第146話「天下の大悪人、不審者の拠点を見つける」
──天芳視点──
「本当にここが、不審者たちの拠点だったのか……」
セーブポイントの洞窟は実在した。
『剣主大乱史伝』でもわかりにくい場所にあったけれど、現実でも同じだ。
まわりに木々がしげっていて見つけにくい。
ここに洞窟があると知らなければ、見つけるのは難しいだろう。
洞窟の入り口には焚き火の残骸がある。
地面に残っているのは、馬の蹄の跡だ。
この洞窟は誰かの拠点になっていたらしい。
人が暮らしていた痕跡は他にもある。
たとえば、洞窟の側にある木の枝には、木片が吊り下げられている。
数は10以上。あちこちの樹の枝から、木片がぶらざがっている。
木片の表面には、なにかをぶつけたような跡がある。
これはたぶん、剣術の稽古に使われていたものだ。
俺と小凰も似たようなことをやっていたから、わかる。
俺たちの場合は、雷光師匠が投げた木片を切り払うものだったけれど。
地面には木の杭が打ち込まれている。
これは杭の上に立ってバランス感覚を鍛えるためのものだ。
たぶん、あの不審者は、ここで修行をしていたんだろう。
奴らが警備をかいくぐって忍び込めた理由は、なんとなくわかる。
洞窟には、いくつかの木簡が落ちていたからだ。
きっと奴らは慌てて撤収していったんだろう。
だから、何枚かの木簡を落としていったんだ。
木簡には文字が記されていた。
時間と、兵士の数を表すものだ。
他にも色々と書いてある。
『防壁の上』『南門を守る兵士の数』『交代時間』など。
……これは、東郭を守る兵士の数と、スケジュールを表しているんだろうか?
でも、他の町の名前が記されたものもある。
そちらにも町を守る兵士の数や、街道を巡回する兵士のスケジュールと、その経路について記されている。
「もしかして……東郭と、近くの町の兵士の情報が書いてあるのか……?」
嘘だろ?
兵士の情報なんて、外に漏らすものじゃないぞ。
だって、兵士がどこに配置されているかわかったら、その隙を突くことができるじゃないか。
兵士の数が少ない場所を選んで……防壁を登って、町に入り込むこともできてしまう。
街道の巡回スケジュールだってそうだ。
兵士がいつ、街道を移動しているのがわかれば……旅人や商隊を襲いやすくなる。
簡単だ。兵士が遠くにいるときに行動を開始すればいいんだから。
「どこから情報が漏れたんだ? まさか、誰かが情報を流してるのか……?」
だとすると……奴らはこの情報をもとに、東郭に忍び込んでいたわけで……。
碧寧さんの妹夫婦が襲われたのも……不審者たちに兵士の情報が流れていたから、ということになる。
「……ゲームで碧寧さんが英雄軍団についた理由って、これか?」
不審者たちは、碧寧さんの妹夫婦の仇だ。
奴らは兵士たちの情報を手に入れていた。
そんなものを渡せるのは、ある程度高い地位にいる人物だけだ。
具体的には、東郭の防衛隊長か……その上にいる者だろう。
その人が情報を横流ししていた理由はわからない。
だけど、そいつのせいで妹夫婦が殺されたのだとしたら……碧寧さんが怒るのは当然だ。
藍河国に絶望するだろうし、国を見限るのもわかる。
内通者と協力して、東郭を陥落させるくらいのことはするだろう。
ゲームの黄天芳が東郭の町を焼いたのも……このことが関連しているのかもしれない。
東郭の上層部が盗賊と繋がっていて、どうしようもなかった。悪事の根を断ち切るには町ごと焼き払うしかなかった……とか?
……誰だよ。不審者に兵士の情報なんか流したのは。
なに考えてるんだよ。
こんなことしたら、まわりが迷惑するのがわかるだろうが。
犯人が誰なのかはわからない。
というか、俺は東郭に赴任してきたばかりだからな……。
「碧寧さんや脩さんに聞くしかないか」
ふたりに、こんなろくでもない情報は伝えたくない。
でも、これは俺がしなきゃいけないことだ。
不審者が『五神歩法』『五神剣術』の類似品──『偽五神』の使い手なら、俺にも無関係じゃないからな。
そんなことを考えながら、俺は碧寧さんたちの到着を待つのだった。
「これではどういうことですか! 李灰どの!!」
碧寧さんは木簡を手に、防衛隊長の李灰さんに詰め寄った。
あの後、俺は碧寧さんたちを洞窟に案内した。
この場所で見つけたものと、木簡に書かれていたものについて、説明をした。
俺から木簡を受け取った碧寧さんは、真っ青な顔になった。
次の瞬間、彼は馬に乗って走り出した。
向かったのは李灰さんのところだ。
洞窟の警備は、脩さんたち六人隊にお願いした。
不審者が戻ってくるかもしれないし、現場を保存する必要もあったからだ。
碧寧さんにはすぐに追いついた。
俺が乗ってるのは朔月だからな。普通の馬が振り切るのは無理だ。
俺は碧寧さんと併走しながら、犯人の目星について訪ねた。
碧寧さんは自分の推理を話してくれた。
これまで東郭の町を治めてきたのは、兆家の長男、兆昌括だ。
李灰さんが防衛隊長に就任したのは、つい最近のことらしい。
就任して間もない李灰さんが、不審者たちと繋がりを作るのは難しい。
それに、李灰さんは兆家の関係者だ。
兆家の許しもなく、不審者に情報を流すことはあり得ない。
つまり──
「兆家が不審者たちと……いや、盗賊たちと繋がっていたと考えるべきでしょう」
俺が洞窟で見つけた木簡は、兆家が奴らに渡したもの。
それが碧寧さんの結論だった。
そして碧寧さんは全速力で李灰さんの元に戻り──
──人払いをした上で、李灰さんを問い詰めたのだった。
「町の防衛に関わる情報が漏れていたなど……あり得ぬ話だ!」
碧寧さんは剣に手を掛けて、叫ぶ。
「しかも、この木簡には周辺の町や村の情報までもが記されている。そのような情報を得られる立場の者は限られている! あなたは情報を流すのに加担していたのか!? 李灰どの!!」
「し、知らぬ! 知らなかった!!」
李灰さんは真っ青な顔で頭を振る。
「それよりも碧寧! 立場をわきまえよ!!」
「……なんだと」
「部下の分際で上司を問い詰めるか!? このような無礼が許されると思うか!?」
「命を捨てる覚悟などできている!!」
碧寧さんは叫んだ。
「自分は妹夫婦の墓に誓った。この命にかえても仇は討つと。死ぬ覚悟など、3年前にできているとも!!」
「碧寧!!」
「聞かせてもらおう。李灰どの。情報を流していたのはあなたか? それとも兆家か? 盗賊と繋がることでなにを企んでいた!?」
「碧寧! 剣を引け!!」
「命は惜しくないと言っている!!」
「姪御のことを考えよ!!」
震えながら、李灰さんはわめき立てる。
「貴公が私を殺したら、姪御はどうなる!? 連座もあり得る。さもなければ、上司を殺した者の身内として生きていくことになるのだぞ!! それでもよいのか!?」
「……私の姪の命を楯にするのか! 恥を知れ!!」
「自分の立場を考えろと言っているのだ!!」
「──李灰さまと碧寧さんに申し上げます!!」
俺は声をあげた。
「ぼくの義妹は家族を、盗賊に殺されています」
俺は言った。
李灰さんと碧寧さんが、俺を見た。
それを確認してから、話を続ける。
「生き残った義妹は深く傷ついていました。黄家に引き取られた後も、ほとんど口をきかないくらいでした。彼女が立ち直ったのは、本当に奇跡みたいなものでした」
本当の星怜は、素直でいい子なのに。
両親を殺されたせいで、傷ついて──ゲームの展開通りなら悪女になるはずだった。
その運命を変えられたのは、幸運だっただけだ。
「ですから、妹さんを亡くされた碧寧さんが、お怒りになる気持ちはわかります。ですが……怒りを向ける相手を間違えるべきではありません。不審者たちに情報を流していたのは李灰さまじゃないと、碧寧さんもわかってますよね?」
「李灰どのは兆家の部下だ。盗賊との繋がりについても聞かされていたはずだ!」
「かもしれません。でも、李灰さまはそれを止めたかったんじゃないですか?」
「……なんだと?」
「李灰さまが盗賊と繋がっていたなら、兵士たちに調査を命じたりはしないと思います」
不審者についての報告を受けたあと、李灰さんは町のまわりの捜索をはじめた。
大勢の兵士を引き連れて、大々的に。
李灰さんが、盗賊と協力しているのなら、そんなことをする必要はない。
俺や碧寧さんに『勝手に探せ』と言えばいいだけだ。
「李灰さまが大々的に捜索をしたのは、盗賊たちに警告するためじゃないんですか? 『お前たちの存在は明るみに出た』『これまで通りの付き合いはできない。東郭に近づくな』と」
俺は李灰さんに視線を向けた。
「李灰さまは盗賊のことを知っていた。奴らと繋がることには反対だったけれど……兆家の意思に反することはできなかった。だから盗賊たちに『近づくな』と警告するために、大々的な捜索をした。違いますか?」
「…………黄天芳。貴公は……」
李灰さんは真っ青な顔で、俺を見た。
「私は……口惜しい。貴公が以前より私の部下だったのなら…………このようなことになる前に、すべてを明らかにできていただろうに……」
それから李灰さんは──観念したように、がっくりと肩を落としたのだった。
次回、第147話は、次の週末の更新を予定しています。
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