、千虹の意思を尊重いたしますよ」
「ありがとうございます。それでは、虹さん」
「参りましょう。黄天芳さま!」
こうして俺は虹さんを連れて、秋先生の元に向かった。
北臨に戻るまでは、まだ少し時間がある。
その間に『裏五神』の連中から、できるだけ情報を引き出そう。
呂兄妹への尋問もしなきゃいけないし。
そうして、必要な情報を手に入れてから北臨に戻ろう。
太子狼炎や燎原君に、東郭で起きていたことを伝えるために。
馮千虹と一緒に町を歩きながら、俺は、そんなことを考えていたのだった。
ここまでが、第4章になります。
これから書きためをして、その後、第5章をスタートする予定です。
更新再開は年内か、年明けくらいを予定しております。
それまで少しだけ、お待ちください。
「天下の大悪人」は書籍版も発売中です!
もきゅ先生の描かれる、星怜の表紙が目印です。
書店でお見かけの際は、ぜひ、手に取ってみてください!
これからも、書籍版とWEB版あわせて『天下の大悪人』を、よろしくお願いします!!