第150話「黄天芳と雷光と玄秋翼、作戦を立てる」
まさか俺が、調査の中心人物になるとは思わなかった。
確かに不審者と戦ったのは俺だけど。
その後で洞窟を見つけて、太子狼炎の前で推測を口にしちゃったんだけど。
でも……いいのか?
碧寧さんや脩さんたち六人部隊を率いるのとは違う。
俺に東郭の兵士たちを率いることができるのか……?
いや、そのために太子狼炎は佩玉をくれたんだろうけど。
太子狼炎の威を借りて、不審者たちの本拠地を見つけろ、ってことなんだろう。
とにかく、やってみるしかない。
太子狼炎の顔を潰さないように、しっかりと計画を立てて進めよう。
あと、佩玉は早めに返したい。
俺と太子狼炎が近づきすぎるのは危険な気がする。
俺たちがゲーム『剣主大乱史伝』のような関係にならないとも限らないし。
早めに仕事を片付けて、佩玉を返上しよう。
そんなことを考えながら、俺は雷光師匠のもとに向かったのだった。
「──と、いうわけです。俺が中心となって『裏五神』の調査をすることになりました」
ここは東郭にある屋敷のひとつだ。
その一室で、俺は雷光師匠や秋先生と対面していた。
俺の隣には冬里がいる。
彼女も秋先生と会いたいだろうから、同席してもらったんだ。
「そのために雷光師匠と秋先生に協力をお願いしたいのです。どうか、お力を貸してください」
「いやいや、その言い方はおかしいからね。天芳」
雷光師匠は苦笑いしながら手を振った。
「私たちは『裏五神』の調査のために来たんだよ? そして、太子殿下は君を調査の中心人物にしたのだろう? だったら、私たちは君の部下ということになるんじゃないかな?」
「俺がどんな立場だろうと、師匠は師匠です」
「いや、そうだけどね」
「それに……人は権力を持つと変わるものです」
俺は師匠をじっと見つめながら、
「ぼくがうっかり『自分は偉い』と思って師匠をないがしろにしてしまうことだってあり得ます。そうならないように、師匠には、ぼくを見張っていて欲しいんです。ぼくが増長して、道を誤ったりしないように」
「天芳が増長するなんてありえないと思うんだけど!?」
「でも、万が一ということもありますから」
「そんな真剣な表情で言うことかな!?」
「というわけで、協力をお願いします。雷光師匠!」
「わかったから、その必死な目をやめてよ。気負いすぎだよ。もっとやわらかくていいんだよ……?」
「つまり私と姉弟子は、君の相談役になればいいんだね?」
口を開いたのは秋先生だった。
「私と姉弟子は燎原君の許可を得てここに来ている。燎原君は藍河国の宰相だから、対等の立場で狼炎殿下をお助けすることができる。それと同じように、私たちは天芳と対等の立場の相談役や助言者になればいい。天芳は、そう言いたいのだろう?」
「はい。だいたいそんな感じです」
「なるほどね。天芳の気持ちはわかるよ」
秋先生は納得したように、うなずいた。
「君は次々に立場が変わっている。東郭の防衛副隊長に任命されたと思ったら、今度は『裏五神』調査の責任者だ。しかも太子殿下から佩玉を預けられている。その上で、私と姉弟子を部下にするとなれば、混乱するのも当然だ。だから私たちには、対等の相談役でいてほしいのだろう?」
「ああ……そういうことか」
雷光師匠はため息をついた。
「うん。わかった。私と翼妹は相談役として、天芳を支えようじゃないか」
「ありがとうございます。雷光師匠。秋先生」
ふたりが相談役になってくれるなら安心だ。
俺──黄天芳は権力を持たない方がいいからな。
太子狼炎の代理である黄天芳と、燎原君の代理である雷光師匠と秋先生が協力して事態を収拾する……というかたちにしておきたいんだ。
そうすれば俺の存在は目立たなくなるだろう。
「それでは、改めて雷光師匠と秋先生にうかがいます」
俺は姿勢を正して、ふたりと向かい合う。
それから俺は、東郭の南にある洞窟で、『裏五神』の遺留品を見つけたことを伝えた。
洞窟から南西の方向に、馬の足跡が続いていたことを。
そして──
「不審者には、仰雲師匠と同門の武術家が関わっていると思われます。その人が──」
「魃怪だよ」
雷光師匠は言った。
「仰雲師匠の同門の女性は、魃怪と言うんだ」
「わかりました」
俺は師匠に拱手してから、
「仮に、魃怪さんが不審者の首領なら、その拠点に、仰雲師匠と魃怪さんの修行場を利用している可能性があります。そんな場所に心当たりはありませんか?」
「……そうだね」
雷光師匠は少し考えてから、
「東郭の南西なら……2箇所、心当たりがあるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。1箇所は仰雲師匠と魃怪が長く修行場に使っていたところ。もう1箇所は、仰雲師匠が魃怪を返り討ちにした場所だ」
雷光師匠の修業時代に、仰雲師匠がその場所について語ったことがあったそうだ。
一度目は、楽しそうな思い出とともに。
二度目は、痛々しい後悔とともに。
仰雲師匠と魃怪の修行場は、とある森の中にある小屋。
その場所で、ふたりは亡き師匠の教えを守り、修行を続けていたそうだ。
仰雲師匠が魃怪を返り討ちにしたのは、山の上にある滝の近く。
『気』を高めるための修業中、魃怪は突然、仰雲師匠に襲いかかった。
導引に集中していた仰雲師匠は、反射的に魃怪の攻撃を受け流し、反撃してしまった。
無意識に発動した……手加減なしの技を受けた魃怪は、岩壁に叩き付けられた。
手足はへし折れて、ひどい状態だったそうだ。
我に返った仰雲師匠は魃怪を助けようとした。けれど、彼女はそれを拒否した。
魃怪は傷ついた身体で滝壺に飛び込み、流木にしがみついたまま、仰雲師匠の前から姿を消した。
それ以降、仰雲師匠は魃怪に会っていない。
下流を探したけれど、見つからなかったそうだ。
魃怪を再起不能にしてしまった仰雲師匠は、武術を捨てることを決めた。
それでも雷光師匠を弟子にしたのは、『五神剣術』と『五神歩法』を後世に残すためだったそうだ。
その後、雷光師匠がすべての技を習得したあとに、仰雲師匠は武術を捨てた。
医術を学び、それらを修得したあとで、秋先生と出会った。
秋先生に医術を伝授した後で、仙人になるために山に入ったそうだ。
「敵の本拠地は、森の修行場だと思う」
説明を終えたあとで、雷光師匠は言った。
「あの地はふたりが修行に使っていた場所だ。魃怪が弟子を指導するのにはちょうどいい。それに、身体が不自由な魃怪が、山の施設を使うとは考えにくいからね」
「姉弟子の言う通りでしょう。ですが……万一ということもあります」
秋先生は言った。
「念には念を入れるべきです。山の施設にも兵を送るべきでしょう。敵が2箇所に分散していることもあり得ます。狼煙などで連絡を取っていた場合、我々が1箇所を攻撃している間に、他の者が逃げてしまうこともありえますよ」
「確かに。翼妹の言う通りだ」
「敵は東郭に入り込み、様々な情報を得ているはず。ここで逃がしては禍根を残すことになります。災いの根は、一気に断ちきるべきかと」
「…………うむ」
「お話はわかりました」
雷光師匠と秋先生の話が途切れたタイミングで、俺は言った。
「森の修行場と山の施設の両方を、同時に押さえる必要があるわけですね」
「そうだね。だが、本命は森の修行場だろう」
雷光師匠は真剣な表情で、うなずいた。
「そこに魃怪がいるのなら、私が決着をつけなければいけない」
「天芳。私は姉弟子に同行するよ。姉弟子はまだ本調子ではないからね。医師の私がついているべきだろう。それに……」
秋先生は口ごもった。
言いたいことはわかる。
雷光師匠にはまだ『武術家殺し』の毒の影響が残っている。
今の雷光師匠は『五神歩法』を完全なかたちで使うことはできない。
だから、雷光師匠を山に行かせるべきじゃない。
山中で戦うには『五神歩法』が必要になるからだ。
相手が並の武術家なら、今の雷光師匠でも簡単に倒せるだろう。
けれど、相手は『裏五神』──『五神剣術』の類似品の使い手だ。
そいつらと不利な場所で戦うのは避けた方がいい。
もちろん、雷光師匠と秋先生だけが向かうわけじゃない。
東郭の兵士たちも同行することになる。
それでも魃怪との戦いには雷光師匠の力が必要になる。
できるだけ有利な状況で戦うべきなんだ。
だから、雷光師匠と秋先生には森の修行場に行って欲しい。
となると──
「山の修行場には、ぼくが行きます」
「……天芳」
「心配しないでください。ぼくひとりで行くわけじゃないですから」
山は大人数で行くと動きが取れなくなる。
碧寧さんを含めた、少数精鋭で行くことになる。
そして、山中なら『五神歩法』を使える俺がいた方がいい。
本命の修行場には、雷光師匠と秋先生。
敵がいるかどうか不明な山の施設には、俺と六人部隊。
これが最適だと思うんだ。
「天芳を信じましょう。姉弟子」
「……翼妹」
「もちろん天芳には助手をつけます。いいね。冬里」
不意に、秋先生が冬里に視線を向けた。
俺の隣で、冬里がうなずく。
秋先生は続ける。
「私たち母娘は天芳に恩がある。天芳が私たちを見つけてくれて、天芳と凰花、星怜くんが秘伝の『天地一身導引』に参加してくれたから、冬里の身体は回復したんだ。だから──」
「大丈夫です。お母さま」
冬里は秋先生に、それから、俺に向かって一礼する。
「冬里の身体は完全に回復しました。十分に動けるようになった日から点穴の技──『操律指』の修練を欠かしたことはないです。冬里はこの身をもって、天芳さまをお守りします」
「よく言った。冬里」
「冬里の命は、天芳さまに頂いたようなものです。それに……仰雲さまに関わることなら、冬里たちの問題でもあります」
「そうだ。『裏五神』の問題は私たち……仰雲師匠の教えを受け継ぐ者たちが解決しなければいけない」
秋先生がうなずく。
雷光師匠が拳を握りしめ、
冬里が俺に視線を合わせて、目礼する。
雷光師匠と秋先生、俺と冬里、小凰と星怜は仰雲師匠の流派を受け継いでいる。
『獣身導引』『天地一身導引』『五神歩法』『五神剣術』──そして、秋先生が学んだ医術。
受け継いだものは違っても、俺たちは仰雲師匠の弟子で、孫弟子なんだ。
そして、魃怪と『裏五神』は仰雲師匠が残した『後悔』のようなものだ。
俺たちが全力で解決するのは当然のことなんだ。
それに……あいつらを捕らえれば、俺が東郭を焼く運命から遠ざかるはず。
それは破滅エンド回避にも繋がるはずだ。
「わかりました。ぼくは冬里さんと一緒に、山の施設に向かいます」
俺は雷光師匠、秋先生、そして冬里に向けて、拱手した。
「雷光師匠と秋先生は兵士たちと一緒に本命の……森の修行場をお願いします。力を合わせて『裏五神』を止めましょう」
そうして俺たちは作戦を開始したのだった。
次回、第151話は、次の週末の更新を予定しています。
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