第157話「天下の大悪人、孤山の拠点を攻略する(3)」
敵の能力は『超硬気功』と『超回復』。
敵が使う武術は『裏五神剣術』。
それに対する冬里の分析は──
「あのふたりの『気』の動きなのですが……観察していたら、男女の区別がついたのです。さっき芳さまが斬ったのが男性で、もうひとりが女性のようなのです」
──と、いうことだった。
冬里は『気』を観察することで、男女を区別できる。
秋先生が男装した小凰の性別を見抜いたのと同じだ。冬里も似たようなことができるらしい。
「ふたりは位置を入れ替えながら攻撃しているのですが、それぞれ、得意な技があるみたいです」
冬里は説明を続ける。
冬里の分析によると、男性の方が『青竜』と『朱雀』の技を、女性の方は『白虎』と『玄武』の技を得意としているそうだ。
他の技は、強くない。
あくまでも牽制に使っているように、冬里には見えたらしい。
ということは──
「ぼくには、ふたりが『五神』の技をすべて使っているように見えたんですけど……それは見せかけだったということですか?」
「そうなのです。ふたりが入れ替わることで、すべての技を使っているように見せているのです」
「……なるほど」
呂乾と呂坤は「ふたりでひとり」だ。
常にふたり一緒に戦うなら、ひとりが『五神』すべての技を使う必要はない
弱点は双子のかたわれに補ってもらえばいいんだから。
「ありがとう。冬里」
俺は早口でお礼を言った。
「ひとつ教えてください。あの双子は身体を硬くする『硬気功』という技を使っています。秋先生や冬里に、その知識はありますか?」
「……残念ながら」
冬里は首を横に振った。
俺は質問を続ける。
「じゃあ、身体が硬い相手に『気』を撃ち込む方法ってありますか?」
「掌や足先に『気』を集中させて撃ち込む技があります」
冬里は言った。
「点穴の技と似たものです。点穴が指先から『気』を撃ち込むように、掌や足先から『気』を撃ち込むものです。ですが、冬里にその技の知識はないのです。だから……」
「とにかく、やってみるしかないってことですね」
「芳さま!?」
「こいつらを野放しにはできませんから」
「でしたら、冬里にも手伝わせてください」
冬里は真剣な目で、俺を見ていた。
「芳さまが死地にいらっしゃるのに、見ているだけなんてできません。少しでいいですから、冬里にもお手伝いをさせてください……」
「……冬里」
「冬里も受け流しの技『流水』は使えます。これだけは実戦に使えると、お母さまも認めてくださっています。だから……」
「わかりました」
冬里がここまで言うんだ。信じよう。
彼女が『できる』と言うなら……少しだけ、力を借りよう。
「これからぼくがなにをするのかを伝えます」
手早く作戦を伝えて、俺は冬里から離れた。
敵は強い。だから、無理はしない。
冬里に手伝ってもらうのは、本当にそれが必要なときだけだ。
やるべきなのは時間稼ぎだ。
碧寧さんたちが到着するまでの間、奴らをここに釘付けにする。
できれば無力化する。
とにかく、知識を活かして立ち回ろう。
俺は達人じゃないし、天才でもない。
少し知識量が多いだけの凡人なんだから。
「ゲームに出てくる『超硬気功』は刀槍や矢のダメージを減らしてたな。たしか……80パーセント減衰だったっけ」
白麟剣で斬ったとき、多少は傷がついていた。
ダメージを100パーセント無効化するわけじゃない。
それでも……剣の攻撃は決定打にはならない。
「──歴史の表舞台に立つ我々が……」
「──『同族殺しの雲』の身内を殺す!」
呂乾と呂坤が近づいてくる。
ふたりは小刻みに位置を入れ替えてる。
どちらが呂乾でどちらが呂坤か、わからないようにしてる。
だけど、ヒントはある。
俺がつけた傷と、冬里の『男性は青竜と朱雀、女性は白虎と玄武の技を使う』という分析だ。
青竜を使ったのは、俺が傷をつけた方だから──
右側にいるのが呂乾だ。
つまり──そっちから青竜と朱雀の技が来る!
「──『堕竜衰亡国』!!」
「──『骸虎──』!!」
「予想通り!」
俺は『白虎』の歩法で男性の方──呂乾に近づく。
奴が目を見開く。
俺が白麟剣を鞘に収めていることにおどろいたらしい。
俺はさらに一歩、踏み込む。
剣の間合いよりも近く。
そして、拳が届く距離で、技を繰り出した。
「──『玄武幻双打』!!」
「────ぐっ!?」
俺の掌が呂乾の胸を叩いた。
呂乾が身体を震わせて、のけぞる。
即座に呂乾と呂坤は攻撃を中止し、後ろに跳ぶ。
「────が……ぐぬ?」
「────呂乾?」
「……気にしなくていい。こんなもの、効かない」
「……うん。効かない」
「『窮奇』の『白牢亡心』は、ボクたちを強くしている」
「『窮奇』の『白牢亡心』は、ボクたちを無敵にしている」
呂乾と呂坤は刀を構えた。
でも、呂乾の方が、少しだけふらついている。
打撃の効果はあったみたいだ。
ありがとうございます。雷光師匠。
やっぱり『五神剣術』は万能なんですね……。
俺は拳を握りしめながら、以前、小凰から聞いた話を思い出していた。
「『神獣十六剣』は剣術ではあるけれど、武器がなくても使えるんだ。その場合は『十六掌』になったり、『十六蹴』になったりするそうだよ」
──と。
これは、俺がはじめて雷光師匠に稽古をつけてもらったときに聞いた言葉だ。
『五神剣術』は掌法にもなるし、蹴り技にもなる。
だから万能だって、小凰は教えてくれたんだ。
もちろん俺も小凰も、武器を失ったときの戦い方を学んでいる。
小凰はときどき『天芳に剣を向けたくない』って言うからな。
そういうときは拳による突き技や、蹴り技を練習してるんだ。
それが役に立った。
あとは拳や掌底や蹴り技に、冬里のアドバイスを加えるだけだ。
『掌や足先に『気』を集中させて撃ち込む技があります』
──冬里はそう言ってた。
彼女のアドバイスを聞いたとき、俺はゲーム『剣主大乱史伝』のことを思い出した。
あのゲームの『超硬気功』は強い。
介鷹月の『超硬気功』は、剣や槍や矢のダメージを80パーセント減らせる。
それは身体の表面を硬くすることで、刃物が通りにくくしているからだ。
だけど拳や掌底──打撃系のダメージは60パーセントしか減らせない。
理由はゲーム内で説明されていた。
『身体の表面を硬くしても、衝撃は伝わる。注意せよ』と。
皮膚や筋肉の内側には内臓がある。
強い衝撃を受ければ、それは身体の内部に伝わってしまう。
いくら身体を硬くしても、衝撃をゼロにすることはできない。
それでもダメージを半分以下にできるのが、『超硬気功』のすごいところだけど。
突破口はそこにある。
剣で斬れないのなら、打撃や蹴りの格闘戦をする。
衝撃を与えて、少しでもダメージを通す。
ダメージが60パーセント減らされても、通った40パーセントに『天元の気』が入っていれば、俺の勝ちだ。
「──こんなもの、痛くもかゆくもない!!」
「──呂乾! 感情的になりすぎ! 英雄は、落ち着いて戦う!!」
まだ呂乾がダメージを受けたようには見えない。
それでも、やってみるしかない。
1回で効かないなら2回。
2回で効かないなら4回。
それでも駄目なら、何回でも繰り返す。
俺にできることなんか、それくらいだ。
「『堕竜──』」
「『幻武──』」
戦闘は続く。
呂乾と呂坤は続けざまに『裏五神』の技を繰り出す。
だったら、こっちは──
「『四凶の技・渾沌』──『万影鏡』」
俺は『万影鏡』を発動。
呂兄妹のすべてを映し出す鏡になる。
──呂乾が踏み込んでくる。
──呂坤はその背後から、玄武の技を繰り出そうとしている。
俺は刀の下をかいくぐる。
そのまま『朱雀大炎舞』を発動。回転しながら蹴りを繰り出す。
爪先が呂乾の肩に当たる。
俺はそのまま、点穴の要領で『天元の気』を撃ち込む。
『万影鏡』には呂兄妹のすべてが映っている。
ふたりの動きも、ふたりが発する『気』の流れも、わかる。
呂兄妹が強力な『気』を発している。
盗賊たちから奪った大量の『気』だ。それがバリアのように、ふたりの身体を包み込んでいる。
バリアが濃いところを叩くと……やっぱり、硬い。
あの『気』は『超硬気功』の強さを表しているのか。
「────!!」
「────!!」
呂乾と呂坤が叫んでいる。俺はその声を聞く余裕がない。
『万影鏡』に集中するだけで精一杯だ。
──呂乾と呂坤の『気』が刀と手足に流れていく。
──『気』を集中することで、攻撃力を上げようとしている。
──その分、胴体の『気』が薄れたのが、見えた。
「────!!」
「────!!」
ふたりが刀を振る。
呂乾の刀が俺の髪を切り、呂坤の刀が俺の服の袖を裂く。
攻撃の隙間を縫って、俺は『気』のバリアの薄いところに、両の掌を突き出す!
「『白虎大激進』!!」
俺の掌底が、呂乾のみぞおちに食い込んだ。
そして──
「────が、がああああああっ!?」
呂乾が悲鳴をあげた。
「──呂乾!!」
呂坤の刀が降ってくる。
俺は『五神歩法』の『玄武地滑行』でスライディング。呂坤の刀をかわす。
「お前は、なんなのだ」
呂坤の声が聞こえた。
「どうしてボクたちの技が通じない!?」
「それはたぶん、ぼくが弱いからだ」
「弱いだと!?」
「あんたたちは無敵の武術を手に入れた。だから、ぼくのことなんか気にしていない。『同門殺しの雲の関係者』としか見ない。ぼくがなにを考えて、どんな工夫をしているかも興味がない。違うか!?」
俺は跳躍技の『潜竜王仰天』で、宙に跳んだ。
「ぼくはあんたたちよりもずっと弱い。だから色々考えた。どうすればあんたたちの隙を突けるか。どうすれば技が通じるのかを必死に考えて、試した。効果が出たら、それを繰り返した。それだけだ」
『四凶の技・窮奇』は強い。
だから、あの技の使い手は、なにも考える必要がない。
強い技を連発して敵を倒せばいいからだ。
介州雀もそうだった。
あいつは『毒の気』と『破軍掌』の威力を信じ切っていた。
技が破られることなんて考えていなかった。
呂兄妹も同じだ。
ふたりは『超回復』と『超硬気功』の威力を疑っていない。
そのせいで技も粗いし、動きも雑だ。
だから、俺でもなんとか攻撃をかわせた。
繰り返し、打撃技を撃ち込むことができたんだ。
「『五神剣術』が強いのは、相手に合わせて変化するからだ。五神が常に入れ替わり、相手に対応する。剣術が通じなければ掌法や蹴り技になる。だから、自分より強い相手と戦える」
「『同門殺しの雲』の関係者が、偉そうに!!」
「魃怪は『四凶の技』なんかに手を出すべきじゃなかった」
俺は真下にいる呂兄妹を見据えて、告げた。
「『裏五神』という技を編み出したなら、それを究めればよかったんだ。そうすればあんたたちの技は、もっと繊細で強力なものになった。『窮奇』になんか手を出したから、あんたたちの攻撃は力まかせで、隙だらけになった。強い技を手に入れたせいで、あんたたちは弱くなったんだよ!!」
「減らず口ばかり!!」
呂坤が刀を構える。
十分に力を溜めて、地面を蹴る。『裏五神』の大技だ。
「『骸虎追天涯』!!」
呂坤が使うのは白虎の技の『裏五神』版だ。
奴は跳躍しながら、俺に向かって刀を振り上げる。
そして──
「『操律指』──『流水』!!」
──駆け寄ってきた冬里が、呂坤の刀を受け流した。
「──な!?」
「やっぱり、冬里の気配に気づかなかったか」
冬里は俺を手助けしたがっていた。
だけど、彼女には実戦経験がない。
だから──助けに入ってもらうのに、条件をつけた。
──双子の片方が動けないとき。
──もう片方が、隙の大きい大技を繰り出そうとしたとき。
その瞬間だけ、受け流しの技『流水』で、攻撃を無効化してくれるように頼んだんだ。
俺が呂坤と話をしていたのは、双子の注意をひくためだ。
そのせいで呂乾と呂坤は、俺に意識を集中していた。
冬里が隙をうかがっていることには、気づかなかったんだ。
「こ、こんな技で……天命に輝くボクたちが……」
「あなたは天ばかり見ていて、人を見ていないのです」
冬里は呂坤の技を受け流す。力の向きを逸らして、体勢を崩す。
そうして冬里は──すぐさま後ろに跳んで、距離を取る。
「そんな人間が、人をよく見る芳さまに勝てるわけがないのです!! 技におぼれて人を見ない人は、敗れるに決まってるんです!!」
「ろくに戦えない小物のくせにぃぃぃぃぃ!!」
呂坤はふらつきながら、必死に体勢を立て直す。
その隙に、俺は『万影鏡』に意識を集中、
やっぱりだ。呂坤の身体を覆う『気』のバリアに、あちこち隙間ができてる。
──体勢は崩れた
──呼吸は乱れた。
──『気』を集中して繰り出そうとした攻撃を、受け流された。
そのせいで呂坤の『気』は乱れて──『超硬気功』が弱まったんだ。
このタイミングなら──!
「『麒麟角鋭突』!!」
「──ぐわっ!?」
俺は素手のまま『五神剣術』の突き技を放った。
そして、俺の掌が、呂坤の胴体に──食い込んだ。
そのまま俺は奴の身体に『天元の気』を流し込む。
「あ、あああああああっ!?」
呂坤が絶叫する。
そのまま彼女は地面を転がり──呂乾に向かって、手を伸ばす。
「……呂乾。『超回復』を……『飢獣導引』を……早く」
「承知した!」
呂乾と呂坤が腕をからめる。
「──こんな痛みはすぐに消える」
「──回復して、お前たちを殺す」
「「『飢獣導引』」」
呂兄妹が繋がった。
ふたりの身体を『気』が循環していく。
そして──
「「ぐあああああああああああっ!!」」
ふたりは身体を反らして、喉が裂けるような悲鳴をあげた。
「やっぱり……そうなったか」
「ふたりの技は、大量の『気』を循環させて、治癒力を上げるものですから……」
「『天元の気』が身体中にまわっちゃったんだろうな」
「『窮奇』の使い手にとって、『天元の気』は毒ですから……」
俺と冬里は顔を見合わせて、うなずいた。
呂乾と呂坤は身体をつないで『気』を循環させた。
でも、呂坤には俺がさっき、大量の『天元の気』を撃ち込んでいたんだ。
それを循環させたもんだから──
「……ああああああああああ、あ」
「……いたいいたい、いたい。なに、これ」
『窮奇』の使い手には毒となる『天元の気』が、身体にまわってしまったんだ。
呂乾と呂坤は陸揚げされた魚みたいに、ぴくぴく震えている。
息も絶え絶えだ。もう、立ち上がることもできない。
これで、戦闘終了だ。
「お見事でした。芳さま」
冬里は言った。
「『裏五神』の武術家を見事に倒されました」
「冬里が手伝ってくれたおかげです」
本当に、そう思う。
俺には呂乾と呂坤の区別がつかなかった。
冬里の言葉がなければ、打撃技で内力を撃ち込むなんて、思いつかなかったはずだ。
「ありがとうございました。冬里」
「……芳さま」
「これからも、ぼくを助けてください。お願いします」
「はい。命かけます!」
「そこまで気負わなくても……」
「気負ってはいませんよ?」
「そうなんですか?」
「はい」
そう言って冬里は照れた顔で、笑ったのだった。
その後、すぐに碧寧さんたちが到着した。
俺は彼らに事情を説明して、呂兄妹を拘束。
倒れている盗賊たちも縛って、逃げられないようにした。
こうして、山の拠点の攻略は完了したんだけど──
「ここは盗賊団にとって、技を完成させる場所だったようです。彼らの本拠地はたぶん、森の方です」
ここに魃怪はいなかった。
盗賊団の本拠地は、森の拠点だ。
そこには雷光師匠と秋先生が行っているはず。
雷光師匠のことだから、大丈夫だとは思う。
ただ……雷光師匠は本調子じゃないからな。
…………やっぱり、心配だ。
俺も、慣れない格闘戦をしたせいで、身体のあちこちが痛いけど。
でも……師匠のことも気になるからな。
「ぼくは森の拠点に行こうと思います」
「承知しました。あとは我らが請け負いましょう!」
「迷惑をかけてすみません。碧寧さん」
「なにをおっしゃいます。盗賊団の首領を倒してくださったのは天芳どのではないですか」
碧寧さんは俺に向かって、拱手した。
「妹夫婦の仇を倒してくださったのです。この恩義は忘れません」
「ありがとうございます。でも……」
「わかっております。この者たちは重要な証人です。殺したりはしません」
じっと俺を見つめながら、碧寧さんは、
「自分は東郭の町を守る軍人です。そして、あなたにお仕えする兵士でもあります。自分の感情だけで敵を処断することはいたしません」
「碧寧さん……」
「自分はあなたに恥じぬように生きるつもりです。どうか、ご心配なきように」
「大声で怒鳴りつけるくらいは許してくだせぇ」
そう言ったのは脩さんだった。
彼は、苦笑いを浮かべながら、
「我も碧兄も、碧兄の姪御さんも、さんざん苦い思いをしてきたんでさぁ。文句を言うくらいは許してくだせぇ。部隊長どの!」
「ほどほどにしてくださいね」
「了解でさぁ!!」
にやりと笑って、脩さんは胸を叩いた。
「それでは碧寧さま、脩さん、あとのことをお願いします」
俺と冬里はすばやく下山。
山のふもとにつないでおいた馬に乗り、森の拠点へと急いだのだった。
今週は1話だけの更新になります。
(調子に乗って書いていたら、1話が長くなってしまったのです……)
なので、第158話は、次の週末の更新を予定しています。
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