第151話「雷光と玄秋翼、盗賊退治に向かう(1)」
──東郭の南西にある森で──
「敵なんか本当に来るのかね」
木の上で盗賊団の見張りがため息をついた。
東郭に入り込んだ者たちが発見されたことは聞いている。
彼らが兵士と戦い、なんとか逃走に成功したことも。
だが、それは下っ端には関係のないことだ。
武術を学んでいるのは、盗賊団のうち十数人だけ。
その他は食い詰め者たちの集まりだ。彼らは見張り役や、兵士や商人を襲うときの頭数でしかない。得られる利益も少ない。
それでも盗賊団に所属しているのは、組織を抜けると殺されるからだ。
武術の達人である首領と、その指導者は容赦がない。
特に指導者は危険だ。
彼女はすべてを憎んでいる。
幸せそうな者たちを。この国を。もしかしたら配下たちも。
だから、盗賊団を抜け出すのは難しい。
見張り役の男性が、真面目に仕事をしているのはそのためだ。
「洞窟も引き払ったらしいが、これからどうするのかねぇ」
見張りの男性はため息をついた。
「東郭との繋がりは切れたんだろう? 首領たちは、これからどうやって情報を得るつもりなのかね」
「罪を認めて出頭した方がいいのではないか?」
「冗談だろ? 処刑されるのがわかってるのに、そんなことするかよ」
「すべての情報を吐き出せば温情をかけることもできるのだが」
「もっとありえねぇ。指導者さまに八つ裂きにされるだけで……」
不意に、見張りの男性は目を見開いた。
ここは樹の上に作られた見張り台だ。近くには誰もいないはず。
だったら、自分は誰と話しているのだろうか……?
「だ、誰だ!?」
「ここでは落ち着かない。地上で話すとしよう」
「な、なんだと!?」
見張りの身体が、ふわり、と浮き上がる。
自分が襟首をつかまれていることに気づいたのは、樹から離れた後だ。
物音ひとつさせずに、見張りの男性は地上へと舞い降りる。
彼の後ろには髪の長い女性がいる。彼の腕を後ろに回し、動けないように拘束している。
彼女はその状態で、見張りの男性と一緒に宙を飛んだのだ。
それだけで達人だとわかる。
生殺与奪を握られた恐怖に、見張りの男性の身体が震え出す。
「て、てめぇ! おれたちのナワバリに入って、無事で済むと思うか!?」
「いいね。そんなふうに情報を聞かせてくれ」
「なめんじゃねぇ! 見張りは他にもいるんだ。この声を聞いたらすぐに集まってきて──」
「地上にいた見張り役は無力化しましたよ。姉弟子」
声がした。
木々の向こうから髪の短い女性が歩いて来る。
彼女の後ろにいるのは、藍河国の兵士たちだ。
兵士たちは数名の男たちを引きずっている。すべて、盗賊団の者たちだ。
樹の上にいた男性と同じように、彼らは森の中で見張りを担当していた。
その見張りたちは、全員、真っ青な顔をしていた。
彼らは無抵抗なまま、藍河国の兵士たちに運ばれている。縄をかけられているわけでもないのに、手足はまったく動いていない。兵士たちが手を放すと、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
まるで、身体の機能が停止させられてしまったかのようだった。
武術の心得がない見張りたちには、それが『点穴』の効果だとはわからない。
怪しい術をかけられたと思い込み、震えるだけだ。
「やりすぎじゃないのかい? 翼妹。彼らはずいぶんと怯えているようだが」
「姉弟子だって同じでしょう? そこにいる男性はガタガタと震えていますよ?」
「怪我はさせていない。一緒に樹の上から飛び降りただけだ」
「樹上から突然引きずり下ろされれば、誰でも度肝を抜かれますよ」
「翼妹こそ、盗賊団に強烈な点穴を施したんだろう? 解けるのかい?」
「さあ、どうでしょう」
「尋問するにはちょうどいいのだけれど」
「話さなかったら、姉弟子が彼らを木の上に連れていってください」
「手足がしびれた状態でかい?」
「その状態なら口も軽くなるでしょう」
「なるほど。試してみる価値はありそうだ」
穏やかな口調だった。
茶屋でのんびりしているような雰囲気で、捕虜をどう処理するのかを話している。
ふたりの言葉を耳にした捕虜の顔から血の気が失せていく。
目の前には達人の武術家がふたり。彼女たちの後ろには兵士たち。
盗賊団の見張りたちは、どうがんばっても逃げることはできない。
仮に逃げられたとしても、どこに行けばいいのだろう?
首領や指導者に助けを求めるのは無理だ。
見張りの役目を果たせなかった下っ端を、上の連中は許さない。待っているのは制裁だ。てっとり早く処刑されるかもしれない。
かといって、町に逃げ込むこともできない。
彼らはこれまで多くの商隊を襲ってきた。顔も知られている。
町に逃げ込んでも、処刑されるのがオチだろう。
「すべての情報を吐くなら、温情をかけてあげよう」
髪の長い女性は、さっきと同じ言葉を口にした。
「まずは聞かせて欲しい。君たちの仲間に、魃怪という女性はいるかな? 年齢は50前後で、髪は白髪。両脚が不自由なはずだ」
「……そ、それは」
「彼女は私の師匠の知り合いなのだ。私は、師匠の同門の人と話をつけにきただけだよ。だから、彼女の情報を話したとしても、君たちが盗賊団へを裏切ったことにはならない」
優しい表情のまま、髪の長い女性は言った。
だからこそ、おそろしい。
怒りを露わにすることなく、彼女が盗賊たちを殺せることがわかるからだ。
まるで猛獣を前にしているような気分だった。
盗賊たちは、自分が目の前の女性には敵わないことがわかってしまった。
彼女に従わなければ生き残れないと、心が理解してしまうのだ。
「……は、話す。だから……温情を」
「わかった。命は助けよう」
髪の長い女性は笑顔で、そんなことを言った。
「恩に着るよ。ここでの戦いが早く終われば、弟子の支援に行けるからね。まずはこの森の情報を教えてくれ。知っているなら、山の施設の情報も。弟子たちが行った場所になにがあるのか知っておきたいからね」
「姉弟子。優先順位を忘れないでください」
「わかっているよ。あの地のことは、彼らに任せるつもりでいる。だけど、心配なんだ。魃怪があちらにいたらと思ったらね。ん……? どうしたのかい、見張りの人。え? あの地のことは、自分たちも知らない。というか、山の上に施設があることなんか知らされていない……か。その調子だ。知っていることをすべて話してくれたまえ。きちんと聞いてあげるからね」
そして武術家の女性──雷光は見張りへの尋問を続けるのだった。
次回、第152話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
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