第15話「星怜、新たな目標を見つける」
──星怜視点──
その後、星怜は改めて、黄家の家長である英深と話をすることになった。
「星怜よ。黄家の姓はいらぬか?」
英深は言った。
「お前がさらわれてしまったのは、黄家の不手際だ。二度と同じような事件を起こさぬためにも、お主に黄家の姓を与えておきたい。お前が黄星怜となり、わしがそのことを大々的に広めれば、誰もお前に手出しはできなくなるだろう」
「ありがとうございます。英深さま」
星怜は礼をした。
黄英深の気持ちはうれしい。
星怜が黄家の家名をもらって『黄星怜』になれば、彼女は正式に黄英深の娘となる。
それによって、星怜を傷つけた者は『飛熊将軍』黄英深を敵に回すと、周囲に示すことができるのだ。
「英深さまが、わたしを守ろうとしてくださるのは……うれしい、です」
「それもあるがな、実は……わしは昔から、娘が欲しかったのだよ」
英深は照れた顔で、頭を掻いた。
「かわいい娘に、『父さま』と呼ばれてみたかったのだ。だからこれは、わしのためでもあるのだよ」
「ありがとうございます」
黄家の人は、みんないい人だ。
そんな家に引き取られたことを、幸運に思う。
だから──
「では、家の中にいるときは……英深さまを『父さま』とお呼びすることを許していただけますか?」
「おお! 無論だ!」
「ありがとうございます。英深父さま」
「う、うむ!」
「ですが……わたしは、柳家の姓のままでいたいのです」
「両親のためか?」
英深は納得したように、うなずいた。
「気持ちはわかる。お前が正式にわしの子になったら、柳家は絶えてしまうからな」
「は、はい。それもあるのですが……」
星怜は口ごもる。
思わず、顔が熱くなる。
黄家の人たちは大好きだ。
その一員になるように言われて、星怜は反射的に、うなずきそうになった。
けれど──
(わたしが正式に黄家の子どもになってしまったら……天芳兄さんと結婚できなくなるのです)
黄家の姓をもらい、正式に『飛熊将軍』の娘になってしまったら、公的にも星怜は天芳の妹になる。
血は繋がっていなくても、実の妹と同じようにあつかわれる。
天芳の妻には、なれなくなる。
(も、もちろん、わたしが兄さんと結婚するなんて……無理なのです……)
星怜はまだ、黄家の人たちのために、なにもしていない。
むしろ、みんなの足を引っ張ってばかりだ。
引き取られたあと、誰にも心を開かなかったのもそうだし、柳阮にさらわれてしまったのもそうだ。
星怜は迷惑をかけてばかりで、なんの役にも立っていない。
それでも星怜の心は、天芳の『星怜は、誰にもやらない』という言葉に、射貫かれてしまった。
あの言葉は矢のように、星怜の心に刺さっている。
無理に引き抜いたら──心が病んでしまいそうなくらい、深く。
だから、可能性を残しておきたい。
今はまだ、天芳の妻になりたいなんて、言えないけれど。
(それに、天芳兄さんは、すごい人ですから……)
兄には、大きな志がある。
助けを呼びに行くときに聞いたのだ。兄の雄叫びを。
『我が名は黄天芳! 「飛熊将軍」黄英深の子にして、天下を動かす者だ! 俺の死に方は牛裂きか、国が乱れる中での惨死と決まっている!! こんなところで、この黄天芳が死ぬものか!!』
牛裂きに惨死──つまり、兄はそうなってもいいくらいの覚悟がある。
今は平和な藍河国だけれど、いざ国が乱れたら、命をかけて戦う──と。
(そんな兄さんのとなりにいるには、わたしはまだ、力不足なのです……)
強くなりたい。
大きな志を持つ兄を、支えられるくらい。
天芳が命の危機に陥ったときは、刃の前に身を投げ出して、彼を助ける──それくらいの覚悟とともに。
「英深父さまに申し上げます」
星怜は拱手して、
「柳家は常に、黄家と共にありました。おたがいに支え合い、手をたずさえて、ここまで来たんです。わたしは……柳星怜は柳家の者として、兄さん……いえ、黄家を支える者でありたいです」
「うむ。わかった。お前の意見を尊重しよう」
「ありがとうございます! 英深父さま!!」
「うむうむ。よいよい」
黄英深は星怜の言葉に、満足そうにうなずいた。
星怜は話を続ける。
──これから黄家の養女として、母さま──玉四の手伝いをしたいこと。
──礼儀作法を身に着けて、黄家の社交で役立ちたいこと。
それと──
──いざというときの内力を育てるために、天芳との導引を続けたいこと。
最後に星怜にとても大切なことを付け加えて、英深の許可を得た。
こうして星怜は、新たな道を進むことになったのだった。
次回、第16話は、今日の夕方くらいに更新する予定です。