第163話「天下の大悪人、師匠たちと一緒に町に帰る」
──天芳視点──
盗賊団『裏五神』との戦いのあと、俺たちは東郭の町に戻ることにした。
雷光師匠や秋先生も一緒だった。
盗賊たちを連行するのは、兵士さんたちに任せた。
武術使いたちは厳重に縛るように命令して、俺たちは森を離れた。
俺も雷光師匠も、かなり消耗していたからだ。
特に雷光師匠は、秋先生にみっちりと怒られていた。
雷光師匠は魃怪を倒すために『五神歩法』の奥義を使ったらしい。
その名は『青竜身顕現』。
『五神歩法』の青竜の技を連続で繰り出しながら、縦横無尽に飛び回る技だ。
その動きは変幻自在にして予測不能。
頭上、背後、側面から襲い来る連続攻撃に、魃怪は手も足も出なかったらしい。
その代わり、雷光師匠の身体の負担も大きかった。
毒の治療中だった脚にかなりのダメージが来たんだ。
だから雷光師匠は、馬の上でぐったりしている。
一緒に乗っている秋先生に小言を言われながら。
「今回はおたがいに無理をしすぎたようだね。天芳」
「はい……師匠」
俺は黒馬──『朔月』の背に揺られながら、答えた。
実際のところ、俺もかなり無茶をしたような気がする。
『超硬気功』のせいで刀槍が効きにくい呂兄妹に『打撃技ならいける!』と、問答無用で格闘戦を仕掛けちゃったからな。
効いたからよかったけど、一歩間違えたら殺されてた。
冬里がいたから、なんとかなっただけだ。
「君はたいしたものだよ。天芳」
雷光師匠は俺の方を見て、笑った。
「強力な武術家たちが山の方にいると聞いたとき、私は心臓が止まるかと思った。なんとか天芳たちが逃げてくれればいいと、そう思っていたんだ」
「そうだったんですか?」
「ああ。なのに君は『窮奇』の使い手のふたりを倒し、しかも、相手を殺さなかった。これはすごいことだよ。もしかしたら、私にだってできなかったかもしれない」
「雷光師匠だったら呂兄妹をあっさりと倒せたと思いますよ?」
「ああ、倒すことはできただろう。だが『剣が効きにくいなら打撃で』なんて、そんな発想はしなかっただろう。私なら……奴らの防御を破るために、技の威力を上げていたと思う。その結果、呂兄妹を殺していただろう」
「姉弟子の言う通り、呂兄妹を捕らえたのは重要なことだよ。彼らからは『窮奇』や『金翅幇』の情報が得られるかもしれない。魃怪が明日をも知れない身だからね。あちらからは情報を得られるかどうか、わからないんだ」
魃怪は無理に武術を使っていたせいで、身体の『気』の流れ──経絡がズタズタになっている。肉体の方もボロボロらしい。
魃怪はもう、長くは生きられない。
彼女から証言を得られるかどうかも、わからない。
だから呂兄妹は貴重な情報源だと、秋先生は言った。
「『裏五神』に所属していた盗賊たちの状態はどうなんだい? 翼妹」
「上位の者たちは魃怪に『気』を奪われて、意識を失っていました」
秋先生は頭を振った。
「下っ端は無事でしたが、彼らからどこまで情報を引き出せるかは……難しいですね」
「うん。やっぱり、証言は呂兄妹から得るべきだね。天芳たちが呂兄妹を生かして捕らえてくれてよかったね」
「彼らが『天元の気』の痛みから回復したら、尋問をはじめましょう」
「いずれにせよ、私たちは天芳に助けられたわけだ」
「私も姉弟子と同意見です」
「いえ、ぼくだってぎりぎりでした。冬里さんが力を貸してくれたから、なんとかなったんです」
俺は隣を進む冬里を見た。
冬里は馬上で、照れたようにうつむいてる。
堂々とほめられるのには、あまり慣れていないみたいだ。
「冬里がしたのは、ほんの小さなことなのです」
冬里は、ぽつり、と、つぶやいた。
「剣を一度、受け流しただけ。それだけなので。あまりほめられると、恥ずかしいのです」
「そんなことないよ。冬里が呂兄妹の攻撃を逸らしてくれたから、ぼくは今生きてるんだから」
「そうでしょうか?」
「うん。ぼくは冬里に借りができた。いつか、必ず返すよ」
「は、はい。わかりました」
冬里はそう言って、胸を押さえた。
「そのお言葉をいただけただけで、冬里は、十分なのです」
「うん。私も、冬里はよくやったと思うよ」
秋先生はうなずいた。
「冬里はこのまま天芳くんの護衛として東郭に残るといい。私と姉弟子も、しばらくの間は東郭に滞在することになるだろう。魃怪の尋問や、呂兄妹を含めた『裏五神』の連中の治療もしなきゃいけないだろうから」
魃怪は近いうちに死ぬ。
それでも、できるだけの治療をして、証言を引き出す。
それが秋先生の方針だった。
魃怪たちに『窮奇』を教えた者──『金翅幇』がどこにいるのか。
『裏五神』がどういう経緯で奴らと接触したのか。
奴らとの連絡手段。奴らの、構成人員。
構成員の名前。姿かたち。使える武術など。
魃怪や呂兄妹や『裏五神』の構成員には、聞くことが山のようにある。
ただ、それも落ち着いてからの話だ。
魃怪は死にかけているし、呂兄妹は『天元の気』を受けたせいで苦しんでいる。
盗賊の中にも、魃怪や呂兄妹に襲われた者たちがいる。
まずは彼らを治療して、証言を聞ける状態にもっていかなきゃいけない。
それまでは雷光師匠も秋先生も、東郭に滞在することになる。
馬上で揺られながら、俺たちはそんな話をしていた。
「まずは帰って一休みしよう。久しぶりに私が手料理で、翼妹や天芳や冬里くんをもてなしてあげよう!」
「料理は私が作ります! 姉弟子は休んでいてください!!」
「えー」
雷光師匠が頬をふくらませて、秋先生は苦笑いする。
俺と冬里も、自然と笑みがこぼれる。
そうして、俺は師匠たちとおだやかな時間を過ごしながら、東郭の町へと帰ったのだった。
次回、第164話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。