第152話「雷光と玄秋翼、盗賊退治に向かう(2)」
──数分後──
「見張りたちの証言によれば、魃怪はこの森にいるようだ」
「本命はこちらでしたか」
雷光と玄秋翼は森の中を走っていた。
見張り役の男たちは、素直に自供した。
だが、彼らは下っ端だ。組織のすべてを知っているわけではない。
有用そうな情報は4つだけ。
──盗賊団には『首領』と呼ばれる男性と、『指導者』と呼ばれる女性がいる。
──指導者は、雷光が知る魃怪と特徴が一致している。
──武術を使えるのは、首領と指導者を含めて7名。
──その他の十数名は、ただの盗賊。
それが、見張りたちから得られた情報だった。
雷光と玄秋翼にとっては、十分だ。
雷光たちは東郭から数十名の兵士を連れてきている。
彼らは森を囲むように配置されている。
雷光たちが見張りを無力化したのは、兵士たちの動きをさとられないようにするためだ。
だから雷光は『五神歩法』を使い、樹の上にいた見張りを無力化した。
地上に配置されていた見張りは玄秋翼が点穴で動きを封じた。
それが功を奏したのだろう。今のところ、敵に動きはない。
そして、すでに兵士たちは森を包囲している。
兵士たちにとって今回の作戦は『太子狼炎にいいところを見せる機会』だ。
士気は高い。兵士たちは順調に包囲網を作り上げている。
兵士の指揮は、防衛隊長の李灰が担当している。
雷光と玄秋翼の役目は、武術家たちの相手をすることだ。
「作戦を考えたのは天芳と……碧寧という武官だったね」
森を走りながら、雷光がつぶやく。
「私が『五神歩法』で敵を撹乱し、武術使い引きつける。その後で兵士たちが盗賊を倒すのだったね」
「はい。私は姉弟子の背中を守るのが役目です」
「それにしても……東郭の町にも人物はいるものだね」
碧寧は天芳が信頼する武官だ。
弟子が信じる人物の提案なら信じられる。それが雷光の判断だった。
だから──
「『五神歩法』──『潜竜王仰天』」
雷光は『五神歩法』の跳躍技で、空中から敵に襲いかかる。
空中からの攻撃を受け、盗賊たちは倒れ伏す。
盗賊たちが雷光の存在に気づく。だが、遅い。
『五神歩法』の行動範囲は恐ろしく広い。
盗賊たちが弓を構えたとき、すでに雷光は彼らのふところに入り込んでいる。
「な、なんだこいつ!」
「首領と似た技を……いや、首領よりも速い!?」
盗賊たちの言葉に、雷光は不敵な笑みを浮かべる。
「まだ本調子じゃないんだけどね。それじゃ『朱雀大炎舞』」
朱雀をかたどった回転切りが、盗賊たちを叩き伏せる。
直後、甲高い笛の音が鳴り響いた。
敵の本隊が侵入者に気づいたらしい。
こうなることは予想済みだ。
雷光たちの目的は、武術家たちを引きずり出すことなのだから。
「それじゃ、本命が出てくるまで盗賊たちの相手をしようか」
雷光は再び走り出す。
直後、彼女がいた場所に矢が突き立つ。弓兵だ。
構わず雷光は盗賊を狩りに向かう。
気配を殺せない弓兵など二流だ。矢を避けるのは難しくない。
その間に、玄秋翼が弓兵を処理してくれるだろう。
「──な、なんだお前は!? がっ。か、身体が……」
どさり、と音がした。
木々の向こうで弓兵が倒れ、玄秋翼がうなずくのが見えた。
──雷光が敵陣を駆け回り、注意を引く。
──雷光を狙う敵は、玄秋翼が倒す。
それを続けていれば、いずれ『裏五神』の武術家が出てくるはずだ。
「翼妹には迷惑をかけっぱなしだ。これではどちらが姉弟子かわからないな!」
雷光は次々に盗賊を斬り伏せていく。
致命傷は与えていない。
彼らからは東郭の不正についての証言を得る必要がある。
その情報は、太子狼炎の役に立つはずだ。
「殺さないよ。君たちには、組織の親玉を呼び寄せてもらわなければいけないからね」
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」」」
倒された盗賊たちは、助けを求めてさけんでいる。
その声を『裏五神』の首領や武術家たちは、無視できない。
『裏五神』が盗賊たちを従えているのは、彼らが強いからだ。
盗賊たちを見捨てることは、自分たちの強さを否定することにもつながる。
それだけではない。盗賊たちが東郭に連行されたら、『裏五神』が部下を見捨てたという事実は、国中に広まる。『裏五神』の名は地に落ちるだろう。
そうなれば、彼らに従う者たちはいなくなるのだ。
それを避けるためにも『裏五神』は、雷光に立ち向かう必要があるのだった。
「『強さ』だけで人と繋がっている者の弱点だね。義や信頼で繋がっている者たちなら、こうはいかないのだけど」
例えば、天芳が強敵に襲われたらどうなるだろう? 仲間が誰かに狙われていて、巻き添えになった天芳が、強敵と戦うことになったら?
そのときは──
「天芳は助けを呼ばずに、自分で敵を食い止めようとするだろう。そんな彼を、みんなでよってたかって逃がそうとするだろうね」
小凰なら言うだろう。『来るな。ここは僕に任せて逃げろ』と。
雷光もそうだ。自分が犠牲になっても天芳を救おうとする。
その結果、力を合わせて戦うことになるのだろう。
「それが義と信頼で繋がっている者の強さだ。強さだけで繋がっている者は、そのような者には敵わない。だけど盗賊たちに、それはわからないだろうね」
そんなことを考えながら、雷光は立ち止まる。
「さて……そろそろいいかな」
かすかな足音が聞こえる。
『五神歩法』の使い手が近づいてきているのだ。
ようやく本命が来たことを確認して、雷光は深呼吸する。
そして、声に内力をこめて、叫ぶ。
「仰雲師匠の一番弟子である雷光が参上した! 仰雲師匠と同門である魃怪どのはおられるだろうか!? おられるなら、姿を見せていただきたい!!」
雷光は続ける。
「我が師と魃怪どのの事情は聞いている! 師匠になりかわり、この雷光が魃怪どのと話がしたい!! 武術家としての誇りがあるなら、姿をお見せください、魃怪どの!!」
森の木々を震わせるように、雷光は声をあげたのだった。
次回、第153話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
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