第156話「天下の大悪人、孤山の拠点を攻略する(2)」
──天芳視点──
やばいところに出くわしてしまった。
俺と冬里は、碧寧さんたちと別行動を取った。
先行して山を登り、樹の上で敵の動きを観察していたんだ。
『五神歩法』が使える俺は宙を跳んで移動できる。
地上の罠はそれでスルーできた。
罠がありそうな場所は碧寧さんの姪──馮千虹が予測してくれてたからな。
そこだけ冬里を背負って跳べばよかった。
罠をしかけたのは盗賊たちだろう。
空中に罠がなかったことから、それがわかる。
歩法を使えない連中が、空中に罠をしかけることはできないからな。
だから俺たちは山を登ることができたんだ。
俺の役目は、頂上周辺の偵察だ。
盗賊たちがたくさんいたら、戻って碧寧さんたちと合流することになっていた。
誰もいなければ調査の必要なしということで、そのまま帰っていい。
盗賊が少数なら、笛でそのことを碧寧さんに知らせる。そういう予定だった。
敵が少数なら奇襲を受けることはない。
碧寧さんはゆっくりと、罠を解除しながら登ってこられる。
そして、俺と碧寧さんと兵士さんたちが合流したあと、一斉に盗賊たちを捕縛する。
……そのはずだったんだけど。
「まさか、敵の首領が、部下の盗賊たちを攻撃するなんて……」
「芳さま」
冬里が俺の側で、つぶやいた。
「あのふたりは異常なのです。ひとりの人間にはあつかえないほどの『気』を身体に取り込んでいるようなのです。普通だったら、身体がおかしくなってしまうのですが……」
「たぶん……それを制御する技を使っているんでしょうね」
「おそらくは『四凶の技・窮奇』と同種の技だと思うのです」
「……やっぱりですか」
「……危険な相手です。冬里にも、お手伝いさせてください」
「危ないですよ。それは」
「大丈夫です。最近の冬里は、お母さまから点穴の技──『操律指』を学んでいますから」
病弱だった冬里は、俺たちと『天地一身導引』をすることで健康になった。
点穴の技『操律指』を学ぶだけの体力がついた。
だから秋先生から指導を受けるようになり、東郭に来てからも、ひとりで修練をしている。
──それが、冬里の説明だった。
「それに、冬里は生まれてからずっと、お母さまの技をこの目で見てきました。点穴の技は全部覚えているのです」
「全部ですか!?」
「はい!」
そういえば秋先生が言ってたな。冬里には武術の才能があるって。
だから、これまで秋先生の技を見て、記憶に焼き付けてきたんだろう。
その知識と、健康な身体が合わさって、冬里の才能を開花させたのかもしれない。
「まだ受け流しの技『流水』しか使えませんが、それだけは自信があるのです」
冬里は真剣な表情で、
「だから、お手伝いをさせて欲しいのです。芳さま!!」
「わかりました」
冬里は覚悟を決めている。
そうじゃなかったら、一緒には来なかっただろう。
それに、相手は異常な『気』を操る連中だ。
導引の天才の冬里なら、敵の技の正体もわかるかもしれない。
「碧寧さんたちが来るまで、ぼくが敵の足止めをします。その間、冬里さんは、敵を観察していてください。相手がどんな技を使っているのか、それがどんな効果があるのかを調べて、ぼくに教えて欲しいんです」
「はい。芳さま!」
冬里は満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
「今、わかったことをお伝えします。あの者たちの肌が鮮やかな色になっていることと、血走った目と、呼吸の速さから見立てると……大量の『気』で、身体を活性化させているのだと思うのです。敵の動きが速くなっているかもしれません。お気をつけて!」
「ありがとう。冬里」
冬里がいてくれてよかった。
そうじゃなかったら、双子の武術家のことがまったくわからなかっただろう。
双子の武術家は……ゲーム『剣主大乱史伝』のキャラじゃないからだ。
もちろん、今はゲームスタートの10年前だから見た目が違っている可能性はある。
でも……あいつらがゲームに登場するキャラじゃないということには自信がある。
あのゲームは結構極めたからな。
そんな俺でも、双子──呂乾と呂坤には、まったく見覚えがない。
だから、ゲームには登場してないんだと思う。
それに、ゲームで『五神歩法』と『五神剣術』を使うキャラは雷光師匠だけだったからな。
あとはヒロインの奏凰花が、朱雀の技を使うくらい。
『裏五神』も、それに類するキャラもいないんだ。
だから──
「──我々は、天命を抱く者たちと合流する」
「──技を究めて、歴史の表舞台に出る」
呂兄妹の言葉を聞いていると……なんだか、痛々しくなってくる。
「歴史の表舞台に立つのは無理だと思う」
俺は言った。
俺がゼング=タイガを倒したせいで、歴史の流れが変わった可能性はある。
だけど……やっぱり、こいつらがゲームに登場することはないような気がする。
主人公側にも、藍河国の側にも、壬境族の側にもいなかったからな。
ということは──
「お前たち、金翅幇に利用されてるんじゃないか?」
「「────!?」」
俺が言うと、双子の首領は目を見開いた。
「だまされている? なにを言っているのだ!?」
「不快な発言。万死に値する」
「理由は簡単だ。お前たちのやってることは、怪しすぎる」
冬里の見立てでは、こいつらは『四凶の技・窮奇』に似た技を使っている。
そして、さっきこいつらは妙なことを言っていた。
──君たちの食事はボクと師匠が管理していた。『気』を食べやすいように。
──君たちの『気』はボクたちの力になる。
つまり『裏五神』では、呂兄妹が食べやすい『気』を生み出すために、食事管理がされていたことになる。
盗賊たちはそれと知らずに、まるで家畜のようにあつかわれていたんだ。
そんなの、変な実験をやっていたとしか思えない。
「『同門殺しの雲』の身内が!!」
「魃怪師匠を傷つけた悪人の弟子は、殺す」
「仰雲師匠は魃怪を傷つけたことを悔やんでいた」
俺は言った。
これは仰雲師匠の名誉のために、伝えておかなきゃいけないことだ。
「仰雲師匠は魃怪を傷つけたあとで、武術を捨てた。人を救うために医術を学んだんだ。仰雲師匠はたぶん、魃怪を治療したかったんだ」
仰雲師匠はそういう人だ。
だから、今でも雷光師匠や秋先生に慕われているんだろうな。
「だけど仰雲師匠は、最後まで魃怪には会えなかった。だから師匠は、仙人になるために山に入った。人を超えた存在になることで、魃怪をなんとかしようと思ったんだと思う」
俺は言った。
呂兄妹の動きが、少しだけ止まった。
でも、あいつらはすぐに頭を振って、
「関係ない。師匠の復讐を果たす」
「歴史の表舞台に立ち、英雄となる! 組織の一員として──」
「金翅幇を信じたゼング=タイガは死んだ。その配下の双刀使いは逃げた」
もう一度、俺は奴らに事実を伝える。
「あいつらは人を使い捨てにするだけだ。金翅幇の連中は自分たちの天命しか信じちゃいない。そんな奴らと組んで……人を襲って、碧寧さんの家族を襲って……これ以上、ぼくたちの師匠に迷惑をかけるんじゃねぇ!!」
「──聞く価値なし」
「──滅びろ。『同門殺しの雲』の弟子!!」
呂兄妹が斬りかかってくる。
時間稼ぎにもならなかったか。
こいつらにとって俺は魃怪の仇の孫弟子だもんな。説得を聞くわけないか。
「冬里は離れて!」
「はい!!」
呂兄妹が近づいてくる。
技が大振りだから、わかる。『麒麟の技』と『玄武の技』だ。
だったら──
「『青竜変転行』!」
俺は『五神剣術』で敵の刀を打ち払う。
ぎぃんっ!
「……ボクたちの攻撃を弾いた!?」
「……不可解。これまで連携が通じなかったこと、ない」
呂兄妹は呆然としてる。
うん。俺もびっくりしてる。
奴らの攻撃は荒い。
でも、こんなにあっさりと打ち払えるとは思ってなかった。
一瞬、小凰と修練していたときのことが頭に浮かんだ。
それで……気づいたら、ふたりの攻撃を打ち払ってた。
俺はいつも小凰と『五神剣術』『五神歩法』の修行をしてる。
模擬戦をすることもあるし、連携攻撃の練習をすることもある。
だから『五神剣術』の使い手が、どんな連携攻撃をするのかわかるんだ。
奴らの動きは速いけれど、小凰よりもはるかに雑だ。
どんな技を繰り出そうとしているのかわかるし、動きも読める。
だから──対応できる!
「────がっ」
「──呂乾!?」
双子のひとりが声をあげた。
手応えがあった。俺の剣が、奴の腕を斬ったのがわかった。
だけど……硬いな、こいつ。
まるで鉄を斬ったような感覚だった。
それでも一撃は入ったはずだけど、奴の腕からは、かすかに血が流れただけ。
剣で斬ったのに、ほとんど効いていない。これって……。
「まさか……硬気功か!?」
硬気功は武術の技だ。
『気』を巡らせて、一瞬だけ身体を硬くすることができる。
双子はその技の使い手なのかと思ったけど……違う。
こいつらの能力はそれだけじゃない。
「「『飢獣導引』」」
双子が腕をからめて、視線を合わせた。
一瞬で『気』のやりとりが行われて──
それが終わると……奴の腕の傷口が、薄れていた。
流れ出ていた血も、止まっている。
「──英雄は、死なない」
「──英雄は、何度でも立ち上がる」
……傷の治りまで早くできるのか。
なんだよ。それ。
ゲームキャラの回復スキルを現実に使うなんてありなのか?
『硬気功』と『超回復』は、ゲーム主人公の介鷹月が持っていたスキルだ。
正確には介鷹月の技は『硬気功』じゃなくて『超硬気功』──つまり『硬気功』のアッパーヴァージョンだったけど。
介鷹月は防御力が高い。その上『超硬気功』を発動すると、刀槍や矢のダメージをかなり減らすことができる。
それを利用して、奴は先陣を切って敵に斬り込んでいた。
まさに主人公らしい活躍だった。
『硬気功』は他のキャラも使える。
だけど、内力の消費が激しいから、長時間は発動できない。
ただ、介鷹月はもともと高い内力を持っていたからな。
アッパーヴァージョンの『超硬気功』も、数ターンは使うことができたんだ。
それにあいつは、ダメージを受けたとしても『超回復』でなんとかできる。
他のキャラは時間が経つか、治療を受けるかしないと傷は回復しないんだけど、介鷹月は自然回復していた。もちろん、それなりの時間はかかるんだけど。
あと、それでもゼング=タイガの破壊力を防ぎきることは、できなかったんだけど。
介鷹月は努力と才能で『超硬気功』と『超回復』を身に着けたといっていたけど……違うのか?
『四凶の技・窮奇』には、他人から奪った『気』で自分を強化する技があって……介鷹月はそれを修得していたのか。だからあいつは強かったのか?
この双子も『窮奇』の使い手だから……同じ技が使えるのか?
あるいは、こいつらは実験体で……その成果を介鷹月が……これから得るのか?
どちらにしても、やばいことに変わりはない。
「もしかして……『天元の気』が入るのを『硬気功』で防いでいるのか」
『四凶の技・窮奇』の使い手にとって、『天元の気』は猛毒だ。
窮奇を編み出した人間も、それはわかっていたんだろう。
だから、技のひとつとして『硬気功』と『超回復』を組み込んだんだ。
『硬気功』があれば防御力が高くなる。
『天元の気』が身体に入るのを防ぐことができる。
それでも入ってきたときは、『超回復』で打ち消すんだろうな。
もとの世界の知識で言えば、抗体でウィルスを防ぐようなものだ。
『窮奇』が操るのは『毒の気』だけじゃなかった。
さらに先の技があったんだ。
……本気で、こいつらを逃がすわけにはいかなくなった。
こんな技を広められたら……大陸中がぐちゃぐちゃになるぞ……。
「芳さま」
不意に、冬里が俺の側にきた。
彼女は俺の耳に顔を近づけて、ささやく。
「冬里は、ふたりの『気』の動きを見ていました。そして、気づいたことがあるのです」
「気づいたこと、ですか?」
「あのふたりの『気』の動きなのですが……」
冬里は天才だ。
導引の達人で、秋先生の医術をずっと学んでいる。
だから……俺には見えないものが見えているのかもしれない。
「────というわけなのです。お役に立ちましたか?」
「十分です。ありがとう。冬里」
敵は再生能力持ちの、息があった双子。
こっちは剣術がそこそこ使える俺と、防御と観察に長けた冬里。
ゲームだったら圧倒的に不利だけど、ここは現実だ。
知恵を絞ればなんとかなる。
冬里がくれた情報があれば『超硬気功』と『超回復』を無効化できるかもしれない。
「碧寧さんたちが来るまでに……ひとりくらいは、倒しておかないと」
「──歴史の表舞台に立つ我々が……」
「──『同族殺しの雲』の身内を殺す!」
そうして俺は、防御と回復能力持ちの武術家を倒すことにしたのだった。
次回、第157話は、次の週末くらいに更新する予定です。
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