表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

144/214

第143話「天下の大悪人、不審者の調査をする」

 夜のうちに、俺と(しゅう)さんは碧寧(へきねい)さんを訪ねた。

 不審者(ふしんしゃ)について話をするためだ。


 碧寧さんは、家の裏で(やり)を振っていた。

 月明かりに映っていたその顔は、俺が初めて見る、(きび)しい表情だった。


 碧寧さんは家族を殺した奴に対して、まだ怒っている。

 だから、人目につかない時間に、こうして修練(しゅうれん)をしているのだろう。

 いつか(かたき)()つために。


 10年後の『剣主大乱史伝』の世界では、碧寧さんの仇討(かたきうち)ちは終わっていたんだろうか?

 それとも、仇を倒すために藍河国(あいかこく)を裏切ったんだろうか……?


 俺がそんなことを考えている間に、脩さんは『碧兄(へきけい)』と声をかけた。

 彼は碧寧さんに、不審者が落とした紋章(もんしょう)を手渡す。

 月明かりの下で、紋章に視線を向けた碧寧さんは──


「……妹夫婦が殺された場所に落ちていたのと同じものです」


 ──そう言って、俺を見た。


黄天芳(こうてんほう)どのが、この紋章の持ち主と戦われたのですか」

「そうです。でも、すみません。捕らえることはできませんでした」

「それは違いやすぜ。悪いのは門を守ってた連中でさぁ」


 脩さんは苛立(いらだ)ったように、手のひらに(こぶし)(たた)き付けた。


「不審者が防壁を登っていても気づかねぇ。防壁の上で(こう)部隊長が戦っていても、視線は南門の方を見るばかり。(われ)が階段を登って声をかけたら、やっと気づいて動き出す。しかも見張り兵が3人しかいねぇって、どういうことなんですかい? もっと大勢いれば、不審者(ふしんしゃ)を捕まえられたはずですぜ!」

「この町は兆家(ちょうけ)統治下(とうちか)で、ずっと平和だった。気が(ゆる)むのも仕方あるまい」


 そう言って、碧寧(へきねい)さんは俺に一礼した。


「黄天芳どのに感謝します。あなたがいなければ、我々は町に侵入してきた不審者に、気づくこともなかったでしょう」

「偶然、気がついただけです。それより碧寧さん」

「はい。黄天芳どの」

「不審者の目的はなんだと思いますか?」


 重要なのはそこだ。

 不審者は防壁をあっさりと乗り越えていた。

 あいつは、登りやすい場所がわかっていたんだ。


 あいつが東郭に侵入したのは初めてじゃない。

 たぶん、何度も出入りしているのだろう。外に仲間を待機させた状態で。


「碧寧さんは長年、兵士として働いていらっしゃいますよね? その経験から、どうお考えですか?」

「おそらくは……東郭にいる者と接触(せっしょく)しようとしていたのでしょう」


 しばらく考えてから、碧寧さんは言った。


「門を通らなかったのは、姿を見せたくなかったからでしょうな。不審者は東郭の中にいる誰かと、人知れず接触する必要があったのです。それも、何度も」

「その相手は……」

「わかりません」

「考えている場合じゃありやせんぜ、碧兄(へきけい)。黄部隊長」


 脩さんが声をあげた。


「奴らをとっ捕まえればわかることでさぁ。六人部隊を集合させやしょう。日が昇ったらすぐに、奴らの足跡(あしあと)を追いやす!」

「……(しゅう)の言う通りです」


 碧寧さんはうなずいた。

 彼は槍を手に、殺気に満ちた表情で、


不審者(ふしんしゃ)を捕らえ、すべての情報を吐かせましょう。奴が何者なのか、どうして東郭に入り込んでいたのかを調べなければなりません。自分の妹夫婦を殺した理由も……すべてを」

「わかりました。ぼくも準備をします」


 俺たちは夜明けを待って、不審者の足取りをたどることにしたのだった。







 そして、翌朝。

 防衛隊長の李灰(りかい)さんが指揮を執り、東郭の兵士たちによる調査が行われた。

 兵士たちが不審者のことを李灰さんに報告したからだ。


 ──夜間に、東郭に出入りしていた不審者がいたこと。

 ──その者たちが兵士を傷つけたこと。

 ──不審者の仲間が、防壁(ぼうへき)に向かって矢を射かけたこと。


 そして、これらはすべて犯罪行為だ。

 藍河国の法では、犯人は捕らえて処罰(しょばつ)することになっている。

 だから李灰さんも動いたんだろう。


 俺の方でも、不審者のことは雷光師匠に連絡してある。

 奴が『五神剣術』『五神歩法』に似た技を使ったことと、そいつが俺のことを『同門潰しの雲の弟子』と呼んだことも。

 雷光師匠なら、なにか知っているかもしれないからな。

 明け方に鳩を飛ばしたから、そろそろ手紙が届いているかもしれない。


 秋先生に()てた手紙も同封してある。

『雷光師匠に無理させないようにしてください』と。


 雷光師匠は『武術家殺し』の毒を受けたばかりだからな。

 無茶しないように、秋先生に止めてもらわないと。


「──どんなに小さなものもいい。不審者の手がかりを見つけ出すのだ!」


 李灰(りかい)さんの叫び声が響いた。


 李灰(りかい)さんは兵士たちを鼓舞(こぶ)したあと、俺の方を見上げ(・・・)ている(・・・)

 なんだか、不満そうな顔をしている。

 俺があの人を見下ろす格好になってるのが気に入らないのかもしれない。


 でも、しょうがないよな。

『防衛副隊長である貴公が徒歩では示しがつかぬ。調査には馬に乗って参加していただきたい』と言ったのは李灰さんなんだから。


 だから俺は今、朔月(さくげつ)に乗ってる。

 朔月は他の馬よりも、はるかに背が高い。

 だから李灰さんを見下ろす格好になってしまっているんだ。


黄天芳(こうてんほう)どの」

「はい。李灰さま」

「貴公の部隊は、独自に調査を行うがいい」


 李灰さんは目を()らして、そんなことを言った。


不審者(ふしんしゃ)と戦った貴公なら、なにか気づいたことがあるかもしれぬ。自由行動を許す。存分に調査を行うがいい」

「承知しました」


 俺は馬上で拱手(きょうしゅ)した。


 自由行動を許してくれるのは助かる。

 黒馬の朔月(さくげつ)が、さっきから鼻を鳴らしてるからだ。


 俺と朔月は、草の上に残った血の(あと)を見つけていた。

 夜露(よつゆ)を含んだ乾きかけの血は、たぶん、俺が()った不審者のものだ。


 馬は嗅覚(きゅうかく)に優れている。

 しかも朔月は壬境族(じんきょうぞく)の名馬だ、血のにおいを感じ取れても不思議はない。

 だから南の方に視線を向けて、走りたそうにしてる。

 朔月には、不審者たちが向かった方向がわかるのかもしれない。


 せっかく自由行動を許してもらったんだ。

 奴らの足取りをたどってみよう。


「ぼくの馬が、不審者たちの足取りをつかんだみたいです。それを追ってみます」


 俺は碧寧(へきねい)さんに向かって、告げた。


「これから馬に任せて走ってみます。たぶん、かなりの速度になると思いますから、碧寧さんたちは、ゆっくりとついてきてください」

「え? あ、はい」

「それじゃ、お前に任せる。朔月」


 俺は朔月の首をなでた。

 すると、朔月は『ぶるる』と一声鳴いて──


 その直後、猛烈(もうれつ)(いきお)いで走り始めた。



「──な、なんという速度だ!?」

「──あれが壬境族(じんきょうぞく)から奪ったという……?」

「──黄部隊長を見失うな!!」



 碧寧(へきねい)さんと(しゅう)さん、六人部隊の人たちの声が遠ざかっていく。

 朔月は道なき道を、まっすぐに駆けていく。

 草の上でも、乾いた道でも、迷いはない。

 行く先がわかっているかのように、全速力で走って行く。


 とにかく、不審者の手がかりを見つけよう。

 手段を選んでいる場合じゃない。

 あいつらは雷光師匠の流派(りゅうは)の敵で……おそらくは、藍河国(あいかこく)の敵でもある。放置するのは危険だ。



『…………ぶるるぅ』



 しばらくすると、朔月が(さく)を止めた。

 俺たちがたどりついたのは街道から外れた場所にある、丘陵地帯(きゅうりょうちたい)だ。

 まわりには小高い丘や、木々に囲まれた岩山が……って、あれ?

 この地形には見覚えがある。


 俺はゲーム『剣主大乱史伝』の中で、何度かこの場所を通っている。

 勇者軍団が東郭(とうかく)の町を攻略するときだ。

 主人公たちがこの近くのセーブポイントに集まって、東郭攻略の打ち合わせをしていたのを覚えてる。

 東郭の攻略戦は難易度が高かったかったからな。

 何度も同じセーブポイントに戻って、やり直したりしていたんだ。


 ……セーブポイントか。

 そういえば、前に小凰(しょうおう)と一緒に行ったセーブポイントは洞窟(どうくつ)だったっけ。

 旅人が雨宿りをする場所で、(たきぎ)が準備されていた。


 冬里(とうり)と一緒に行ったセーブポイントでは、トウゲン=シメイと出会った。

 交易を望む壬境族(じんきょうぞく)しか知らない、秘密の場所だった。


 ……じゃあ、この近くにあるセーブポイントは?

 もしも、そこが人に知られていない場所で、人が隠れるのに適した場所なら──

 ──不審者たちは、その場所を使っているんじゃないか?


 このあたりのセーブポイントは、東郭に入り込むにはいい位置にある。

 不審者たちが拠点(きょてん)にしていてもおかしくない。


「行ってみよう。こっちだ。朔月(さくげつ)

『ぶるる!』


 俺は朔月と一緒に、この地のセーブポイントへと向かったのだった。




 次回、第144話は、明日更新する予定です。


 書籍版「天下の大悪人」は8月25日発売です!

 表紙と口絵は「近況ノート」で公開していますので、ぜひ、見てみてください!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新しいお話を書きはじめました。
「追放された俺がハズレスキル『王位継承権』でチートな王様になるまで 〜俺の臣下になりたくて、異世界の姫君たちがグイグイ来る〜」

あらゆる王位を継承する権利を得られるチートスキル『王位継承権』を持つ主人公が、
異世界の王位を手に入れて、たくさんの姫君と国作りをするお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ