第159話「雷光、仰雲師匠の兄弟弟子と戦う(後編)」
「『潜竜王仰天』から──『青竜変転行』!!」
雷光の身体が、宙を舞う。
『潜竜王仰天』で飛び上がった雷光は、樹を足場にしてさらに跳躍。
そしてまた樹を蹴って急降下。
地上の魃怪へと斬りかかる。
「────がぁっ!?」
魃怪の双剣が雷光の剣を弾く。
だが、押されている。
勢いが違う。しかも魃怪は雷光の動きを追いきれない。
魃怪に斬りつけた雷光はさらに跳躍。
縦に、横に、斜めに。
森の中の空間を、縦横無尽に飛び回る。
「これは……このようなことが!?」
「あなたは実戦を知らなすぎたのだ。魃怪!!」
ガィンッ!
ふたたび雷光の剣が、魃怪の双剣を叩く。
「あなたは戦い続けるために『四凶の技』に手を出した。弟子と部下を集め、盗賊団を指揮した。だが、あなた自身はどうなのだ!? あなた自身はどれだけの戦いを経験している!?」
「──ぐぬっ!?」
「あなたはただ強いだけだ。私のことも『仰雲師匠の弟子』としか見ていない。翼妹のこともそうだ。部下たちはどうだ? あなたの弟子はどうだ? あなたが見ているのは仰雲師匠だけで、ほかは野望を果たすための道具としか見ていないのではないか!?」
「黙りなさい!! 仰雲の弟子!!」
「私の名は雷光だ!!」
雷光は空中を駆けながら、叫ぶ。
「仰ぎ見る雲は光る雷を育て、光る雷は天の芳と花咲く凰を育てる!! 私の弟子はもっと先へ行く!! 私も仰雲師匠も知らぬ世界を見せてくれるだろう。彼らが自由な未来をつかめるように、過去の因縁は終わらせる!!」
雷光の剣が──魃怪の双剣をひとつ、弾き飛ばした。
「────仰雲の弟子が!! わたくしよりも……仰雲の近くにいた者が!! 貴様などに、貴様などにぃいいいい!!」
「『五神剣術』奥義──『青竜身顕現』!!」
──『青竜変転行』
──『青竜天雲舞』
──『青竜無形輪』
雷光の連続技が、魃怪を圧倒していく。
『青竜身顕現』は『五神剣術』の奥義だ。
青竜になりきり、すべての青竜の技を終わりなく続ける。
その連続技に、割り込む隙はない。
『青竜身顕現』は、ある程度の広さと、跳び続けるための足場を必要とする。
だから雷光はこの場所を目指していた。
奥義を使える場所で、一気に魃怪を無力化するつもりだったのだ。
跳躍。急降下。回転。
歩法と剣術を駆使した連続攻撃に、魃怪は対応できない。
魃怪は手脚に古傷がある。
『窮奇』を修得した後は痛みを無視できるようになったが、それでも、上下の動きは苦手としている。
着地時に、脚に負担がかかるからだ。
雷光はそこを突いたのだ。
「は、はははははははははっ!! これが、これが仰雲の弟子の力か!!」
身体から血を流しながら、魃怪は笑う。
「さすがはわたくしの兄妹弟子!! 素晴らしい弟子を育てたのですね!! ですが、わたくしの弟子も捨てたものではない。いずれあなたの弟子を殺し、この世界の表舞台に出ることでしょう。わたくしがそれを見ることがないのが残念です!!」
「────っ!?」
雷光は魃怪に向かって跳躍する。
魃怪が剣を捨てていた。
彼女の両腕を掲げて、掌をみずからの頭部に向ける。
(──自害!?)
その言葉が雷光の頭をよぎる。
即座に彼女は『青竜変転行』で剣を振る。
そして、魃怪がみずからの頭部に、掌を叩き付ける、直前──
雷光の剣が、魃怪の両腕を、切り裂いた。
魃怪の手首が、だらり、と垂れ下がる。
それでも魃怪は腕を頭に叩き付けるが……自害するほどの威力は、なかった。
だが、彼女も限界を迎えていたのだろう。
魃怪の身体は、ぱたり、と、力なく、倒れたのだった。
「自害などさせるものか。あなたには……盗賊団を率いた責任を取ってもらう」
雷光は、長いため息をついた。
「姉弟子!!」
駆けつけた玄秋翼が声をあげる。
「姉弟子。ご無事ですか!?」
「ああ。私は……大丈夫だ。済まないが、魃怪を診てやってくれないか」
「この者は、死ぬつもりだったようですね」
「ああ。そうでなければ、東郭の兵士が来たときに逃げ出していただろう」
魃怪は、雷光と決着をつけることだけを考えていた。
そうして……望み通り、決着をつけた。
自身の敗北を認め、それでも、仰雲の弟子の手にかかることを拒否した。
だが、雷光はその結末を認めなかった。
どうして魃怪の自害を止めたのか……自分でもわからない。
反射的に身体が動いてしまった。
『こんな卑怯な終わり方は許さない』──そう思ってしまったのだ。
「姉弟子」
「なにかな。翼妹」
「魃怪の経絡は……こわれかけています。彼女はもう、長いことはないでしょう」
「……そうか」
「『窮奇』でむりやりに身体を動かしていたのでしょうね。おそらくは……仰雲師匠への、復讐のためだけに」
「……武術家とは、業が深いものだな」
また、雷光はため息をついた。
武術を捨てた仰雲師匠の気持ちが、わかるような気がした。
「怖いな。私もいずれ……同じ業に飲み込まれるかもしれない」
「姉弟子なら心配ありませんよ」
「……そうだろうか?」
「そうですよ。だって姉弟子は、武術家の業を持たない弟子を育てているのですから」
「天芳と化央のことだね」
「あのふたりがいる限り、大丈夫です」
そう言って玄秋翼は、笑った。
「世の武術家が『強さ』にとらわれても、天芳と化央は例外でしょう。ふたりが側にいる限り、姉弟子が武術家の業にとらわれることはありませんよ」
「……ああ、そうかもしれないね」
「それより姉弟子、脚を診せてください。また無茶をしたのでしょう?」
「いや、治療は後にしよう」
雷光は頭を振った。
「天芳たちが心配だ。山の拠点に行かなければ」
「駄目です。まずは治療をさせてください。すべてはそれからですよ。私たちは、ちゃんと生きることを優先しなければ」
「……そうだね。翼妹の言う通りだ」
雷光はおだやかな笑みを浮かべて、うなずいた。
「私たちが道を違えずに生きているところを、弟子たちに示さないとね」
「はい。姉弟子」
そうして、玄秋翼は雷光の治療をはじめた。
奥義を使った雷光の脚にはかなりの負担がかかっていたが、動けないほどではなかった。
その後、雷光と玄秋翼は兵たちのもとに戻り、山の修行場の調査に向かうことを告げて──
「────師匠!!」
「お母さま! ご無事ですか!?」
駆けつけた天芳や冬里と、合流することになったのだった。
次回、第160話は、明日か明後日くらいに更新……できたらいいと思っております。