第153話「雷光と玄秋翼、盗賊退治に向かう(3)」
「ふざけるな! 指導者さまはお前など相手にしない!!」
飛び出してきたのは、若い男性だった。
年齢は20代前半。手には剣を持っている。
着ているのは黒い服。天芳が戦った不審者が着ていたのと同じものだ。
盗賊団は脱出の準備をしていたのだろう。黒服を着ているということは、夜を待ち、闇にまぎれて逃げるつもりだったのかもしれない。
だが、すでに森は兵士たちに囲まれている。
兵士たちは大声をあげて、盗賊たちを威嚇している。
盗賊たちはおびえはじめている。
闇雲に逃げ出すもの。頭を抱えてうずくまる者。黒ずくめに助けを求める者。様々だ。
「朱旱の旦那! これからどうすれば……」
「黙れ」
朱旱と呼ばれた男性が、剣を振った。
盗賊が胸を斬られて、倒れる。
「使えない奴め。武術を修得できない連中が、口を開くな!」
「……私は魃怪どのを呼んだのだが」
雷光は、朱旱に向かって問いかける。
「卑怯者に用はない。魃怪どのを出してもらえないか?」
「卑怯者だと!? 自分は師匠の弟子で、序列四位の──」
「魃怪どのは森の奥かな?」
「──な!?」
「仰雲師匠の話では、森の中央に家と修行場があったはずだ。魃怪どのはそこにいるのだろう」
雷光は歩き出す。
「魃怪どのは弟子を育てそこなったようだ。そのあたりの話もしなければなるまい」
「弟子を育てそこなっただと!?」
朱旱が剣を手に、走り出す。
「ならば見せてやる! 『裏五神』──『堕竜生転』!!」
「魃怪どのにはこんな弟子しかいないのか」
りんっ、と、剣を合わせる音がした。
「────がっ!?」
直後、朱旱が腕を押さえて、うずくまる。
雷光は瞬時に朱旱の腕を斬り、剣を使えなくしたのだ。
「う、嘘だ。四番弟子の自分が──」
「弱者に剣を向ける卑怯者よ。貴公の技には、一切の価値がない」
雷光は冷ややかな目で、朱旱を見ていた。
「貴公の剣からは、剣を交わす相手への敬意も、自分が死ぬかもしれないという怯えさえも感じられなかった。あるのは傲慢さだけだ。『五神剣術』は、そんな人間に力を与えはしない」
「……お、お前たち、なにをしている!?」
朱旱はまわりにいる盗賊たちに向かって、叫んだ。
「全員で取り囲め! いくら相手が強くても、命を捨ててかかれば──」
「いい加減にしろ!! 外道!!」
怒声が、森に響き渡った。
内力をこめたその声に、朱旱と、盗賊たちが動きを止める。
「部下を使い捨てにするとは……貴公には義侠心のかけらもないのか!? 武器は人を傷つけるものだ。それを操る者は義侠の心と、慈悲の心を忘れてはならない。そんなことも貴公は教わっていないのか!?」
「…………う」
「ならば、魃怪どのに指導者たる資格はない!!」
雷光は朱旱たちを見据えて、告げる。
「貴様を見ていると、私がいかに幸せな師匠かわかる。私の弟子は決して道を踏み外すことがないと、自信を持って言えるのだからな」
「……なにが義侠の心だ」
朱旱は吐き捨てた。
「貴様は同門殺しの雲の身内だろうが!! 我が師匠が不自由な身体になったのも、同門殺しの雲のせいだ! その身内が偉そうに!!」
「仰雲師匠は魃怪どのを傷つけたことをずっと悔やんでいた。だから師匠は武術を捨て、医術を学んだのだ。いつか魃怪どのに再会したときに、彼女の身体を癒やせるように」
「そんなものは偽善だ!」
「そうかもしれぬ。だが、仰雲師匠は武術を捨てた後、医術で数多くの人の命を救った。仰雲師匠から医術を学んだ者も同じだ。その仰雲師匠をなじる貴公は、これまでなにをしてきたのだ?」
雷光は問いかける。
朱旱は答えない。
「貴公らは魃怪どのから学んだ武術で、なにをしたのかと聞いているのだが?」
「師匠は……そうせざるを得なかったのだ!!」
「……なに?」
「我が師は、身体の自由を取り戻すための技をずっと探してきた。その情報を集めるために、時間をかけて弟子を育てられた。そして……ついに見つけられたのだ!!」
朱旱は声高く宣言する。
「我が師は身体の自由を取り戻した! そして、それを伝授された者たちが、今まさに最後の修練を行っている!! いずれお前たちは皆殺しだ!! 我が師は──我が師は──」
「口数が多いですよ。朱旱」
声がした。
直後、森の奥から、人影が跳んでくる。
反射的に雷光は後ろに跳ぶ。
だが、人影が狙ったのは雷光ではなかった。
影は朱旱に近づき、その胸を突いた。
「────が、ががっ!?」
朱旱が悲鳴を上げ、吹き飛ぶ。
樹にたたきつけられたその顔からは、血の気が失せている。
まるで、すべての力を奪われたかのように。
「仰雲の弟子がわたくしを追い詰めに来るとはね。縁は切れないものです。これが、天命というものでしょうか」
「……あなたが……魃怪どのか?」
「そうですが、なにか?」
「あなたは仰雲師匠によって手足を砕かれたはず。なぜ──」
立って歩いているのは、わかる。
杖をつけば、それくらいはできるだろう。
だが、魃怪は森の奥から跳んできた。
技は『五神歩法』の『潜竜王仰天』──その亜流だ。
彼女はその勢いのまま『白虎』の技で朱旱を吹き飛ばしたのだ。
それだけではない。朱旱の身体からは血の気が失せている。
おそらく、魃怪が彼を攻撃したとき、なにかの技を使ったのだろう。
その正体は──
「──『気』を食らったのでしょう」
答えたのは玄秋翼だった。
彼女は木々の間から姿を現し、雷光の隣に立つ。
「似た技を、戊紅族の集落で見たことがあります。他者に『毒の気』を与えて、暴走させる技でした。魃怪の技はそれに似ています」
「翼妹? どうして出てきたのだ?」
「すでにバレていましたよ。奴は私の方を見ていましたから」
玄秋翼は肩をすくめた。
「それに、姉弟子をひとりで戦わせるわけにはいきません」
「面倒をかけて申し訳ない」
「それよりも注意してください。魃怪は『四凶の技』の使い手かもしれません」
「……『四凶の技』だと?」
「『気』の専門家としての見立てです」
玄秋翼はうなずいた。
「『気』を食らう魃怪と、『毒の気』を与えていた介州雀……ふたりの技には似たところがあります。そして、身体が不自由なはずの魃怪が自由に動いていることから考えて、奇妙な術理が働いているのは間違いないかと」
「それが『四凶の技』か」
「はい。魃怪を逃がしてはなりません」
魃怪は『金翅幇』と関わりがある。
それが、雷光と玄秋翼の推測だった。
『四凶の技』の使い手である介州雀は『藍河国は滅ぶ』という教義を掲げる組織に所属していた。
魃怪が使っているのが同種の技なら、彼女も同じ組織と繋がっているおそれがある。
それだけではない。
『裏五神』が『金翅幇』に藍河国の情報を流していたこともあり得る。
それは雷光と玄秋翼にとって、放置できない事態だった。
「翼妹は魃怪を観察してくれ。あいつがどんな技を使っているのか、情報が欲しい」
「わかりました。ですが、いざというときは手を出しますよ」
「頼りにしてるよ。翼妹」
「参りましょう。姉弟子」
雷光と玄秋翼は剣を構える。
ふたりの姿を見ながら、魃怪はからからと笑う。
「雷光……仰雲の弟子。今は藍河国の王弟の客人だと聞いている。もうひとりは知らぬが、おそらくは仰雲の関係者であろう。わたくしを殺そうとした、あの忌まわしき仰雲の……」
「先に仰雲師匠を襲ったのはあなただろう。魃怪!!」
雷光は反論する。
「あなたは導引に集中していた仰雲師匠を襲い、反撃を受けた。違うか!?」
「仰雲は……わたくしを見てくれなかった」
淡々と、魃怪は答える。
「あの人は、いつも遠くを見ていた。『五神剣術』『五神歩法』を究めながら、たいしたことではないようにふるまっていた。あの人に追いつけないわたくしの気持ちを、わかってくれなかった。あの人がいる限りわたくしの敗北感は消えない。あの人が死んでも、敗北感は消えない。だが……もういい」
血走った目が、雷光と玄秋翼を見た。
「わたくしは仰雲の弟子を殺せればそれでいい。わたくしの意思は『四凶』を完全なかたちで修得する弟子が引き継いでくれる。わたくしが傷を受けたあの地で、今ごろ、完全な伝承を行っているはず……」
「────なんだと!?」
「今、なんと言った!?」
──『四凶』を完全なかたちで修得する弟子。
──今ごろ、完全な伝承を行っている。
──魃怪が傷を受けたあの地。
それは『四凶の技』を完全に引き継いだ弟子が存在することを意味する。
その者は、魃怪が仰雲に返り討ちにあった場所にいる。
山の上にある、滝の側に。
そこには天芳と冬理が向かっているはずだ。
「邪魔はできぬよ。あの地は、無数の罠に守られているのだからな」
魃怪は両手に剣を握り、笑う。
肌は異様な『気』の影響か、赤銅色に染まっている。
不自由だったはずの両脚で地面を蹴り、魃怪は飛び上がる。
「さあ、殺し合おうではないか! 仰雲の弟子たちよ!!」
そして、戦闘が始まった。
次回、第154話は、来週末の更新を予定しています。
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天芳と小凰が、奏真国に着いたあとのお話です。
久しぶりに故郷に帰った小凰は、落ち着くために導引をしたいと、天芳にお願いするのですが……。
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