第154話「天下の大悪人、隠れた人材を見つける」
──天芳視点 (雷光たちが森に入ったのと、ほぼ同時刻)──
「これから、この山の調査を行います」
俺は冬里や碧寧さん、ついてきてくれた兵士たちに告げた。
「盗賊たちは、ぼくの師匠のよく知る武術を使っていました。その武術の修行場が、この山の頂上付近にあるんです。そこが盗賊の拠点になっているおそれがあります」
俺たちがいるのは、孤山という山のふもとだ。
ここで昔、仰雲師匠と魃怪が修行をしていたそうだ。
頂上付近には滝がある。
仰雲師匠が魃怪を返り討ちにした場所だ。
──魃怪は身体が不自由だから、拠点には自分が知っている場所を選ぶはず。
それが俺の推測だった。
雷光師匠も秋先生も、それを受け入れてくれた。
師匠たちは今、もうひとつの場所に向かっている。
仰雲師匠と魃怪が使っていた森の修行場だ。
森には仰雲師匠と魃怪が使っていた建物が、今も残っているらしい。
盗賊団が拠点にするにはちょうどいい場所だ。
『魃怪は森にいる可能性が高い。奴と戦うのは、仰雲師匠の弟子である自分たちの役目だ』
それが、雷光師匠と秋先生の判断だった。
ふたりはそろそろ、修行場のある森に入っているころだろう。
俺たちが山の方に来たのは、あくまでも念のためだ。
奴らが戦力を分散している可能性もあるからな。
そいつらを逃がさないようにしなきゃいけないんだ。
連中は『五神歩法』『五神剣術』の類似品が使えて、しかも兆家と繋がっている。そんな連中、危なくて放置できない。
捕まえて目的を突き止めるべきだろう。
「碧寧さん。あらためてこの山について確認させてください」
俺は側に控える碧寧さんにたずねた。
「この山が『孤山』……山頂付近に滝がある山で間違いないんですよね?」
「その通りです。名前の由来もご説明申し上げましょうか?」
「お願いします」
「『孤山』は役に立たない樹木と、食べられない山菜が多い山です」
碧寧さんは木簡を取り出し、読みあげる。
「山にいる動物たちも少なく、狩りにも向きません。そのため『人のいない孤独な山』という呼び名が転じて『孤山』と名付けられたと言われています」
「……そういう由来があったんですね」
「名前の由来は東郭に住む老人から聞いております。少数ですが、かつて『孤山』に入った者もおりました。山の情報も、多少は得られております」
「助かります」
人のいない山、か。
となると、人目を気にせずに武術の修行ができるわけか。
だから仰雲師匠と魃怪は修行場にしていたんだろうな。
「人が来ないのなら、盗賊団の拠点にもできるわけですね」
「その通りです。山道も整備されておりませんから、守るにはうってつけです。罠がしかけられている可能性もあります」
「罠ですか?」
「これをごらんください」
碧寧さんは別の木簡を、俺と冬里に示した。
木簡には『孤山攻略の際の注意点』と書かれている。
──『孤山』には人の手が入っていない。
──盗賊団が使っている道があるはずだけれど、近づくのは危険。
──道には罠がしかけられている可能性がある。
木簡にはそんなことが書かれていた。
罠についても、具体的に書かれている。
草の間に隠された、侵入者を捕らえる括り罠。
音で、盗賊団に侵入者の存在を知らせる罠。いわゆる鳴子。
道を避けて進もうとする者を狙う、落とし穴。
……こういうものが、『孤山』では使われている可能性が高いそうだ。
さらに木簡には、見張りの兵士が隠れそうな場所や、対応策まで記されている。
「碧寧さんは、ここまで細かい予測を立てられたのですか……」
「すごいのです……」
俺と冬里は目を見開いて、木簡を見つめていた。
本当にすごいな。碧寧さんは。
そういえば碧寧さんは、森の攻略方法についても意見を述べていたっけ。
俺も作戦立案に参加したけれど、わずかな助言をしただけだ。
碧寧さんの作戦は、雷光師匠と秋先生を納得させるほどのものだったんだ。
「碧寧さんにこれほど、軍師としての才能があったなんて知りませんでした」
「…………い、いえ……」
「このことは燎原君にお伝えします。雷光師匠や秋先生も同じ気持ちだと思います。これほどの才能をお持ちの方が身近にいたなんて……」
「……申し訳ありませんが、このことは内密にお願いします」
「……え? どうしてですか?」
「情報のでどころは私ではないからです」
碧寧さんは気まずそうに、視線を逸らした。
脩さんを含めた六人部隊の人も同じだ。みんなあさっての方向を見てる。
「情報をくれた者が言ったのです。自分の存在は隠してください、と」
碧寧さんはうなずいた。
「『危険予測をした者が自分だとわかったら、せっかくの情報が軽んじられてしまうでしょう』と」
「碧寧さんの近くに、軍師の才能をお持ちの方がいるということですか?」
「…………はい」
「どなたなのでしょうか?」
「申し訳ありません。内密にと言われておりますので……」
「そうですか」
碧寧さんの側に軍師がいる。
それは、表に出たくない人物でもある。
その人は『自分が作戦を立てたら、皆が軽んじる』と考えている。
たぶん、それは無位無冠の人物で、無名で、若い人物だ。
……碧寧さんの近くにいる、若い人物か。
そういえば……碧寧さんには姪がいるんだっけ。
彼女は盗賊団に自分の両親を殺されている。
その彼女が盗賊討伐の話を聞いたなら、復讐のために参加したがると思う。
その人が賢い人で、戦う力がない人なら……作戦立案や情報分析で。
碧寧さんが教えてくれた情報は完璧だった。
ここまで細かい予測が立てられる人物なんか滅多にいない。
俺も冬里も、兵士さんたちも感動するほどだった。
つまり、この情報をもたらした人物には、軍師の才能があるということになる。
…………もしかして、碧寧さんの姪って……。
「碧寧さんにうかがいます」
俺は碧寧さんに向かって、拱手した。
それから、声をひそめて、
「よろしければ、姪御さんのお名前をうかがってもよろしいですか?」
「…………天芳どの」
「この戦いは、碧寧さんの妹さんたちの弔い合戦でもあります。遺族の方に捧げる戦いでもあるのです。姪御さんのお名前をうかがうのは当然のことかと」
「天芳どの……」
「はい。碧寧さん」
「あなたは、あの木簡を書いたのが誰なのか、気づいていらっしゃるのですか……?」
「ぼくは姪御さんのお名前をうかがっているだけですよ」
「……承知しました」
碧寧さんは拱手を返して、それから、
「我が姪の名前は、千虹と申します」
「馮の兄貴の一人娘ですぜ」
脩さんが、碧寧さんの言葉を引き継いだ。
「黄部隊長の言う通りですぜ。この戦いは、馮の兄貴の弔い合戦でもあるんです。千のお嬢が関わりたがるのは当然でさぁ!」
「余計なことを言うな。脩よ」
「お嬢は天才です。お嬢の知識量と、勉強への熱意は本物です。我らも何度も助けられてきたでしょうが! それに!」
脩さんは俺の方を見て、
「他の人ならいざ知らず、黄部隊長にお嬢のことを隠す必要があるんですかい?」
「……それは」
「碧兄も、黄部隊長が他人を年齢や見た目で判断するお人じゃないのはわかってるでしょうが」
「……ううむ」
「黄部隊長に申し上げますぜ」
脩さんが俺に向き直る。
「その木簡を書いたのは馮千虹。碧兄の妹君と、旅商人だった馮どののひとり娘です。16歳で、見た目は幼いですが……あらゆる知識を学び、それを実践しておりやす。お嬢の知識と知恵は確かです。どうか、お嬢の見立てを信じてくだせえ!」
「わかりました。信じます」
俺は即答した。
「この木簡の情報が正しいという前提で作戦を進めましょう」
「「「…………」」」
あれ? 碧寧さんや脩さんたちの目が点になってる。
冬里は納得したみたいにうなずいてる。
彼女は導引の天才だからな。天才には天才がわかるんだろうな。
でも、俺は天才じゃない。
碧寧さんの姪御さんを信じると決めたのは、ゲームの知識によるものだ。
ゲーム『剣主大乱史伝』では、馮千虹の名は大陸中にとどろいている。
主人公、介鷹月の側近にして、18歳の天才軍師。
帷幕から出ることなく、戦場のすべてを見抜く者。
壬境族のトウゲン=シメイと並ぶ、『剣主大乱史伝』の大軍師のひとり。
それが軍師、馮千虹だ。
……そっか。碧寧さんの姪御さんが、馮千虹だったのか。
それでゲームの馮千虹が英雄軍団に入った理由がわかった。
両親が、兆家と関わりのある盗賊団に殺されてるんだもんな……。
その兆家は太子狼炎の外戚だ。
馮千虹がそれを知ったら……間違いなく怒るよな。
ゲームの碧寧さんが東郭を陥落させたときも、馮千虹が手を貸していたんだろうな。
彼女にとって碧寧さんは叔父で、育ての親だ。
碧寧さんの戦いに協力するのは当然だろう。
でも、ゲームに登場する馮千虹は18歳だった。
今はその10年前だから、8歳のはず。
碧寧さんの姪御さんが16歳だとすると、年齢が合わないんだけど……。
脩さんは『見た目は幼い』と言っていたけど、それが関係してるんだろうか?
……まあ、今は気にしなくてもいいか。
馮千虹がくれた情報は参考になる。それがわかっただけで十分だ。
「この木簡を参考に作戦を立てましょう。皆さんの意見を聞かせてください」
「承知しました!」
「「「黄部隊長に従います」」」
兵士さんたちは一斉に拱手した。
「私が間違っておりました。黄天芳どのには、姪のことをすべてお伝えするべきでした。黄天芳どのなら、姪の理解者になってくださったでしょうに」
「それは仕方のないことです」
俺は言った。
「それより、盗賊退治が終わったら姪御さんに会わせてくれませんか? お話をうかがいたいのです」
「承知したしました!」
「そのときは冬里も立ち合ってくれるかな?」
「冬里もですか?」
「たぶん、ふたりは話が合うと思うんだ」
天才ってのは孤独なものだからな。
導引の天才の冬里さんと、天才軍師 (予定)の馮千虹なら、友だちになれると思う。
それに、天才同士が話をすれば、なにかの発見があるかもしれない。
冬里はその身に『四凶の技・窮奇』を受けている。
馮千虹はゲーム『剣主大乱史伝』最強の軍師で、知恵と知識が豊富だ。
冬里の経験と、馮千虹の知恵を合わせれば、『四凶の技』への対策がわかるかもしれない。
今じゃなくても、いつかは。
「碧寧さんの姪御さんが知恵者なら……ぼくのお仕事を手伝ってもらえるかもしれません。だから、一緒に仕事をしている冬里さんとも、顔合わせをしておきたいというのもあります」
「わかりました。芳さま」
冬里さんは、ぐっ、と拳を握りしめた。
「芳さまのお役に立てるなら、冬里はなんでもいたします!」
「よろしくお願いします。冬里」
「…………黄天芳どののもとなら、姪も才能を発揮できるかもしれませんな」
ふと、碧寧さんは言った。
「自分は、あなたような方と出会えた幸運に思います」
「ありがとうございます。それじゃ、作戦を立てましょう」
それから、俺は碧寧さんと一緒に、今後の打ち合わせをした。
さらに冬里や兵士さんたちとも話をして──
──俺たちは、山の盗賊退治を開始したのだった。
今週は1話だけの更新になります。
次回、第155話は、次の週末の更新を予定しています。